Q クリニックでオペをした患者が死亡しました。私としては、通常どおりにオペを行ったと考えているのですが、遺族から私の医療行為に過失があると責められています。そもそも過失とは法的にどのようなもので、どのように判断されるのでしょうか。
- Q クリニックでオペをした患者が死亡しました。私としては、通常どおりにオペを行ったと考えているのですが、遺族から私の医療行為に過失があると責められています。そもそも過失とは法的にどのようなもので、どのように判断されるのでしょうか。
- 医療過誤の請求の法的構成
- 不法行為による損害賠償請求が認められる場合とは?
- 過失とは何か
- 医師が負う注意義務とは?
- 医療水準はどの医療機関も同一か?
- 医療水準の時的判断要素
- 医療水準と医療慣行
- 特に腕の良い医師には、高度の注意義務が課せられるのか?
- 医療水準論を明記しない最高裁判例
医療過誤の請求の法的構成
医療過誤が生じた際に、患者が医療機関・医師を相手に法的な請求を行う場合には、2とおりの法的構成が考えられます。
1つが、債務不履行による契約責任の追及(民法415条)であり、診療契約(準委任契約)上の義務違反を主張するものです。
もう1つが、不法行為による損害賠償請求(民法709条、715条)です。
時効等の法的効果に違いがあるものの、医師の過失の有無を判断する際には、上記法的構成のいずれを選択するのかによって違いはありません。これは、医師が診療契約によって負う債務が手段債務という結果を請け負うものではなく、合理的な注意義務をもって債務を履行することで足りることによります。いわゆる過誤(ミス)によって患者が死亡した場合には、不法行為法上も診療契約上も等しく責任を負うというわけです。
そこで、本稿では、不法行為による損害賠償請求がされた場合を想定しましょう。
不法行為による損害賠償請求が認められる場合とは?
上記Qを考慮する際には、不法行為による損害賠償請求が認められるのが法的にどのような場合かを考えないといけません。
不法行為による損害賠償が認められる要件は、種々の学説があるものの、以下のとおり考えることで実務上は問題ありません。
① 過失
② 因果関係
③ 損害
本件のQでは、死亡という損害の発生(③)と診療行為と死亡との因果関係(②)が認められることは明らかと考えられますから、過失(①)について深く学んでいきましょう。
過失とは何か
過失とは、法律用語であり、他人に損害を加えないように注意深く行動せよという注意義務違反のことをいいます。そして、注意義務違反とは、❶注意すれば予見可能できたこと、❷予見していれば当然守るべきであったはずの損害回避義務に反したこと、の2つの要素からなります。
そのため、法的には、過失とは、「予見可能性を前提とした結果回避義務違反」であるなどと説明されます。
具体的に、注意義務違反があるかについては、米国の裁判官であるハンド判事の提唱した基準として、㋐結果発生の危険性・蓋然性、㋑危険が実現した場合の重大性(被侵害利益の重大性)及び㋒注意義務を課すことによる負担、の3つの要素を比較衡量して決すると説明されます。また、上記3要素以外にも、行為の社会的有用性や防止措置の困難さを考慮要素にすべきとの学説もありますが、行為が社会的有用性を有することをもって人の生命・身体の侵害を許容する結論をとり易くなるという点から批判もあります。
医師が負う注意義務とは?
医師についてみれば、医師であっても、当然ながら、他人の生命、身体、健康を損なわないようにすべき義務を負っています。医師が、これらを義務に反して侵害した場合には、過失ありとして不法行為責任を負います。
医師の過失ないし注意義務については、判例が積み重ねられています。判例上、医師が負う注意義務は「最善の注意義務」と呼ばれています。
すなわち、最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁(東大輸血梅毒事件※)は、「いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意を要求される」と判示しています。
※ 東大輸血梅毒事件
医師が職業的給血者に対し梅毒感染の有無を問診しなかったことについて過失(問診義務違反)を認められた事案。医師は「からだは丈夫か」と尋ねただけで直ちに輸血を行った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%AF%92
それでは、医師が負う「最善の注意義務」のレベルはどの程度のもので、その注意義務違反をどのように判断すべきでしょうか。
これに答えを出したのが、最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決・判タ468号78頁(未熟児網膜症高山日赤事件)です。最高裁は、「注意義務違反の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」としました。
※ 未熟児網膜症高山日赤事件
医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し、全身管理を懈怠し、ステロイド治療や光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を遅延し、転医措置を遅延したことなどについて過失(療養方法等の説明指導違反、転医指示義務)が否定された事案。
在胎29週、出生体重1090gの新生児の眼底画像で白色矢印部分にアグレッシブ型未熟児網膜症を認めている(Dogra MR、 Katoch D、 Dogra M. An Update on Retinopathy of Prematurity (ROP). Indian J Pediatr. 2017;84(12):930-936.)。
高山日赤事件が「臨床医学の実践における」と判示しているのは、学問上(机上)の医療水準ではないとする意味です。
上記最高裁判例は、以後も維持され(例えば、最高裁平成7年6月9日第二小法廷判決・民集49巻6号1499頁(姫路日赤事件))、いわゆる「医療水準論」として医師の過失の判断基準として確立されており、現在も訴訟の場で判断に用いられています。
※ 姫路日赤事件
医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を実施せず、転医させなかったことについて過失(検査義務違反・転移義務違反)が認められた事案。
医療水準はどの医療機関も同一か?
読者の中には、日本全国津々浦々で、一律の「医療水準」なるものが観念されるものなのか、と疑問に思われたかと思います。
この点について、上記姫路日赤事件において最高裁は、「医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。」と判示しています。
医療水準とは、何を基準に注意義務違反を判断すべきかといいう問題への回答ですので、医療行為の中でも、新規の治療法について特に当てはまる考えです。そして、新規の治療法は、有効性・安全性を治験等によって確認され、一部の医療機関のみで実施されている段階から時間をかけてその知見や実施のための技術・設備等が全国に普及されていくものです。そのため、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等を注意義務違反の基準に関し考慮し、妥当な結論を得ることとされているものです。
上記法理は、最新の医療機器や技術を導入して高度な医療サービスを提供する中核病院か、市中のクリニックとの違いといった医療機関の特性のみならず、当該医療機関が提供する医療サービスが保険診療であるか、人間ドックなどの自費診療かといった特性の違いについても当てはまるとされています。
例えば、高額な費用が必要な人間ドックを提供するクリニックの医療水準について述べた裁判例(東京地方裁判所平成30年4月26日判決・判タ1468号188頁)では、人間ドック後に胃癌で患者が死亡した事例について、「人間ドックによる健康診断の目的・性質に照らせば、被告法人は、健康診断契約上の義務として、患者に対し、検査の結果、胃がんを疑わせる所見が存在する場合だけでなく、このような所見がない場合でも、精密検査を実施して胃がんの有無を精査すべき異常所見がある場合には、精密検査を実施又は勧奨すべき注意義務があるということができる。そして、この注意義務については、受診当時の医療水準に照らし、被告法人の特性等の諸般の事情を考慮して、被告法人との診療契約に要求される医療水準を検討し、これを基準に判断されるべきである。」「人間ドックにおける健康診断は、厳しい時間的、経済的、技術的制約を内在する一般集団健康診断に比べれば高い水準の読影が期待されるということができる。他方で、本件施設における健康診断は、がんに限らず病気の発見・予防を目的として各種の検査を行うものであるから、本件施設において要求される読影の水準は、受診当時の人間ドックとしての標準的な医療水準に基づく読影の水準にとどまるものであり、本件施設は、がんの発見、治療を専門とする医療機関における画像読影と同等以上の水準の高度な注意義務を負うものではない。」と述べて、人間ドックに要求される医療水準は、一般集団健康診断より高い水準が期待されるものの、がん治療の専門医療機関のような高度な注意義務は負わないと位置付けています。
上記裁判例からも、裁判所が、医療機関の性質に応じて緻密に医療水準の設定をしていることが窺われます。
医療水準の時的判断要素
医療水準に基づく過失の判断時点は、医療行為が実施された当時の医学的知見によります。
最高裁昭和61年10月16日第一小法廷判決・判タ624号117頁(大腿四頭筋拘縮症事件)においても、以下のとおり医療水準の時的因子に着目して判断を行っています。
「Y2らがX1に対し本件各注射をしたことは昭和37年当時の医療水準に照らし必要かつ相当な治療行為である」
患者側からは、現在の医療水準に基づき主張をする場合も時にありますので、いつの医療水準をもって判断すべきかの視点は常に有しておく必要があります。
※ 大腿四頭筋拘縮症事件
新生児メレナの患者の大腿部にビタミンKなどの筋肉注射をした医師について、当時の医療水準に照らし新生児の大腿部への筋肉注射が必要かつ相当な治療行為として是認されるとして、医師の過失を否定した事案。
医療水準と医療慣行
医療慣行とは、医師の間で一般的に行われている診療行為のことをいいます。
医療訴訟では、医療機関側から、実質的には医療慣行に従っていることを理由に過失はないととれる主張がされることが多くあります。
しかしながら、医療慣行が医療水準と異なる場面があり得ることは当然ですから、医療慣行に沿った診療行為であることのみをもって、当該行為に過失なしとされないことは明らかかと思います。
最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁も「平均的医師が現に行っていた医療慣行に従った医療行為を行ったというだけでは、医療機関に要求される医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならない」と判示しています。
また、最高裁平成18年1月27日第二小法廷判決・集民219号361頁は、「当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、直ちに、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。」と同様に判示しています。
確かに、医師が合理的に根拠を有するために多くの医師に支持を得て医療慣行が形成されることからすれば、多くの場合においては、医療慣行と医療水準は合致しているといえるでしょう。しかし、事故を契機として、効率性を重視するばかりに診療行為の危険性を見て見ぬふりをして実施されていた慣行的な取扱いが変更されることはままあることです。もちろん、診療行為に危険性があったとしても、その危険性を踏まえた上でも何らかの合理的な理由をもって行われている行為については医療水準に合致しているといえます。
医療慣行に従った医療行為に容易に予見し得える危険性があるのか、何らかの結果回避手段がとり得るのかを検討する必要があります。
医療水準は、現実に存在していないとしても、当該医療機関の性質等から、それぞれの医療機関の給付能力への合理的期待によって定まることを理解する必要があるといえます。
特に腕の良い医師には、高度の注意義務が課せられるのか?
読者の中には、標準的な医師を超える知識、技能をお持ちの方もいらっしゃると思います。そのような医師については、通常の医師を超える医療水準が課されるのでしょうか。この点についても過去に問題になったことがあります。
最高裁平成4年6月8日第二小法廷判決・集民165号11頁は、未熟児網膜症に関する事案について、「医師は、患者との特別の合意がない限り、右医療水準を超えた医療行為を前提としたち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を負うものではな」いと判示し、特別な技能等を有する医師の注意義務の基準について医療水準を超えるものではないと判断しました。
当該判例からは、最高裁が、医療水準を医療機関単位で判断する姿勢がみてとれます。
この点については、医療機関が専門的で高度な設備を備えている場合には、当該医療機関に所属する特殊な技能を有する医師の医療水準は、全国的にみた平均的な医療水準を超えるものとなりますので上記判例との違いをご理解ください。このことは、医療水準が、患者が当該医療機関の性質等をみて、それぞれの医療機関の給付能力へ合理的に期待することによって決まること説明がされるのは上記のとおりです。判例がいうように、医師と患者との間で高度な医療を行うことが合意されていた場合も例外的に高度の注意義務が課されることになります。
以下の記載は専門的な内容になりますので必要な方だけご覧ください。
医療水準論を明記しない最高裁判例
医師の過失判断については、今までみてきたように、医療水準論を中心に判例が積み重ねられてきました。
その一方で、近年は、医療水準の認定を明示しないままに、過失の有無を判断する判例、裁判例が散見されるようになりました。
例えば、最高裁第三小法廷判決平成18年4月18日・集民220号111頁は、次のように過失を判断しています。当該判決は、冠状動脈バイパス手術を受けた患者が術後に腸管壊死となって死亡した事例に関するものですが、①当該患者は、腹痛を訴え続け、鎮痛剤を投与されてもその腹痛が強くなるとともに、高度のアシドーシスを示し、腸管の蠕動亢進薬を投与されても腸管閉塞の症状が改善されない状況にあったこと、②当時の医学的知見では、患者が上記のような状況にあるときには、腸管壊死の発生が高い確率で考えられ、腸管壊死であるときには、直ちに開腹手術を実施し、壊死部分を切除しなければ、救命の余地はないとされていたこと、③当該患者は、開腹手術の実施によってかえって生命の危険が高まるために同手術の実施を避けることが相当といえるような状況にはなかったこと、④当該患者の症状は次第に悪化し、経過観察によって改善を見込める状態にはなかったことなどの事情を挙げ、担当医師には当該患者に腸管壊死が発生している可能性が高いと診断し、直ちに開腹手術を実施し、腸管に壊死部分があればこれを切除すべき注意義務(開腹手術実施義務)を怠ったものとされました。
また、最高裁平成21年3月27日第二小法廷判決・民集230号285頁も、麻酔薬の過剰投与による患者死亡事案について、特段の医療水準を認定することなく「医師には、Aの死亡という結果を避けるためにプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべきであったのにこれを怠った過失があ」ると判断しています。
医療水準論は、当初は未熟児網膜症事例について新規の治療方法を実施しなかったことについて定められたものですが、以後、新規治療法ではない医師の行為についても用いられてきました。しかしながら、類型化、定型化にそぐわない個別の症例に対する医師の診療行為に関しては、明確な医療水準を定める実益は低く、原則に戻り、予見可能性、結果回避可能性を基にした注意義務違反の有無について判断し過失が判断されることとなります。これら2つの判断方法は矛盾するものではなく、場面によって、又は、当事者の主張に応じて使い分けられていると考えられます。
参考書籍、参考文献
米村滋人『医事法講義』第2版. 日本評論社、 2022.
大島眞一『医療訴訟の現状と将来』.判例タイムズ1401号.2014.