「医局」とは?その法的性質と勤務医への影響を徹底解説

Q:医局人事で病院に派遣され、勤務医をしています。先日、医局の教授と喧嘩して、「医局から破門する!」といわれました。私は病院を辞めなければいけないのでしょうか。

 

 

クライアントから医局人事に関するご質問を受けることがあります。本日は「医局」の法的性質について検討していきましょう。

 

医局とは何か?その法的定義と役割

結論から述べますと、「医局」は私的団体にすぎず、医局と医局員との間で雇用契約関係はなく、病院の開設者と医師との契約に医局人事が直接影響を及ぼすことはありません。

 

医局の法的性質に関する裁判例

裁判所が「医局」をどのように定義し、どのような法的性質を有すると判断しているのか、裁判例の判示を通じてみていきましょう。

 

大阪地判平成27年4月28日(判例秘書搭載判例番号L07051045)は、整形外科助教として勤務していた医局員(原告)が、教授による医局人事の勧奨を受けて病院を退職した行為が、病院からの退職勧奨といえるか、自己都合退職にすぎないかが争われた事案です。

大阪地方裁判所は、当該裁判例において、「医局」について以下のとおり判示しています。

 

医局とは,専門医の育成,関連病院における同分野の診療科との間で医師数の調整や適材適所を主眼とした人事異動,医学研究促進等を目的として,おおむね同分野の医師で更生されるグループ組織であり,①各医師に診察,教育,研究等の経験を積ませ,②若手医師に研究に従事させて研究者としての成果を上げる機会を与え,③医師不足の地域が出ないように医師を配置して地域医療への貢献を行うなど,医師の育成と地域における医師の供給(人事調整)を担っている(以下,上記のような観点から行われる医局による人事異動を「医局人事」という。)。」

 

大学病院の医局では、診療、教育、研究を通じ医局員において医学博士号を取得し、留学先の斡旋を受け、あるいは、専門性を身につけるなどしてキャリア形成がされるとともに、地域の中核医療機関に医局員を派遣して地域医療を支える基礎となっているという実態に沿った事実認定かと思います。

 

もう一件、別の裁判例をみてみましょう。奈良地裁平成9年12月24日・判タ982号161頁は、町立病院に勤務する医師(原告)が町長から辞職承認処分がされたところ、原告において辞職の申し出がないことから無効であるとして町長の上記処分の取消しを求めた事案です。町長は、町立病院が県立医大の医局人事によって人事異動がされてきた慣例から、医局人事に医師が従うことを必要条件としているとして、採用段階で次の医局人事に従う合意がされていたと主張しました。当該事案において、奈良地方裁判所は、以下のように「医局」を定義しています。なお、地方公共団体が設置運営する医療機関の事案ですが、その点は「医局」の性質を左右することはありません。

 

「医局とは、大学医学部の講座に対応して存在する医師の団体であり、大学の附属病院などの右講座に対応する診療科では、医局の場において教育、研究、診療等が行われている。医局の最高責任者は教授であり、その下で医局長が実務的な運営を行っている。医局は、医局に関連する病院に医局に所属する医師(医局員)を推薦し(いわゆる「医局の人事」)、右推薦に基づき、医局員本人と関連病院との間で雇用契約が結ばれるか、又は医局員本人と関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員としての採用手続がとられている。」

 

教授の医局員の人事に対する強制力

それでは「医局」の最高責任者である教授は、医局員に対し、医局員の雇用者としての地位を強制的にコントロールできるでしょうか。

結論として、教授は法的に上記強制力を持っていません。

 

この点について上記奈良地判は、次のとおり判示します。

 

「そうすると、被告ら主張の「医局の人事異動」とは、医局が医局員を派遣すべき病院を推薦し、医局員が右推薦に従い、関連病院との間で雇用契約を結んだり、関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員として採用されたりしている慣例を指すに過ぎないものである。したがって、被告町長において、事実上、医局の推薦に従って医師の採用を行っていたとしても、被告町長が公務員として採用する旨の処分をしない限り公務員として採用されることはないし、一旦公務員として採用された後、医局が医局員に対して別の勤務先等を推薦しあるいは指示したからといって、公務員としての地位が失われたりする筋合いのものではない。そうすると、町立病院の内科医として勤務する場合は、医局に所属し、その人事異動に従うことを条件としている旨の被告らのこの点の主張は採用することができない

 また、被告らは、原告には採用時に医局の次の人事異動の内示を停止条件とする黙示の辞職の申出があった旨を主張するが、公務員の辞職の申出は、その身分の喪失という重大な効果につながるものであるから、辞職の時期を含めて公務員の自由な意思に基づくものであることが必要であり、医局において別の勤務先を推薦しあるいは指示することを内容とする停止条件を付することは許されないし、本件においてそのような条件が付されていた事実を認めるべき証拠もない。」

 

つまり、医局人事は慣例にすぎず、実際に医局員が病院と雇用契約を締結するかどうかという法的な話における意思表示の認定に影響を与えないという判断です。

 

上記大阪地判においても、医局員は意に沿わない人事がされることも承知の上で、医局に所属するメリット・デメリットを考慮して自らの意思で医局人事に従うことを決定している旨述べています。

 

「医局が,地域医療への貢献という役割をも果たしていることからすれば,特定の施設あるいは病院に所属し続けるのではなく,医局人事による異動が不可欠であり,しかもその異動は,被告医学部内部での異動のみではなく,外部の関連病院等に異動することも当然に予定されている。そして,人事異動が,人員配置の必要性,対象人物の適性・異動歴・成長するために必要な経験などを考慮した上で決められるものであることに加えて,被告医局に所属する者が約400名であり,関連病院の数が約80であること,医局が地域医療への貢献を行っていることからすれば,全ての医局員の意に沿った人事異動を行うことは不可能であり,ときには,対象人物の意に沿わない人事異動が行われることも当然想定される事態であり,このことは,医局に所属する者も当然に認識していることである。もっとも,医学部を卒業したからといって必ず医局に所属しなければならないものではなく,実際,近年においては,医局に属しない者も増加していることが認められ(証人B尋問調書5,6頁),また,いったん医局に所属したとしても,その後の事情の変更により,自分の意思で医局から離脱することも可能である。そうすると,医局に所属するか否か,あるいは医局から離脱するか否かは,当該医師が,医師としてどのような進路を希望するかや,医局に所属した場合に発生する事態等,医局に所属することで得られる利益と不利益等を総合考慮して,決定すべきことである。」

 

A

以上からすれば、上述のQについていえば、教授が「医局から破門する!」といったところで、医局員の病院の勤務医としての地位が失われるものではありません。

 

医局員の懲戒解雇等

派生する論点となりますが、医局員が医局人事に従った退職の法的性質については、医局員が自らの意思で教授から伝えられた医局人事に従い、病院を退職するわけであり、退職勧奨を受けた退職ではなく自己都合による退職に当たると評価されることになります。自己都合退職になると退職金は満額支給されず減額となることが一般的です。上記大阪地判は次のとおり述べます。

 

「以上を総合考慮すると,医局に所属する教員が,医局人事を利用して異動することとした場合には,当該異動が対象教員の意に沿っているか否かにかかわらず,医局に所属することで得られる利益を享受することを優先したというべきであって,そうであるならば,それは,被告の都合による異動(退職)ではなく,医局人事に従うという教員側の自己都合による異動(退職)であるというべきであり,実際,被告(医学部)においては,医局人事に従って退職する場合には,当該退職を自己都合退職として扱われていることをも併せ考慮すれば,医局人事に従って退職する場合には,自己都合による退職として扱うという慣行になっていたともいうことができる。
そうすると,本件退職は,自己都合退職として扱うのが相当である。」

 

それでは、Qの医師がどんなことをしていても解雇できないのかといわれれば、そのようなことはありません。病院としては、就業規則等に基づく懲戒解雇や普通解雇が法的に有効になし得るかを検討することとなります。

 

懲戒解雇・普通解雇の要件

いずれの解雇についても、以下の①、②の要件が認められない場合には、当該解雇は権利濫用により無効となります(労働契約法第15条、第16条)。

 

① 客観的に合理的な理由が存在すること

ア 普通解雇の場合

労働者側に労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失などの事情が認められること

イ 懲戒解雇の場合

就業規則に定められた懲戒解雇事由が認められること

 

② 当該解雇が社会通念上相当と認められること(社会通念上の相当性)

解雇の事由が重大な程度に達しており、他に解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情はほとんどないこと

 

懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分ですので、上記①、②共に極めて厳格に審査されます。

上記①の客観的に合理的な理由については、訴訟に耐え得るような裏付け証拠が揃っているかに留意すべきです。また、上記②の社会通念上の相当性については、労働者の不正行為の内容や悪質性・背信性の高さ、労働者の役職・職業など高い公正さ・清廉性が求められる立場、その後の労働者の態度等を総合的に考慮しなければなりません。

 

判例における懲戒処分の社会通念上の相当性判断の一例

社会通念上の相当性についての理解を深めるために、東京地裁平成26年7月17日・労働判例1103号5頁の事案をご紹介します。

東京都医師会が管理運営する病院が病院勤務医に対して3か月間の停職懲戒処分を行なった事案です。当該医師には、以下のような非違行為が認められました。

 

1 病院の管理職でありながら、病院が定めた院外処方推進の方針に故意に従おうとしなかった

2 心電検査室に大量の私物を持ち込み、日常的に食事や就寝を繰り返し、夜間・休日にも管理者に無断で同室に立ち入り検査業務に支障を生じさせ、撤去・退去の命令に従わなかった

3 多数の職員の前で、薬剤検査科長のパワハラが原因で薬剤師が退職せざるを得なくなった旨発言し、その後も書面を多数の職員に配布し、当該薬剤検査科長を誹謗中傷した

4 薬剤師の懐妊について公になっていないにもかかわらず、当該薬剤師の了解なく、発言及び書面によって病院内に公にした。

 

裁判所は、上記事実は軽微とはいえないが基本的には病院内部にとどまる行為であって、患者に対して直接被害を与えるものではないとして、免職に次いで重い停職処分が重きに失すると判断しています。当該勤務医は、4、5年前ではありますが、宿泊勤務中に運動、シャワーを行いドクターコールに気付かず、気付いた後も適切な対応をせず、また、上司が記録した宿直日誌を破棄したことなどにより訓告処分を受けた処分歴もあったとのことです。

停職についても上記判断を行っていることからすれば、更に悪質性が高くなければいけない懲戒解雇処分についての社会通念上の相当性の認定に関して極めて厳格に判断されることがご理解いただけると思います。

 

なお、懲戒解雇についての留意点として、就業規則等に基づき労働契約で予定されている懲戒は企業(使用者)が企業秩序を維持するために認められた権限と考えられていることから、企業施設外で就業時間外に行われた従業員の私生活上の非違行為については、基本的には企業秩序とは無関係であるとして、懲戒処分の有効性について厳格に解されることが挙げられます。具体的には、従業員の私生活上の非違行為が、会社の事業活動の遂行に直接関連するもの及び社会的評価の棄損をもたらすもののみが企業秩序維持のために懲戒の懲戒処分の対象となると解されております。

 

職員がパワハラの加害者である場合には、配転命令を行った後に、有効な配転命令を労働者が拒否する場合の懲戒解雇も視野にいれた対応を行うことが相当な場面もあります(東亜ペイント事件、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・労判477号6頁)。

いずれにしても、事案によって取り得る対策を緻密に検討し慎重に手続を進める必要がありますので、弁護士にご相談されるべき場面かと考えます。

以上

 

【参考文献】

菅野和夫山川隆一『労働法(第13版)』弘文堂、2024年

佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅰ、青林書院、2021年
佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅱ、青林書院、2021年

水町勇一郎『詳解 労働法[第3版]』、東京大学出版会、2023年