再生医療に関する厚労省の緊急命令事例

厚労省の緊急命令と再生医療を巡る医療法務解説—自由診療での再生医療に潜むリスクと法的留意点

皆様、こんにちは。

再生医療は、保険診療においても心筋シートや脊髄損傷の治療、自家培養角膜移植などが用いられ、さらに自由診療では美容や疼痛治療に多く用いられております。近年では、海外からのインバウンド患者においても多く利用されております。

その再生医療において、本年、死亡事例が発生し、今後、再生医療の提供基準や実施体制の監視強化が予想されています。

今回は、上記死亡事例に関して、厚生労働省が再生医療安全性確保法に基づく緊急命令を発出したニュースを題材に、再生医療に関する法的規制について学んでいきましょう。

 

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2024年から2025年にかけて、再生医療中の重篤事故(感染症や患者死亡)が相次ぎ、厚労省は再生医療等安全性確保法に基づく異例の緊急命令を発出しました(❶)。本記事では、その緊急命令の内容と法的根拠、背景事情を整理し、特に2025年に発生した自己幹細胞投与による死亡事案の概要と原因究明の状況を解説します。また、再生医療とは何か、同法に基づく提供計画や認定委員会による規制の仕組みを概観した上で、自由診療で先進的医療を提供する際の法的注意点(インフォームド・コンセントの強化や医療広告規制のポイント)についても考察します。医師・弁護士・法務担当者の皆様にとって、有益な知見となれば幸いです。それでは本題に入りましょう。

厚労省の「緊急命令」とは:内容・背景と法的根拠

患者安全確保のため異例の措置

再生医療等の安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第85号。以下「再生医療安全確保法」)は、再生医療の提供に際し厚生労働省が必要に応じて提供停止等を命令できる権限を定めています。その中でも「緊急命令」(22条、47条)は、患者の生命・健康に重大な危険が生じる恐れがある場合に迅速に発動される強力な措置です。

 

(緊急命令)

第22条 厚生労働大臣は、再生医療等の提供による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるときは、再生医療等を提供する病院又は診療所の管理者に対し、当該再生医療等の提供を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置をとるべきことを命ずることができる。

(緊急命令)

第47条 厚生労働大臣は、特定細胞加工物等の製造による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるときは、特定細胞加工物等の製造をする者に対し、当該特定細胞加工物等の製造を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置をとるべきことを命ずることができる。

2024年10月25日付緊急命令について

実際に上記緊急命令が発出されたのは近年になってからであり、当該命令が発出されるのは非常に例外的なケースといえます。最初の例は2024年10月に発生しました。当該事例では東京都内の「THE K CLINIC」で自由診療の再生医療(悪性腫瘍の予防を目的とした自家NK細胞療法)を受けた患者2名が重篤な感染症に罹患し入院を要する事態となり、細胞培養施設の検査でも原因とみられる微生物が検出されました(❶)。厚労省は感染拡大防止の必要性から、2024年10月25日付で当該クリニックに対し当該再生医療の提供停止、併せて関連する細胞培養センターに対して特定細胞加工物(培養細胞)の製造停止をそれぞれ命じる緊急命令を発出しました(❶)。この措置は上記法第22条(提供停止の緊急命令)および第47条(製造停止の緊急命令)に基づくもので、患者の保健衛生上の危害発生拡大を防止するために必要と判断され発出されました。

 

2025年8月29日付緊急命令について

続いて2025年8月には、再生医療中の患者死亡事故というより深刻な事態が発生しました。東京都中央区の「THティーエスクリニック」(事故後に「サイエンスクリニック」へ名称変更)にて、慢性疼痛の治療目的で自己脂肪由来間葉系幹細胞を培養し点滴投与していた50代女性患者が、投与中に急変して心停止に陥り、搬送先で死亡確認される事故が起きたのです。この報告を受け、厚労省は2025年8月29日付で再び緊急命令を発しました。内容は前例と同様、当該クリニックに対する再生医療の提供一時停止命令と、治療に用いた細胞を製造していた「コージンバイオ社埼玉細胞加工センター」に対する特定細胞加工物の製造一時停止命令です(❷)。厚労省は本件を初の死亡例による緊急命令と位置付けており、患者死亡という深刻な結果と、その原因が不明であるという状況を踏まえ、再度強制力を伴う措置に踏み切った形になります。

これら一連の緊急命令はいずれも、再生医療安全確保法に基づいて厚労省が迅速に危険を封じ込める目的で発出したものです。

具体的な法的根拠である、第22条は病院または診療所の管理者に対し再生医療等の提供停止を命じる権限を、第47条は特定細胞加工物の製造業者に対し製造停止を命じる権限をそれぞれ規定しています。当該命令は文字通り緊急避難的な行政処分であり、通常の改善命令等を待たず直ちに提供行為を止めることで、患者へのさらなる被害拡大を防ぐ最後の手段として機能します。厚労省は「患者が死亡し原因が明らかでない以上、同様の再生医療によるさらなる疾病・被害の発生を防止する必要がある」と判断し、法に基づく権限を最大限行使したといえます。背景には、自由診療領域で提供されてきた幹細胞治療・免疫療法等に対し、従前からその安全性・有効性や管理体制に懸念が指摘されていた事実があります。厚労省自ら「再生医療の安全神話に警鐘を鳴らす事態」と位置付け、社会に安全確保の重要性を再認識させる決定でもありました(❸)。

自己幹細胞投与による死亡事案:治療内容・原因究明の経緯

不明な点が多いですが、2025年8月に発生した自己幹細胞点滴療法による患者死亡事案の詳細を見てみましょう。事故は東京都内のクリニックで実施されていた慢性疼痛に対する再生医療中に起こりました。治療内容は、患者本人から採取した脂肪組織から間葉系幹細胞(MSC)を分離・培養し、点滴で静脈内投与するというものです(❷)。本来は痛みの軽減などを期待した自由診療の先進療法でしたが、8月20日の投与中に患者が容体急変し、急速に心停止に陥りました。残念ながら患者は救命できず、搬送先の医療機関で死亡が確認されました(❹)。

死亡原因については、現時点で確定的な結論は出されていません。クリニック側の当初の説明では「アナフィラキシーの可能性もある」とされましたが、投与と死亡との因果関係はまだ特定されていません。過去には2010年9月に発生した京都Bethesdaクリニックにおける韓国企業のRNLバイオ社が製造した脂肪幹細胞投与により肺動脈塞栓症で死亡した事例もあり(❺)、専門家からは、静脈内へ大量の細胞を点滴する際の塞栓症リスク(細胞塊が血管を塞ぎ肺血栓塞栓症を起こす危険)や急性の免疫反応(アナフィラキシーショック)の可能性が指摘されています。実際、本件でも肺塞栓症やアナフィラキシーショックが疑われるものの、いずれも断定には至っていない状況です。原因解明にはさらなる検証が必要であり、厚労省も「本事案の経緯を考慮すれば再生医療との関連を否定できない」として、現在第三者調査の結果や解剖所見を踏まえた徹底的な原因究明を進めているところです。

なお、再生医療安全確保法に定められている調査体制としては、法18条所定の再生医療等提供機関の管理者が行う事故発生時の疾病等報告と特定細胞加工物等製造事業者が行う法施行規則107条所定の重大事態報告が挙げられます。

 

・法

(厚生労働大臣への疾病等の報告)

第18条 再生医療等提供機関の管理者は、再生医療等提供計画に記載された再生医療等の提供に起因するものと疑われる疾病、障害若しくは死亡又は感染症の発生に関する事項で厚生労働省令で定めるものを知ったときは、厚生労働省令で定めるところにより、その旨を厚生労働大臣に報告しなければならない。

・施行規則

(重大事態報告等)

第107条 特定細胞加工物等製造事業者は、特定細胞加工物等の安全性の確保に重大な影響を及ぼすおそれがある事態が生じた場合には、必要な措置を講ずるとともに、その旨を速やかに当該特定細胞加工物等製造事業者が製造した特定細胞加工物等の提供先の再生医療等提供機関及び厚生労働大臣に報告しなければならない。

2 前項の措置に係る特定細胞加工物等を保管する場合においては、当該特定細胞加工物等を区分して一定期間保管した後、適切に処理しなければならない。

 

また、これら再生医療による事故は、当然ながら医療事故としての側面もあるため、医療法に基づく医療事故調査制度の対象となり、クリニックは医療事故調査・支援センターへの報告を行う必要があります。個の場合、施設とは独立した第三者機関(医療安全調査機構)が指導・支援し、必要に応じて専門家によるいわゆるセンター調査が行われます。

さらに、警察監察医による司法解剖が実施され、死因の究明が進められていると考えられます。

今後、医療機関の開設者及び医師については、上記調査結果に応じて、刑事、民事及び行政上の責任が問われる可能性があります。

厚労省は「本事案の経緯把握および徹底した原因究明等を行い、再生医療等の安全性を確保してまいります」とコメントしており、行政としても原因解明と再発防止策の検討に注力する姿勢が示されています。原因の特定には時間を要するものの、本件は再生医療に内在するリスクが現実化した重大事故であり、今後の制度運用にも大きな影響を与えると考えられます。具体的には、再生医療の提供基準や監視体制の強化が予想されます。

再生医療とは何か:安全性確保法による規制と提供手続き

再生医療等の定義と制度制定の背景

以下においては、再生医療とその規制について解説します。

「再生医療等」とは、「再生医療等技術」を用いて行われる医療(法2条1項)であり、「再生医療等技術」とは、細胞加工物(薬機法上の承認を受けた再生医療等製品のみをその承認に応じた使い方又はそれと同程度の安全性が認められる方法で使用する場合除く。)又は核酸等(同)を用いる医療技術により人の身体の構造又は機能の再建、修復又は形成又は人の疾病の治療又は予防を行うものをいいます(治験や、輸血、造血幹細胞移植、生殖補助医療等の医療技術による医療は除かれます。)。

なお、現在のところ、エクソソームを含む細胞外小胞を用いた医療技術については、細胞を含まないことが明らかである場合には、法の対象外とされています。

 

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)

これは従来の薬物療法や手術とは異なり、細胞や組織そのものを用いて人体を治癒・再生させる新しい医療分野です。幹細胞を使った組織再生、免疫細胞を使ったがん治療、遺伝子治療などが広義の再生医療に含まれます。再生医療は、難病や従来治療がない疾患に対して希望をもたらす一方、安全性・有効性が確立していない技術も多く、患者に重大なリスクを及ぼす可能性が否定できません。このため日本では2014年11月に再生医療安全確保法が施行され、「安全かつ適正な再生医療の提供体制」を整備することとなりました。同法制定の背景には、かつて自由診療下で行われた無届け幹細胞治療による事故が社会問題化し、安全対策の枠組みが求められた経緯があります。またiPS細胞等の画期的研究成果を臨床応用する際に、従来の医薬品承認制度だけでは機動的な実用化が難しいことから、一定条件下で未承認の細胞治療を提供可能にする制度が用意された側面もあります。再生医療安全確保法の下では、「必要な手続きを経た届出制」のもとで再生医療を実施できる仕組みとなっており、これにより患者の安全と技術の発展を両立させることが目指されています。

リスク分類と提供計画の仕組み

同法の大きな特徴は、再生医療等技術をリスクや新規性の程度に応じて3区分し、それぞれに異なる手続的規制を課している点です。具体的には以下のとおりです。

  • 第一種再生医療等(リスクが極めて高いもの):ヒトの受精胚、ES細胞・iPS細胞由来細胞、遺伝子導入細胞等、新規性が極めて高く腫瘍化や未知のリスクが大きい治療法が該当します。現状では主に臨床研究ベースで行われる先端的治療(例:iPS細胞由来網膜細胞の移植など)がこれに当たります。第一種は厚生労働大臣への提供計画提出と個別審査・許可が必要で、提出後原則90日間は提供開始できない(厚労省が計画内容を精査し、必要に応じ変更命令を出せる)という厳格な手続きになっています。
  • 第二種再生医療等(リスクが中程度のもの):患者自身または他人の細胞を培養・加工して用いる治療法で、現在実施中の治療法等、第一種ほどではないが一定のリスクがあるものが該当します。例えば自己脂肪由来幹細胞を培養して乳房再建や美容治療に使うケース、あるいは他家由来の免疫細胞療法などが挙げられます。第二種の場合、計画は地域の地方厚生局長宛てに提出し、第一種ほどの提供制限期間はありません(計画提出後、特段の問題がなければ提供開始可能)が、手続き上は厚労省への届出を経て実施することが義務付けられます。
  • 第三種再生医療等(リスクが比較的低いもの):上記いずれにも該当しない、比較的安全性リスクの低い治療法が該当します。例としてPRP療法(自己血を遠心し血小板を抽出して関節や皮膚に注入する療法)や、遺伝子操作を伴わないがん免疫細胞療法などがあります。第三種も第二種同様に地方厚生局長への計画提出(届出)で実施可能ですが、リスクに応じて必要な手続きが簡略化されています。

以上の分類に応じて、再生医療を提供しようとする医療機関は事前の準備を行います。各医療機関の管理者(院長等)は、提供予定の再生医療が第何種に該当するかを判断し、その区分ごとに「再生医療等提供計画」を作成して提出する義務があります。提供計画には治療の目的・方法、安全性に関する情報、対象患者の範囲、実施施設や細胞加工施設の体制、患者への説明同意の方法などが盛り込まれます。

計画策定にあたっては、厚労省令で定める「再生医療等提供基準」に適合させる必要があり、提供方法や品質管理について一定の水準が求められます。

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)

 

認定再生医療等委員会による審査と計画の届出

提供計画を作成した医療機関は、実施前に必ず第三者機関である「認定再生医療等委員会」の審査を受けることが義務付けられています。認定再生医療等委員会とは、再生医療や法令の専門家(医師、歯科医師、薬学・生物学の有識者、法律実務家など)で構成され、厚労大臣から認定を受けた合議体です。委員会は提出された提供計画について、その内容が再生医療等提供基準に適合しているか、安全性・倫理面で問題ないかを審査し、意見書を交付します。医療機関はこの委員会意見を計画に添付し、所定の行政庁(第一種は厚労大臣、第二・三種は地方厚生局長)へ計画を提出します。計画を提出し受理されることで初めて、当該再生医療を患者に提供することが法的に可能となります(届出制)。仮に計画を提出せず無届けで再生医療を提供した場合や、虚偽の計画を提出した場合等には法律違反となり、罰則(法60条(1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)、62条(50万円以下の罰金))の対象となります。

過去には、法に義務付けられた第一種再生医療等提供計画の提出を懈怠して再生医療を提供していた事案において刑事事件に発展したものが複数あります。例えば、脂肪幹細胞を培養して使用した大阪医科大学の元講師が逮捕・略式起訴での罰金刑を受けた事例(❻)や、細胞分離・冷凍等の操作をした臍帯血を脳性麻痺やアンチエイジングのために皮下注射等により使用して多額の利益を上げていたクリニック医師が懲役1年、執行猶予2年に処せられた事例(松山地判平成29年12月21日(平成29年(わ)第313号))があります。民事上も、医療等提供計画の提出を懈怠して再生医療を提供した場合には、患者から診療契約の詐欺取消しに基づいて診療費用の返還を請求されたり、不法行為に基づく損害賠償を請求される可能性があります。ご注意ください。

認定委員会の審査過程では、例えば対象患者の適応や除外基準が適切か、細胞加工や保管のプロトコルは妥当か、十分なリスク説明と同意取得の計画になっているか等が精査されます。委員会は必要に応じて計画修正の助言を行い、安全策が講じられるようチェック機能を果たします。その中でも第一種および第二種のような比較的リスクの高い計画は、「特定認定再生医療等委員会」と呼ばれる特に高度な審査能力・中立性を持つ委員会で審査することとされており、リスクに見合った厳格な目が向けられる仕組みです。こうして届け出られた計画は厚労省のデータベースにも登録・公開され、一般にも治療内容や実施医療機関が検索できるようになっています。

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)

 

再生医療提供後の遵守事項と報告義務

再生医療は提供開始後も監視と報告が義務付けられています。医療機関は毎年度、その提供計画に基づき実施した再生医療の件数や経過、安全性・科学的妥当性に関する評価等をまとめて定期報告を行わねばなりません。この定期報告は担当する認定委員会と厚労大臣(または地方厚生局長)の双方に提出され、委員会から継続の適否に関する意見を得る機会にもなります。また計画内容に重要な変更が生じる場合(例:提供方法の変更や細胞加工方法の変更)は、事前に委員会の再審査と行政への変更計画届出が必要となります。

特に重要なのが、有害事象の報告義務です。再生医療提供中または提供後に、提供計画に記載された再生医療に起因する可能性のある疾病、障害、死亡、感染症などの事態が発生した場合、医療機関管理者は速やかに所定の報告を行わねばなりません。第一種の場合は厚労大臣経由、第二・三種の場合は地方厚生局長への報告となり、併せて使用した細胞加工物の製造業者等にも通知することが義務付けられます。今回の死亡事案でも、クリニックから厚労省へ法18条に基づく疾病・死亡報告がなされ、適切に行政介入に繋がりました。このような報告を受けた行政当局は、必要に応じ立入検査や改善命令(法23条)を行う権限があります。また重大な安全懸念があれば前述の緊急命令(法22条等)を発することも可能です。実際、2024年と2025年のケースではいずれも報告翌日に緊急命令という迅速な対応が取られました。

以上のように、再生医療安全確保法のもとでは計画策定から提供中・提供後に至る包括的な安全対策サイクルが構築されています。医療機関はこの枠組みに則って適切に自由診療の先端医療を提供することが求められます。しかし、本法施行から約10年が経過し、今回のような緊急命令事案が現れたことは、なお一層の遵守徹底と制度運用の見直しが必要であることを示唆していると言えます。

自由診療における法的注意点:説明義務と医療広告規制

最後に、自由診療(公的保険の適用外診療)で再生医療等の先進的治療を提供する際の法的留意点について整理します。自由診療は医師の裁量で新しい医療を提供できる反面、患者保護の観点から厳格な説明義務や広告規制が課せられていることに注意が必要です。

インフォームド・コンセント(説明と同意)の強化

第一に、医師の説明義務です。患者に治療を提供する際、医師はその内容・効果・リスク・代替手段など必要な情報を分かりやすく説明し、患者の自主的な治療選択を可能にする義務を負います(医療法第1条の4、第15条など)。特に自由診療で行われる、治療の有効性・安全性が未確立である先進的・試行的医療の場合には、通常診療以上に充実した説明が求められます(❼)。

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過去の裁判例でも、一般的に確立した治療に比べて新規の治療法に関しては一層詳細なリスク説明を尽くす義務があることが認められており、医師の説明義務違反が厳しく問われる傾向があります。実際、2022年の東京高裁判決(東京高判令和4年7月6日、(原審)宇都宮地判令和3年11月25日・判タ1502号211頁)では、標準治療ではない自由診療の治療を行う際に患者への不十分な説明が問題視され、医師の責任が認定されています。

再生医療のように科学的根拠が蓄積途上の治療では、患者はその位置付けを誤認しやすいため、医師は通常の診療における説明に加え、以下の点を特に丁寧に説明しなければ義務違反と評価されるリスクがあります。

  • 治療の不確実性:当該療法は厚労省による承認を得たものではなく、また、十分な有効性データが揃っておらず、効果が確約できないこと。また標準治療ではなく試験的要素があること。
  • 具体的なリスク:起こり得る副作用や合併症(例:感染症、免疫反応、肺血栓塞栓症等)について発生可能性があること。
  • 代替治療の有無:他に標準的な治療法がある場合はその選択肢があること及びその利害得失。

説明は口頭だけでなく文書を用いて行うことが望ましく、実際に再生医療提供計画の届出時にも患者向け説明文書・同意文書の雛形を添付するよう求められています(❽)。患者がリスクとベネフィットを十分理解し、自発的かつ納得の上で治療を選択したことを確認するため、インフォームド・コンセント(説明と同意)のプロセスを強固にすることが医療側の責務です。今回の死亡事案を受け、専門家からも「リスクとベネフィットを踏まえた説明義務の強化」が今後不可欠になると考えられます。医療機関は改めて自院の説明内容を見直し、患者に誤解や過度の期待を与えていないか点検する必要があるでしょう。

医療広告ガイドラインに基づく広告規制

第二に、医療広告規制への留意です。自由診療の集客目的でウェブサイトやSNS等に治療内容を掲載するケースが多く見られますが、日本では医療法(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000881463.pdf)に基づき、医療広告が厳しく制限されています(❽)。医療法では患者を誘引する意図をもって特定の医療機関名等を示す広告について、認められた項目以外は一切禁止する包括的規制を敷いています。2018年の法改正以降は病院・クリニックの公式サイトも広告規制の対象となり、自由診療の治療内容をウェブで紹介する場合には一定の情報開示要件を満たす必要があります。

医療広告ガイドラインでは、未承認の医薬品・医療機器等や自由診療に関する治療内容をサイトに掲載する場合、以下のような事項を併記すれば広告可能とする「限定解除」規定を設けています。

  • 医療に関する適切な選択に資する情報であって患者等が自ら求めて入手する情報を表示するウェブサイトその他これに準じる広告であること
  • 表示される情報の内容について、患者等が容易に照会ができるよう、問い合わせ先を記載することその他の方法により明示すること
  • 自由診療に係る通常必要とされる治療等の内容、費用等に関する事項について情報を提供すること
  • 自由診療に係る治療等に係る主なリスク、副作用等に関する事項について情報を提供すること

上記のような情報提供をセットで行うことで、患者が正確な理解のもとで治療を選べるようにする狙いです。裏を返せば、これらを欠いた治療内容の宣伝は広告可能事項については不適切広告と判断され、指導や行政処分の対象となり得ます。

限定解除要件を満たした場合であっても、患者に誤認させるような虚偽広告、比較優良広告、誇大広告、公序良俗に反する広告は禁止されています。例えば、「最新の再生医療で必ず治る」「奇跡の若返り治療」等、効果を保証する断定的な表現はもちろんアウトです。また「厚生労働省が正式承認した治療です」などといった記載は誤解を招く不当な表示に当たります。実際には再生医療は厚労省への届出によって実施されているだけで、公的なお墨付き(承認)を得ているわけではありません。日本再生医療学会も2024年に声明を出し、「厚労省の承認を正式に受けて提供」などと謳う広告は医療法違反であり患者に不正確な情報を与えるものだと注意喚起しています(❿)。したがって、クリニックは自院サイト等で再生医療メニューを紹介する際、「届出済みの自由診療である」旨を正確に記載し、あたかも公的に保証された治療かのような表現は避けなければなりません。

さらに、患者の体験談や治療前後の写真の扱いにも規制があります。医療法施行規則第1条の9は「治療等の内容又は効果について患者等を誤認させるおそれがある治療前後の写真等の広告」を明確に禁じており、美容医療分野で多用され問題になったビフォーアフター写真や誇大な症例紹介は違法となります。写真や体験談は個人の感想や限定的事例に過ぎず、一般患者に普遍的な効果を保証するものではありません。こうした広告で患者が不当に高い期待を抱き、不適切な医療を選択することを防ぐため、品位を損ねる内容の広告は禁止されているのです。もしウェブ上に治療例の写真等を載せる場合でも、通常必要とされる治療内容・費用・リスク等の詳細情報を併記し、誤認の余地を無くすことが求められます。SNS等では十分な情報を書き添えるのが難しく違反に陥りやすいと指摘されるところであり、医療機関は安易な宣伝投稿に注意すべきでしょう。

要するに、自由診療の広告は事実に即した必要最小限の情報提供にとどめ、患者の不安や期待を不当に煽る表現をしてはならないということです。近年、再生医療の分野でも「幹細胞点滴」などの文言が魅力的に宣伝される例が散見されましたが、これらの効果や安全性には未知の部分が多く、規制当局や学会は注意喚起を強めています。

医療機関の法務担当者は、自院のウェブサイトやパンフレット、SNS投稿が医療広告ガイドラインに抵触していないか定期的に点検し、必要に応じて専門家の確認を受けることが望ましいでしょう。

以上

 

【引用資料】

❶厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について」https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000164606_00001.html

❷厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_62642.html

❸日本再生医療学会「再生医療等安全性確保法に基づいた緊急命令に対する本会の考え方について」https://www.jsrm.jp/news/news-16721/

❹日本経済新聞「自由診療の細胞投与で死亡 厚労省、治療停止を命令」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD29C770Z20C25A8000000/

❺毎日新聞「幹細胞治療:「再生医療」ずさん実態 患者急死の医療機関」

https://www.columban.jp/upload_files/data/LJ0001_zusan.pdf

❻日本経済新聞「無許可再生医療、功焦った末 元講師に罰金命令」https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57054110Q0A320C2SHJ000/

❼Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!)「医師が知っておくべき試行的医療の留意点:裁量の限界と説明すべき範囲」

https://mtymedlaw.com/entry/2025/01/28/131359

❽令和7年5月30日付厚生労働省医政局研究開発政策課通知「再生医療等提供計画等の記載要領等について」

https://www.ajha.or.jp/topics/admininfo/pdf/2025/250602_10.pdf

❾令和6年9月13日最終改正「医療広告ガイドライン」

https://www.mhlw.go.jp/content/001304521.pdf

❿日本再生医療学会「再生医療等の自由診療における広告に関する注意喚起について」https://www.jsrm.jp/news/news-16721/ https://www.jsrm.jp/news/news-15165/

 

医薬品分類と添付文書の法規制について

日本における医薬品の分類と添付文書関連の法規制

日本における医薬品の分類と添付文書関連の法規制

 

まとめ

本稿では、日本の医薬品制度における分類体系および添付文書の法的枠組みについて、薬機法に沿って解説しています。医薬品は、リスクや使用対象に応じて「医療用医薬品」「要指導医薬品」「一般用医薬品」に分類され、それぞれ販売方法や情報提供の義務が異なります。添付文書は、適正使用と安全性確保のための法定文書であり、薬機法52条に基づき記載が義務付けられています。2019年改正以降、医療用医薬品では電子化(電子添文)が進み、最新情報の提供が容易になりました。厚生労働省の新記載要領やRMP(リスク管理計画)制度により、リスク情報の明確化と包括的管理が推進されています。また、効能・用量の変更には一部変更承認申請、安全性情報の追加には軽微変更届出が必要となり、迅速な情報反映が可能な体制が整備されています。

 

医薬品の分類体系と関連法規概要

日本の医薬品は、そのリスクや使用方法に応じて大きく 「医療用医薬品」, 「要指導医薬品」, 「一般用医薬品」 の3区分に分類されています。それぞれ販売方法や情報提供の規制が異なり、薬機法(医薬品医療機器等法)および関連政省令・通知によって定義されています。

医療用医薬品(処方箋医薬品を含む): 医師の診断・処方に基づき使用される医薬品で、効能効果が強く重篤な副作用リスクのあるものです。薬機法上、要指導・一般用医薬品以外の医薬品が「医療用医薬品」に該当し、これらは通常病院・調剤薬局で処方箋により交付されます。特に処方箋医薬品は薬機法第49条で「厚生労働大臣が指定する医薬品」と定義されており、原則として医師の処方箋なしに販売できません(緊急時等「正当な理由」がある場合を除く。)。処方箋医薬品の範囲や例外条件については、平成17年通知「処方せん医薬品の指定等について」(薬食発0330016号)に詳細が示されています。

薬局製造販売医薬品: 医療用医薬品の一種ですが、各薬局が自らの設備で製造し、その薬局内で直接販売できる調剤医薬品です(薬機法第4条第5項第2号所定の「薬局医薬品」)。処方箋の要否は製剤によりますが、毒薬・劇薬でない調剤薬は処方箋なしで販売可能な場合もあります。

要指導医薬品: 一般用医薬品に移行して間もない新しい成分の医薬品(スイッチOTCやダイレクトOTCと呼ばれる新規OTC医薬品)や、毒薬・劇薬であって特に注意が必要なものが該当します。薬機法第4条第5項第3号に定義され、厚生労働大臣の指定するものが要指導医薬品となります。薬剤師による対面での情報提供・指導が義務付けられており、一般の店舗で自由に手に取れず陳列も制限されます(購入の際は薬剤師が直接手渡しします。)。またインターネット等による通信販売は認められません。具体例として、医療用からOTCにスイッチ直後の成分(原則3年間は安全性検証期間)や、新規成分のダイレクトOTC(原則5~8年程度再審査期間)があります。これらは一定期間要指導医薬品として販売され、安全性評価後に第一類医薬品へ移行する仕組みです(スイッチOTCは約3年で、第1類へ、さらに評価確定後に第2類・第3類へ段階的移行)。なお、毒薬・劇薬も人に対する作用が強いことから要指導医薬品に指定されており、薬剤師の管理下でのみ販売可能です。要指導医薬品の該当品目リストは厚生労働省告示で公表されており、劇薬(※薬機法上の「医薬品」に該当するもの。非医薬品の毒物・劇物は別の法規で規制)なども含まれます。

一般用医薬品(OTC医薬品): 要指導医薬品以外で、一般消費者が自ら判断して購入できる市販薬です。薬機法第4条第5項第4号で定義され、リスクの程度に応じてさらに3つの区分に細分されます。すなわち第一類医薬品・第二類医薬品(指定第二類含む)・第三類医薬品です。この区分規定は薬機法第36条の7第1項各号に定められています。

第一類医薬品: 一般用医薬品の中で特にリスクが高いもの(副作用リスク等が高い成分)。新規スイッチOTC等、安全性検証中の成分は当初すべてここに分類されます。販売時には薬剤師が必ず対応し、対面での積極的な情報提供が義務付けられています。インターネット販売は可能ですが、店舗と同様に薬剤師等による適正な情報提供(サイト上での相談画面設置など)が求められます。なお第一類への区分指定は厚生労働大臣の告示によって具体品目が示され、スイッチ直後品目の移行時期などに応じて改正されます。

第二類医薬品: リスクが比較的高い一般用医薬品で、購入時に注意喚起が必要なものです。なかでも特に注意を要するものは指定第二類医薬品とされ、表示上や販売時により積極的な注意喚起が義務付けられています(例えば指定2類は陳列場所に「②」マーク表示等)。第2類の販売は薬剤師または登録販売者が対応でき、リスクや使用上の注意について必要に応じ情報提供を行いますこととされています。

第三類医薬品: リスクが比較的低い一般用医薬品です。副作用リスクが低く、情報提供に法定の義務はありませんが、購入者から相談があれば薬剤師・登録販売者が説明を行います。販売も薬剤師または登録販売者が行えます。

以上のように、医薬品の分類ごとに販売できる者(薬剤師 or 登録販売者)や販売方法(対面/ネット可否)、情報提供義務が異なります。2014年の薬機法改正により、それまで規制が曖昧だった通信販売も整備され、要指導医薬品以外の一般用医薬品は適切なルールの下で全てインターネット販売が可能となりました(要指導はネット販売不可です。)。例えば第1類医薬品は薬剤師の関与が必要、第2類・第3類は登録販売者でも販売可能、といった販売制度は政省令および通知で詳細に規定されています(平成26年薬機法改正施行通知「薬事法及び薬剤師法の一部改正の施行等について」(薬食発0310第1号)等)。また店舗での陳列方法についても、要指導医薬品・第1類はカウンター内等直接手に取れない陳列とすることや、第2類・第3類は一般陳列可など、省令(薬機法施行規則)や通知で細かく定められています。さらに毒薬・劇薬については薬機法第44条で表示・取扱規制が定められており、劇薬は上記の通り要指導医薬品として扱われます。

添付文書の記載事項に関する法規とガイドライン

添付文書(医薬品説明書)は、医薬品の適正使用と安全確保のために製造販売業者が作成し、医師・薬剤師など医療関係者や消費者に提供する文書です。薬機法および関連省令により、医薬品の容器・包装や添付文書に記載すべき事項が規定され、また厚生労働省通知により具体的な記載方法の指針(記載要領)が示されています。

添付文書記載に関する法令上の規定

薬機法第52条が添付文書等の記載に関する基本条文です。2019年の法改正(令和元年改正薬機法)により第52条は大きく改編され、第1項で主に医療用医薬品(処方箋医薬品等)について、第2項で要指導・一般用医薬品(市販薬)について規定する形に変更されました。改正後の条文のポイントは以下の通りです。

医療用医薬品の添付文書(注意事項等情報)

:薬機法第52条第1項に規定されています。改正により条文上は「添付文書」という語を用いていませんが、内容的には従来どおり医療用医薬品の添付文書を指すものです。同項では、「医薬品(※第2項に規定するものを除く)」について、その容器または被包に、情報通信機器を用いて当該医薬品の注意事項等の情報を入手するため必要な符号等を記載することが義務付けられました。平たく言えば、医療用医薬品については紙の添付文書そのものを容器に同梱する義務が廃止され、代わりに電子的に添付文書情報(注意事項等情報)を提供するためのコード(バーコードやQRコード等)を容器等に表示することが要求されますようになりました。この符号を通じて入手できる情報(注意事項等情報)の内容については後述の厚労省令・通知で定められています。

要指導医薬品・一般用医薬品の添付文書

薬機法第52条第2項で規定されています。こちらは従来からの「直接の容器または被包か、これに添付する文書に最新の知見に基づく必要事項を記載せよ」という趣旨の条文です。すなわち、要指導及び一般用医薬品については、最新の論文その他による当該医薬品の性状・効果、副作用その他必要な注意事項を、容器や被包、又は添付文書に記載することが法律上義務付けられています。この「容器または添付文書のいずれか」に記載すればよいという規定により、実務上、注意事項等は紙の添付文書に記載し箱には簡潔な表示のみとする運用がなされています(例えば一般用医薬品では効能効果や用法用量の概要は外箱にも表示し、詳細な注意事項は添付文書に記載されることが通常です。)。

また、薬機法第50条では医薬品の直接容器等への表示事項が定められており、第50条第6号で要指導医薬品の区分表示(「要指導医薬品」の文字表示)、第50条第7号で一般用医薬品のリスク区分表示(第1類・第2類・第3類の表示)義務が規定されています。これに基づき施行規則第209条の2・209条の3で具体的な表示様式(枠で囲んだ「第○類医薬品」の表示法など)が定められ、さらに厚生労働省通知(例:平成20年5月21日薬食発0521001号「薬事法施行規則の一部改正の公布について」)で詳細なガイドラインが示されています。このように、医薬品の容器表示や添付文書に何を記載すべきかについては、『法律→省令→通知』という階層で規定・指導されています。

医療用医薬品添付文書の記載要領と主な記載事項

医療用医薬品の添付文書については、厚生労働省から「記載要領」(ガイドライン)が発出されており、これが具体的な記載項目や様式を定めています。長らくは1997年(平成9年)に通知された旧記載要領(「医療用医薬品添付文書の記載要領について」薬発第606号等)が使われてきましたが、医療の進歩や高齢化、IT化に伴い見直しが検討され、2017年に新記載要領が制定されました。

2017年 新記載要領の策定

平成29年6月8日付で厚生労働省医薬・生活衛生局長通知「医療用医薬品の添付文書等の記載要領について」(薬生発第1号)および安全対策課長通知(薬生安発第1号)が発出され、添付文書記載要領が約20年ぶりに全面改訂されました。これにより、従来の「使用上の注意」を中心とした構成から、新たな項目立て・レイアウトが導入されています。主な改正点としては、重要な警告や禁忌、重大な副作用等の項目がより明確化されたこと、妊婦・小児・高齢者等の特定の患者群に関する注意が整理されたこと、薬物動態や臨床成績など承認時評価データの記載充実、そしてレイアウトの標準化(フォントサイズ・項目番号付与等)があります。新記載要領の施行は2019年4月1日付とされ、経過措置期間が2024年3月31日まで設定されました。製造販売業者はこの期間内に既存製品の添付文書を新様式へ更新することが求められ、PMDAへの届出・相談期限も当初設定されていました(その後スケジュールは若干延長されています)。新様式では、添付文書情報の電子データ化(後述)も見据え、PMDAへの届出フォーマットがSGMLからXMLへ変更されたことも技術的なトピックです。

添付文書に記載すべき内容

記載要領では添付文書の具体的項目が定義されています。新記載要領における主な項目例として、「警告」「禁忌」「原則禁忌」「重大な副作用」「重要な基本的注意」「相互作用」「適用上の注意」「薬効薬理・作用機序」「有効性・臨床成績」「薬物動態」「包装・貯法」など多岐にわたります。旧要領下で「使用上の注意」として一括されていた事項が、より構造化され番号付き項目となったイメージです。なお、この記載要領に基づく具体的な記載例やQ&Aも厚労省から提供されており、製造販売業者はそれらを参照して添付文書を作成・改訂します。

添付文書の電子化対応(電子添文制度)

2019年の法改正およびその後の省令改正により、医療用医薬品の添付文書は紙同梱から電子提供が原則となりました。改正薬機法の施行日である2021年8月1日以降、医療用医薬品等については紙の添付文書を原則同梱せず、容器や外箱に表示したバーコード等から電子データで添付文書情報を閲覧する形式が採用されています。これを一般に「電子化された添付文書(電子添文)」制度と呼びます。

一般用医薬品等の紙添付文書継続: 上記電子化は主に医療用医薬品(医療関係者向け)を対象とした制度改正であり、一般消費者向けに販売されます一般用医薬品や要指導医薬品については従来通り紙の添付文書同梱が継続されています。一般用医薬品は購入者が必ずしも電子媒体で情報取得できるとは限らないためで、消費者への周知期間を考慮し引き続き紙面による情報提供が義務付けられています。したがってスイッチOTC直後の要指導医薬品なども含め、市販薬については現時点では紙の添付文書が同梱されており、購入者は従来と同様に箱の中の説明文書を読む形式です。

電子添文に関するガイドライン

電子化への円滑な移行のため、厚労省からは「電子化された添付文書の記載要領について」等の通知が発出されています。代表的なものとして令和3年6月11日付薬生発第1号「医療用医薬品の電子化された添付文書の記載要領について」があり、電子提供となった場合のフォーマットや記載項目の取扱いを定めています。この通知および関連Q&Aでは、電子添文においても基本的な情報項目は新記載要領に準拠しつつ、「符号等(バーコード)からアクセスできる情報」としての体裁や、公衆が閲覧可能なPMDAサイト上の表示方法などについて留意事項が示されています。なお、電子添文制度下でも緊急時のシステム障害等に備え、製造販売業者は紙のバックアップを用意することなど運用上の注意も示されています。

リスク管理計画(RMP)と添付文書の関係

医薬品リスク管理計画(RMP: Risk Management Plan)は、医薬品の開発から市販後に至る安全対策を一貫して計画・実施するため、製造販売業者が策定する計画書です。日本では2012年4月に厚労省から「医薬品リスク管理計画指針について」(医薬食品局安全対策課長通知)が発出され、2013年4月以降に承認申請を行います新医薬品等にRMP策定・提出が義務付けられました。現在、新有効成分医薬品や新たな安全性懸念が判明した承認品目では、承認申請時にRMPを提出し、公表することが求められています。

添付文書とRMPはともに医薬品のリスク情報を扱いますが、その範囲と目的に違いがあります。添付文書には、治験や市販後調査で因果関係が明確に確認された副作用(「重大な副作用」「その他の副作用」)や使用上の注意事項など、確立されたリスク情報が記載されています。一方、RMPには、添付文書に記載されます確定リスクに加えて、「重要な潜在的リスク」(現時点で因果関係が十分確認できないが潜在的に懸念されます有害事象)や「重要な不足情報」(臨床でデータが不十分な事項)まで含め、網羅的にリスクが列挙されています点が特徴です。言い換えれば、添付文書は現時点で判明しているリスクに重点を置くのに対し、RMPは将来懸念されます可能性のあるリスクも含めた計画ということになります。

RMPでは各医薬品について重要なリスク等を洗い出し、安全性監視活動(例: 使用成績調査や治験後調査)とリスク最小化活動の計画を定めます。リスク最小化活動には「通常のリスク最小化策」と「追加のリスク最小化策」があり、前者には添付文書や患者向け医薬品ガイドによる情報提供が含まれます。すなわち添付文書の作成・改訂自体がRMP上の基本的なリスク低減策と位置付けられており、製造販売業者は通常の安全対策として常に最新の知見を添付文書等に反映し医療関係者・患者へ情報提供する責務があります。一方、添付文書だけでは十分でない場合(例えば特定の重大リスクについて添付文書以上に周知徹底が必要な場合)には、追加のリスク最小化策として教育資材の配布、適正使用ガイドの作成、使用条件の制限等が講じられます。このように、RMPにおける「重要な特定されたリスク」の多くは添付文書の「重大な副作用欄」に記載されますし、添付文書改訂はRMP実施の一部でもあります。したがって両者は補完関係にあり、医療現場では新薬使用時に添付文書のみならずRMP概要資料にも目を通すことで、添付文書にまだ記載がない潜在リスクを把握するといった活用法が推奨されています。実際、添付文書に載っていない有害事象でもRMPの「重要な潜在的リスク」「不足情報」として記載されています場合があり、これらは未知のリスクへの注意喚起に役立ちます。このようにRMPは添付文書を補う新しい情報源として位置付けられており、製造販売後安全対策の強化に繋がっています。

添付文書の変更手続き制度

添付文書の内容を改訂・変更する場合の手続きも法令・通知で体系化されています。変更内容が承認事項(行政の承認範囲)に該当するか否かで、大きく手続きが異なります。

承認事項に係る変更

医薬品の効能効果、用法用量、剤形など、承認申請時に当局が審査し許可した事項を変更する場合、薬機法第14条に基づき「一部変更承認申請」(いわゆる一変申請)を行い、厚労省/PMDAの承認を受ける必要があります。例えば新たな適応症追加、用量増減などはこのカテゴリーに該当します。安全性に関しても、重大な禁忌の追加など医薬品の基本的な使い方に影響する変更は承認事項と解釈され、一変申請が求められます。承認前に当該内容の添付文書への反映はできず、申請・審査を経て承認取得後に改訂実施となります。

軽微な変更(承認事項に該当しない変更)

上記以外の添付文書記載内容の変更については、薬機法第14条第10項に基づき「軽微変更届」の対象となります。軽微変更とは、安全性や有効性に影響を及ぼさない軽微な範囲の変更と政令で定義されており、承認申請は不要ですが厚生労働省への届出が義務付けられています。2014年の法改正でこの届出制度が創設され、同年9月1日付の安全対策課長通知「添付文書等記載事項の届出等に当たっての留意事項について」(薬食安発0901第01号)によって取扱いが示されました。製造販売業者は、添付文書の内容変更を行います際、その変更が軽微変更届出の対象であればPMDAに届出を行い、速やかに改訂後の添付文書情報を公表することになります。届出は変更後でも可能ですが、情報提供の観点から変更実施前になるべく事前届出し、届出後は速やかに社外公表することが望ましいとされています。

具体的な届出対象範囲: 軽微変更届の対象となる「添付文書記載事項」はさらに細かく定められています。厚労省のQ&Aによれば、「品名(販売名)の変更」や「使用上及び取扱上の必要な注意」の変更は法令上届出義務ありとされています一方、「薬物動態」「臨床成績」「薬理作用」「包装」等、使用上の注意に該当しないデータ部分のみの変更は届出不要と扱われます。例えば、添付文書中の副作用や禁忌、警告といった使用上の注意に関連する部分を改訂する場合は軽微な修正であってもPMDA届出が必要ですが、薬物動態パラメータの追記や社名変更など内容に変更を伴わない表記ゆれ修正等であれば届出は求められない、といった基準です。ただし届出不要の場合であっても、PMDAのウェブサイト上に公表している添付文書情報はできるだけ最新に更新する努力義務があります。

変更時の当局確認と安全対策

前述のように、軽微変更事項については承認を要さず届出制となっていますが、2010年の「薬害再発防止策に関する提言」では添付文書改訂時の事前確認義務化も提言されていました。これを受け現在では、重大な安全性情報の変更については厚労省との事前相談や安全性速報の発出などを通じ、実質的に当局と企業が連携してタイムリーに改訂を行います体制が整えられています。たとえば重篤副作用が新たに判明した場合、厚労省は「緊急安全性情報(イエローレター)」等で医療現場に周知すると同時に企業に添付文書改訂指示を出し、企業は軽微変更届を行って速やかに添付文書へ反映します。変更届出後、企業各社は自社Webサイトや情報提供資材を通じて改訂内容を公表し、PMDAの添付文書データベースも更新されます。こうした一連の流れは、事務連絡「安全対策措置の検討に関する標準的な作業の流れ」などで標準化されており、添付文書の最新知見への迅速な反映と周知が制度的に担保されています。

 

おわりに

以上、医薬品の分類ごとの法規や、添付文書の記載事項・電子化・RMP・変更手続きに関する法令・通知・指針を体系的に整理しました。医薬品の適正使用を支えるこれらの制度は、薬機法を中心に省令や厚労省通知で細かく規定されており、常に最新の安全対策の知見を取り入れつつアップデートされています。

参考文献・出典

  • 薬機法(医薬品医療機器等法)および同施行規則 – 医薬品の定義・区分、添付文書等に関する条文(第4条、第36条の7、第49条、第50条、第52条 等)
  • 厚生労働省医薬食品局安全対策課長通知「添付文書等記載事項の届出等に当たっての留意事項について」(平成26年9月1日付 薬食安発0901第1号)およびQ&A
  • 厚生労働省医薬・生活衛生局長通知「医療用医薬品の添付文書等の記載要領について」(平成29年6月8日付 薬生発第1号)および同安全対策課長通知(薬生安発第1号)
  • 厚生労働省医薬・生活衛生局長通知「医療用医薬品の電子化された添付文書の記載要領について」(令和3年6月11日付 薬生発第1号)
  • 厚生労働省「医薬品リスク管理計画指針について」通知(平成24年4月通知)および関連資料
  • PMDA医薬品添付文書検索・電子添文ポータルサイト、厚生労働省安全性情報 No.344, 422 など
  • 厚生労働省医薬・生活衛生局医薬安全対策課通知「医療用医薬品の添付文書等の記載要領に関する質疑応答集(Q&A)について」(平31年 1月17日付)
  • 都道府県行政資料(医薬品販売制度案内)
  • 福岡市 医薬品販売制度に関する情報ペ-ジ(事業者向け)

https://www.city.fukuoka.lg.jp/hofuku/hokensho/iyakumu/yakumu/jigyosya/iyakuhin_jigyousha_2.html

  • 必ず知っておきたい!医薬品の分類について表を用いて詳しく解説! - 薬事法広告研究所

https://www.89ji.com/guide/pharmaceuticals-classification.html

https://www.okiyaku.or.jp/item/3130/original/%E5%8C%BB%E8%96%AC%E5%93%81%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF%E7%AE%A1%E7%90%86%E8%A8%88%E7%94%BB%28RMP%29%E6%A6%82%E8%AA%AC.pdf

 

説明義務② (医師の説明義務とは?重要判例から学ぶ説明範囲と内容(乳房温存療法事件・予防的手術事件など解説))

皆様、更新が滞り申し訳ございません。4月は本業が逼迫してしまい、ブログ記事の作成に時間をとることができませんでした。今後はなるべく時間をみつけて更新して参ります。宜しくお願い申し上げます。

 

今回は医師の説明義務の第2回です。医師はどの程度の内容を患者に説明すべきといえるかについて検討していきましょう!

【医師の説明義務の基本的考え方と理論(合理的医師説・患者説等)】

医師の説明内容がどのような水準に達しているべきかについては、「誰の立場から見て十分といえるか」という観点を踏まえた学説上の議論が存在します。すなわち、説明の充実度・適切性を判断する基準として、患者の理解可能性や納得を重視する立場、または医学的・専門的見地からみた合理的な範囲内での説明を重視する立場など、複数の考え方が示されています。

1 合理的医師説 

通常の医師であれば説明する内容の説明をすべきであるとする見解

2 合理的患者説 

合理的な患者であるならば、説明を求める内容の説明をすべきであるとする見解 

3 具体的患者説 

当該患者が知ることを望む内容の説明をすべきであるとする見解

4 二重基準説 

当該患者が重要視し、かつ、そのことを通常の医師であれば認識できたであろう内容の説明をすべきであるとする見解 

 

現在の通説によれば、説明義務は患者の自己決定権の行使を可能にする前提として位置付けられています。したがって、医師は、患者が自己決定を適切に行うために必要と考えられる情報を提供すべきであるとする考え方が一般に採用されているといえます。

そのため、医師は、一般的・客観的に通常の患者が必要とする情報に加えて、特にその患者が関心を寄せている事項についても十分に把握し、患者の希望に合理的な理由が認められる場合には、その自己決定を適切に支えるため、これらの情報をも提供すべきものと解されます。

もっとも、実際の臨床の現場では、患者が自ら収集した医療情報の中には、医学的合理性が認められるものから、科学的根拠に乏しいものまで様々な情報が含まれています。医師は、患者から提供された情報や希望する治療法について、その科学的妥当性や適否に応じて説明の濃淡を適切に調整し、患者が誤解なく自らの治療を決定できる得るように十分な配慮をもって説明すべきといえます。

 

【一般的な医療に関する説明義務】

一般的な医療行為に関して医師が患者に対して説明すべき内容については、これまでの最高裁判例を通じて一定の基準が示されています。

中でも、現在の実務において最も頻繁に引用され、説明義務の範囲および内容に関する基本的な指針を示した判例として、「最高裁平成13年11月27日判決・民集第55巻第6号1154頁(いわゆる乳房温存療法事件)」が挙げられます。

重要判例ですので、以下では、この判例の内容とその意義について詳しく見ていくこととします。

 

【乳房温存療法事件(最高裁平成13年11月27日判決・民集第55巻第6号1154頁)】

【事案】

患者が、開業医である乳がんの専門医である医師に乳がんと診断されました。医師によって乳がんの執刀がされ、乳房の膨らみをすべて取る胸筋温存乳房切除術が実施されました。患者は、医師に対し、腫瘤とその周囲の乳房の一部のみを取る乳房温存療法についての説明義務違反を理由に診療契約上の債務不履行等に基づく損害賠償を請求しました。

平成3年2月の本件手術当時、胸筋温存乳房切除術(乳房の組織(乳腺)を摘出する際に、大胸筋や小胸筋などの胸筋を温存する手術)は医療水準として確立していましたが、乳房温存療法(がんに侵された乳房を全摘出するのではなく、がん病巣とその周囲のみを外科的に切除し、術後に放射線治療を行うこと)は未確立でした。しかし、乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例もあり、これを実施した医師の間では、積極的な評価がされていました。判決に記載のとおり、原審の認定によると、医師は、患者に対し、乳房を残す方法も行われているが、この方法については、現在までに正確には分かっておらず、放射線で黒くなったり、再手術を行わなければならないこともあることを説明していました。

一審は、患者の請求を認容して説明義務違反を認めましたが、二審では乳房温存療法について消極的ではあるものの一応の説明がされていることをもって説明義務違反を否定しました。

なお、本判例当時、乳房温存療法に関する説明義務違反については、別の事件でも下級審において判断が分かれていました(東京地判H5.7.30判タ859号228頁、京都地判H9.4.17判タ965号206頁、大阪高判H10.7.23など)。

【判示】

最高裁は、次のとおり判示し、説明義務違反を肯定しました。

「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳がん手術についてみれば、疾患が乳がんであること、その進行程度、乳がんの性質、実施予定の手術内容のほか、もし他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などが説明義務の対象となる。」

「一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。」

 

上述の判例(最判平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁)は、患者が未確立の術式に強い関心を寄せていることを医師が認識していた場合には、当該術式についても説明を尽くすべき義務がある旨を明確に判示しています。
最高裁は、個々の患者の事情に応じて、自己決定を適切に行うために必要な情報を提供すべき義務が医師に課されるとの立場を示したものと解されます。
したがって、同判例は、説明義務の内容を一般的・客観的基準のみによらず、当該患者の具体的状況や関心にも応じて決定すべきとする立場を採用しており、いわゆる二重基準説に近い考え方を示したものと位置付けることができます。

上述の判例において、少なくとも説明すべき内容として示された事項は、次のように整理することができます。
医師としては、これらの事項について、医学的知見および当時の医療水準に照らし、適切かつ十分な説明を行うことが求められます。

 

① 当該疾患の診断(病名と病状)

② 実施予定の治療の内容

③ 実施予定の治療に付随する危険性

④ 他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失

⑤ 予後

 

【代替的医療に関する説明義務】

代替的医療行為についてどこまで説明すべきかという点については、以下のような見解が示されています(最判平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁 判例解説(判タ1079号198頁)参照)。

(1)代替的医療行為が専門医等の間で是認され、当該医療機関にその情報の提供を期待できる状況にあるときは説明義務があるが、説明義務の履践の程度を当時の医療及び医療機関の状況と患者の意思等を考慮した医師の裁量に委ねるべきであるとの見解(稲垣喬・判評478号30頁[判時1652号192頁])

(2)患者が説明を望み、医師がそれに対して知見を有している場合には代替的医療行為についても説明義務があるとの見解(岡林伸幸・名城49巻1号163頁)

(3)代替的医療行為については一般的には説明義務を負わないが、乳房温存療法などのようにクオリティ・オブ・ライフ(QOL)が考慮される場合は、専門医の間において一応の有効性、安全性が確認されつつあるものにも説明義務があるとの見解(中村哲「医師の説明義務とその範囲」新・裁判実務大系(1)医療過誤訴訟法85頁)

 

これらの学説を踏まえ、平成13年最判は、上記(3)の立場に近い考え方を採用したものと解されます。すなわち、説明義務の有無やその範囲は一律に定められるものではなく、事案ごとの具体的状況に応じて判断されるべきものとされています。

実務上は、上記最判に照らし、次のポイントを基に代替的医療行為に関する説明内容を決定する必要があるといえます。

 

❶ 患者がその代替的医療をどの程度強く希望しているか

❷ 代替的医療がどの程度確立しつつあるか(専門医における評価(ガイドラインにおける記載内容等)、実施されている医療機関の数等)

❸ その代替的医療が当該患者に適応され実施される可能性があるか

❹ 代替的医療によって得られる利益が、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する重大なものといえるか

ここで特に留意注意すべき点は、上記❹に掲げた「重大性」が極めて大きいものについては、患者から必ずしも強い希望が明示されていない場合であっても、医師としては患者に当該代替的医療について説明すべき場面が存在し得ると考えられていることです(前掲最判解説参照)。

 

【予防的手術に関する説明義務】

臨床の現場においては、患者に対して複数の治療方法が提示され、その中から最適と考えられる方法を選択する場合が一般的です。もっとも、状況によっては、特定の治療方法を選択せず、保存的に経過を観察するという選択肢も存在する中で、患者または医師が侵襲的な治療方法、すなわち予防的手術等を選択するケースも少なくありません。

このような侵襲を伴う予防的手術等の治療選択が問題となる場面に関しては、最高裁平成18年10月27日判決・集民221号705頁が重要な指針を示しています。以下、この判例の内容とその意義について確認していきましょう。

 

【予防的手術(未破裂脳動脈瘤コイル塞栓術事件・最判平成18年10月27日・集民221号705 頁)】

【事案】

未破裂脳動脈瘤の存在が確認された患者が、防衛医科大学校病院において、動脈瘤内にカテーテルでコイルを挿入して留置し、瘤内を塞栓する「コイル塞栓術」を受けたところ、術中にコイルが瘤外に逸脱するなどして、脳梗塞が生じ亡くなりました。患者の遺族が、担当医師らには、コイル塞栓術の実施に当たっての説明義務違反があったなどと主張して、病院の設置者である国に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求しました。

未破裂脳動脈瘤に対しては、「保存的に経過を見る」という選択肢と「治療をする」という選択肢があり、また、「治療をする」という選択肢の中には、更に、開頭して動脈瘤を永久的にクリップして閉じ、動脈瘤に血液が流入しないようにする「開頭手術」と、カテーテルを用いた血管内手術である「コイル塞栓術」という選択肢がありますが、いずれの選択肢も当時の医療水準にかなうものでした。

つまり、医師としては、㋐経過観察、㋑開頭手術(クリッピング術)、㋒コイル塞栓術の3種類の治療方法から適切な治療を選択することが可能でした。

このような状況の中で、医師が患者に説明した内容は次のとおりです。

 

(i) 放置しておいても6割は破裂しないので、治療をしなくても生活を続けることはできるが、4割は今後20年の間に破裂するおそれがある

(ii)「治療をする」とすれば、「開頭手術」と「コイルそく栓術」の2通りの方法がある

(iii)「開頭手術」では95%が完治するが、5%は後遺症の残る可能性がある

(iv)「コイル塞栓術」では、後になってコイルが患部から出てきて脳梗塞を起こす可能性がある

(v) 「治療を受けずに保存的に経過を見ること」、「『開頭手術』を受けること」、「『コイルそく栓術』を受けること」のいずれを選ぶかは、患者本人次第であり、治療を受けるとしても今すぐでなくて何年か後でもよい

 

患者は、1か月の熟慮の上、開頭手術を希望し、当該手術を受けるため入院しました。

ところが、開頭手術実施の前々日のカンファレンスにおいて、動脈瘤の具体的な状況が再検討され、動脈瘤体部の背部を確認できないので、開頭手術では貫通動脈等を閉塞する可能性があり、かなり困難であることが判明しました。これを受けて、担当医師は、患者に対し、動脈瘤が開頭手術をするのに困難な場所に位置しており、開頭手術は危険なのでコイル塞栓術を試してみようという話がカンファレンスであったなどと抽象的なレベルの説明をしました。患者は、約30分で、翌日にコイル塞栓術を実施することに承諾しました。担当医師は、この際、コイル塞栓術には術中を含め脳梗塞等の合併症の危険があり、合併症により死に至る頻度が2~3%とされていることの説明を行いました。
その翌日、コイル塞栓術が実施され、コイルの一部が、瘤外に逸脱して瘤を塞栓することができないという事態が生じ、コイルを回収しようとしてもうまくいかなかったことから、緊急に開頭手術が実施されたものの、コイルの一部を除去することができず、結局、患者は逸脱したコイルによって生じた脳梗塞により死亡しました。

 

医師のコイル塞栓術に関する説明が十分であったかが争点となったところ、原審は、担当医師は、動脈瘤の危険性、患者が採り得る選択肢の内容、それぞれの選択肢の利点と危険性、危険性については起こり得る主な合併症の内容及び発生頻度並びに合併症による死亡の可能性を患者に説明したということができるので、説明義務違反は認められないと判断し、患者の遺族の請求を棄却しました。

【判示】

担当医師によって相応の説明が患者になされている上記事例につき、最高裁は、次のとおり述べて、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるために、原審に差戻す旨の判決を下しました。

「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。」

「太郎の動脈りゅうの治療は、予防的な療法(術式)であったところ、医療水準として確立していた療法(術式)としては、当時、開頭手術とコイルそく栓術という2通りの療法(術式)が存在していたというのであり、コイルそく栓術については、当時まだ新しい治療手段であったとの鑑定人根来真の指摘がある。」

「本件病院の担当医師らは、開頭手術では、治療中に神経等を損傷する可能性があるが、治療中に動脈りゅうが破裂した場合にはコイルそく栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して、コイルそく栓術では、身体に加わる侵襲が少なく、開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが、動脈のそく栓が生じて脳こうそくを発生させる場合があるほか、動脈りゅうが破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり、このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見を有していたことがうかがわれ、また、そのような知見は、開頭手術やコイルそく栓術を実施していた本件病院の担当医師らが当然に有すべき知見であったというべきであるから、同医師らは、太郎に対して、少なくとも上記各知見について分かりやすく説明する義務があったというべきである。」

「前記事実関係によれば、太郎が平成8年2月23日に開頭手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおいて、内けい動脈そのものが立ち上がっており、動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため、恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので、貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり、開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから、本件病院の担当医師らは、太郎がこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイルそく栓術の危険性を比較検討できるように、太郎に対して、上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があったというべきである。」

 

上記判示の判示内容を踏まえると、最高裁は、経過観察という非侵襲的な選択肢が現実的に存在する状況において、予防的かつ生命・身体に対する危険性が高い手術が実施される場合には、医師に対して極めて詳細かつ慎重な説明を行う義務があることを強く要請しているものと解されます。

医師は、このような場面においては、患者の自己決定を真に意味のあるものとするため、説明内容を十分に吟味し、的確かつ具体的に情報提供を行う必要があるといえます。

特に、以下の点については、説明の際に十分な注意を払うべき事項として位置付けることができます(最高裁平成18年10月27日判決・集民221号705頁判例解説(判例タイムズ1225号220頁)参照)。

① 各選択肢の利害得失に関わる医学的知見のうち医療水準となっているものについては、説明を省略することは許されない

② 各選択肢に伴う危険の内容については、抽象的なレベルの説明では足りず、判明している客観的事実も含め具体的に分かりやすく説明すべき

③ 患者には熟慮する機会を十分に与え、必要がない限り即日の手術は実施しない

 

【合併症・副作用と説明義務(名古屋地判H15年10月30日など)】

最後に、手術や医薬品の合併症や副作用について、医師がどこまで説明すべきかという点について検討します。

合併症や副作用には、その発生頻度(確率)が高いものと低いものが存在するほか、仮に発生した場合の健康への影響についても、生命・身体に重大な結果をもたらすものから、比較的軽微に留まるものまで様々です。

患者が当該手術や医薬品による治療を選択するにあたっては、当然のことながら、発生確率が高いものや、結果が重大であるものについて特に高い関心を有し、これを重視することは明白です。したがって、医師は、このような合併症や副作用について、自己決定権保障の観点から説明義務を負うものと解されます。

 

もっとも、実務においては、発生頻度の極めて低い合併症や副作用について、あえてこれを説明しないという立場を採る医師も存在します。これは、説明することでかえって患者に過度な不安や動揺を与え、結果として治療に対する不適切な判断につながることを懸念することを理由とします。実際の医療紛争においても、説明義務違反が争点となる中、医療側からこのような事情が主張される例は少なくありません。

しかしながら、判例・学説の到達点に照らせば、説明義務の免除が認められる場面は極めて限定的であり、単に患者に動揺を与えないよう配慮したという理由のみをもって、説明義務が免除されるものではないことには十分留意すべきです。
すなわち、医師は、発生確率が極めて低い場合であっても、当該合併症や副作用が患者の生命・身体に重大な影響を及ぼし得る性質のものである場合には、適切な説明を行うことが求められるといえます。

 

【名古屋地方裁判所平成15年10月30日判決】

頚椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を受けるに際し、体幹機能障害および両下肢機能低下という後遺障害が生じた事例に関する裁判例(名古屋地方裁判所平成15年10月30日判決)も、合併症や副作用に関する説明義務の範囲に関する重要な判断を示しています。

同事案において、医師は患者に対し、動揺を与えないことを理由に、

「手術をしても術前より改善されないかもしれない」

「痛みが半分程度に軽減すれば成功と考えてほしい」

とのみ説明を行い、より詳細なリスクについての説明は行いませんでした。

これに対し、裁判所は、以下の点を重視し、医師側の説明義務違反を認めています。

「A医師らとしては,原告から本件手術の承諾を得るに際して,原告に対し,現在の症状が頸椎椎間板ヘルニアのみによるものとは限らないために手術を行ってもあまり症状が改善しない可能性もあるという本件手術の医学的適応,様々な合併症等が生ずる可能性があり,場合によっては重篤な後遺障害が発生する可能性もあるという本件手術の危険性及びこれらの危険性が現実化した場合の予後について,特に入念に説明すべき義務があったというべき」

として医療者側の主張を排斥し、説明義務違反を認めた判断がされております(名古屋地判H15.10.30)。

すなわち、同判決は、医師が患者の動揺を回避する目的で説明を控えたとしても、それが重大なリスクの存在を黙秘することにつながる場合には許されず、特に手術の医学的適応やリスクの内容・重大性および予後について、十分かつ具体的な説明を行う義務があることを明確に認めており、重大なリスクが存在する治療行為においては、「動揺を与えない」ことを理由とする説明省略は、説明義務を果たしたことの理由としては認められないことが多いという実務上の重要な示唆を与えています。

【極めて稀にしか発生しない重大な合併症や副作用】

極めて稀にしか発生しない重大な合併症や副作用が生じる場合に、医師に説明義務違反が認められるかは非常に難しい問題であり、最終的には個々の事案における具体的な事情に応じて判断されることとなります。

【高松高裁平8年2月27日判決・判タ908 号232 頁】

この点に関し、参考となる裁判例として「高松高判平8.2.27・判タ908 号232 頁」があります。

この事案は、髄膜腫の術後に抗痙攣剤であるアレビアチンとフェノバールなどが投与されていた患者が、中毒性表皮融解壊死症(TEN)を発症し、結果的に死亡した事案です。医療機関側は、薬剤性TENの発生確率は極めて低く(約0.0022%)と主張しましたが、裁判所は、以下の事情を重視して次のとおり説明義務違反を肯定しました。

 

・ 担当医師が、アレビアチンによる薬疹を診察する経験を有していたこと

・ 患者自身にも、従前より薬疹を疑わせる皮疹が認められていたこと

 

「『痙攣発作を抑える薬を出しているが、ごくまれには副作用による皮膚の病気が起こることもあるので、かゆみや発疹があったときにはすぐに連絡するように』という程度の具体的な注意を与えて、服薬の終わる二週間後の診察の以前であっても、何らかの症状が現れたときには医師の診察を受けて、早期に異常を発見し、投薬を中止することができるよう指導する義務があった」

 

この判例は、発生確率が極めて低い副作用や合併症であっても、患者の既往歴やリスク要因が存在する場合には、副作用や合併症の重大性を踏まえて、一定程度の注意喚起や具体的な説明を行うべき義務が生じ得ることを示す重要な先例と位置付けられます。

 

【長崎地方裁判所佐世保支部平成18年2月20日判決・判タ1243号235頁】

一方で、「長崎地方裁判所佐世保支部平成18年2月20日判決・判タ1243号235頁」は、説明義務の範囲について異なる判断を示した事例として注目されます。

当該裁判例は、内視鏡的逆行性膵胆管造影検査(ERCP)を受けた患者が急性膵炎を合併し、3日後に重症急性膵炎による多臓器不全で死亡した事案についてのものです。

担当医師は、検査実施前に「膵炎を起こしたりする一番きつい検査」である旨説明しておりましたが、死亡リスクそのものについては説明していませんでした。

裁判所は、ERCPによる急性膵炎によって死亡する確率が0.0023 %〜0.0043%と極めて低いことからすれば、「このような場合に死亡の危険性に言及しなかったとしても、医療行為を受けるか否かを自主的に選択する権利が害されるとはいえない。」、「また、証拠によれば、ERCPに関するインフォームド・コンセントを十分意識している医療機関においても、死亡の危険性にまでは言及されていないと認められるから、膵炎が重症化した場合に死亡する危険性があることを患者に説明することが一般的な医療水準となっているとは解されない。」として説明義務違反の存在を否定しています。

 

以上の各裁判例を踏まえると、極めて稀ではあるが重大な合併症や副作用についての説明義務の有無は一律に論じることができず、個別具体的事情に応じた判断が必要であることが明らかといえます。


実務上は、次のような観点から慎重に検討することが重要といえます。

  • 医学文献、添付文書、ガイドライン等を参照し、当該合併症・副作用の一般的な発生頻度を正確に把握すること
  • その上で、患者固有の事情(既往歴、アレルギー歴、リスク因子等)を考慮し、当該患者におけるリスクの程度を評価すること
  • 加えて、他の医療機関における説明の実情等を調査し、医療水準に照らしてどこまで説明することが一般的に求められているかを確認すること

これらの調査と考慮を経た上で、医師は適切な説明内容を決定し、患者の自己決定権を十分に保障するための説明を尽くす必要があるといえます。

 

【厚労省の指針】

最後に厚労省が示す指針において、インフォームド・コンセントの趣旨に基づき、患者に提供すべき具体的情報の内容がどのように定められているかを確認しておきましょう。

平成15年9月12日厚労省通知医政発第0912001号「診療情報の提供等に関する指針の策定について〔医師法〕」は、医療現場における患者と医療従事者間の情報共有の在り方を定めた重要なガイドラインです。

この通知においては、特に「6 診療中の診療情報の提供」の項において、医師が診療の過程で患者に提供すべき情報が具体的に示されています。

www.mhlw.go.jp

その内容は、次のとおりです。

 

① 現在の症状及び診断病名

② 予後

③ 処置及び治療の方針

④ 処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用

⑤ 代替的治療法がある場合には、その内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む。)

⑥ 手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む。)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無

⑦ 治療目的以外に、臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容

 

これらの情報提供項目は、患者が自身の医療に関する意思決定を適切に行うために必要不可欠な事項を網羅しており、医師が説明を尽くす際の基本的な指針となるものです。

なお、これらの各項目について、【どの程度の具体性・詳細さをもって説明すべきか(説明の粒度)】は、これまでに述べた判例や学説の考え方を踏まえ、以下の要素を考慮して判断されるべきものといえます。

 

  • 医療行為の内容および侵襲性・危険性の程度
  • 合併症や副作用の発生頻度および重大性
  • 患者の個別事情(関心の程度、リスクファクターの有無等)
  • 一般的な医療水準(他の医療機関における説明の実情等)

 

これらを総合的に踏まえ、医師は、単に形式的な説明にとどまらず、患者の自己決定権を実質的に保障する観点から、適切な範囲と内容で情報提供を行う責務を負うものといえます。

 

【まとめ】

医師の説明義務は、患者の自己決定権を実質的に保障するため、治療方法、リスク、代替手段等について具体的かつ適切に情報を提供することが求められます。

発生頻度が低くとも重大な結果をもたらす合併症や副作用については、患者固有の事情や医療水準を踏まえ、必要に応じて説明すべきです。

厚労省の指針もこれを踏まえた具体的項目を示しており、医師は一律な判断基準を用いるのではなく、個別の患者・治療行為ごとに十分な検討の上、誠実に説明を尽くす必要があります。

医師の説明義務①―説明義務の根拠と裁判例

今回からは、医師の説明義務について説明します。

 

医療過誤訴訟では、例えば「手術においてミスがあった」として手術手技に関する過失について主張がされるとともに、仮に、そのような「手術手技の過誤」が認められなかったとしても、患者に合併症に関して十分な説明がされておらず、説明がされていたら手術は受けなかったはずだなどとして、予備的に説明義務違反が主張されることがほとんどです。

そのため、多くの医療過誤訴訟において説明義務違反は主張されることとなることから、医療過誤訴訟において極めて重要な義務違反と位置付けられています。

その重要性に加え、説明義務違反の論点は多数に及びますので、複数回に分けて掲載したいと思います。

 

医師の説明義務違反を定めた法律

現在、医師が患者に対して法的な説明義務を負っていることについて、これを疑問に思われる方はいらっしゃらないと思います。それほどまでに、医師の説明義務ないしインフォームド・コンセントという言葉は世の中に浸透しています。

 それでは、医師が患者に説明を行うことについては、どの法律で定められているのでしょうか。

例えば、医療法1条の4第2項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」として努力義務としてですが、医師の説明義務を定めています。

また、医師と患者の契約関係は準委任契約(民法656条、643条)と解されているところ、受任者としての医師には、委託者である患者に対して報告義務や善管注意義務を負っています(同法644条「医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。」、645条「受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。」)。

しかし、上記の各法律は、努力義務や委任事項についての報告義務であったり、善管注意義務という一般的な義務の内容に含まれるとの解釈がされるに留まっており、医師が、患者の同意を得た上で治療行為を選択し、実施すべきという文脈における説明義務について直接に定めたものということはできません(ただし、患者側が債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、診療契約上の義務違反として民法645条や644条を根拠とすることになります(最判平18.10.27・判タ1225 号220頁等)。))。

上記以外の法律においても、医師が説明「義務」を負っているとの規定は見当たりません(治験についての同意に関する医師の文書による説明義務について、薬機法80条の2第4項、GCP省令50条1項参照)。

この点について、裁判例において、「医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。」とする医師法23条が根拠とされることもありますが、当該規定は、原則として療養指導義務に関するものですし、これを拡大解釈したとしても、医師に向けられた倫理規定に留まり、民事上の医師の責任を定めたものとは解することはできません。

それでは、上記の意味での医師の説明義務は何を根拠として、何を守ることを目的とした概念なのでしょうか。根拠を何に置くかによって、医師が治療の選択・実施に際して患者に行わなければならない説明の範囲・方法が異なるため問題となります。

 

違法性阻却事由としての患者の同意

医師が患者に対して治療の選択・実施についての説明義務を負っているとの議論は、医療行為が患者の身体に対する侵襲行為であることから、患者の同意がなければ、医師の行為が傷害罪に当たることが出発点となります。患者の同意と医学的正当性があることにより、医師の行為が違法であるとして罪に問えなくなることから(違法性が阻却されることから)、そのような違法性阻却事由としての患者の同意は必要であり、その前提として医師が患者に説明する義務があると考えられていました。

なお、本来は被害者の同意(同意能力のある者による真意による同意等の要件)があれば、違法性が阻却されると解されているにもかかわらず、医療行為については患者の同意に加えて「医学的正当性」が要求されているのは、患者が医学、医療の専門家ではないことを理由とします。この点については、患者の同意のみでは完全な違法性阻却は生じることはなく、客観的要件としての医学的正当性が必要であるなどと説明されます(米村129頁)。

治療行為に違法性をなくすための患者の同意ないし患者への説明としては、当該治療行為そのものについての一応の同意があれば足りると解されることになりますので、そのような根拠による同意については次の各性質があると説明されます(米村129頁)。

 

(α)同意は現実に表明される必要はなく、黙示の同意のほか広汎な「推定的同意」による違法性阻却が承認される。

(β)同意とは身体侵害に対する同意であり、これが無効であった場合は身体侵害の違法性が肯定される。

(γ)有効な同意のためにはその意味につき一定の理解が必要ではあるが、必ずしも他の治療法や種々の背景的知識等を含む詳細な説明は要求されない。

 

違法性阻却事由としての患者の同意には、「必要な情報があらかじめ医師から説明され、患者がその説明内容を十分に理解したうえ、真意でされたものを要することになる」(裁判実務体系433頁)として、重く解するものもありますが、現実に患者の同意がないとして医師が刑事責任を問われる事例は稀であることからすれば、違法性阻却を根拠とする医師の説明義務は、患者の明示の同意を必要としないとの指摘や、説明の範囲が限定されるという法的帰結をもたらすとの上記分析は正当なものと考えられます。

 

違法性阻却を根拠とする医師の説明義務を認めた裁判例については次のようなものが参考になります。

 

❶東京地判H12.12.8・判タ1108.225

【事案】

歯間の隙間等の外貌の審美的改善の目的で被告の開設する歯科医院に来院した原告が、治療中に顎関節症を発症し、スプリント装着等の治療を受けた後、健全な自然歯について抜髄し、歯冠のかなりの部分を削り取った上、自然歯の上に咬合的にも審美的にも理想的な人工の歯冠修復物を被せることにより全顎的な咬合の再構成を行うという治療方法であるフルマウスリハビリテーション術(以下「本件治療」という。)を受けたが、顎関節症の治療を目的とするもの十分な説明がされていなかったと主張した事案。

 

【判示】

原告は、初診の際には主として歯並びの審美的改善を求めていたとはいえ、初診の際に発見された歯根膜炎の治療中に開口障害が発生したという経過の下で、被告は、原告から、顎関節症に対するスプリントによる治療中に右治療方法以外の治療方法の存否を尋ねられたのであるから、原告がその時点では審美的改善よりも現実に発生している身体的苦痛を解消するために必要な医学的処置を求めていると認識できる状況であったにもかかわらず、被告は、原告に対し、顎関節症の治療のためだけであればフルマウスリハビリテーション術を行う必要はないことについては明確な説明をしなかったため、原告は、被告から顎関節症を根本的に治療するための方法として同施術を勧められたものと誤解し、被告に対し、本件治療を受けることを承諾したことが認められる。

そうすると、本件治療は、前記認定事実のとおり、特に疾患のない九本の歯について抜髄し、歯冠修復物を被せる歯については歯冠のかなりの部分を削り取るという侵襲性の高い、不可逆的な治療方法であること、その費用も原告にとっては高額なものであったこと、原告が開口障害発生前に被告から審美的改善のための矯正治療を紹介された際にはこれを希望していなかったことに照らすと、仮に、被告が、顎関節症の治療のためだけであればフルマウスリハビリテーション術をする必要はなく、むしろ被告が同施術を提案する理由が主として開咬等を審美的に改善することにあることを説明していれば、原告は、本件治療を受けることを承諾しなかった蓋然性か高かったものというべきである。

すなわち、本件においては、原告は、本件治療の目的、これが提案された理由及びその必要性についての被告の説明が不十分、不明確であったために、必ずしも顎関節症の治療に必要だったとはいえない本件治療について、その目的や必要性を正しく認識することができないまま、これを受けることを承諾するに至ったのであるから、被告は、不可逆的侵襲を伴う本件治療を、原告の正しい認識に基づく有効な承諾を得ないで行ったものであり、本件治療は、違法性阻却事由を欠く肉体的侵襲であると評価せざるを得ない。

 

❶裁判例は、違法性阻却事由としての同意が得られていないとして歯科医師の説明義務違反を認めた裁判例です。患者が診療において主観的に求めていたものが身体的苦痛の解消にあることや、実施された治療行為が侵襲性の高い不可逆かつ高額な治療方法であったこと、患者の過去の発言等をもって、患者の「推定的同意」すらないことが事実として認定され判断に用いられています。本事例において実施された治療行為が特異なものであることから、これをそのまま保険診療における一般的な治療行為に参考にすることはできないと考えられますが、違法性阻却事由としての患者の同意の有無に関する判断がされた事例として参考になります。

 

❷広島地判H1.5.29・判タ705.244

【事例】

子宮筋腫患者の子宮を摘出した行為が、患者の承諾を欠くものであったとして、医師の説明義務違反、承諾取付義務違反による損害賠償請求が認容された事例

 

【判示】

医療行為についても、患者の身体に対する侵襲行為の側面を有する以上、たとえ医師の適切な判断によるものであったとしても、患者の承諾があってはじめてその違法性が阻却されるものというべきところ(したがって、患者の承諾があったことの立証責任は医師側が負担する)、医療契約の締結によって右承諾が全てなされたものということはできず、医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲を除き、緊急事態で承諾を得ることができない場合等特段の事情がない限り、原則として、個別の承諾が必要であると解するのが相当であり、医師の医療行為が不適切な場合には、それだけ違法性が強いものといえる。

もっとも、患者の右承諾は、ただ形式的に存在していればよいというものではなく、医師としては、患者が自らの判断で医療行為の諾否を決定することができるよう、病状、実施予定の医療行為とその内容、予想される危険性、代替可能な他の治療方法等を患者に説明する義務があり、右説明義務に反してなされた承諾は、適法な承諾とはいえないものと解するのが相当である(なお、医師の右説明義務が患者の適法な承諾の前提である以上、その立証責任は、医師側にあるものというべきである)。
 そして、患者の適法な承諾がない限り、医師側としては、債務不履行もしくは不法行為責任を免れないものというべきである。

 

❷裁判例においても、違法性阻却事由としての患者の同意について言及されています。本裁判例の特徴は、当該同意の存在についての立証責任を医師が負うと明示した点にあります。相手方に債務不履行があるとして損害賠償を求める場合には、不完全な履行がされたことの主張立証責任を原告が負うとされていることや、不法行為による損害賠償についても医師の過失についての主張立証責任を原告が負うことからして、患者の同意と密接不可分な医師の十分な説明がされたことの主張立証責任まで医師が負担することには疑問が生じます。しかし、同趣旨の判断をした裁判例は複数存在しており、違法性阻却事由たる患者の同意が上記のとおり医師の説明と不可分であることからも、実質的に医師がその主張立証の責任を負わされる可能性があると考えておくべきでしょう。

 

❸東京地判H3.3.28・判タ764.224

【事例】

股関節の関節症に罹患している患者の治療に当たっていた医師が、手術に際して、手術の適応時期及び全体としての治療方針を患者に説明せず、患者は十分な情報を与えなれないまま手術を応諾する結果となったとして、説明義務違反による慰謝料請求を認容した事例

 

【判示】

医師が患者の身体に対して手術等の侵襲を加える場合には、緊急やむを得ない等の特段の事情がないかぎり、その侵襲に対する承諾があって初めてその違法性が阻却されるものであるから、そのような意義を有する承諾があったと言うためには、その前日として医師がその患者(場合によってはその家族、以下同じ。)に対して、疾患の病状、治療方法の内容、その必要性、予後及び予想される生命身体に対する危険性等の事柄について、当時の医療水準に照らし相当と認められる方法による説明を施すことによって、患者がその手術等を応諾するかどうかを自ら決断する上で比較検討のために必要な侵襲の必要性及び危険性等に関する資料の提供が必要と考えられるのであって、医師としては、遅くとも手術等の前までに患者に対してそのような説明を施す義務があり、そのような説明がされないままに手術等に到った場合には、その手術等の結果の良否及びその責任の有無の如何にかかわらず、患者自身がこれによって被った損害を賠償する責任があると解するのが相当である。

 

そうしてみると、原告は、被告らから、その手術に先立ち、原告の罹患している病気の名称及びその現状、人工股関節置換手術の適応、一般的な目的、手術内容及び予後並びに他の治療方法がないことについて、概括的な説明を受け、かつ他の医師からも両股関節の手術適応時期であることをも聞かされたうえて手術に臨んだのである。

なお、手術後の不具合について、被告らが特に具体的に説明した形跡はなく、その限りで、予後の見通しについての説明に充分とは言えないところがあるけれども、末期の関節症に対しては、現在のところ他の治療方法はなく、人間本来の股関節を人工素材で作られた人工股関節に置き換える手術を行えば、歩行に障害が生じたり、日常生活に深刻な影響が生じうること、また、人工股関節の素材そのものの耐久性にはそれほど問題がないとしても、人工股関節という比較的大きな人工素材が体内に滞留すれば将来何らかの問題が生じうることは、通常容易に予想しうるところであるから、人工股関節置換手術の結果や手術後の生活状況の詳細について説明をすることが望ましいとはいっても、これをしなかったからといって、手術応諾の判断資料に欠けるとまでは言えないから、直ちに説明義務に違反したとまでは言えない。

しかし前記認定のとおり、人工股関節置換手術は痛みの除去を目的とするものであり、被告は、当初から、人工股関節の耐久性を考えると、未だ40代前半という原告の年令からして、人工股関節置換手術の時期をできるだけ先に延ばす方が良いと考え、原告にもそのように説明し、痛みが我慢できなくなった時点で手術をすると言っていたのに、原告自身の痛みが多少増してきたとはいえ、本人自身もまだ手術をするほどの痛みではないと思っていたような時期に、突然人工股関節置換手術をすべき時期に来たとして、その承諾を求めたのである。その手術の目的が本来の目的である痛みの除去にあるものでないことは明らかであり、同時期に原告を診断した他の医師が右股関節について速やかに手術を受けることを勧めていたことからも明らかなように、被告は、この時期には両側の股関節症全体の治療を念頭に置き、左股関節について人工股関節置換手術をして左股関節の支持性を改善することによって、右股関節の悪化を防止するとともに、右股関節について寛骨臼廻転骨切術その他の手術を行うことを予定しその予後の改善に資することを企図していたのである。こうして、被告は、当初からの説明では未だ手術の適応とは言えないはずの時期に手術をすることを勧め、しかも当初はできるだけ手術の時期を延ばした方が良いとまで言っていながらこれを翻し、その翻した理由である何故今手術をする必要があるかについて何の説明もせず、しかもその手術が近い将来に反対側の股関節の手術をするためのいわば地ならしのような手術となる予定であったのに、そのことについて何の説明もしなかったのであるから、手術の真の目的ないし必要性という、手術の根幹に属する事柄についての説明義務に違反したものといわざるを得ない。

 

❸裁判例は、違法性阻却事由としての患者の同意を得るための説明義務違反はないと判断された一方で、患者の主観的認識としての疼痛コントロールのための手術の必要性等について十分な説明を行うことなく手術の実施しことなどについて、自己決定権に基づく説明義務違反が認定されており、説明義務違反の根拠の違いから導き出される医師の説明の範囲について示唆を与えてくれます。なお、当該裁判例の結論は、以下の❹裁判例において覆されています。

 

❹東京高判H3.11.21・判タ779.227(❷の控訴審判決)

 

【判示】

医師が患者に対し手術のような医的侵襲を行うに際しては、原則として、患者の承諾を得る前提として病状、治療方法、その治療に伴う危険性等について、当時の医療水準に照らし相当と認められる事項を患者に説明すべきであり、右説明を欠いたために患者に不利益な結果を生ぜしめたときは、法的責任を免れないと解されるが、その説明の程度、方法については、具体的な病状、患者に与える影響の重大性、患者の知識・性格等を考慮した医師の合理的裁量に委ねざるを得ない部分が多いものと解される。

 

しかし、人工股関節置換手術は痛みが我慢できなくなったら行うとの説明はされており、また、右股関節についても控訴人の痛みの訴えに対して寛骨臼廻転骨切手術を薦めているのであるから、右各手術の目的が痛みの除去、軽減にあることは当然知り得たものと認められ、この点に説明義務違反は認められない。

 

人工股関節置換手術後に一割ないし二割の割合で緩みが生じて疼痛が再発し再手術が必要になってくることや、一ないし数パーセントの割合で遅発性感染症が発生することの説明はされていないが、前記のように、これらの確率はそれほど高いものではなく、直ちに生命の危険等につながるものではないし、また、手術自体の危険性も高いとは認められず、手術に不安を抱いている控訴人に余計な不安を与えない意味においても、これらの点について被控訴人伊丹が説明しなかったことをもって説明義務違反と認めることはできない。

 

❹裁判例は、❸裁判例の控訴審判決ですが、患者への説明の実施に関する医師の合理的裁量権を重視して、説明義務違反を否定しています。当該裁判例と同様な事例について、現在の裁判所で同様の結論が出されるかは疑問に思いますが、医療行為それ自体の危険性が高いものではなく、また、当該医療行為の合併症の発生率が高くなく、かつ、合併症の危険性が低い場合には、医師の裁量の範囲内として、当該合併症の説明を省略することができるとの一般論は導き出せると考えます。

 

患者の自己決定権

これに対し、患者が診療行為の単なる客体に化してしまう医療の在り方に対する反省から、近年では、患者は、自らの生命・身体・健康を含めた自らの生き方を自ら決めることができるという自己決定権を権利(法益)として認め、この患者の自己決定権の実現を保障するために、医師に説明義務があると説明されるようになりました。

このことは、厚労省の通知において患者の自己決定権がインフォームド・コンセントにおいて重視されていることからも分かります。

 

  • 診療情報の提供等に関する指針の策定について(平成15年9月12日)

(医政発第0912001号)(各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知)

 

診療記録の開示も含めた診療情報の提供については、患者と医療従事者とのより良い信頼関係の構築、情報の共有化による医療の質の向上、医療の透明性の確保、患者の自己決定権、患者の知る権利の観点などから積極的に推進することが求められてきたところである。また生活習慣病等を予防し、患者が積極的に自らの健康管理を行っていく上でも、患者と医療従事者が診療情報を共有していくことが重要となってきている。このため、今後の診療情報の提供等の在り方について「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」において検討されてきたところであるが、本年6月10日に、患者と医療従事者が診療情報を共有し、患者の自己決定権を重視するインフォームド・コンセントの理念に基づく医療を推進するため、患者に診療情報を積極的に提供するとともに、患者の求めに応じて原則として診療記録を開示すべきであるという基本的な考え方の下に、報告書(参考)が取りまとめられたところである。

 

この患者の自己決定権は、憲法13条を根拠とする患者の人格権から派生するものと解されます。

患者に自己決定権があることを前提とした場合、患者にとって真に有意義な自己決定を可能にさせる判断材料として、医師が患者に対し医療の専門知識や情報を与えた上で説明することの重要性が強調されることになります(浦川49頁)。

また、患者に対しては、簡略な説明ではなく、具体的かつ平易に説明がされるべきであり、患者が医師が考える治療法に同意することの心理的な強制があってはならず、当該治療法に偏った説明も不適当であるといえます。医師の説明は、患者が自ら治療方法を選択するために与えられるものだからです(手嶋185頁)。

これら特徴から、自己決定権に根拠を置く説明義務に関しては、次の特徴があるとされます(米村130頁)。

(α’)「自己決定」は原則として本人により積極的に表明される必要がある。

(β’)一定の事項の説明を怠った場合は自己決定の機会を奪ったものとして自己決定権の侵害となるが、その場合も医療行為自体は適法である。

(γ’)説明の内容・態様としては、自己決定が適正になされるよう、種々の背景的知識を含む詳細な説明を要する。

 

自己決定権を根拠とする医師の説明義務を認めた裁判例については次のようなものがあります。

 

❺宇都宮地判R3.11.25・判タ1502.211

【事案】

医療水準上未確立であり,治療効果の点でも不確実性を伴う自家がんワクチン療法を遠位胆管がんの患者に実施した医師について,当該療法の当該患者に対する有効性に関する重要な事実(様々ながんの中でも当該患者の疾患である遠位胆管がんには当該療法が有効であったという症例が存在せず,当該医師自身も当該療法が遠位胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実)を説明しなかったとして,説明義務違反を認めた事例

 

【判示】

治療効果の点で不確実性を伴う療法を実施するに際しては,患者が,当該療法の具体的内容や,これが効果の点で不確実な療法であることなどを十分理解した上でそれでもなお当該療法の実施を選択することで初めて,患者の自己決定権に基づき当該療法が選択されたとみることができる。そうすると,本件自家がんワクチン療法を実施する医師は,患者に対し,疾患の診断(病名と病状),治療の内容,付随する危険性,他に選択可能な治療方法があればその内容及び利害得失,予後などの一般的な事項に加え,本件自家がんワクチン療法が医療水準として未確立の治療法であり,治療効果の点で不確実性を伴うものであることを説明し,さらに,当該患者に対する有効性及び安全性に関する重要な事実のうち,医師がその段階で認識し又は容易に認識できるものについて,医師の主観的な評価とは区別した形で,情報を提供して説明を行うことで,当該患者が本件自家がんワクチン療法を受けることの現実的なメリット・デメリットを理解した上で,本件自家がんワクチン療法を受けるか否かを判断する機会を与えるべき注意義務(以下「本件説明義務」という。)を負うというべきである。

これを本件についてみると,Aの疾患である遠位胆管がんについては,本件自家がんワクチン療法が有効であったという症例がこれまで存在しなかった事実(前記認定事実(3)ウ),B医師は,本件自家がんワクチン療法が,概ね100例中5例で有効なものであるが,胆管がんを含む一定の種類のがんには効きにくいと認識しており,B医師自身も本件自家がんワクチン療法が胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実(前記認定事実(6))が認められるところ,B医師がAに説明した際に使用した本件説明書面には,遠位胆管がんと発生部位が近い肝がんについて本件自家がんワクチン療法が有効な療法であることを比較的断定的に述べる記載が存在し,B医師もこれを改めて口頭で説明し,加えて,「本件自家がんワクチン療法には効果があったがんの症例があり,数年生き延びた人がいる。」と説明していたこと(前記認定事実(7)ア),Aも目にしていたであろう被告Y2の小冊子やウェブサイトに,肝がん等以外のがん種にも本件自家がんワクチンが有効であることを述べる記載や,多くのがん種において同療法が有効であった症例が存在することの記載がされていたこと(前記認定事実(3)イ,エ)にも照らすと,これらの事実については,上記当該患者に対する有効性に関する重要な事実に当たることは明らかであり,そして,その当時B医師が認識し又は容易に認識しえた事実といえる。しかるに,B医師は,これらの事実をAに説明しておらず(前記認定事実(7)イ),この点において本件説明義務に違反したものと認められる。

 

❺裁判例は、医療水準上未確立な治療法についての説明義務違反に関する裁判例ですが、医師が患者に対して、当該治療法が新しい治療法であり、必ず有効であるという保証はないと説明していたものの、当該患者の疾患の治療実績について、客観的データを基に伝えなかったことが説明義務違反であると判断されています。保険診療ではない未確立医療行為に関する説明義務については、より多くの情報の提供が必要であり、種々の背景的知識を含めた説明がされる必要があることが読み取れます。

 

説明義務の根拠をどのように考えるえきか

説明義務を患者の自己決定権から説明することは、患者が自らの生き方を自ら決めることができるという患者の主体的判断を尊重する考えを前提とするものであり、理論的に正当というべきであることに加え、患者から要請される説明の範囲を可及的に広げ、医師の説明の充実に繋がる理論でもあるといえます。それゆえ、基本的には、自己決定権を根拠として医師の説明義務の内容や義務違反の有無等について検討すべきと考えます。

そうすると、違法性阻却事由としての患者の同意を得るための医師の説明は、自己決定権に根拠を持つ説明の前提ないし前段階として存在し、これら説明は一部において密接不可分なものと理解できます。

一方で、現実には、患者が自己の治療法を全て自ら判断することは不可能であると考えます。患者は医学、医療の専門家ではなく、インターネット等を利用した情報の収集にも限界があるからです。そして、医師の説明に費やす時間、労力も有限です。これらのことからすれば、医師に課す説明義務の範囲にも一定の限度を設ける必要があるといえます。

すなわち、個別具体的な事案における医療行為の危険性や医学的正当性、合併症の危険性や発生率等に応じて、自己決定権に基づき患者が主体的に求める説明も、その一部が説明義務に含まれないとすべき場面があることを前提に医師の説明義務違反については判断すべきと考えます。

 

裁判例を通じて医師が説明すべき内容については少し記載しましたが、次回、更に医師の説明内容について検討したいと思います。

 

参考論文等

 

・浦川道太郎「民事責任2⃣人工股関節置換手術と説明義務」判例タイムズ794号44頁(1992年)

・手嶋豊「医療と説明義務」判例タイムズ1178号185頁(2005年)

・尾島明「20 説明義務違反」福田剛久ほか編『最新裁判実務体系第2巻 医療訴訟』432頁(青林書院、2014年)

・米村滋人『医事法講義』(日本評論社、2016年)

 

 

医師が知っておくべき試行的医療の留意点:裁量の限界と説明すべき範囲

Q 添付文書やガイドラインに一定の合理性があるのはわかりますが、これに反した治療を行うことはできるのでしょうか。

※保険請求の可否については含みません。

 

A 患者に対し、一般的な使用法ではないことやその有効性、必要性、安全性、他の治療薬との比較、過去の経験・データ等を説明して同意を得ないといけません。また、検討されている使用方法に医学的な必要性、緊急性、有効性、安全性についての合理的根拠が認められ、他の治療薬よりも当該医薬品を選択する合理性があるのであれば、医師の裁量の範囲として適法に処方できます。

 

 

前回は、添付文書と医師の過失について解説いたしました。

当該論点は、既知の医学的知見に基づくリスクを十分に把握した上で、これに反する医療行為を実施する際の合理的理由を医師に要請するものです。

 

試行的医療とは?定義と重要性

医療は、現在確立されていない行為の積み重ねによって進歩し、新たな治療行為が確立してきました。すなわち、現在一般的に実施されている治療行為も、最初はデータの乏しい新しい治療法として生み出され、その後、理論的、臨床的な研究による実績を積み重ねて学会等による議論がなされ、スタンダードな治療になっていったものです。それゆえ、一般的に承認されている治療行為とは異なる新しい治療や検査、医療機器の使用などを実施する必要は常に生じているといえます。

この点について、最高裁が認定した新規治療法の確立に至る経過をみてみましょう。

 

【最高裁平成7年6月9日第二小法廷判決・民集49巻6号1499頁】

㋐ 当該疾病の専門的研究者の理論的考察ないし試行錯誤の中から、新規の治療法の仮説が生まれる。

㋑ ㋐の裏付けの理論的研究や動物実験等を経た上で臨床実験がされる。

㋒ 他の研究者による追試、比較対照実験等による有効性(治療効果)と安全性(副作用等)の確認などが行われ、この間、その成果が各種の文献に発表され、学会や研究会での議論を経てその有効性と安全性が是認され、教育や研修を通じて、上記治療法が各種の医療機関に知見(情報)として又は実施のための技術・設備等を伴うものとして普及していく。

㋓ 有効性と安全性が是認された治療法は、通常、先進的研究機関を有する大学病院や専門病院、地域の基幹となる総合病院、そのほかの総合病院、小規模病院、一般開業医の診療所といった順序で普及していく。

 

これらの、いわゆる「試行的医療」は医学・医療の進歩において必要不可欠なものですが、一般的な有効性・安全性が確立されていないことから、常に患者の生命・身体を侵害する危険性が内包されており、人体実験としての側面を有していることから問題となります。

 

試行的医療において医師が留意すべき2つの論点

医師が試行的医療を実施する際に、クリアしておかなければいけないのは2点です。

1点目は、①患者に対する説明と同意であり、2点目は、②治療が法的に許容されることです。

 

医師が負う説明義務:インフォームドコンセントの強化(上記①)

 

医師は、法的義務として、患者の知る権利及び自己決定権の保護のため、副作用がほとんどないような例外的場面を除いて、患者に医療行為に関する説明を行い、その説明を理解した患者の同意を得る必要があります。

試行的医療の際には、患者の上記各権利の保護が強く要請されることになることから、上記インフォームドコンセントの必要性、重要性が高まっているといえます。

これは、治験の際の患者に対する説明と同意が厳格に定められていることと共通します。

そこで、医師は、患者に対し、次のような事項を説明すべきと考えられます。

 

❶ 当該医療行為が試行的な治療行為であること

❷ 当該医療行為の有効性とその根拠

❸ 当該医療行為の必要性とその根拠

❹ 当該医療行為のリスク(副作用の報告がある場合には、その具体的な内容と頻度)

❺ リスクが生じたときの対応

❻ 当該医療行為と従前治療との利害得失

❼ 当該医療行為の経験の程度

❽ 患者が当該医療行為を拒否できること、承諾した場合でも撤回できること

 

試行的医療について医師の説明義務違反を認めた裁判例をみてみます。

 

【東京高判令和4年7月6日、宇都宮地判令和3年11月25日・判タ1502号211頁】

胆管がんの患者が、患者自身のがん組織を用いて作製されたワクチンによる治療(自家がんワクチン療法)を受けた際に必要な説明と検査がされなかったとして医療機関等を訴えた事案です。原審宇都宮地裁は、以下のとおり判示しています。

 

「本件自家がんワクチン療法は,医療水準として未確立の治療法であり,治療効果の点でも不確実性を伴うものであったということができる。このように,治療効果の点で不確実性を伴う療法を実施するに際しては,患者が,当該療法の具体的内容や,これが効果の点で不確実な療法であることなどを十分理解した上でそれでもなお当該療法の実施を選択することで初めて,患者の自己決定権に基づき当該療法が選択されたとみることができる。そうすると,本件自家がんワクチン療法を実施する医師は,患者に対し,疾患の診断(病名と病状),治療の内容,付随する危険性,他に選択可能な治療方法があればその内容及び利害得失,予後などの一般的な事項に加え,本件自家がんワクチン療法が医療水準として未確立の治療法であり,治療効果の点で不確実性を伴うものであることを説明し,さらに,当該患者に対する有効性及び安全性に関する重要な事実のうち,医師がその段階で認識し又は容易に認識できるものについて,医師の主観的な評価とは区別した形で,情報を提供して説明を行うことで,当該患者が本件自家がんワクチン療法を受けることの現実的なメリット・デメリットを理解した上で,本件自家がんワクチン療法を受けるか否かを判断する機会を与えるべき注意義務(以下「本件説明義務」という。)を負う

というべきである。」

東京高裁は、次のとおり、同趣旨を述べ、結論として医師が本件自家ワクチン療法を唯一の選択肢として認識させたとして医師の説明義務違反を認定しています。

「医師は、患者の疾患の治療のために特定の療法を実施するに当たっては、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名及び病状)、実施予定の療法の内容、これに付随する危険性、当該療法を受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について説明する義務があり、特に、当該療法の安全性や有効性が未確立であり自由診療として実施される場合には、患者が、当該療法を受けるか否かにつき熟慮の上判断し得るように、当該療法に付随する危険性、これを受けた場合と受けない場合の利害得失、予後等について正確に分かりやすく説明する義務を負うというべきである。」

 

以上の裁判例からお分かりのとおり、試行的医療については、通常の医療水準内の医療に比して、説明義務が重く課されていることに注意が必要です。

 

法的許容性の判断基準と注意点(上記②)

 

基本的視点

医師が患者にどのような治療行為を施すべきか、については、一般的に、医師は他人の生命、身体、健康を損なわないようにすべき義務を負っているところ、その治療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準以上の治療行為を行うことが要請されているといえます(最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決・判タ468号78頁(未熟児網膜症高山日赤事件))。

そして、個々の患者との関係で、医師は、その業務の性質に照らし、患者の危険防止のために実験上必要とされる最善の注意義務が要求されるとされているため(最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁(東大輸血梅毒事件))、当該患者に対し、その予防、診断ないし治療の各行為において、必要とされる最善の注意義務を尽くした適切な方法を選択することが要請されているといえます。

一方で、医師には、専門家として、患者の個性や状況に応じて治療方法等の選択を行う広範な裁量が認められています。裁判例においても、医師の裁量の範囲を超える医療行為の実施かが検討されることが通常です(医療水準論は、医師の裁量に一定の枠を設けるものです。)。

以上から、医師が最善の注意義務を果たしたか否かは、患者の病気の種類・重症度、患者の身体・精神の状況当該疾病に対する予防、診断及び治療の手段の効果・副作用等の内容を総合的に考慮して、医師の裁量の範囲内かが決せられることになります。

 

具体的な裁判例から学ぶリスク管理

 

試行的医療における医師の裁量について検討する上で、一つの裁判例をみてみましょう。

この裁判例では、医師の裁量が否定される判断をしており、試行的医療における医師の裁量が通常医療におけるそれよりも狭いと判断される可能性を示しています。

 

【東京地判平成26年2月20日】

重症心不全患者が補助人工心臓(エヴァハート)の植込みを受け、その約1年半後に胃穿孔、脳出血により死亡した事案です。当該患者は、エヴァハート植込み手術のための治験実施計画書所定の除外事由(体表面積1.4㎡未満)に該当していました。

東京地裁は、「本来,治験は,未だ人体に対する安全性が確認されておらず,医療行為として認可を受けていない段階において,人体に対する侵襲を伴う行為を実施する性格を有するものであるからこそ,プロトコルを定め,これを遵守することにより,治験実施の正当性が基礎付けられることになることに思いをいたせば,治験実施者に危険性,安全性の存否や程度の実質的判断を委ねるなどということは想定し難いというほかない」として、プロトコル逸脱についての医師の裁量を否定し、「本件除外基準に違反して本件植込み手術を実施したことは,民事法上も違法と評価せざるを得ない。」として医師の過失を認定しています。

 

他方、試行的医療について医師の裁量を許容した裁判例をみてみましょう。

 

【大阪地判平成20年2月13日・判タ1207号344頁】

本件は、痙性斜頸に対し副神経アドリアシン注入術が実施された結果、患者が死亡した事案です。

大阪地裁は、アドリアシン注入術の医学的適応の有無につき、同術が各種論文において三叉神経痛に対し有効性を有するとの発表がなされていることを認定し、「アドリアシン注入術は,平成5年当時,神経痛や不随意運動の症例に対し有効性が期待される新たな治療法として,医学論文において発表されつつある段階にあった」との事実を前提として、「痙性斜頚に対するアドリアシン注入術については,平成5年当時,症例報告が存在せず,治也が最初の症例であったのであるから,本件アドリアシン注入術は,新たな治療法として発表されつつある段階にあったアドリアシン注入術を痙性斜頚の治療に応用する,前例のない先端的な治療法であった」ものの、「痙性斜頚に対しては,平成5年当時,標準的な治療法や根拠のある治療法は確立されていなかったのであり,試行錯誤の中で治療が行われていたものというべきであるから,先端的な治療法であっても,その医学的な合理性,有効性及び安全性等が認められるのであれば,当該治療法を実施するのにふさわしい高次医療機関において,しかるべき医師の下で,そのような治療を実施することも許される場合があるということができる。」と判示しています。結論として、大阪地裁は、アドリアシン注入の有効性について「痙性斜頚に対しては,現在においても確実な治療法は存在していないのであり,痙性斜頚に対する治療に対し確実な効果を期待することはそもそも困難というべきであるから,本件アドリアシン注入術については,一定の有効性が期待できるのであれば,有効性が不確実であっても,直ちに治療効果の面で医学的根拠に欠けるとの理由から医学的適応を否定することはできないというべき」とし、危険性について「本件アドリアシン注入術において,副神経や頚神経にアドリアシンを注入すること自体の危険性は低いというべき」としてアドリアシン注入術の医学的適応を肯定しました。なお、当該事案では医師の説明義務違反が認められ、死亡との因果関係が否定されています。

 

【大阪地判平成17年7月29日・判タ1210号227頁】

本件は、未破裂脳動脈瘤に対しラッピングしてコーディングする手術を受けたところ、その後患者がてんかん重積発作により死亡した事案です。

大阪地裁は、上記手術が違法になるかとの争点につき、「未破裂脳動脈瘤に対する治療の在り方に関して医学界においても未だ意見の一致をみない状況にあることからすれば,未破裂脳動脈瘤に対する手術的治療である本件手術を実施することが許されるか否かは,当該治療行為を行う医療従事者の能力,当該治療行為に必要な医療設備ないし医療環境を前提とした上で,①当該疾病に対する治療の必要性の有無(当該疾病の生命・身体に対する危険性の程度及び治療の必要性・緊急性の程度),②当該治療方法の当該疾病に対して期待される一定の治療効果(有効性)の有無(当該治療法の当該疾病に対する効果の内容及びその効果が期待できる患者の割合等),③当該治療行為に医療行為として期待される安全性の有無(当該治療行為に伴う生命・身体に対する危険性とその治療効果との比較等)を総合的に考慮して,医学的ないし社会的にみて適切さを欠くものとして違法な治療であるということができるか否かによって決すべきである。」と判示しました。そして,「本件手術は,未破裂脳動脈瘤の生涯破裂率と本件手術の合併症発症の可能性は同程度であると解され,未破裂脳動脈瘤の治療の必要性及び本件手術方法の有効性が,本件手術の危険性を凌駕するものではないことに,いわゆる予防的手術という性格のものであることを併せ考えれば,本件手術を実施することは,第一選択の治療法として,専門的研究者・医療者の間で一般的に是認された治療行為であるとまではいえないとしつつも,未破裂脳動脈瘤が破裂した場合,死亡し,又は重大な後遺症が残存する可能性は極めて高く,さらに,患者において,未破裂脳動脈瘤が破裂する危険性があることを知ることによって,不安感が増強しQOLの低下を招くという可能性もあることから,被告担当医において,これらの点を重視して,未破裂脳動脈瘤の破裂を予防するために本件手術を実施した上で,左内頸動脈狭窄に対して抗血小板剤を投与するという治療方法を採用したとしても,Aに十分説明した上であるならば,医学的ないし社会的にみて適切さを欠く違法な治療であるということはできない」とその適法性を肯定しています(結論として、説明義務違反を肯定し、死亡との因果関係も認めています。)。

 

まとめ

これら裁判例を通じてみると、医師において医療水準にない新規医療等の試行的医療を実施する際には、次のような観点からその合理性を担保し、これを患者に説明することが必要であるといえます。

 

1. 患者に対する治療目的でなされており、実験目的、研究目的ではないこと

2. 患者に対して実施する臨床上の必要性、緊急性があること

3. 治療行為の有効性、安全性を裏付ける合理的根拠を有すること

4. 他の選択し得る治療行為と比較して当該治療行為の有効性、安全性が優位であることなどから、当該治療行為を選択する合理的理由があること

 

確立した治療行為が存在しない疾病・症状に対する治療行為については、上記4.は問われないことになり、裁判例上も「その効果に対する一応の臨床医学的な裏付け」があれば「医者の医学的裁量性に照らし」適法となる旨判示し、医師の裁量が広いと考えられています(東京高判平成11年9月16日・判時1710号105頁)。

 

医師が患者に実施する医療行為を検討するに当たって、上記2から4までの事項は当然に検討することになるはずです。検討結果を外部に示すことができるのか、について留意した上で先端的な試行的医療を実施すべきといえます。

以上

 

添付文書と医師の注意義務違反(過失)

皆様明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。多忙のため更新が遅くなり申し訳ございません。

本日は、医薬品の添付文書と医師の過失についてです。

添付文書に関する法令の定め

医薬品の適正使用のため、医薬品の製造販売業者が医薬品を製造販売するときには、医薬品の適正使用の基本となるべき製品に関する情報を記載した文書を作成し添付しなければならないこととなっており、当該文書を添付文書といいます。添付文書は、従前、製品に同梱されて情報提供されておりましたが、紙の情報では最新の情報ではない場合があるなどの理由によって、令和3年8月1日施行の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の改正によって、添付文書の製品への同梱が廃止され、電子的な方法による提供がされるようになりました。医薬品の製造販売業者は、容器等にバーコードやQRコード等の符号を記載し(薬機法52条)、最新の注意事項等情報を記載したホームページを作成するなどして、医薬品等を購入する医療関係者に対して注意事項等情報を提供するための必要な体制を整備しなければならないことと規定されています(同法68条の2の2、同法施行規則228条の10の6)。

なお、添付文書の作成・改定とのその情報提供は、製造販売業の許可取得のため遵守が求められているGVP省令(Good Vigilance Practice省令)における製造販売後の安全管理のための措置(安全確保措置)の実施にも位置付けられます。

【薬機法52条】

医薬品(次項に規定する医薬品を除く。)は、その容器又は被包に、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて厚生労働省令で定めるものにより、第六十八条の二第一項の規定により公表された同条第二項に規定する注意事項等情報を入手するために必要な番号、記号その他の符号が記載されていなければならない。ただし、厚生労働省令で別段の定めをしたときは、この限りでない。

【薬機法68条の2の2】

医薬品、医療機器又は再生医療等製品の製造販売業者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該医薬品、医療機器若しくは再生医療等製品を購入し、借り受け、若しくは譲り受け、又は医療機器プログラムを電気通信回線を通じて提供を受けようとする者に対し、前条第二項に規定する注意事項等情報の提供を行うために必要な体制を整備しなければならない。

医師等の医療関係者は、医薬品の適正使用のため、使用する医薬品の適正使用、安全性に関する情報をインターネット上の添付文書を閲覧するなどして確認する必要があります。

添付文書の内容

添付文書の記載内容は、項目のみならず、文書サイズ、余白、文字のフォント・色等の形式も含め、詳細に規定されています(令和5年2月17日最終改正薬生安発0608第1号「医療用医薬品の添付文書等の記載要領の留意事項」)。

記載項目には、警告、禁忌、組成・性状、効能又は効果、用法及び用量、重要な基本的注意、特定の背景を有する患者に関する注意、相互作用、副作用、薬物動態、臨床成績等が含まれます。

添付文書と裁判

添付文書は、医療に関する法律上、例えば、添付文書上に重篤な副作用の記載がされていないなどとして製造物責任法における指示・警告上の欠陥が認められるか、という点で争いになることがありますが(イレッサ判決、最判平成25年4月12日第三小法廷判決・判タ1390号146頁)、多くは、医師によって添付文書に沿わない医薬品の使用がされ、悪しき結果が生じた場合に、医師に過失が認められるかという点において問題となります。

以下では、後者の医療過誤紛争・訴訟における添付文書と医師の過失の関係について判例・裁判例をみていきましょう。

最高裁平成8年1月23日判決

当該争点に関するリーディングケースは、 最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁です。同判例では、医師が医薬品の使用に当たり、添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかった事実によって、過失が推定されると判断しました。

【事案の概要】

当時7歳5か月の原告が、腰痛と発熱を主訴に病院に入院し、虫垂炎に対し虫垂切除術を受けました。同手術中、ペルカミンS(麻酔剤)が注射されたところ、その12~13分後にショックとなり、脳に重大な後遺症が残りました。ペルカミンSの添付文書には、麻酔注入後10~15分まで、2分間隔の血圧測定が求められていたところ、担当医は、当時の一般開業医の常識に従い5分間隔の血圧測定を看護師に指示しており、当該指示のため、添付文書記載の血圧測定方法に比して血圧低下及びそれに伴う低酸素症に気付くのが遅れたという事案でした。

【最高裁の判断】

「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」

「二分間隔での血圧測定の実施は、何ら高度の知識や技術が要求されるものではなく、血圧測定を行い得る通常の看護婦を配置してさえおけば足りるものであって、本件でもこれを行うことに格別の支障があったわけではないのであるから、被上告人aが能書に記載された注意事項に従わなかったことにつき合理的な理由があったとはいえない。」

 

 平成8年判例の存在から、裁判においては、特段の事情がない限り、医師は、添付文書に記載された注意事項に従った医薬品の使用をすべき注意義務が課せられているとされることに注意が必要です。

 

上記判例に対しては、医療者から、添付文書には、わずかな危険性にすぎない事項についても使用上の注意事項として記載されていることもあり、臨床現場では、患者のために添付文書に反した使用が避けられない状況があるなどの強い批判がされています。当該意見は医療者の全員が共有し得る内容といえますが、判例・裁判例においては、一定のオーソライズされた基準や規則に反する医療行為については厳格な判断を行い、当該基準に反する医療行為を実施することについての合理的説明を医療者に課しています。当該アプローチで判断されている例としては、インフルエンザ予防接種に際して予防接種実施規則に指示された問診を実施しなかった医師の過失を認めた最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号816頁や、診療ガイドラインに反した医療行為に過失が推定されると判示した裁判例(大阪地判平成21年11月25日・判タ1320-198)などが挙げられます。これら裁判所の判断アプローチは、医師が診療契約(準委任契約と解することが一般的です。)上の「最善の注意義務」が課せられていること(最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁)が根拠となります。すなわち、医師として患者の生命・健康を管理すべき業務を実施する以上、一定の医学的根拠を有する確固とした基準があるのであれば、当該基準から外れる医療行為を実施するに際して、合理的理由が存在することを当然に判断していなければならないと考えられているということです。

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平成8年最判の発展(添付文書を基礎とした情報収集義務)

平成8年最判の上記判断は最高裁平成14年11月8日判決によって踏襲されているところ、同最判は、医師に平成8年最判を超える予見可能性を要求しているようにみえます。

最高裁平成14年11月8日第二小法廷判決・集民208号465頁は、添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)の副作用の記載がある医薬品を継続的に使用し、患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生が認められたのであれば、医師には同症候群の発症を予見し回避の措置を講ずべき義務があるとして、医師の過失を肯定しました。

【事案の概要】

原告は、精神病院に入院中、フェノバール、テグレトールなどの多種類の向精神薬の投与を受けていました。入院から1月程度が経過後、原告には全身の発赤、発疹、手掌の腫脹が認められ、担当医師らは、投与中の薬剤のうちテグレトールによる薬疹を疑い、その投与を中止しましたが、フェノバールについては投与を中止せず、その後皮膚症状の改善がないにもかかわらず、フェノバールを増量したところ、その後原告の皮膚粘膜症状が増悪し、発熱、眼症状を認め、結果的に失明を認めました。フェノバールの添付文書には「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症:ときに猩紅熱(しょうこうねつ)様・蕁麻疹・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること、(2)皮膚:まれにスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)、ライエル症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること」と記載されていました。

【最高裁の判断】

「精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。」

「3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。

 そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を具体的に予見すべき時期,移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。」

 

平成14年最判では、上記のとおり、医薬品の添付文書の記載に従わなかったことの注意義務違反が問題とされていた平成8年最判を前提としつつ、添付文書に記載された医療行為の実施が行われていたとしてもそれのみで医師の過失が否定されるものではなく、医師は、添付文書を確認した上で、必要に応じて文献を参照するなどして最新情報を収集する義務があるとされています。添付文書に留まらない医師の義務を認めたものであり、実務上、留意を要する判例といえます。

医療者側に求められる予見義務・結果回避義務は高度なものとなりますが、添付文書を確認した後実施すべき調査・情報収集は平均的医師に課せられる程度を超えるものではありません。医療機関側では、当該調査・情報収集を踏まえた医療行為が実施されていることを説明することとなります。

医師の責任を認めた裁判例

上記最判が裁判例でどのように判断に用いられているのかを実際にいくつか見ていきましょう。

仙台地判平成29年7月13日は、高血圧に罹患していた患者が経口避妊薬(本件薬剤)を処方された結果、肺塞栓を発症し、死亡した事案です。本件薬剤の添付文書には高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方は禁忌とされていました。

裁判所は、上記平成8年最判の判示を引用した上で、患者が添付文書記載のWHO基準分類3~4の高血圧であったことを認定し、医師が添付文書に違反して処方した注意義務違反を認めています。すなわち、「日本産科婦人科学会編「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン(改訂版)」(平成17年12月作成。以下「本件ガイドライン」という。)」「は,WHO基準に則って,高血圧の患者に対するOCの使用につき,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある分類3(原則的禁忌)と分類4(絶対的禁忌)の各場合を定めているところ,本件ガイドラインは日本産科婦人科学会により平成17年12月に作成されたことに照らせば,その内容は,臨床医学の実践における当時の医療水準を示すものとして,合理性を有するものと推認される。」として、本件ガイドラインにおいて引用されていない「高血圧治療ガイドライン2004」における「血圧は変動しやすいので高血圧の診断のためには少なくとも2回以上の異なる機会における血圧値に基づいて行うべきである」との記載に従った血圧測定がされていなかったとしても添付文書違反を左右するものではないとされています。

当該裁判例は、上記各判例から進んで、添付文書記載違反の注意義務違反によって悪しき結果が生じたというためには、「添付文書の記載は,医薬品の効能を十分に発揮させるとともに,不都合な結果の発生をできる限り防止するために作成されるものであるから,医師に結果発生につき添付文書の記載事項の遵守違反による過失が推定されるためには,医師が使用上の注意に従わなかったことによって,添付文書の記載が防止しようとした結果が発生したことが必要となると解される。」と判示しています。当該判示部分は、上記平成8年最判の「医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべき」との判示のうち「それによって」の部分が明確な形で判示されており、添付文書違反の処方がされたことのみで過失が推定されないことが理解できます。

 

医師の責任を否定した裁判例

東京地判令和4年8月25日は、ヨード造影剤であるオムニパークによってアレルギーの既往がある患者に対し、同じくヨード造影剤であるイオメロンを投与し、アナフィラキシーショックによって患者が死亡した事案について、医師の過失が推定されるものの、投与には「特段の合理的理由」があるとしてその過失を認めなかった裁判例です。

裁判所は、添付文書に「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してイオメロンを投与することは禁忌と記載されていたとしても、公益社団法人日本医学放射線学会の造影剤安全性管理委員会の提言において「ヨード造影剤に対する中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対しても、直ちに造影剤の使用が禁忌となるわけではなく、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断する必要がある」ことを指摘し、被告病院は、「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してもリスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断していたほか、急性副作用発生の危険性低減のためにステロイド前投与を行うとともに、副作用発現時への対応を整えていたことや、患者の過去のアレルギー症状が比較的軽度であったこと、過去にイオメロンに対するアレルギーが認められなかったこと、急性心不全を認めた患者に対して冠動脈造影を行う必要性があったことなどを認定した上で、上記「特段の合理的理由」ありと判断しました。

添付文書の禁忌の記載に反したとしても、学会の提言等の根拠を有する場合に過失の推定が認められないとした事例として参考になります。

終わりに

以上、医薬品の添付文書と医師の過失についてご説明してまいりました。

添付文書記載の禁忌であっても当該医薬品を使用せざるを得ない状況は、患者が重症な場合等にしばしば起こり得ます。そのような場合に悪しき結果が生じた場合には、添付文書記載違反を理由に患者からの訴えがされる場合が多くみられますが、合理的理由がある場合には裁判所においても斟酌し、実際に過失を認めている事例は肯定事例に比して少数であるように考えます。医療機関においては、カルテ上に上記特段の合理的理由があると考える根拠を記載されるなど、対応されると望ましいといえます。

 

添付文書に記載のない医薬品の使用については、医薬品の適応外使用の可否として問題としてなりますので、次回、適応外使用はどのような場面で許容され、あるいは許容されないかについて取り上げることとします。

「医局」とは?その法的性質と勤務医への影響を徹底解説

Q:医局人事で病院に派遣され、勤務医をしています。先日、医局の教授と喧嘩して、「医局から破門する!」といわれました。私は病院を辞めなければいけないのでしょうか。

 

 

クライアントから医局人事に関するご質問を受けることがあります。本日は「医局」の法的性質について検討していきましょう。

 

医局とは何か?その法的定義と役割

結論から述べますと、「医局」は私的団体にすぎず、医局と医局員との間で雇用契約関係はなく、病院の開設者と医師との契約に医局人事が直接影響を及ぼすことはありません。

 

医局の法的性質に関する裁判例

裁判所が「医局」をどのように定義し、どのような法的性質を有すると判断しているのか、裁判例の判示を通じてみていきましょう。

 

大阪地判平成27年4月28日(判例秘書搭載判例番号L07051045)は、整形外科助教として勤務していた医局員(原告)が、教授による医局人事の勧奨を受けて病院を退職した行為が、病院からの退職勧奨といえるか、自己都合退職にすぎないかが争われた事案です。

大阪地方裁判所は、当該裁判例において、「医局」について以下のとおり判示しています。

 

「医局とは,専門医の育成,関連病院における同分野の診療科との間で医師数の調整や適材適所を主眼とした人事異動,医学研究促進等を目的として,おおむね同分野の医師で更生されるグループ組織であり,①各医師に診察,教育,研究等の経験を積ませ,②若手医師に研究に従事させて研究者としての成果を上げる機会を与え,③医師不足の地域が出ないように医師を配置して地域医療への貢献を行うなど,医師の育成と地域における医師の供給(人事調整)を担っている(以下,上記のような観点から行われる医局による人事異動を「医局人事」という。)。」

 

大学病院の医局では、診療、教育、研究を通じ医局員において医学博士号を取得し、留学先の斡旋を受け、あるいは、専門性を身につけるなどしてキャリア形成がされるとともに、地域の中核医療機関に医局員を派遣して地域医療を支える基礎となっているという実態に沿った事実認定かと思います。

 

もう一件、別の裁判例をみてみましょう。奈良地裁平成9年12月24日・判タ982号161頁は、町立病院に勤務する医師(原告)が町長から辞職承認処分がされたところ、原告において辞職の申し出がないことから無効であるとして町長の上記処分の取消しを求めた事案です。町長は、町立病院が県立医大の医局人事によって人事異動がされてきた慣例から、医局人事に医師が従うことを必要条件としているとして、採用段階で次の医局人事に従う合意がされていたと主張しました。当該事案において、奈良地方裁判所は、以下のように「医局」を定義しています。なお、地方公共団体が設置運営する医療機関の事案ですが、その点は「医局」の性質を左右することはありません。

 

「医局とは、大学医学部の講座に対応して存在する医師の団体であり、大学の附属病院などの右講座に対応する診療科では、医局の場において教育、研究、診療等が行われている。医局の最高責任者は教授であり、その下で医局長が実務的な運営を行っている。医局は、医局に関連する病院に医局に所属する医師(医局員)を推薦し(いわゆる「医局の人事」)、右推薦に基づき、医局員本人と関連病院との間で雇用契約が結ばれるか、又は医局員本人と関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員としての採用手続がとられている。」

 

教授の医局員の人事に対する強制力

それでは「医局」の最高責任者である教授は、医局員に対し、医局員の雇用者としての地位を強制的にコントロールできるでしょうか。

結論として、教授は法的に上記強制力を持っていません。

 

この点について上記奈良地判は、次のとおり判示します。

 

「そうすると、被告ら主張の「医局の人事異動」とは、医局が医局員を派遣すべき病院を推薦し、医局員が右推薦に従い、関連病院との間で雇用契約を結んだり、関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員として採用されたりしている慣例を指すに過ぎないものである。したがって、被告町長において、事実上、医局の推薦に従って医師の採用を行っていたとしても、被告町長が公務員として採用する旨の処分をしない限り公務員として採用されることはないし、一旦公務員として採用された後、医局が医局員に対して別の勤務先等を推薦しあるいは指示したからといって、公務員としての地位が失われたりする筋合いのものではない。そうすると、町立病院の内科医として勤務する場合は、医局に所属し、その人事異動に従うことを条件としている旨の被告らのこの点の主張は採用することができない。

 また、被告らは、原告には採用時に医局の次の人事異動の内示を停止条件とする黙示の辞職の申出があった旨を主張するが、公務員の辞職の申出は、その身分の喪失という重大な効果につながるものであるから、辞職の時期を含めて公務員の自由な意思に基づくものであることが必要であり、医局において別の勤務先を推薦しあるいは指示することを内容とする停止条件を付することは許されないし、本件においてそのような条件が付されていた事実を認めるべき証拠もない。」

 

つまり、医局人事は慣例にすぎず、実際に医局員が病院と雇用契約を締結するかどうかという法的な話における意思表示の認定に影響を与えないという判断です。

 

上記大阪地判においても、医局員は意に沿わない人事がされることも承知の上で、医局に所属するメリット・デメリットを考慮して自らの意思で医局人事に従うことを決定している旨述べています。

 

「医局が,地域医療への貢献という役割をも果たしていることからすれば,特定の施設あるいは病院に所属し続けるのではなく,医局人事による異動が不可欠であり,しかもその異動は,被告医学部内部での異動のみではなく,外部の関連病院等に異動することも当然に予定されている。そして,人事異動が,人員配置の必要性,対象人物の適性・異動歴・成長するために必要な経験などを考慮した上で決められるものであることに加えて,被告医局に所属する者が約400名であり,関連病院の数が約80であること,医局が地域医療への貢献を行っていることからすれば,全ての医局員の意に沿った人事異動を行うことは不可能であり,ときには,対象人物の意に沿わない人事異動が行われることも当然想定される事態であり,このことは,医局に所属する者も当然に認識していることである。もっとも,医学部を卒業したからといって必ず医局に所属しなければならないものではなく,実際,近年においては,医局に属しない者も増加していることが認められ(証人B尋問調書5,6頁),また,いったん医局に所属したとしても,その後の事情の変更により,自分の意思で医局から離脱することも可能である。そうすると,医局に所属するか否か,あるいは医局から離脱するか否かは,当該医師が,医師としてどのような進路を希望するかや,医局に所属した場合に発生する事態等,医局に所属することで得られる利益と不利益等を総合考慮して,決定すべきことである。」

 

A

以上からすれば、上述のQについていえば、教授が「医局から破門する!」といったところで、医局員の病院の勤務医としての地位が失われるものではありません。

 

医局員の懲戒解雇等

派生する論点となりますが、医局員が医局人事に従った退職の法的性質については、医局員が自らの意思で教授から伝えられた医局人事に従い、病院を退職するわけであり、退職勧奨を受けた退職ではなく自己都合による退職に当たると評価されることになります。自己都合退職になると退職金は満額支給されず減額となることが一般的です。上記大阪地判は次のとおり述べます。

 

「以上を総合考慮すると,医局に所属する教員が,医局人事を利用して異動することとした場合には,当該異動が対象教員の意に沿っているか否かにかかわらず,医局に所属することで得られる利益を享受することを優先したというべきであって,そうであるならば,それは,被告の都合による異動(退職)ではなく,医局人事に従うという教員側の自己都合による異動(退職)であるというべきであり,実際,被告(医学部)においては,医局人事に従って退職する場合には,当該退職を自己都合退職として扱われていることをも併せ考慮すれば,医局人事に従って退職する場合には,自己都合による退職として扱うという慣行になっていたともいうことができる。
そうすると,本件退職は,自己都合退職として扱うのが相当である。」

 

それでは、Qの医師がどんなことをしていても解雇できないのかといわれれば、そのようなことはありません。病院としては、就業規則等に基づく懲戒解雇や普通解雇が法的に有効になし得るかを検討することとなります。

 

懲戒解雇・普通解雇の要件

いずれの解雇についても、以下の①、②の要件が認められない場合には、当該解雇は権利濫用により無効となります(労働契約法第15条、第16条)。

 

① 客観的に合理的な理由が存在すること

ア 普通解雇の場合

労働者側に労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失などの事情が認められること

イ 懲戒解雇の場合

就業規則に定められた懲戒解雇事由が認められること

 

② 当該解雇が社会通念上相当と認められること(社会通念上の相当性)

解雇の事由が重大な程度に達しており、他に解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情はほとんどないこと

 

懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分ですので、上記①、②共に極めて厳格に審査されます。

上記①の客観的に合理的な理由については、訴訟に耐え得るような裏付け証拠が揃っているかに留意すべきです。また、上記②の社会通念上の相当性については、労働者の不正行為の内容や悪質性・背信性の高さ、労働者の役職・職業など高い公正さ・清廉性が求められる立場、その後の労働者の態度等を総合的に考慮しなければなりません。

 

裁判例における懲戒処分の社会通念上の相当性判断の一例

社会通念上の相当性についての理解を深めるために、東京地裁平成26年7月17日・労働判例1103号5頁の事案をご紹介します。

東京都医師会が管理運営する病院が病院勤務医に対して3か月間の停職懲戒処分を行なった事案です。当該医師には、以下のような非違行為が認められました。

 

1 病院の管理職でありながら、病院が定めた院外処方推進の方針に故意に従おうとしなかった

2 心電検査室に大量の私物を持ち込み、日常的に食事や就寝を繰り返し、夜間・休日にも管理者に無断で同室に立ち入り検査業務に支障を生じさせ、撤去・退去の命令に従わなかった

3 多数の職員の前で、薬剤検査科長のパワハラが原因で薬剤師が退職せざるを得なくなった旨発言し、その後も書面を多数の職員に配布し、当該薬剤検査科長を誹謗中傷した

4 薬剤師の懐妊について公になっていないにもかかわらず、当該薬剤師の了解なく、発言及び書面によって病院内に公にした。

 

裁判所は、上記事実は軽微とはいえないが基本的には病院内部にとどまる行為であって、患者に対して直接被害を与えるものではないとして、免職に次いで重い停職処分が重きに失すると判断しています。当該勤務医は、4、5年前ではありますが、宿泊勤務中に運動、シャワーを行いドクターコールに気付かず、気付いた後も適切な対応をせず、また、上司が記録した宿直日誌を破棄したことなどにより訓告処分を受けた処分歴もあったとのことです。

停職についても上記判断を行っていることからすれば、更に悪質性が高くなければいけない懲戒解雇処分についての社会通念上の相当性の認定に関して極めて厳格に判断されることがご理解いただけると思います。

 

なお、懲戒解雇についての留意点として、就業規則等に基づき労働契約で予定されている懲戒は企業(使用者)が企業秩序を維持するために認められた権限と考えられていることから、企業施設外で就業時間外に行われた従業員の私生活上の非違行為については、基本的には企業秩序とは無関係であるとして、懲戒処分の有効性について厳格に解されることが挙げられます。具体的には、従業員の私生活上の非違行為が、会社の事業活動の遂行に直接関連するもの及び社会的評価の棄損をもたらすもののみが企業秩序維持のために懲戒の懲戒処分の対象となると解されております。

 

職員がパワハラの加害者である場合には、配転命令を行った後に、有効な配転命令を労働者が拒否する場合の懲戒解雇も視野にいれた対応を行うことが相当な場面もあります(東亜ペイント事件、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・労判477号6頁)。

いずれにしても、事案によって取り得る対策を緻密に検討し慎重に手続を進める必要がありますので、弁護士にご相談されるべき場面かと考えます。

以上

 

【参考文献】

菅野和夫・山川隆一『労働法(第13版)』弘文堂、2024年

佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅰ、青林書院、2021年
佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅱ、青林書院、2021年

水町勇一郎『詳解 労働法[第3版]』、東京大学出版会、2023年