【要約】
本稿では、医療機関経営者が知っておくべき看護師と医師の業務範囲、特に医師の業務独占に関する法律を解説する内容です。医師法第17条に基づき、医療行為には医師の医学的判断が必要とされる一方、看護師が実施できる相対的医行為についても区別され、医師の指示の下で実施可能な医療行為も存在します。また、実際の判例や法改正、厚生労働省の見解を紹介し、医療現場での適法な業務分担の重要性について説明しています。
医療機関を経営されている方において、当該医療機関において、看護師にどこまでの行為を実施させても法的に問題ないのか、と疑問に思われることもあろうかと思います。
今回は、看護師と医師法17条が定める医師の業務独占についてのお話です。
例えば、次のような行為を看護師が実施することに問題はあるのでしょうか。
問題
Q 看護師が、医師のいない有料老人ホームにおいて、患者の口腔内に機器を挿入して咽頭を撮影し、撮影された画像をAIが解析し、当該患者のインフルエンザ感染の有無を判定し、当該結果を看護師から患者に伝える行為
※ 当該機器の有効性はここでは問題にしません。
まずは、当該行為の適法性を判断するのに必要となる法律を一緒に学びましょう。
医師法17条についてのおさらい
医師法17条が「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定め、無資格者による医業を禁止していることは前回ブログの記事のとおりです。
そして、医業とは、①反復継続して(「業として」)、②「医行為」を行うことと定められているのでした。「医行為」については、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と考えておけば、一旦は大丈夫です。
これを踏まえて、今回は、看護師・准看護師(以下では両者をまとめて「看護師」といいます。)に許されている医療行為についてみていきましょう。
植毛治療クリニックにおいて管理医師が有罪とされた裁判例
過去には、東京地方裁判所平成9年9月17日判決・判タ983号286頁において、医師の指示を受けた看護婦の医行為の実施について、有罪の判断がされています。
当該医師法違反被告事件の事案は、植毛治療を行うクリニック(本クリニック)の管理医師が被告人になったものであり、被告人が複数のクリニックで勤務しており、本クリニックには週に1、2回、昼休みの時間帯に30分くらい顔を出して雑談をする程度で、日常的にほとんど不在でした。被告人は、本クリニックの看護師等に対し、高血圧、感染症、脳血管障害のある患者や高齢の患者など、植毛治療を行ってはいけない患者の類型について、指針となる包括的な指示をし、投薬についても通常の場合に処方すべき薬の定型的な指示をし、これらの指示で対処できない問題が生じたら連絡するようにとは言っていましたが、個々の患者に対する前記のような血圧測定から投薬等に至るまでの本件植毛治療を自ら行わなかったことはもとより、個々の患者に対する本件植毛治療について、患者に応じた具体的な指示を一切せず、本件植毛治療を実施するか否か、投薬は定型的なものでよいか等の個別的な判断を看護師等に委ねていました。また、被告人は、看護師らに、患者に対し麻酔薬のアレルギーテスト及び注射をさせた後に植毛行為を実施させ、また、化膿・発赤に対する処置・処方等も被告人の印を用いて実施させていました。
裁判所は、上記事案において、管理医師である被告人に対し、医師法17条の共同正犯として、懲役1年2月、執行猶予3年の判断を下しています(刑法60条、医師法31条1項1号、同法17条)。
また、最近でも、医師の指示なく看護師が処方、注射の指示及び検査結果の説明をしたことがニュースになっており、看護師の不適法な行為が問題となっています。
保健師助産師看護師法等による定め
保健師助産師看護師法37条について
看護師の業務について定めている法律は、保健師助産師看護師法(以下「保助看法」といいます。)です。
保助看法5条は、看護師を傷病者等に対する療養上の世話又は診療の補助を行う者と定められており、同法31条は、看護師でない者について上記業を行うことを禁止しています。また、同法37条は次のように定め、一定の医行為(保健師助産師看護師法5条の「診療の補助」)を、医師の指示の下で看護師等が行うことができるとしています。これは、看護師も医学的判断及び技術に関連する内容を含んだ専門教育を受け、一定の医学的な能力を有していることを前提とする規定です。当該規定に違反した場合には、6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金又はこれらの併科の罰則があります(同法44条の3)。
なお、看護師は、傷病者等に対する療養上の世話については独自の判断で実施可能です。
【保助看法37条】
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣かん腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。
上記の看護師が実施できる診療の補助に該当する医行為を「相対的医行為」といい、医師のみが実施できる医行為である「絶対的医行為」と区別されています。
以上から、看護師が医行為を実施することができるのは、以下の2つの要件を満たす場合となります。
- 当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること
- 医師の指示があること
絶対的医行為、相対的医行為(上記①について)
厚労省は、絶対的医行為・相対的医行為の区別について、原則として実際の医療現場における医師の責任と判断に委ねており、個々の医行為について判断を原則として示していません。ただし、厚労省は、どの医療行為が絶対的医行為又は相対的医行為に当たるかについて、通知によって一定の解釈を示しており、当該解釈は時代によって修正が加えられています。特に、静脈注射については、一旦相対的医行為を超えるとしたものの、現在は相対的医行為に含まれる旨の解釈が示されています。
ある診療行為が絶対的医行為に当たるか、相対的医行為に当たるかは、❶当該医療行為の技術的な難易度及び❷当該医療行為における判断の難易度の相関関係によって定まることになりますので、従前、絶対的医行為であるとされてきた医療行為が、医療機器の進歩や看護師の教育レベルの向上に伴い、相対的医行為に当たると解釈が変更されることがあります。
なお、罪刑法定主義の観点から、刑罰が科される行為については事前に犯罪となる行為の内容を明確にすべきといえますから、行政は積極的に医行為に関する解釈を示していくべきであると考えます。
→ 静脈注射は、保助看法「5条に規定する看護婦の業務の範囲を超えるものであると解する。」
- 昭和40年7月「麻酔行為について」(厚生省医務局医事課通知)
→ 麻酔行為は相対的医行為を超える。
- 平成14年9月「『新たな看護のあり方に関する検討会』中間まとめ」
- 平成14年9月「看護師等による静脈注射の実施について」
→ 静脈注射は、相対的医行為の範疇として取り扱われるべきである。
- 平成19年12月「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」
→在宅等で看護職員が、処方された薬剤の定期的、常態的な投与及び管理について患者の病態を観察した上で、事前の指示に基づきその範囲内で投与量を調整することは許される。
静脈注射の位置づけの変化について図にしたものが下図となります。
医行為内部での分類が修正されたということです。
なお、絶対的医行為には、処方、検査実施の指示、検査結果(所見のまとめを含む。)を踏まえた診断、観血的処置、麻酔の導入・管理等が含まれます。
上述の東京地方裁判所平成9年9月17日判決・判タ983号286頁についてみれば、診断、処方といった絶対的医行為を看護師に実施させていたことからも、医師法17条違反となることがお分かりになるかと思います。
特定行為(38行為21区分)について
2014年、2024年4月に施行された医師の働き方改革を見据え、あるいは、少子高齢化・地域医療提供体制の偏在化への対策として、タスク・シフト/シェアを達成するため、保助看法が改正され、特定行為研修を修了した看護師は、保助看法37条の2に基づき、手順書によって、特定行為を行うことができるようになっています。「特定行為」、「手順書」、「特定行為研修」等の定義は、下記条文のとおりです。
具体的には、例えば、特定行為研修を修了した看護師は、人工呼吸管理や持続点滴中の降圧剤や利尿剤等の薬剤の投与量の調整、中心静脈カテーテルの抜去や末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入等の特定行為について、その都度医師の指示を求めることなく、医師が予め作成した手順書(医師による包括的指示の形態の一つ)により行うことが可能となっています。すなわち、特定行為については、相対的医行為に当たると法的に区別され、包括的指示(手順書)に沿って看護師により安全に医行為として実施可能とされることとなっています。
特定行為は、保健師助産師看護師法第三十七条の二第二項第一号に規定する特定行為及び同項四号に規定する特定行為研修に関する省令(https://laws.e-gov.go.jp/law/427M60000100033)の別表第一に38行為が定められています。
【保助看法37条の2】
特定行為を手順書により行う看護師は、指定研修機関において、当該特定行為の特定行為区分に係る特定行為研修を受けなければならない。
2 この条、次条及び第42条の4において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
① 特定行為 診療の補助であつて、看護師が手順書により行う場合には、実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能が特に必要とされるものとして厚生労働省令で定めるものをいう。
② 手順書 医師又は歯科医師が看護師に診療の補助を行わせるためにその指示として厚生労働省令で定めるところにより作成する文書又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)であつて、看護師に診療の補助を行わせる患者の病状の範囲及び診療の補助の内容その他の厚生労働省令で定める事項が定められているものをいう。
③ 特定行為区分 特定行為の区分であつて、厚生労働省令で定めるものをいう。
④ 特定行為研修 看護師が手順書により特定行為を行う場合に特に必要とされる実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能の向上を図るための研修であつて、特定行為区分ごとに厚生労働省令で定める基準に適合するものをいう。
⑤ 指定研修機関 一又は二以上の特定行為区分に係る特定行為研修を行う学校、病院その他の者であつて、厚生労働大臣が指定するものをいう。
3 厚生労働大臣は、前項第一号及び第四号の厚生労働省令を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。
領域別パッケージ
特定行為に係る看護師の研修修了生が十分な数、得られなかったことから、特定行為看護師の養成数を増やすため、看護師特定行為研修の受講しやすさを考慮し,2019年から領域別パッケージが特定行為研修に関する省令の改正によって承認されています。例えば、集中治療領域における集中治療領域パッケージでは、橈骨動脈ラインの確保、気管チューブの位置調整、鎮静薬の投与調整等の人工呼吸器や生命維持装置等の使用など、集中治療領域で頻繁に行われる医行為を特定看護師によってタイムリーに実施することが可能となっています。他に、在宅・慢性期領域パッケージ、外科術後病棟管理領域パッケージ、術中麻酔管理領域パッケージ、救急領域パッケージ、外科基本領域パッケージが設定されています。
医療関係職種の業務範囲の見直し
チーム医療の推進については、特定行為に係る看護師の研修制度に加え、2021年に良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律が公布され、一般の看護師についても包括的指示で対応可能な業務が拡大しています。
具体的には,救急外来における医師の事前の指示や事前に取り決めたプロトコールに基づく採血・検査の実施や血管造影・画像下治療(IVR)の介助、尿道カテーテル留置,末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの抜去等が包括的指示(プロトコール)の下で実施可能となっています。
医師の指示(上記②について)
看護師が診療の補助を実施するに必要な医師の指示(②)については、具体的指示と包括的指示(具体的指示以外の指示を全て含みます。)に分類されると解されています。すなわち、医師の指示は必ずしも全ての相対的医行為について具体的な指示を医療現場においてなす必要はないと解されています。
具体的指示
具体的指示として認められる例としては、褥瘡を認めるAという患者に対し、主治医に褥瘡の浸出液の量や壊死組織の有無等を報告し、その後、医師から「Aさんに対し、褥瘡部を洗浄後、壊死部にデキストリンポリマーを塗布してください。ただしポケット部には用いないでください。」と指示を受ける場合など、看護師が誰にいつ何をするかが明確に特定された指示をいいます。
包括的指示
医師の包括的指示があったと認められるかについては、事案ごとに個別具体的に判断されることとなりますが、以下の要件を満たしている必要があります(厚労省『チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関する検討会報告書)』)。
また、包括的指示の実施に当たっては、一定の標準的プロトコール(具体的な処置・検査・薬剤の使用等及びその判断に関する基準を整理した文書)又はクリティカルパス(処置・検査・薬剤の使用等を含めた詳細な診療計画)が文書で示されていることが望ましいとされていることにご注意ください(同)。
(A) 対応可能な患者の範囲が明確にされていること
(B) 対応可能な病態の変化の範囲が明確にされていること
(C) 指示を受ける看護師が理解し得る程度の指示内容(判断の基準、処置・検査・薬剤の使用の内容等)が示されていること
(D) 対応可能な範囲を逸脱した場合に医師に連絡をとり指示を受けられる体制が整えられていること
例えば、ある入院患者について(A)、38.0度以上の発熱時に(B)ジクロフェナクナトリウム座剤25㎎挿入(C)、解熱剤使用後も熱が下がらない場合には主治医コール(夜間は当直医コール)(D)とオーダーシートに記載することは一般的ですが、当該包括的指示が上記A)~D)を満たしていることがお分かりになるかと思います。
ナースプラクティショナー制度
内閣府の規制改革推進会議に所属する「医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ」において、看護の基盤をもちながら、一定レベルの診断や治療などを行う「ナース・プラクティショナー」資格制度の新設についてヒアリングが行われています。ナースプラクティショナーとは、米国等において認められている制度で、医師の指示を受けずに一定レベルの診断や治療などを行うことができる資格です。上記特定行為研修を修了した診療看護師制度の運用次第というところもありますが、診療の補助に当たる行為の解釈によらず、医師の指示を受けない看護師の医療行為が実施されることの安全性について慎重に検討されるべきことは当然ですが、過誤が生じたときの責任を負うに足りる診断・治療のレベルの教育が可能か、過誤ある医療の対象となった国民・その家族等の納得が得られるまで上記制度新設の必要性が存在しているのか(現状の制度での対応はできないのか)についても慎重に検討がされるべきと考えます。
Qに対する検討
以上述べたところから、Qについて検討してみましょう。
看護師がQに述べた「患者の口腔内に機器を挿入して咽頭を撮影し、撮影された画像をAIが解析し、当該患者のインフルエンザ感染の有無を判定し、当該結果を看護師から患者に伝える行為」を適法に実施するには、①当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること、②医師の指示があることが必要となります。
機器を口腔内に挿入する行為は、その危険性から相対的医行為として①を満たしますし、撮影された画像を用いてAIに解析させる行為も同様です。しかし、患者の診断行為は絶対的医行為に当たりますので、医師の判断なく、看護師においてインフルエンザ感染の有無を判断し、患者に伝達することは絶対的医行為の実施となり違法となります。
医師の指示についてみれば、看護師に対する包括的指示として十分な指示がされているかが問題となります。例えば、発熱をしている患者を対象としつつ、全身状態が安定し、重篤な基礎疾患を有していない患者等に対しては実施しないことして、患者に障害・危険性等がないことを除外するよう指示して、その患者の範囲を明確に特定し、異常が生じた場合に医師の指示を受けられる体制を整えていれば、適法な指示として認められると考えられます。また、AIによる診断結果や、その他症状・所見を踏まえてインフルエンザ感染の有無を医師において判断しているのであれば、その結果を看護師を通じて患者に伝達することは適法であると考えられます。
(類似事例につき、グレーゾーン解消制度令和6年9月9日厚労省医政局医事課回答、chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mhlw.go.jp/content/001300134.pdf)