添付文書と医師の注意義務違反(過失)

皆様明けましておめでとうございます。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。多忙のため更新が遅くなり申し訳ございません。

本日は、医薬品の添付文書と医師の過失についてです。

添付文書に関する法令の定め

医薬品の適正使用のため、医薬品の製造販売業者が医薬品を製造販売するときには、医薬品の適正使用の基本となるべき製品に関する情報を記載した文書を作成し添付しなければならないこととなっており、当該文書を添付文書といいます。添付文書は、従前、製品に同梱されて情報提供されておりましたが、紙の情報では最新の情報ではない場合があるなどの理由によって、令和3年8月1日施行の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の改正によって、添付文書の製品への同梱が廃止され、電子的な方法による提供がされるようになりました。医薬品の製造販売業者は、容器等にバーコードやQRコード等の符号を記載し(薬機法52条)、最新の注意事項等情報を記載したホームページを作成するなどして、医薬品等を購入する医療関係者に対して注意事項等情報を提供するための必要な体制を整備しなければならないことと規定されています(同法68条の2の2、同法施行規則228条の10の6)。

なお、添付文書の作成・改定とのその情報提供は、製造販売業の許可取得のため遵守が求められているGVP省令(Good Vigilance Practice省令)における製造販売後の安全管理のための措置(安全確保措置)の実施にも位置付けられます。

【薬機法52条】

医薬品(次項に規定する医薬品を除く。)は、その容器又は被包に、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて厚生労働省令で定めるものにより、第六十八条の二第一項の規定により公表された同条第二項に規定する注意事項等情報を入手するために必要な番号、記号その他の符号が記載されていなければならない。ただし、厚生労働省令で別段の定めをしたときは、この限りでない。

【薬機法68条の2の2】

医薬品、医療機器又は再生医療等製品の製造販売業者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該医薬品、医療機器若しくは再生医療等製品を購入し、借り受け、若しくは譲り受け、又は医療機器プログラムを電気通信回線を通じて提供を受けようとする者に対し、前条第二項に規定する注意事項等情報の提供を行うために必要な体制を整備しなければならない。

医師等の医療関係者は、医薬品の適正使用のため、使用する医薬品の適正使用、安全性に関する情報をインターネット上の添付文書を閲覧するなどして確認する必要があります。

添付文書の内容

添付文書の記載内容は、項目のみならず、文書サイズ、余白、文字のフォント・色等の形式も含め、詳細に規定されています(令和5年2月17日最終改正薬生安発0608第1号「医療用医薬品の添付文書等の記載要領の留意事項」)。

記載項目には、警告、禁忌、組成・性状、効能又は効果、用法及び用量、重要な基本的注意、特定の背景を有する患者に関する注意、相互作用、副作用、薬物動態、臨床成績等が含まれます。

添付文書と裁判

添付文書は、医療に関する法律上、例えば、添付文書上に重篤な副作用の記載がされていないなどとして製造物責任法における指示・警告上の欠陥が認められるか、という点で争いになることがありますが(イレッサ判決、最判平成25年4月12日第三小法廷判決・判タ1390号146頁)、多くは、医師によって添付文書に沿わない医薬品の使用がされ、悪しき結果が生じた場合に、医師に過失が認められるかという点において問題となります。

以下では、後者の医療過誤紛争・訴訟における添付文書と医師の過失の関係について判例・裁判例をみていきましょう。

最高裁平成8年1月23日判決

当該争点に関するリーディングケースは、 最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁です。同判例では、医師が医薬品の使用に当たり、添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかった事実によって、過失が推定されると判断しました。

【事案の概要】

当時7歳5か月の原告が、腰痛と発熱を主訴に病院に入院し、虫垂炎に対し虫垂切除術を受けました。同手術中、ペルカミンS(麻酔剤)が注射されたところ、その12~13分後にショックとなり、脳に重大な後遺症が残りました。ペルカミンSの添付文書には、麻酔注入後10~15分まで、2分間隔の血圧測定が求められていたところ、担当医は、当時の一般開業医の常識に従い5分間隔の血圧測定を看護師に指示しており、当該指示のため、添付文書記載の血圧測定方法に比して血圧低下及びそれに伴う低酸素症に気付くのが遅れたという事案でした。

最高裁の判断】

「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」

「二分間隔での血圧測定の実施は、何ら高度の知識や技術が要求されるものではなく血圧測定を行い得る通常の看護婦を配置してさえおけば足りるものであって、本件でもこれを行うことに格別の支障があったわけではないのであるから、被上告人aが能書に記載された注意事項に従わなかったことにつき合理的な理由があったとはいえない。」

 

 平成8年判例の存在から、裁判においては、特段の事情がない限り、医師は、添付文書に記載された注意事項に従った医薬品の使用をすべき注意義務が課せられているとされることに注意が必要です。

 

上記判例に対しては、医療者から、添付文書には、わずかな危険性にすぎない事項についても使用上の注意事項として記載されていることもあり、臨床現場では、患者のために添付文書に反した使用が避けられない状況があるなどの強い批判がされています。当該意見は医療者の全員が共有し得る内容といえますが、判例・裁判例においては、一定のオーソライズされた基準や規則に反する医療行為については厳格な判断を行い、当該基準に反する医療行為を実施することについての合理的説明を医療者に課しています。当該アプローチで判断されている例としては、インフルエンザ予防接種に際して予防接種実施規則に指示された問診を実施しなかった医師の過失を認めた最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号816頁や、診療ガイドラインに反した医療行為に過失が推定されると判示した裁判例(大阪地判平成21年11月25日・判タ1320-198)などが挙げられます。これら裁判所の判断アプローチは、医師が診療契約(準委任契約と解することが一般的です。)上の「最善の注意義務」が課せられていること最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁)が根拠となります。すなわち、医師として患者の生命・健康を管理すべき業務を実施する以上、一定の医学的根拠を有する確固とした基準があるのであれば、当該基準から外れる医療行為を実施するに際して、合理的理由が存在することを当然に判断していなければならないと考えられているということです。

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平成8年最判の発展(添付文書を基礎とした情報収集義務)

平成8年最判の上記判断は最高裁平成14年11月8日判決によって踏襲されているところ、同最判は、医師に平成8年最判を超える予見可能性を要求しているようにみえます。

最高裁平成14年11月8日第二小法廷判決・集民208号465頁は、添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群スティーブンス・ジョンソン症候群)の副作用の記載がある医薬品を継続的に使用し、患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生が認められたのであれば、医師には同症候群の発症を予見し回避の措置を講ずべき義務があるとして、医師の過失を肯定しました。

【事案の概要】

原告は、精神病院に入院中、フェノバール、テグレトールなどの多種類の向精神薬の投与を受けていました。入院から1月程度が経過後、原告には全身の発赤、発疹、手掌の腫脹が認められ、担当医師らは、投与中の薬剤のうちテグレトールによる薬疹を疑い、その投与を中止しましたが、フェノバールについては投与を中止せず、その後皮膚症状の改善がないにもかかわらず、フェノバールを増量したところ、その後原告の皮膚粘膜症状が増悪し、発熱、眼症状を認め、結果的に失明を認めました。フェノバールの添付文書には「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症:ときに猩紅熱(しょうこうねつ)様・蕁麻疹・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること、(2)皮膚:まれにスティーブンス・ジョンソン症候群皮膚粘膜眼症候群)、ライエル症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること」と記載されていました。

最高裁の判断】

精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。」

「3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。

 そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を具体的に予見すべき時期,移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。

 

平成14年最判では、上記のとおり、医薬品の添付文書の記載に従わなかったことの注意義務違反が問題とされていた平成8年最判を前提としつつ、添付文書に記載された医療行為の実施が行われていたとしてもそれのみで医師の過失が否定されるものではなく、医師は、添付文書を確認した上で、必要に応じて文献を参照するなどして最新情報を収集する義務があるとされています。添付文書に留まらない医師の義務を認めたものであり、実務上、留意を要する判例といえます。

医療者側に求められる予見義務・結果回避義務は高度なものとなりますが、添付文書を確認した後実施すべき調査・情報収集は平均的医師に課せられる程度を超えるものではありません。医療機関側では、当該調査・情報収集を踏まえた医療行為が実施されていることを説明することとなります。

医師の責任を認めた裁判例

上記最判が裁判例でどのように判断に用いられているのかを実際にいくつか見ていきましょう。

仙台地判平成29年7月13日は、高血圧に罹患していた患者が経口避妊薬(本件薬剤)を処方された結果、肺塞栓を発症し、死亡した事案です。本件薬剤の添付文書には高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方は禁忌とされていました。

裁判所は、上記平成8年最判の判示を引用した上で、患者が添付文書記載のWHO基準分類3~4の高血圧であったことを認定し、医師が添付文書に違反して処方した注意義務違反を認めています。すなわち、「日本産科婦人科学会編「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン(改訂版)」(平成17年12月作成。以下「本件ガイドライン」という。)」「は,WHO基準に則って,高血圧の患者に対するOCの使用につき,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある分類3(原則的禁忌)と分類4(絶対的禁忌)の各場合を定めているところ,本件ガイドライン日本産科婦人科学会により平成17年12月に作成されたことに照らせば,その内容は,臨床医学の実践における当時の医療水準を示すものとして,合理性を有するものと推認される。」として、本件ガイドラインにおいて引用されていない「高血圧治療ガイドライン2004」における「血圧は変動しやすいので高血圧の診断のためには少なくとも2回以上の異なる機会における血圧値に基づいて行うべきである」との記載に従った血圧測定がされていなかったとしても添付文書違反を左右するものではないとされています。

当該裁判例は、上記各判例から進んで、添付文書記載違反の注意義務違反によって悪しき結果が生じたというためには、「添付文書の記載は,医薬品の効能を十分に発揮させるとともに,不都合な結果の発生をできる限り防止するために作成されるものであるから,医師に結果発生につき添付文書の記載事項の遵守違反による過失が推定されるためには,医師が使用上の注意に従わなかったことによって,添付文書の記載が防止しようとした結果が発生したことが必要となると解される。」と判示しています。当該判示部分は、上記平成8年最判の「医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべき」との判示のうち「それによって」の部分が明確な形で判示されており、添付文書違反の処方がされたことのみで過失が推定されないことが理解できます。

 

医師の責任を否定した裁判例

東京地判令和4年8月25日は、ヨード造影剤であるオムニパークによってアレルギーの既往がある患者に対し、同じくヨード造影剤であるイオメロンを投与し、アナフィラキシーショックによって患者が死亡した事案について、医師の過失が推定されるものの、投与には「特段の合理的理由」があるとしてその過失を認めなかった裁判例です。

裁判所は、添付文書に「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してイオメロンを投与することは禁忌と記載されていたとしても、公益社団法人日本医学放射線学会の造影剤安全性管理委員会の提言において「ヨード造影剤に対する中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対しても、直ちに造影剤の使用が禁忌となるわけではなく、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断する必要がある」ことを指摘し、被告病院は、「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してもリスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断していたほか、急性副作用発生の危険性低減のためにステロイド前投与を行うとともに、副作用発現時への対応を整えていたことや、患者の過去のアレルギー症状が比較的軽度であったこと、過去にイオメロンに対するアレルギーが認められなかったこと、急性心不全を認めた患者に対して冠動脈造影を行う必要性があったことなどを認定した上で、上記「特段の合理的理由」ありと判断しました。

添付文書の禁忌の記載に反したとしても、学会の提言等の根拠を有する場合に過失の推定が認められないとした事例として参考になります。

終わりに

以上、医薬品の添付文書と医師の過失についてご説明してまいりました。

添付文書記載の禁忌であっても当該医薬品を使用せざるを得ない状況は、患者が重症な場合等にしばしば起こり得ます。そのような場合に悪しき結果が生じた場合には、添付文書記載違反を理由に患者からの訴えがされる場合が多くみられますが、合理的理由がある場合には裁判所においても斟酌し、実際に過失を認めている事例は肯定事例に比して少数であるように考えます。医療機関においては、カルテ上に上記特段の合理的理由があると考える根拠を記載されるなど、対応されると望ましいといえます。

 

添付文書に記載のない医薬品の使用については、医薬品の適応外使用の可否として問題としてなりますので、次回、適応外使用はどのような場面で許容され、あるいは許容されないかについて取り上げることとします。

「医局」とは?その法的性質と勤務医への影響を徹底解説

Q:医局人事で病院に派遣され、勤務医をしています。先日、医局の教授と喧嘩して、「医局から破門する!」といわれました。私は病院を辞めなければいけないのでしょうか。

 

 

クライアントから医局人事に関するご質問を受けることがあります。本日は「医局」の法的性質について検討していきましょう。

 

医局とは何か?その法的定義と役割

結論から述べますと、「医局」は私的団体にすぎず、医局と医局員との間で雇用契約関係はなく、病院の開設者と医師との契約に医局人事が直接影響を及ぼすことはありません。

 

医局の法的性質に関する裁判例

裁判所が「医局」をどのように定義し、どのような法的性質を有すると判断しているのか、裁判例の判示を通じてみていきましょう。

 

大阪地判平成27年4月28日(判例秘書搭載判例番号L07051045)は、整形外科助教として勤務していた医局員(原告)が、教授による医局人事の勧奨を受けて病院を退職した行為が、病院からの退職勧奨といえるか、自己都合退職にすぎないかが争われた事案です。

大阪地方裁判所は、当該裁判例において、「医局」について以下のとおり判示しています。

 

医局とは,専門医の育成,関連病院における同分野の診療科との間で医師数の調整や適材適所を主眼とした人事異動,医学研究促進等を目的として,おおむね同分野の医師で更生されるグループ組織であり,①各医師に診察,教育,研究等の経験を積ませ,②若手医師に研究に従事させて研究者としての成果を上げる機会を与え,③医師不足の地域が出ないように医師を配置して地域医療への貢献を行うなど,医師の育成と地域における医師の供給(人事調整)を担っている(以下,上記のような観点から行われる医局による人事異動を「医局人事」という。)。」

 

大学病院の医局では、診療、教育、研究を通じ医局員において医学博士号を取得し、留学先の斡旋を受け、あるいは、専門性を身につけるなどしてキャリア形成がされるとともに、地域の中核医療機関に医局員を派遣して地域医療を支える基礎となっているという実態に沿った事実認定かと思います。

 

もう一件、別の裁判例をみてみましょう。奈良地裁平成9年12月24日・判タ982号161頁は、町立病院に勤務する医師(原告)が町長から辞職承認処分がされたところ、原告において辞職の申し出がないことから無効であるとして町長の上記処分の取消しを求めた事案です。町長は、町立病院が県立医大の医局人事によって人事異動がされてきた慣例から、医局人事に医師が従うことを必要条件としているとして、採用段階で次の医局人事に従う合意がされていたと主張しました。当該事案において、奈良地方裁判所は、以下のように「医局」を定義しています。なお、地方公共団体が設置運営する医療機関の事案ですが、その点は「医局」の性質を左右することはありません。

 

「医局とは、大学医学部の講座に対応して存在する医師の団体であり、大学の附属病院などの右講座に対応する診療科では、医局の場において教育、研究、診療等が行われている。医局の最高責任者は教授であり、その下で医局長が実務的な運営を行っている。医局は、医局に関連する病院に医局に所属する医師(医局員)を推薦し(いわゆる「医局の人事」)、右推薦に基づき、医局員本人と関連病院との間で雇用契約が結ばれるか、又は医局員本人と関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員としての採用手続がとられている。」

 

教授の医局員の人事に対する強制力

それでは「医局」の最高責任者である教授は、医局員に対し、医局員の雇用者としての地位を強制的にコントロールできるでしょうか。

結論として、教授は法的に上記強制力を持っていません。

 

この点について上記奈良地判は、次のとおり判示します。

 

「そうすると、被告ら主張の「医局の人事異動」とは、医局が医局員を派遣すべき病院を推薦し、医局員が右推薦に従い、関連病院との間で雇用契約を結んだり、関連病院の設置管理者である地方公共団体との間で公務員として採用されたりしている慣例を指すに過ぎないものである。したがって、被告町長において、事実上、医局の推薦に従って医師の採用を行っていたとしても、被告町長が公務員として採用する旨の処分をしない限り公務員として採用されることはないし、一旦公務員として採用された後、医局が医局員に対して別の勤務先等を推薦しあるいは指示したからといって、公務員としての地位が失われたりする筋合いのものではない。そうすると、町立病院の内科医として勤務する場合は、医局に所属し、その人事異動に従うことを条件としている旨の被告らのこの点の主張は採用することができない

 また、被告らは、原告には採用時に医局の次の人事異動の内示を停止条件とする黙示の辞職の申出があった旨を主張するが、公務員の辞職の申出は、その身分の喪失という重大な効果につながるものであるから、辞職の時期を含めて公務員の自由な意思に基づくものであることが必要であり、医局において別の勤務先を推薦しあるいは指示することを内容とする停止条件を付することは許されないし、本件においてそのような条件が付されていた事実を認めるべき証拠もない。」

 

つまり、医局人事は慣例にすぎず、実際に医局員が病院と雇用契約を締結するかどうかという法的な話における意思表示の認定に影響を与えないという判断です。

 

上記大阪地判においても、医局員は意に沿わない人事がされることも承知の上で、医局に所属するメリット・デメリットを考慮して自らの意思で医局人事に従うことを決定している旨述べています。

 

「医局が,地域医療への貢献という役割をも果たしていることからすれば,特定の施設あるいは病院に所属し続けるのではなく,医局人事による異動が不可欠であり,しかもその異動は,被告医学部内部での異動のみではなく,外部の関連病院等に異動することも当然に予定されている。そして,人事異動が,人員配置の必要性,対象人物の適性・異動歴・成長するために必要な経験などを考慮した上で決められるものであることに加えて,被告医局に所属する者が約400名であり,関連病院の数が約80であること,医局が地域医療への貢献を行っていることからすれば,全ての医局員の意に沿った人事異動を行うことは不可能であり,ときには,対象人物の意に沿わない人事異動が行われることも当然想定される事態であり,このことは,医局に所属する者も当然に認識していることである。もっとも,医学部を卒業したからといって必ず医局に所属しなければならないものではなく,実際,近年においては,医局に属しない者も増加していることが認められ(証人B尋問調書5,6頁),また,いったん医局に所属したとしても,その後の事情の変更により,自分の意思で医局から離脱することも可能である。そうすると,医局に所属するか否か,あるいは医局から離脱するか否かは,当該医師が,医師としてどのような進路を希望するかや,医局に所属した場合に発生する事態等,医局に所属することで得られる利益と不利益等を総合考慮して,決定すべきことである。」

 

A

以上からすれば、上述のQについていえば、教授が「医局から破門する!」といったところで、医局員の病院の勤務医としての地位が失われるものではありません。

 

医局員の懲戒解雇等

派生する論点となりますが、医局員が医局人事に従った退職の法的性質については、医局員が自らの意思で教授から伝えられた医局人事に従い、病院を退職するわけであり、退職勧奨を受けた退職ではなく自己都合による退職に当たると評価されることになります。自己都合退職になると退職金は満額支給されず減額となることが一般的です。上記大阪地判は次のとおり述べます。

 

「以上を総合考慮すると,医局に所属する教員が,医局人事を利用して異動することとした場合には,当該異動が対象教員の意に沿っているか否かにかかわらず,医局に所属することで得られる利益を享受することを優先したというべきであって,そうであるならば,それは,被告の都合による異動(退職)ではなく,医局人事に従うという教員側の自己都合による異動(退職)であるというべきであり,実際,被告(医学部)においては,医局人事に従って退職する場合には,当該退職を自己都合退職として扱われていることをも併せ考慮すれば,医局人事に従って退職する場合には,自己都合による退職として扱うという慣行になっていたともいうことができる。
そうすると,本件退職は,自己都合退職として扱うのが相当である。」

 

それでは、Qの医師がどんなことをしていても解雇できないのかといわれれば、そのようなことはありません。病院としては、就業規則等に基づく懲戒解雇や普通解雇が法的に有効になし得るかを検討することとなります。

 

懲戒解雇・普通解雇の要件

いずれの解雇についても、以下の①、②の要件が認められない場合には、当該解雇は権利濫用により無効となります(労働契約法第15条、第16条)。

 

① 客観的に合理的な理由が存在すること

ア 普通解雇の場合

労働者側に労務提供の不能や労働能力又は適格性の欠如・喪失などの事情が認められること

イ 懲戒解雇の場合

就業規則に定められた懲戒解雇事由が認められること

 

② 当該解雇が社会通念上相当と認められること(社会通念上の相当性)

解雇の事由が重大な程度に達しており、他に解雇回避の手段がなく、かつ労働者の側に宥恕すべき事情はほとんどないこと

 

懲戒解雇は懲戒処分の中でも最も重い処分ですので、上記①、②共に極めて厳格に審査されます。

上記①の客観的に合理的な理由については、訴訟に耐え得るような裏付け証拠が揃っているかに留意すべきです。また、上記②の社会通念上の相当性については、労働者の不正行為の内容や悪質性・背信性の高さ、労働者の役職・職業など高い公正さ・清廉性が求められる立場、その後の労働者の態度等を総合的に考慮しなければなりません。

 

判例における懲戒処分の社会通念上の相当性判断の一例

社会通念上の相当性についての理解を深めるために、東京地裁平成26年7月17日・労働判例1103号5頁の事案をご紹介します。

東京都医師会が管理運営する病院が病院勤務医に対して3か月間の停職懲戒処分を行なった事案です。当該医師には、以下のような非違行為が認められました。

 

1 病院の管理職でありながら、病院が定めた院外処方推進の方針に故意に従おうとしなかった

2 心電検査室に大量の私物を持ち込み、日常的に食事や就寝を繰り返し、夜間・休日にも管理者に無断で同室に立ち入り検査業務に支障を生じさせ、撤去・退去の命令に従わなかった

3 多数の職員の前で、薬剤検査科長のパワハラが原因で薬剤師が退職せざるを得なくなった旨発言し、その後も書面を多数の職員に配布し、当該薬剤検査科長を誹謗中傷した

4 薬剤師の懐妊について公になっていないにもかかわらず、当該薬剤師の了解なく、発言及び書面によって病院内に公にした。

 

裁判所は、上記事実は軽微とはいえないが基本的には病院内部にとどまる行為であって、患者に対して直接被害を与えるものではないとして、免職に次いで重い停職処分が重きに失すると判断しています。当該勤務医は、4、5年前ではありますが、宿泊勤務中に運動、シャワーを行いドクターコールに気付かず、気付いた後も適切な対応をせず、また、上司が記録した宿直日誌を破棄したことなどにより訓告処分を受けた処分歴もあったとのことです。

停職についても上記判断を行っていることからすれば、更に悪質性が高くなければいけない懲戒解雇処分についての社会通念上の相当性の認定に関して極めて厳格に判断されることがご理解いただけると思います。

 

なお、懲戒解雇についての留意点として、就業規則等に基づき労働契約で予定されている懲戒は企業(使用者)が企業秩序を維持するために認められた権限と考えられていることから、企業施設外で就業時間外に行われた従業員の私生活上の非違行為については、基本的には企業秩序とは無関係であるとして、懲戒処分の有効性について厳格に解されることが挙げられます。具体的には、従業員の私生活上の非違行為が、会社の事業活動の遂行に直接関連するもの及び社会的評価の棄損をもたらすもののみが企業秩序維持のために懲戒の懲戒処分の対象となると解されております。

 

職員がパワハラの加害者である場合には、配転命令を行った後に、有効な配転命令を労働者が拒否する場合の懲戒解雇も視野にいれた対応を行うことが相当な場面もあります(東亜ペイント事件、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・労判477号6頁)。

いずれにしても、事案によって取り得る対策を緻密に検討し慎重に手続を進める必要がありますので、弁護士にご相談されるべき場面かと考えます。

以上

 

【参考文献】

菅野和夫山川隆一『労働法(第13版)』弘文堂、2024年

佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅰ、青林書院、2021年
佐々木宗啓ほか『労働関係訴訟の実務(改訂版)』Ⅱ、青林書院、2021年

水町勇一郎『詳解 労働法[第3版]』、東京大学出版会、2023年

【医療法の最前線】「調剤業務の一部外部委託」と規制改革:医療法務の視点から解説

異なる法人間での調剤の一部外部委託

大阪の国家戦略特別区域において、異なる法人間で薬局で行われる調剤の一部外部委託が始まったとの報道がされています。

medical.nikkeibp.co.jp

2024年10月22日、アイン薬局平野加美店(株式会社アインファーマシーズ)で応需した処方箋における調剤業務の一部(一包化)をハザマ薬局 平野センター(ファルメディコ株式会社)に委託した。」

薬局DX

現在の診療の一般的な流れでは、患者さんは医師の診察を受けた後、処方箋を受け取り、クリニックの近くや近所にある薬局(院外処方の場合)で服薬指導を受け、調剤された医薬品を受け取ります。患者さんの多くは、診察の待ち時間よりも薬局で医薬品を受け取る際の待ち時間について不満をお持ちのようです。

そのような医薬品の受け取り方はこれから大きく変わる可能性があります。

例えば、患者さんの状況によっては、オンラインで医師から診察を受け、電子処方箋を使ってオンライン服薬指導を受けた後、翌日医薬品を配送で受け取る、といった診療が一般的になれば、患者さんの負担は大きく減り、医療機関への受診に対するハードルは今以上に下がることになるでしょう。

薬局DXは医療を大きく変える可能性を秘めています。最近ではアマゾンジャパン合同会社が処方薬の取り扱いを始めた(「Amazonファーマシー」)ことが大きなニュースになりました。なお、同サービスは「ファーマシー」と名付けられていますが、当該サービスに関し、同社が薬局店舗や薬剤師、医薬品在庫を持つものではなく、アプリ上で他の薬局に患者さんを誘導し、配送の委託を当該薬局から受けることを中心とするものとなっています。

www.nikkei.com

今回は、薬局において薬剤師が行う業務の柱である「調剤」がテーマです。

【本稿の内容】

薬機法施行規則により調剤の外部委託は禁止されていますが、規制改革により一包化について外部委託を制限的に実施することが検討され、大阪の特区で異なる法人間での一包化業務委託が開始され注目されています。委託先を三次医療圏内に限定することが合理的かなど、今後の検証が必要です。また、誤調剤時の責任分担を契約で明確化する必要があります。調剤と上記実施されている一部外部委託について基本的なところから解説します。

「調剤」とは

まずは、「調剤」が何を意味するのかをみてみましょう。医療機関の皆様においても薬剤師さん以外はあまり馴染みのない分野かと思います。

「調剤」について大審院明治憲法における最上級審の裁判所)は、「一定の処方に従いて一種以上の薬品を配合し若しくは一種の薬品を使用し、特定の分量に従い特定の用途に適合する如く、特定の人の特定の疾病に対する薬剤を調製すること」(大正6年3月19日大審院刑二部判決)と広範に解しました。

一方、行政上は、薬生総発0402第1号「調剤業務のあり方について平成31年4月2日によって、具体的な行為について解釈が示されています。

すなわち、以下1.のものが調剤に含まれ、2.については含まれないとの解釈が示されています。実務上は、この通知に沿って、ある行為が「調剤」に当たるかについて検討する必要があります。

1.「調剤」に当たるもの

・PTPシートなどによって包装された医薬品の必要量を取り揃える行為

・一包化した薬剤の数量の確認行為

・軟膏剤、水剤、散剤等の医薬品を直接計量、混合する行為

※ 一包化とは、用法が同一な複数の医薬品を一つの袋にいれ、まとめる調剤方法のこと。医薬品をシートから取り出し、機械で包装する作業があるため、時間を要する。

 

2.「調剤」に当たらないもの

・納品された医薬品を調剤室内の棚に納める行為

・調剤済みの薬剤を患者のお薬カレンダーや院内の配薬カート等へ入れる行為、電子画像を用いてお薬カレンダーを確認する行為

・薬局において調剤に必要な医薬品の在庫がなく、卸売販売業者等から取り寄せた場合等に、先に服薬指導等を薬剤師が行った上で、患者の居宅等に調剤した薬剤を郵送等する行為

 

「調剤」に関する法令の定め

次に、「調剤」に関する法令の定めをみてみましょう。

薬剤師法19条は、「薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方箋により自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときは、この限りでない。」として、薬剤師による「調剤」の独占を定めています。さらに、薬機法施行規則11条の8では、「薬局開設者は、その薬局で調剤に従事する薬剤師でない者に販売又は授与の目的で調剤させてはならない。」と定めます。また、同11条の11においても「薬局開設者は、調剤の求めがあつた場合には、その薬局で調剤に従事する薬剤師にその薬局で調剤させなければならない。ただし、正当な理由がある場合には、この限りでない。」と定めており、これら各規定によって、「調剤」は、当該薬局で従事する薬剤師によってなされなければならず、これを異なる法人に業務委託することが許されていません

調剤業務の規制改革

本邦において、2022年頃から、地域医療を担う薬剤師の役割の拡充が図られてきました。薬剤師は、約32万人と多数が存在し、かつ、高度な薬学的専門性を有しています。そこで、薬剤師を地域医療のキープレイヤーとして、医師、看護師、介護職員等と連携して地域住民の健康を支えるよう役割を強化する施策が打ち出されたのです。当該薬剤師の役割強化の中で、調剤業務の外部委託について、見直しがされることとなりました。以下、その経緯をご説明します。

団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年に向け、「患者のための薬局ビジョン」の達成、「地域包括ケアシステム」の構築に向けた規制改革が進められました。その一環として、内閣府の規制改革推進会議に設置された「医療・介護・感染症対策ワーキンググループ」において薬局DXが議論検討されました。

2022年5月27日「規制改革推進会議」において「調剤の安全性・効率性の向上を図る観点から、薬局における調剤業務のうち、一定の薬剤に関する調製業務を、患者の意向やニーズを尊重しつつ、当該薬局の判断により外部に委託して実施することを可能とする方向で、その際の安全確保のために委託元や委託先が満たすべき基準、委託先への監視体制などの技術的詳細を検討する」と記載され、同年6月4日には当該内容の答申を受けて、規制改革実施計画として「薬局における調剤業務のうち、一定の薬剤に関する調製業務を、患者の意向やニーズを尊重しつつ、当該薬局の判断により外部に委託して実施することを可能とする方向で検討する」旨が閣議決定されました。そして、同年7月 11 日には、厚生労働省において「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループとりまとめ~薬剤師が地域で活躍するためのアクションプラン~」(以下「厚生省報告書」という。)が策定されました。

厚生省報告書では、薬剤師の❶対人業務の更なる充実、❷ICT化への対応、❸地域全体で必要な薬剤師サービスを、地域の薬局全体で提供していくという観点が提言されました。

ここで、上記「❶対人業務の更なる充実」とは、地域の薬局薬剤師において、対物業務(薬剤の取り揃え、監査)や処方箋受付時に生じる対人業務(処方確認、疑義紹介)の負担を減少させ、調剤後のフォローや健康サポートに注力させることを目指すとの趣旨です(下図参照)。

 

厚労省「薬剤師の対人業務の強化のための調剤業務の一部外部委託について」より抜粋)

調剤業務の一部外部委託の解禁に向けて

議論の末、厚生省報告においては、「調剤業務の外部委託」については、その解禁が及ぼす影響が不明瞭なことから、以下の具体的内容が定められました。

1.当面の間は委託可能な業務は一包化(直ちに必要とするもの、散剤の一包化を除く)に限定すること

2.委託先は同一の三次医療圏内の薬局とすること

※ 三次医療圏とは、高度で最先端の医療、もしくは精神病棟や感染症病棟、結核病棟をはじめとする専門的な医療を提供する医療圏のこと。 原則として、都道府県が三次医療圏の1単位とされている。

外部委託の実施が可能となった後に必要に応じて対象の拡大の検討を行うことが示されています。

 

調剤業務の一部外部委託の実際

国家戦略特別区域諮問会議を経て実証事業が開始されたわけですが、当該事業では、異なる法人間で一包化の外部委託がされた場合には、下図のとおりのフローで患者さんの下に医薬品が配送されることになっています。

委託元の薬局においては、患者に同意を取った上で一包化の外部委託を行い、一包化された薬剤については最終監査(画像や動画での確認、調剤機器へのアクセスログ等による確認)を自ら行うことが必要となります。

 

厚労省医薬局「薬剤師の対人業務の強化のための調剤業務の一部外部委託について」(令和6年1月30日)

距離制限と薬事法大法廷判決

最高裁昭和50年4月30日大法廷判決・判タ321号40頁は、薬局の地域的な適正配置規制(距離制限)を営業の自由に反し意見であると判断しました。委託先に医療圏の制限を設けることはこの最高裁判例に違反しないでしょうか。当該判例の事案は、旧薬事法5条は薬局開設は知事の許可制として、同法6条はその許可基準を定め、薬局の設置場所が適正を書く場合には許可を与えないことができるとし、既存の薬局から「おおむね100メートル」とする距離制限規定を含む条例が定められていました事案です。最高裁は、当該規制措置が公共の福祉の要求として是認されるかについて「具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容、および制限の程度」を検討し、比較衡量して慎重に決定すべきとしています。

三次医療圏に存在する受託薬局にのみ調剤業務の一部外部委託を許すこととする目的は、距離制限を完全に撤廃した場合に、大規模外部薬局に調剤業務が集約化され、地域の薬局に医薬品の在庫(備蓄品目数、備蓄量)が減少し、自然災害(地震や台風等)等の際にリスクが生じることを防止する点にあるとされています。当該目的は重要なものであり正当であるといえそうですが、職業選択の自由の規制に関する裁判所の審査基準は、極めて厳格な審査基準、すなわち、「重要な公共の利益のために必要かつ合理的であり、他のより制限的でない規制手段では規制目的を達成できないことが認められなければその規制を合憲としえない」とする基準が適用されるといわれており、上記医薬品の在庫の確保や自然災害時のリスクの対策が、上記医療圏の制限と合理的に関連しているか、その他の規制によって達成されないか、について検討されなければなりません。上記判例では、旧薬事法における薬局の許可制は小規模薬局の経営保護を趣旨とするものではなく、国民の生命及び健康に対する危険の防止を趣旨とするものであり、不良医薬品の供給を防止するためのものと解されており、上記自然災害時のリスクを根拠に調剤業務の一部外部委託に距離制限を設けられるかについては全く疑義がないとはいえません。特区における実証事業の結果等も踏まえ、今後も議論がされることになると思われます。

 

処方箋40枚規制

なお、薬局DXのもう一つの壁となる処方箋40枚規制については、上記規制改革実施計画(令和4年6月7日閣議決定)では見直しに向けた課題を整理することとなっておりました。厚生省報告書では、以下のとおり見直しを検討することとなりました。

・単純な撤廃又は緩和では、処方箋の応需枚数を増やすために、対人業務が軽視される危険性がある。

・規制の見直しを検討する場合、診療報酬上の評価等も含め、対人業務の充実の方向性に逆行しないよう慎重に行うべき。

・一方、外部委託を進める場合は、規制が一部外部委託の支障とならないよう、必要な措置を講じるべき。

 

責任分担と契約上の注意点

自動分包機を用いて一包化した際に、分包機に直前の患者の医薬品が残されていたという誤調剤によって患者さんが死亡した事案につき、和解が成立したとの報道もあります。

薬局が他の法人に調剤業務の一部外部委託をする場合には、この種過誤発生時の責任分担を定める条項も契約に含めることを検討すべきといえます。

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以上

「医療過誤と診療ガイドライン:医師が知るべき法的リスクと注意点」

診療ガイドライン医療過誤訴訟においてどのように扱われるのか?この記事では、ガイドラインと医療水準の関係、そして法的リスクを避けるための医師の留意点について解説します。医療訴訟を未然に防ぐために必要な知識を深めましょう。

 

Q 診療ガイドラインに推奨されていない治療法を選択しようと考えています。仮に患者に障害が残ってしまった場合には、治療の選択について裁判で過失ありと認められるでしょうか。


A  民事裁判において、診療ガイドラインは、原則として、医療過誤における過失の判断において、医療水準の認定に際し重要な医学的知見の一つとされます。ガイドラインに推奨されている診療行為を選択しない場合には、当該診療行為を実施することにつき、合理的な理由が認められるのかを検討し、ガイドライン記載の診療との利害得失について患者に十分な説明を行う必要があります。これらについて裁判において主張立証できる場合には、患者に悪しき結果(障害)が生じたとしても医師の過失は否定されます。

 

 

今回は、診療ガイドラインと医師の過失がテーマです。

医療では、特定の臨床状況において患者の診療に関して推奨される診断や治療の手順を体系的にまとめた診療ガイドラインが作成されています(医療ガイドラインや診療指針などともいわれますが、以下、単にガイドラインと表記します。)。

ガイドラインが策定されている疾病について医療過誤訴訟が提訴された場合には、ほぼ全例についてガイドラインにどのような推奨がされていたか、当該ガイドラインに沿ったものか、沿っていないものかについていずれかの当事者から主張立証がされます。医師の過失は、当該医療行為が「医療水準」に達しているかどうかが一つの基準とされていますが、ガイドライン=医療水準して、ガイドラインに反した医療行為は医療水準に達しない行為といえるでしょうか。医療水準の詳細については、下記ブログをご参照ください。

mtymedlaw.com

ガイドラインとは何か?(「診療ガイドライン」)

ガイドラインは、当該疾患の専門家が医学論文等の科学的根拠(エビデンス)を基に意見を集約したものであり、標準化された最良の医療実践を提供することを目的として作成され。医療の進歩とともに定期的に改訂されています。

1990年代から良く用いられるようになった『エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)』という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、EBMは、最良の利用可能な科学的証拠に基づき、患者の価値観や希望を尊重しつつ最適な治療(診断や治療)を提供することを意味しますので、ガイドラインEBMは、密接に関連し、相互に補完し合う関係にあるといえます。

1990年代にEBMの概念が浸透するにつれ、ガイドラインの整備は本格化し、厚生労働省や各種学会が中心となり、現在は、多くの疾患、分野について作成されており日頃の診療においても臨床医に多く参照されています。

例えば、日本循環器学会等策定不整脈治療ガイドライン(2024年フォーカスアップデート版)

 

ガイドラインにおける推奨度

ガイドラインでは、推奨される治療法の強さや信頼性を示すために「推奨度(Class)」という分類が使われます。一般的にはClass1からClass3までのカテゴリーに分けられ、その内容は以下のように説明されます。

  • Class 1: 最も強い推奨を意味します。科学的根拠が十分にあり、治療法や診断法が効果的であると確立されている場合に「Class 1」とされます。医師はこの推奨に従うことが強く求められます。例えば、ある薬物が特定の病気において明確に有効であることが証明されている場合にClass 1とされます。
  • Class 2a: 推奨されるものの、Class 1ほど強くない場合に付けられます。エビデンスはあるが、やや不確実性が残る場合にこの分類になります。例えば、特定の治療法が効果的である可能性が高いが、さらなる研究が必要なケースです。
  • Class 2b: 効果があるとされるが、その証拠が比較的弱い場合に使われます。医師はこの推奨を選択するかどうかを考慮し、患者の状態に応じて判断します。例えば、ある治療法が一部の患者に有効であるとされるものの、全体的なエビデンスが弱い場合です。
  • Class 2C: より慎重に使用すべき治療法であり、証拠が乏しく、一般的な推奨としては弱いといえます。選択肢として挙げることはできるが、広範に推奨されるものではありません。
  • Class 3: 推奨されない治療法や診断法を示します。科学的根拠が不十分、または危険性が高いと判断され、使用すべきではないものです。例えば、ある治療が有害(Harm)であるか、効果が全くない場合(No benefit)にClass 3とされます。

これらの分類を通じて、医師は最も適切な治療法を選ぶための指針を得ることができます。

 

ガイドライン違反と医療過誤(「医療過誤」)

ガイドラインは、医療過誤における過失の判断(医療水準論)において重要な役割を果たしています。ガイドラインが上記のとおりエビデンスに基づき診療を標準化するために、当該疾患の専門家によって意見が集約されたものであることに照らせば、ガイドラインが医療水準の判断において重要な参照資料となること自体は否定できないものと考えます。

一方で、2022年にAraiらによって発表された論文によれば、麻酔科領域において、日本の国公立私立大学80校の麻酔学講座の主任教授全員に、麻酔導入後の困難な気道管理、術後の呼吸モニタリング、および局所麻酔後の下腿神経障害の有無に関して調査した結果、ガイドラインの推奨に従わない診療が日常的に実施されていたとの論文もあり、ガイドラインの推奨事項と臨床の実際が乖離していることも無視し得ない事実といえます(Takero Arai, et al. "Standard of anesthesia care: possible dissociation from recommendations made by clinical practice guidelines." J Anesth. 2022 Oct;36(5):642-647. doi: 10.1007/s00540-022-03098-9. Epub 2022 Aug 23.)。

上記論文からは、医療慣行が医療水準にならない点については注意が必要ではありますが、ガイドライン記載の推奨診療行為のみが合理的な診療行為であるとはいえないことが示唆されています。ガイドラインの中には、免責条項として特定の患者及び特定の状況によっては本件ガイドラインから逸脱することも容認される旨明記されているものもあります。

以上を踏まえた上で、実際に裁判例においてガイドラインはどのように取り扱われているでしょうか。

 

裁判官である藤倉徹也氏によって2009年に作成された論文によれば、45例中39の裁判例において手術手技における医療水準の認定においてガイドラインが用いられていましたが、その39の裁判例ではガイドラインのみならず、その他の医療文献による認定を踏まえた医療水準の認定がされていました。

裁判官は、合理的裁量によって証拠評価を自由になしうるところ(自由心証主義といわれます。民事訴訟法247条等)、裁判所が証拠として提出されたガイドラインの成立過程や、エビデンスの程度、臨床医におけるガイドラインの浸透度合い等種々の事実を考慮してガイドラインがどの程度医療水準を反映しているかを慎重に検討している姿勢が見て取れます。

裁判所の上記姿勢は、ガイドラインが患者側の特殊要因を考慮に入れない、一般的な患者や症例を対象とする指針に留まらざるを得ないことからも適切なものといえるでしょう。医療者のガイドラインに対する考えとも合致していると考えられます。

例えば、日本医学放射線学会が策定する「遠隔画像診断に関するガイドライン」には、画像診断医の法的責任について、その注意義務違反は「各種ガイドラインや当時の刊行物、事後的なピアレビュー(裁判上の鑑定など)によって規定される。」と明示しています。裁判所の実務と日本医学放射線学会の述べている注意義務違反の判断手法に齟齬はないといえるでしょう。



後記桑原論文によれば、2015年4月1日以前のガイドラインを引用した211件の裁判例を調査した結果、66件にガイドラインの不遵守が認められており、そのうち、31件で過失あり、35件で過失なしの判断がされていたとのことです。また、ガイドラインが遵守されていたと認定された92件については、90件において過失なしとの判断がされています。なお、21件の判決中にガイドラインの推奨度の引用がされ、10件にエビデンスレベルの引用がされています。

上記調査結果からは、以下の傾向が指摘できます。

❶ ガイドラインを遵守していれば、過失が認定されることは極めて稀である。

❷ ガイドラインを遵守していなくとも、過失が認定されるかは、診療行為の合理性が認められるかという事案における事情による。

 

ガイドラインに反する診療を行う場合には、医療者側において、選択した診療が合理的であることや、ガイドラインに記載された推奨診療行為を選択し得なかった理由につき主張立証する必要が生じます。

まずは、ガイドラインに反することで過失が推定されると判示した裁判例(大阪地判平成21年11月25日・判タ1320-198)をみてみましょう。

本裁判例は、患者が後縦靭帯骨化症除去前方除圧術後に四肢麻痺を認めた事案につき、日本整形外科学会診療ガイドライン委員会・頸椎後縦靭帯骨化症ガイドライン策定委員会が策定したガイドラインに除圧幅の目安が20mm以上とされていることに照らし、当該ガイドラインに満たない除圧幅で手術が実施された点について過失が認めらました。以下に、当該裁判例におけるガイドラインに関する判示部分を引用します。

 

ガイドラインでは,要約として,骨化巣の大きさや形態が除圧幅の規定因子であるが,除圧幅について20mm以上が目安の一つであるとしており,その解説において,外国の報告で頸椎症性脊髄症に対し15mm幅の椎体切除を行い合併症を認めなかった報告を一つあげながらも,20mm以上の除圧幅を推奨している報告を五つあげ,過去の報告のまとめとして,大部分の報告は20mm以上の除圧幅を推奨しており,症例によっては術前の画像を参考にそれ以上の除圧幅を要するものと考えられるとしている。ガイドラインは平成17年に作成されたものであるが,除圧幅に関する部分の基礎となった論文は本件手術時に既に発表されているものであって,ガイドラインはそれをまとめたものにすぎず,本件手術時においても20mm以上が除圧幅の目安の一つであったということができる。

 

 もちろん,目安の一つにすぎないのであるから,何らかの理由に基づいてこれと異なる除圧幅とすることを否定するものではないと考えられるが,乙山医師が除圧幅を上記のとおりとした理由は,切除した部分にはめ込む人工椎体の幅は13mmあるので,それが入れば除圧幅が狭すぎることはないというものであり(証人乙山医師),ガイドラインの内容に照らして合理性のある理由とはいい難い。

 

 そして,乙山医師が原告に対し脊髄の分野の権威者として紹介した丁谷医師も,本件手術において切除の幅が骨化巣の幅よりも狭いため,骨化巣の完全切除ではなく多くの部位で骨化巣の両外側端が残る部分切除になっており,除圧術の原則である「全域同時除圧」が順守されていないこと,除圧幅は予想される骨化巣の幅よりも広くする必要があり,本例では20mmが適切であることを指摘している(甲B4)。

 

 以上からすると,乙山医師の本件手術における除圧幅は狭すぎ,不適切であったということができる。

 

次に、ガイドラインに反するものの過失が否定された裁判例(東京地判平成30年4月26日・判タ1320-198)をみてみましょう。

ステージⅣの胃がん患者に対し、ガイドライン上は化学療法が「日常診療」※に当たるとされているにもかかわらず、「臨床研究」に位置付けられている胃切除手術(減量手術)が実施された事案において、ガイドラインの性質(ガイドライン記載以外の診療行為を排除する趣旨で作成されたものではないこと)、胃切除手術が一定の医学的合理性を有すること、後ろ向き研究において一定の肯定的な研究結果が認められたことなどから、医師の上記手術の選択に過失はないと判断しています。

当該判示内容は、医師がガイドラインに反する診療行為を選択する際に参考になるかと思います。

 

※ 「日常診療」とは、「有用性が科学的に検討され、または多くの医師が経験的に妥当と考え、日常の臨床の中で行うことが妥当とされる治療法」をさします。

 

ステージⅣの胃がんに対して減量手術を実施することは、現在の医学的知見では原則として適応を欠くと考えられるものの、平成16年当時においては、①平成16年版ガイドラインは、胃がんの様々な治療方法の効果の集学的評価を行う途上にあった当時の状況を背景として、治療の適応についての目安を提供することを目的に作成されたものであって、ガイドラインに記載した適応と異なる治療法を規制する趣旨で作成されたものではないこと(上記(1)ア(ア)、(イ))、②減量手術は、一定の安全性が確保されており、試みるに値する程度の科学的な根拠はある治療法であると評価されていたこと(上記ア(イ)a)、③平成16年版ガイドラインは、Aのような症例については化学療法を第一選択とするが、その趣旨は非治癒切除症例に対して減量手術を施行することを禁止するものではなかったこと(上記イ(ウ))、④減量手術について、後ろ向き研究ではあるが一定の肯定的な研究結果が報告されており、臨床現場においても多くの実施例がある状況にあったこと(上記ア(イ)b、c)、⑤減量手術を実施せずに化学療法を実施することで、より延命効果が得られると期待できるようなエビデンスは存在しなかったこと(上記イ(イ))を認めることができる。これらの一般的な事情に加え、被告Y2を含む担当医師らは、Aの胃がんの非治癒因子が1つとみて減量手術の後に抗がん剤の投与をしようと考え、また、がんの進行により早期に食物の通過障害が起こることを防ごうと考えていたものであり、これらが不合理とまではいえないことを併せて考慮すれば、平成16年当時、Aに対し、手術後に化学療法を実施することを予定しつつ、本件手術を実施したことが、適応を欠く違法なものであったということはできない。

ガイドライン上、推奨されている治療法を採用しない場合は、患者と家族に医師が選択する治療法とガイドライン上の推奨治療法、及びこれらの利害得失について十分な説明し、その理解と納得を得て行うべきです。医師の上記説明義務は、医療水準として確立されていない診療行為を実施する場合には常に注意すべき点です。

最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁は、以下の事情に照らして医療水準として確立していなかった乳がん治療について説明義務を認めていますので、状況は反対ではありますが、医療水準として確立している治療法については、当然に説明義務が認められるというべきでしょう。

 

乳がんの手術に当たり、当時医療水準として確立していた胸筋温存乳房切除術を採用した医師が、未確立であった乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例があって、乳房温存療法を実施した医師の間では積極的な評価もされていること、当該患者の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び当該患者が乳房温存療法の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有することを知っていたなど判示の事実関係の下においては、当該医師には、当該患者に対し、その乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在をその知る範囲で説明すべき診療契約上の義務がある。

 

参考書籍、参考文献

米村滋人『医事法講義』第2版. 日本評論社、 2022.

大島眞一『医療訴訟の現状と将来』.判例タイムズ1401号.2014.

藤倉徹也「維持事件において医療ガイドラインの果たす役割」判タ1306-60頁,2009.

橋口陽二郎「ガイドラインと医療訴訟」臨外79-3, 2024.

 

「医師の具体的注意義務とは?医療訴訟を防ぐための基礎知識」

Q クリニックで消化器外科をしています。先日、残念ながら当クリニックで実施した手術によって患者が死亡した事案が発生しました。当該患者に対する診療行為が法的に損害賠償の対象となるかを懸念しています。どのような診療行為について問題にされる可能性があるのでしょうか。

 

 

医療水準論の復習

前回は、医師の「過失」とは何か、どのような観点から判断されているかについてご説明しました。

振り返りますと、医師の「過失」=注意義務違反とは、「予見可能性を前提とした結果回避義務違反」といわれ、❶注意すれば予見可能できたこと、❷予見していれば当然守るべきであったはずの損害回避義務に反したこと、の2つの要素から構成されます。

そして、そのような医師の注意義務違反の有無は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らして判断されることになります。医療水準は、医療機関の性格や所在地域の医療環境の特性等によって全国一律ではない基準が当該医療機関に適用されます。

 

それでは、具体的には、どのような行為について医師は診療に伴う過失を問われる可能性があるのでしょうか。具体的な注意義務違反の内容についてみていきましょう。

 

医師の診療行為は、患者に問診し、診察し、検査を行い、診断を下し、治療方法を選択し、治療を実施し、帰宅後の注意を告げるなどから構成され、これらの適宜のタイミングで診療に関する説明を行うこととなります。

裁判所の判断(判例、裁判例)は、診療行為のそれぞれについて、その作為(意思をもってなされた積極的行為)又は不作為(積極的な行為をしないこと)を義務違反として認定しています。

裁判所の判断において登場した注意義務違反を整理しますと、具体的には以下のような注意義務が挙げられます。民事裁判は、当事者の主張に応じて裁判所が判断を行う構造となっていますから、これらが裁判所が認めた注意義務の全てではありません。

 

医師の具体的注意義務

医療機関としての転落防止義務や感染症発生防止義務、医療水準とは関連のない顛末報告義務や応召義務等の医師法上の義務については以下に含めておりません。これら義務違反については、また別の機会にご紹介することといたします。

 

⑴ 問診義務

⑵ 検査義務

⑶ 診断義務

⑷ 治療義務(投薬義務、投薬中止義務、手術実施義務等)

⑸ 経過観察義務

⑹ 療養指導義務

⑺ 転医義務(転送義務)

⑻ 説明義務

 

以下、上記各義務について適宜事例を紹介しながら、概括的に解説を加えます。

個別の義務については、別稿において詳しく説明してまいります。

今回は、ざっと、どのような注意義務が問われているのかを概観いただければと十分かと思います。

 

⑴ 問診義務

問診とは、医師が患者から病状、既往歴、家族歴等を聴取することであり、診療において重要なものと位置付けられています。例えば、心臓疾患について、経験豊富な医師は問診のみで約80%は診断がつけられるともいわれます。問診義務は、特に、薬剤や予防接種等に関してアナフィラキシーショックが発生したような場面で問診義務違反が肯定される傾向にあります。

 

例えば、次のような事例で問診義務違反が認定されています。

 

・昭和23年2月当時、医師が職業的給血者から採血を受けるに当たり、梅毒感染の有無を問診しなかったことをもって問診義務が尽くされていないと判断された判例最判昭和36年2月16日)

・昭和42年11月当時、医師がインフルエンザ予防接種を受ける患者(間質性肺炎腸炎に罹患していた)に対し、「予防接種を実施する医師としては、問診するにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち予防接種実施規則4条所定の症状、疾病、体質的素因の有無およびそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある」と判断された判例最判昭和51年9月30日)

・医師がチトクロームCの注射を患者に実施するに際し、同薬がショック症状を惹起することが一般的に知られていることを前提に「医師による本人及び近親者のアレルギー体質に関する適切な問診が必要不可欠」と判断された事案。過敏性試験の陰性結果があったとしても問診義務が課されていると判断された判例最判昭和60年4月9日)

・入院中のアスピリン喘息患者が解熱鎮痛剤によって死亡した事案について、医師に他院における発作既往歴を問診しなかったことに問診義務違反があるとされた裁判例(広島地判平成2年10月9日)

 

⑵ 検査義務

診療においては、採血、X線、心電図、エコー、CT、MRIといった非侵襲的でリスクのほぼない検査から、造影剤を用いた画像検査のような非侵襲的ではあるがリスクのある検査、カテーテル内視鏡・気管支鏡等を用いた侵襲的でリスクのある検査があります。

医師は、適正な診断に至るため、適正な検査を実施する義務が課されています。

その義務の範囲は、医師が臨床医学の専門家として如何なる検査を実施するかの裁量を有しているというべきことから、医師の広い裁量によっているというべきです。すなわち、医師においては、患者に疑われる疾患の重大性、当該疾患であることの蓋然性、検査実施に伴うリスク等諸般の事情を総合的に考慮して検査を実施すべきか否かを医学的知見や経験から合理的に決定することが許されています。

一方で、医師において特定の重大な疾患を疑うべきであるにもかかわらず、必要な検査を実施していない場合には、実施しないことについて特段の理由がない限り、医師に検査義務違反が認められることとなります。

なお、相当の検査を実施して適切な処置が実施されたとしても後遺症の発生が軽減できない場合には責任は否定されることとなりますので、裁判例においてもそのような判断がされることも多くあります。法的には、「検査をしても結果が発生したかどうか」という論点は、「過失」の論点ではなく、損害と過失ある診療行為との「因果関係」の有無の問題です医療訴訟における「因果関係」については別の機会に説明いたします。

 

例えば、次のような事例で検査義務違反が認定されています。

 

・4歳児が綿あめの割箸を口にくわえたまま転倒し、その割箸が患者の軟口蓋に突き刺さり頭蓋内損傷により死亡した事案において、口腔内に裂傷はあるものの既に止血しているなどの事実から、頭蓋内損傷が具体的に予見できたものとは認められず、CT等画像検査を行う注意義務があったとは認められないと判断された裁判例(東京高判平成20年11月20日、東京高判平成21年4月15日)

・左下肢に脱力(麻痺)を約20分間認め、高血圧を認めていた患者に対し、医師は、TIA(一過性脳虚血発作)を疑い、CT検査、MRI検査を実施した上、脳梗塞(完成型脳梗塞)の発症を予防するため、アスピリン(血小板凝集抑制剤)を投与する義務があったと認めた裁判例(東京地判平成25年12月25日)

・8歳の小児が腹痛を訴え急性胃腸炎と診断されて入院になり、翌日に絞扼性イレウスで死亡した事案において、患者が入院後も腹痛の症状が改善しなかったこと、担当看護師においても急性胃腸炎以外の疾患を疑うことにつき上申があったこと、腹部膨満を認めたこと、排便がないことなどをもって、医師に腹部レントゲン検査、CT、腹部超音波検査を実施すべき検査義務違反があったと認められた裁判例(横浜地判平成21年10月14日)

 

⑶ 診断義務

医師は、問診、診察、検査等の結果を総合的に考慮して、患者に対して適正な診断を行う義務を負います。そこで、医師には誤診について診断義務違反が問題になることになります。しかしながら、ある診療時点における診断はほとんどの場合、種々の鑑別疾患が一定の確率において存在することを疑う限度で可能なものであり、確実に疾患を診断することは臨床医学の性質上困難であることから、誤診=診断義務違反とはなりません。解剖や生検を経た確定診断によって事後的に正しい診断がされる場面と、臨床医学における診断とは区別して考える必要があります。

適正な診断が実施されない義務違反が問われるのは、患者に必要な検査又は治療が実施されなかった場面ですから、診断義務違反は、理論上は、義務の上流に位置付けられる検査義務又は治療義務として責任追及されることになります。

しかしながら、以下の裁判例もそうですが、医師の誤診そのものを過失と認定する裁判所の判断は多く存在します。

 

アスピリン喘息の患者が酸性非ステロイド性抗炎症薬(ボルタレン)によるアナフィラキシーショックを発症し死亡した事案について、アスピリン喘息の臨床像の特徴である鼻茸を認めていたにもかかわらずアスピリン喘息を疑わず、同疾患に投与が禁忌とされているボルタレンを投与したことについて、同薬の使用について過失があるとされた裁判例(広島公判平成4年3月26日)

 

⑷ 治療義務(投薬義務、投薬中止義務、手術実施義務等)

医師は、患者について診断した上で、診断された疾病に対し、医療水準に従った治療を施す義務を負います。医師が実施すべき治療に関する注意義務違反には、次のようなものに分類されます。

 

ア 特定の治療を実施すべき義務があるのに、これが実施されなかった場合(不作為)

イ 実施された治療方法の選択に誤りがある場合(医薬品の選択、手術方法の選択等)

ウ 実施された治療の実施方法に誤りがある場合(医薬品の過量投与、手術手技のミス等)

 

上記ア及びイは、適正な治療を選択すべき注意義務違反として一括りにされることもあります。

 

上記ア(適正な治療の不作為)

患者に適正な治療が実施されない場合には、医師が特定の疾病とは別の疾病であると誤診している場合や、当該疾病について特段の治療が必要ないと判断されている場合が考えられます。これらについては、検査実施義務や後述する経過観察義務と明確に区別されることなく主張・認定されることが多いといえます。

例えば、次の事例が挙げられます。

 

・圧挫創を外傷によって負った患者が敗血症で死亡した事案について、「重い外傷の治療を行う医師としては、創の最近感染から重篤な細菌感染症に至る可能性を考慮にいれつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症に至ることを予防すべき注意義務を負う」と判断された判例最判平成13年6月8日)

・出産時、弛緩出血に起因する出血が持続して出血性ショックに陥った事案について、十分な輸液がされなかったなどの注意義務違反があるとされた裁判例(大阪地判平成21年3月25日)

 

上記イ(適正な治療法の選択義務違反)

複数の治療法がいずれも医療水準に合致する場合には、説明義務違反に当たることがあることは別として、医師において特定の治療法を選択することに注意義務違反が認められることはありません。それゆえ、医師が適正な治療法の選択義務違反を問われる場面は、医師が適正な治療法が存在するにもかかわらず、適正ではない治療法を選択した場合であるといえます。

医薬品の選択義務違反について、次の判例が挙げられます。

 

・高齢の入院患者がMRSAに感染した際に、バンコマイシンを投与することなく、広域抗生剤である第3世代セフェム系抗生剤を投与した事案について、早期にバンコマイシンを投与しなかったことなどについて医療水準にかなうものではないと判断された判例最判平成18年1月27日)

 

上記ウ(適正な治療の実施義務違反)

手術に際しての手術器具の操作ミス、内視鏡カテーテル等の操作ミス、医薬品の誤投与・過剰投与等、様々なものがこれに含まれます。

手術等の手技上の過失については、近年は手術動画が撮影されている例もあるものの、記録に残されていることが少なく、患者側の具体的な過失の主張立証に困難を伴うことが特に多い類型であるといえます。そのため、患者側において、ある程度の抽象的な主張がされることはやむを得ないといえます。裁判所は、手術と悪しき結果との時間的近接性や、手術部位と悪しき結果が発生した部位の場所的近接性、当該手術において通常発生する合併症といえるのか、他の原因が存在するといえるのか、といった観点から医師の注意義務違反を認定します。

以下のような裁判例が挙げられます。

 

・多発性骨軟骨腫の一部が脊柱管内に発生して脊髄を圧迫している状況を治癒させるために椎弓切除腫瘍剔去術による脊髄内の軟骨摘出手術が実施された結果、脊髄損傷・両下肢機能全廃になった事案について、症状の重篤性、術中の出血量が多量であったこと、患者に上記症状を起こす特異体質等の原因がないことに照らし、医師に手術手技上の過失が認められるとした裁判例神戸地裁尼崎地判平成4年11月26日)

・人工骨頭置換術後に坐骨神経麻痺を認めた事案につき、患者に椎間板ヘルニアが存在することからして、坐骨神経麻痺の発症をもって手術手技上の注意義務違反を推認することは困難であると判断された裁判例(大阪高判令和3年9月8日)

 

⑸ 経過観察義務



医師は、患者を診断、検査、治療をした場合であっても、しなかった場合であっても、患者に認められた所見、検査結果、治療結果に照らして、患者の容態が悪化する危険性を判断し、その危険性の程度に応じて経過を観察すべき義務を負います。

訴訟では、侵襲を伴う検査後の容体悪化、投薬直後のアナフィラキシーショック、術後の容体の悪化、入院中の患者の容体の悪化等について経過観察義務が認められています。

経過観察義務は、看護師の医師に対する報告行為のように(東京地判令和3年9月16日)、本義務特有の行為が問題にされることもありますが、実質的に、検査義務や治療義務に収斂されるとも考えられるため(原告が経過観察義務を主張し、検査義務違反が認められた事案(東京高判平成30年3月28日)、特定の状況における注意義務の類型であるともいえるでしょう。

 

・抗生剤の投与を受けた患者が投与開始直後にアナフィラキシーショックで死亡した事案について、「Y2が、薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしているBに対し、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある本件各薬剤を新たに投与するに際しては、Y2には、その発症の可能性があることを予見し、その発症に備えて、あらかじめ、担当の看護婦に対し、投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか、発症後における迅速かつ的確な救急処置を執り得るような医療態勢に関する指示、連絡をしておくべき注意義務があり、Y2が、このような指示を何らしないで、本件各薬剤の投与を担当看護婦に指示したことにつき、上記注意義務を怠った過失があるというべきである。」として経過観察義務を肯定した判例最判平成16年9月7日)

 

⑹ 療養指導義務

医療機関において実施する検査、治療が終了し、一旦診療が終了した後においても、医師は適切な自宅療養を実施するよう指導し、症状の増悪等を認めた場合に緊急受診するなどを説明、指導する義務を負います。

 

以下の判例や裁判例があります。

 

・医師が未熟児である新生児を黄疸の認められる状態で退院させ、当該新生児が退院後核黄疸に罹患して脳性麻痺の後遺症が生じた事案につき、「退院させるに当たって、これを看護する上告人らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべき」などとして一般的な注意を与えたのみで退院させた医師につき療養指導義務違反を認めた判例最判平成7年5月30日)

 

・大腸ポリープに対しポリペクトミーを実施した患者が大量出血によって死亡した事案について「医師がポリペクトミーを施術する際、術後も穿孔が起こる危険性を十分認識し、少なくとも、当日患者を帰宅させる場合には、手術の内容、食事内容、生活上の注意をして、その余後に万全の注意義務を払うべき」として医師の療養指導義務違反を認めた裁判例(大阪地判平成10年9月22日)

 

⑺ 転医義務(転送義務)

医師は、患者に重大で緊急性のある病気の可能性が高いことを認識した場合、当該医療機関及び当該医師において対応できない場合には、患者を対応可能な専門医及び設備を有する医療機関に転医させる義務を負います。

 

医師の転医義務は、医療法1条の4第3項に「医療法医療提供施設において診療に従事する医師及び歯科医師、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介し、その診療に必要な限度において医療を受ける者の診療又は調剤に関する情報を他の医療提供施設において診療又は調剤に従事する医師若しくは歯科医師又は薬剤師に提供し、及びその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」として、努力義務として法文化されています。

 

以下の判例について転医義務違反が認められています。

 

・風邪症状で約4週間毎日開業医に受診した患者が、風邪薬による副作用である顆粒球減少症に罹患して死亡した事案につき、「開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにあるのであって、開業医が、長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは、その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべきである。」「開業医が本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与された患者について薬疹の可能性のある発疹を認めた場合においては、自院又は他の診療機関において患者が必要な検査、治療を速やかに受けることができるように相応の配慮をすべき義務があるというべき」として転医義務を認定した判例最判平成9年2月25日)

 

転医義務については、どのような状況に至れば転医義務が発生するのか、転医先の選定等についても医師が責任を負うのかといった重要な争点もあります。

 

⑻ 説明義務

医師が患者に十分な説明を実施すべき義務が認められるのは、患者において自己決定や熟慮の機会が法的な利益として認められているからです。

それゆえ、説明義務違反は、上記⑴から⑺までの患者の生命、身体、健康という法益を根拠とする問診義務等とは性質が異なります。

具体的に、どの程度のインフォームドコンセントが必要となるのかについては、医療水準を参照しつつも個別の判断になることが多いといえます。

 

A

診療のうち、問診、検査、診断、治療、経過観察、療養指導、転医、説明について、その作為(積極的行為)又は不作為(消極的行為)が法的に適切なものであったかを問題にされる可能性があります。

これら行為が医療水準に照らして合理的なものであったか、すなわち、適切な問診、検査を実施して患者の病態を的確に把握し、その危険性を踏まえた上で、標準的な医師であれば合理的と考える検査、治療、経過観察、療養指導、転医なされていたかについて検討し、適切な説明を患者遺族に行う必要があります。

 

医師の過失とは?医療水準や注意義務の判例から解説

Q クリニックでオペをした患者が死亡しました。私としては、通常どおりにオペを行ったと考えているのですが、遺族から私の医療行為に過失があると責められています。そもそも過失とは法的にどのようなもので、どのように判断されるのでしょうか。

医療過誤の請求の法的構成

医療過誤が生じた際に、患者が医療機関・医師を相手に法的な請求を行う場合には、2とおりの法的構成が考えられます。

1つが、債務不履行による契約責任の追及(民法415条)であり、診療契約(準委任契約)上の義務違反を主張するものです。

もう1つが、不法行為による損害賠償請求(民法709条、715条)です。

時効等の法的効果に違いがあるものの、医師の過失の有無を判断する際には、上記法的構成のいずれを選択するのかによって違いはありません。これは、医師が診療契約によって負う債務が手段債務という結果を請け負うものではなく、合理的な注意義務をもって債務を履行することで足りることによります。いわゆる過誤(ミス)によって患者が死亡した場合には、不法行為法上も診療契約上も等しく責任を負うというわけです。

そこで、本稿では、不法行為による損害賠償請求がされた場合を想定しましょう。

不法行為による損害賠償請求が認められる場合とは?

上記Qを考慮する際には、不法行為による損害賠償請求が認められるのが法的にどのような場合かを考えないといけません。

不法行為による損害賠償が認められる要件は、種々の学説があるものの、以下のとおり考えることで実務上は問題ありません。

① 過失

② 因果関係

③ 損害

本件のQでは、死亡という損害の発生(③)と診療行為と死亡との因果関係(②)が認められることは明らかと考えられますから、過失(①)について深く学んでいきましょう。

過失とは何か

 過失とは、法律用語であり、他人に損害を加えないように注意深く行動せよという注意義務違反のことをいいます。そして、注意義務違反とは、❶注意すれば予見可能できたこと、❷予見していれば当然守るべきであったはずの損害回避義務に反したこと、の2つの要素からなります。

 そのため、法的には、過失とは、「予見可能性を前提とした結果回避義務違反」であるなどと説明されます。

 具体的に、注意義務違反があるかについては、米国の裁判官であるハンド判事の提唱した基準として、㋐結果発生の危険性・蓋然性㋑危険が実現した場合の重大性(被侵害利益の重大性)及び㋒注意義務を課すことによる負担、の3つの要素を比較衡量して決すると説明されます。また、上記3要素以外にも、行為の社会的有用性や防止措置の困難さを考慮要素にすべきとの学説もありますが、行為が社会的有用性を有することをもって人の生命・身体の侵害を許容する結論をとり易くなるという点から批判もあります。

医師が負う注意義務とは?

医師についてみれば、医師であっても、当然ながら、他人の生命、身体、健康を損なわないようにすべき義務を負っています。医師が、これらを義務に反して侵害した場合には、過失ありとして不法行為責任を負います。

医師の過失ないし注意義務については、判例が積み重ねられています。判例上、医師が負う注意義務は「最善の注意義務」と呼ばれています。

すなわち、最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁(東大輸血梅毒事件※)は、「いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意を要求される」と判示しています。

 

※ 東大輸血梅毒事件

 医師が職業的給血者に対し梅毒感染の有無を問診しなかったことについて過失(問診義務違反)を認められた事案。医師は「からだは丈夫か」と尋ねただけで直ちに輸血を行った。

(梅毒スピロヘータ電子顕微鏡画像) ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%AF%92

それでは、医師が負う「最善の注意義務」のレベルはどの程度のもので、その注意義務違反をどのように判断すべきでしょうか。

これに答えを出したのが、最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決・判タ468号78頁(未熟児網膜症高山日赤事件)です。最高裁は、「注意義務違反の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」としました。

 

※ 未熟児網膜症高山日赤事件

 医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し、全身管理を懈怠し、ステロイド治療や光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を遅延し、転医措置を遅延したことなどについて過失(療養方法等の説明指導違反、転医指示義務)が否定された事案。

(未熟児網膜症の症例画像)

在胎29週、出生体重1090gの新生児の眼底画像で白色矢印部分にアグレッシブ型未熟児網膜症を認めている(Dogra MR、 Katoch D、 Dogra M. An Update on Retinopathy of Prematurity (ROP). Indian J Pediatr. 2017;84(12):930-936.)。

 

高山日赤事件が「臨床医学の実践における」と判示しているのは、学問上(机上)の医療水準ではないとする意味です。

上記最高裁判例は、以後も維持され(例えば、最高裁平成7年6月9日第二小法廷判決・民集49巻6号1499頁(姫路日赤事件))、いわゆる「医療水準論」として医師の過失の判断基準として確立されており、現在も訴訟の場で判断に用いられています。

 

※ 姫路日赤事件

 医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を実施せず、転医させなかったことについて過失(検査義務違反・転移義務違反)が認められた事案。

医療水準はどの医療機関も同一か?

読者の中には、日本全国津々浦々で、一律の「医療水準」なるものが観念されるものなのか、と疑問に思われたかと思います。

この点について、上記姫路日赤事件において最高裁は、医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。と判示しています。

医療水準とは、何を基準に注意義務違反を判断すべきかといいう問題への回答ですので、医療行為の中でも、新規の治療法について特に当てはまる考えです。そして、新規の治療法は、有効性・安全性を治験等によって確認され、一部の医療機関のみで実施されている段階から時間をかけてその知見や実施のための技術・設備等が全国に普及されていくものです。そのため、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等を注意義務違反の基準に関し考慮し、妥当な結論を得ることとされているものです。

上記法理は、最新の医療機器や技術を導入して高度な医療サービスを提供する中核病院か、市中のクリニックとの違いといった医療機関の特性のみならず、当該医療機関が提供する医療サービスが保険診療であるか、人間ドックなどの自費診療かといった特性の違いについても当てはまるとされています。

例えば、高額な費用が必要な人間ドックを提供するクリニックの医療水準について述べた裁判例東京地方裁判所平成30年4月26日判決・判タ1468号188頁)では、人間ドック後に胃癌で患者が死亡した事例について、「人間ドックによる健康診断の目的・性質に照らせば、被告法人は、健康診断契約上の義務として、患者に対し、検査の結果、胃がんを疑わせる所見が存在する場合だけでなく、このような所見がない場合でも、精密検査を実施して胃がんの有無を精査すべき異常所見がある場合には、精密検査を実施又は勧奨すべき注意義務があるということができる。そして、この注意義務については、受診当時の医療水準に照らし、被告法人の特性等の諸般の事情を考慮して、被告法人との診療契約に要求される医療水準を検討し、これを基準に判断されるべきである。」「人間ドックにおける健康診断は、厳しい時間的、経済的、技術的制約を内在する一般集団健康診断に比べれば高い水準の読影が期待されるということができる。他方で、本件施設における健康診断は、がんに限らず病気の発見・予防を目的として各種の検査を行うものであるから、本件施設において要求される読影の水準は、受診当時の人間ドックとしての標準的な医療水準に基づく読影の水準にとどまるものであり、本件施設は、がんの発見、治療を専門とする医療機関における画像読影と同等以上の水準の高度な注意義務を負うものではない。」と述べて、人間ドックに要求される医療水準は、一般集団健康診断より高い水準が期待されるものの、がん治療の専門医療機関のような高度な注意義務は負わないと位置付けています。

上記裁判例からも、裁判所が、医療機関の性質に応じて緻密に医療水準の設定をしていることが窺われます。

医療水準の時的判断要素

医療水準に基づく過失の判断時点は、医療行為が実施された当時の医学的知見によります。

最高裁昭和61年10月16日第一小法廷判決・判タ624号117頁(大腿四頭筋拘縮症事件)においても、以下のとおり医療水準の時的因子に着目して判断を行っています。

「Y2らがX1に対し本件各注射をしたことは昭和37年当時の医療水準に照らし必要かつ相当な治療行為である」

患者側からは、現在の医療水準に基づき主張をする場合も時にありますので、いつの医療水準をもって判断すべきかの視点は常に有しておく必要があります。

 

※ 大腿四頭筋拘縮症事件

新生児メレナの患者の大腿部にビタミンKなどの筋肉注射をした医師について、当時の医療水準に照らし新生児の大腿部への筋肉注射が必要かつ相当な治療行為として是認されるとして、医師の過失を否定した事案。

医療水準と医療慣行

医療慣行とは、医師の間で一般的に行われている診療行為のことをいいます。

医療訴訟では、医療機関側から、実質的には医療慣行に従っていることを理由に過失はないととれる主張がされることが多くあります。

しかしながら、医療慣行が医療水準と異なる場面があり得ることは当然ですから、医療慣行に沿った診療行為であることのみをもって、当該行為に過失なしとされないことは明らかかと思います。

最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁「平均的医師が現に行っていた医療慣行に従った医療行為を行ったというだけでは、医療機関に要求される医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならない」と判示しています。

また、最高裁平成18年1月27日第二小法廷判決・集民219号361頁は、「当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、直ちに、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。」と同様に判示しています。

確かに、医師が合理的に根拠を有するために多くの医師に支持を得て医療慣行が形成されることからすれば、多くの場合においては、医療慣行と医療水準は合致しているといえるでしょう。しかし、事故を契機として、効率性を重視するばかりに診療行為の危険性を見て見ぬふりをして実施されていた慣行的な取扱いが変更されることはままあることです。もちろん、診療行為に危険性があったとしても、その危険性を踏まえた上でも何らかの合理的な理由をもって行われている行為については医療水準に合致しているといえます。

医療慣行に従った医療行為に容易に予見し得える危険性があるのか、何らかの結果回避手段がとり得るのかを検討する必要があります

医療水準は、現実に存在していないとしても、当該医療機関の性質等から、それぞれの医療機関の給付能力への合理的期待によって定まることを理解する必要があるといえます。

特に腕の良い医師には、高度の注意義務が課せられるのか?

読者の中には、標準的な医師を超える知識、技能をお持ちの方もいらっしゃると思います。そのような医師については、通常の医師を超える医療水準が課されるのでしょうか。この点についても過去に問題になったことがあります。

最高裁平成4年6月8日第二小法廷判決・集民165号11頁は、未熟児網膜症に関する事案について、「医師は、患者との特別の合意がない限り、右医療水準を超えた医療行為を前提としたち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を負うものではな」いと判示し、特別な技能等を有する医師の注意義務の基準について医療水準を超えるものではないと判断しました。

当該判例からは、最高裁が、医療水準を医療機関単位で判断する姿勢がみてとれます。

この点については、医療機関が専門的で高度な設備を備えている場合には、当該医療機関に所属する特殊な技能を有する医師の医療水準は、全国的にみた平均的な医療水準を超えるものとなりますので上記判例との違いをご理解ください。このことは、医療水準が、患者が当該医療機関の性質等をみて、それぞれの医療機関の給付能力へ合理的に期待することによって決まること説明がされるのは上記のとおりです。判例がいうように、医師と患者との間で高度な医療を行うことが合意されていた場合も例外的に高度の注意義務が課されることになります。

 

以下の記載は専門的な内容になりますので必要な方だけご覧ください。

医療水準論を明記しない最高裁判例

医師の過失判断については、今までみてきたように、医療水準論を中心に判例が積み重ねられてきました。

その一方で、近年は、医療水準の認定を明示しないままに、過失の有無を判断する判例、裁判例が散見されるようになりました。

例えば、最高裁第三小法廷判決平成18年4月18日・集民220号111頁は、次のように過失を判断しています。当該判決は、冠状動脈バイパス手術を受けた患者が術後に腸管壊死となって死亡した事例に関するものですが、①当該患者は、腹痛を訴え続け、鎮痛剤を投与されてもその腹痛が強くなるとともに、高度のアシドーシスを示し、腸管の蠕動亢進薬を投与されても腸管閉塞の症状が改善されない状況にあったこと、②当時の医学的知見では、患者が上記のような状況にあるときには、腸管壊死の発生が高い確率で考えられ、腸管壊死であるときには、直ちに開腹手術を実施し、壊死部分を切除しなければ、救命の余地はないとされていたこと、③当該患者は、開腹手術の実施によってかえって生命の危険が高まるために同手術の実施を避けることが相当といえるような状況にはなかったこと、④当該患者の症状は次第に悪化し、経過観察によって改善を見込める状態にはなかったことなどの事情を挙げ、担当医師には当該患者に腸管壊死が発生している可能性が高いと診断し、直ちに開腹手術を実施し、腸管に壊死部分があればこれを切除すべき注意義務(開腹手術実施義務)を怠ったものとされました。

また、最高裁平成21年3月27日第二小法廷判決・民集230号285頁も、麻酔薬の過剰投与による患者死亡事案について、特段の医療水準を認定することなく「医師には、Aの死亡という結果を避けるためにプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべきであったのにこれを怠った過失があ」ると判断しています。

医療水準論は、当初は未熟児網膜症事例について新規の治療方法を実施しなかったことについて定められたものですが、以後、新規治療法ではない医師の行為についても用いられてきました。しかしながら、類型化、定型化にそぐわない個別の症例に対する医師の診療行為に関しては、明確な医療水準を定める実益は低く、原則に戻り、予見可能性、結果回避可能性を基にした注意義務違反の有無について判断し過失が判断されることとなります。これら2つの判断方法は矛盾するものではなく、場面によって、又は、当事者の主張に応じて使い分けられていると考えられます。

 

参考書籍、参考文献

米村滋人『医事法講義』第2版. 日本評論社、 2022.

大島眞一『医療訴訟の現状と将来』.判例タイムズ1401号.2014.

 

「ハイフ施術の危険性・合併症と法的問題点」

【要約】

ハイフ(HIFU:High Intensity Focused Ultrasound)施術は、高密度焦点式超音波を用いた美容および医療技術で美容クリニックをはじめ、エステや自宅においても当該施術がされてきました。2024年10月30日に始まった裁判では、非医師によるハイフ施術で熱傷を負った患者がエステサロンに対し損害賠償を求めています。ハイフは、従前から熱傷や神経損傷の危険性があることを警告されてきました。ハイフの実施に伴う法的問題についてみていきます。

 

 


ハイフの実施に関する裁判の開始

2024年8月に患者がエステサロンを相手方として、HIFU(ハイフ)を用いた施術で熱傷を負ったとする損害賠償請求を起こしていましたが、その裁判が10月30日に始まったとの報道がされています。

www.yomiuri.co.jp

及び

www3.nhk.or.jp

 

ハイフの危険性

ハイフについては、平成29年3月2日に独立行政法人国民生活センターから、熱傷や神経損傷の合併症が発生すること、医師資格のないエステシャン等がハイフを用いた美容施術を行うことが医師法17条に違反するおそれがあることについて注意喚起がされていました(エステサロン等でのHIFU機器による施術でトラブル発生!―熱傷や神経損傷を生じた事例も―)。

 

ハイフとは

ハイフとは、High Intensity Focused Ultrasound(「強力集束超音波」、「高密度焦点式超音波」等)という、超音波を凸面の発生器で一点に集中させて高いエネルギーを生み出す機器です。

虫眼鏡で太陽光を一点に集中させ、紙を燃やすことができるように、ハイフは体の深部臓器まで加熱させることが可能な医療機器です。従前は前立腺がんなどのがん細胞を加熱・壊死させる治療に用いられていた技術であり、身体に傷をつけず、合併症の少なさや医療コストの安さなどから広く用いられていました。

近年は、人体の表面には傷をつけないという触れ込み(No Downtime, 非侵襲、体内に異物を残さない)で、美容医療領域で、顔のリフトアップ、体の引き締め、しわ改善等に有効であることが確認され、使われるようになりました。例えば、平成29年に実施された調査の結果、全国に約2万4000のエステサロン店舗のうち、約4600の店舗でハイフ施術の広告がされていたそうです。

 

なお、「超音波」とは、人間の可聴波数範囲より高い周波数の音波として定義されますが、超音波自体は、医療において胎児診断で使用されているとおり、(集束させるなどの強力化する機器を用いなければ)大変安全なものです。

 

ハイフの施術と威力

ハイフは、先端にトランスデューサが組み込まれたカートリッジの先端部をジェルを塗布した皮膚に当て、術者がプローブのボタンを押して超音波を照射しつつ、プローブを動かして施術します。

(平成29年3月2日付け独立行政法人国民生活センター注意喚起より)

 

ハイフは、深部臓器を80℃を超える高温にすることが確認されており、70℃で白濁する高分子ゲルを変性させることが実験で分かっています。なお、細胞が死に至るかどうかは、加えられる温度と当該温度にさらされた時間とによって決まりますが、43℃以上で細胞死の速さは急速に高まるとされています。

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ハイフの威力は、下右図において、深部組織(豚の肝臓)が広範囲に熱変性していることからお分かりになるかと思います。

(平成29年3月2日に独立行政法人国民生活センターエステサロン等でのHIFU機器による施術でトラブル発生!―熱傷や神経損傷を生じた事例もー」から抜粋)

 

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ブタの筋肉に照射した際の熱変性部位の病理組織標本です。細胞死が認められています。

 

ハイフの合併症

ハイフの合併症としては、以下のように、神経・感覚障害(顔面神経麻痺、オトガイ神経麻痺等)、熱傷(及びこれに続く熱傷後色素沈着及び熱傷瘢痕)、頭痛、飛蚊症等種々の合併症が報告されています。

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ハイフの施術と法的問題

ハイフの問題は、想像以上に、その威力が強いところにあります。

ハイフに関しては、簡易に美容的効果が得られるとのイメージとのギャップから、様々な法的な問題を引き起こすことになります。その法的問題を列挙しますと以下のとおりです。

 

1 医者でない者が実施していいのか

2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか

3 医者の説明はどの程度行うべきか

4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか

 

以下、それぞれ見ていきましょう。

 

1 医者でない者が実施していいのか

以前みたように、医師法17条により、医師でない者は、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」=「医行為」を反復継続して行ってはいけないこととなっています。

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そこで、ハイフ施術の危険性が問題となります。

ハイフ施術の危険性については、ハイフ施術による熱傷や神経麻痺等の事故が多発している実情を受け、2023年3月29日付けで、消費者庁消費者安全調査委員会より、ハイフ施術による事故の原因調査報告エステサロン等でのHIFU(ハイフ)による事故)が発表されました。

この報告書には、「HIFU(高密度焦点式超音波)施術における事故等の直接原因は、照射出力が高く、安全上信頼性の低い機器を用い、施術に必要な解剖学や、出力や照射方法の調整に関する知識の不十分な者が行った結果として、熱傷や神経障害などの事故に」至るものとされています。また、同日、同消費者安全調査委員会によって、厚労省経産省消費者庁に対して意見がなされ、「今回調査した、エステサロン等で行われているような HIFU 施術は、神経や 血管の位置などの解剖学の知識を有する者が、機器の特性や施術方法を熟知して行う場合を除いては、人体に危害を及ぼすリスクが高いものである。このため、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、 又は危害を及ぼすおそれのある行為(医師法 17 条の「医業」に係るいわゆる 医行為)に該当するものがあると考えられるので、医師法上の取扱いを整理し、これにより施術者が限定されるようにすること。」と、ハイフの施術行為が医行為に該当する行為である、との意見がなされました。

 

これを受けて、令和6年6月7日付けで、厚生労働省医政局医事課長は、次のように述べて、ハイフ施術が医師法17条所定の医行為に該当するとの行政解釈を示しています。

 

第1 HIFU施術に対する医師法の適用

 用いる機器が医療用であるか否かを問わず、ハイフを人体に照射し、細胞に熱凝固(熱傷、急性白内障、神経障害等の合併症のみならず、ハイフ 施術が目的とする顔・体の引き締めやシワ改善等も含む。)を起こさせ得る行為(以下「本行為」という。)は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第 17条に違反すること。

 

上述のハイフの熱変性の効果や、行政上の解釈に照らしますと、ハイフの施術が医行為に当たり、原則として、医師以外が行うことができないことは明らかといえます。

 

2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか

 看護師は、①当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること、②医師の指示があること、を満たした場合に限り、保健師助産師看護師法37条により一部の医行為を反復継続して実施できます。以下の記事もご参照ください。

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 特定の医行為(今回でいう、ハイフの施術行為)が診療の補助=相対的医行為に当たるか、医師のみが実施できる絶対的医行為に当たるかについては、当該行為の技術的な難易度と判断の難易度の双方の要素から決せられます(下図参照)。

 ハイフの施術行為は、プローブを動かしつつボタンを押して施術するものですので、技術的な難易度は研修を経て実施可能な程度であるといえるでしょうが、顔面神経等の神経走行、血管走行等の解剖を理解した上で、合併症が生じない部位を選択して照射しなければなりませんので、その照射部位の判断には専門的な知識が必要であると考えられます。

 そうであれば、照射部位について看護師が裁量をもって判断する余地がない程度に医師が具体的に指示し、看護師の施術が当該指示に沿ったものであることを医師が確認しつつ施術が実施されるのであれば、看護師による実施が許される可能性もないとはいえませんが、現実には医師自身によって実施されるべき医行為であるというべきかと考えます。

 

(「厚労省資料、チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループによる医行為の分類(案)について」より抜粋)

 

3 医者の説明はどの程度行うべきか

 医師は、診療契約上の義務として、施術に際して、患者に対して施術に関する説明を行った上でインフォームド・コンセントを取らなければいけません。

 それでは、医者は、どの程度の説明を行うべきでしょうか。ハイフを施術する美容医療を行うクリニックでは、特に説明義務について問題になることが多くあります。

 

 まずは、美容医療ではない医療について著明な判例をご紹介します。

最三小判平13年11月27日・民集55巻6号1154頁は,医療水準として未確立であった乳房温存療法に関する乳房温存療法の適応可能性に関して医師が説明義務を負うかが争点となった医師の説明義務に関する先例的な判例ですが、最高裁は、医師が負う説明義務の内容について,特別の事情のない限り,①当該疾患の診断(病名と病状),②実施しようとする医療行為の内容,③医療行為に伴う危険性,④他に選択可能な治療法があればその内容・利害得失・予後等について説明すべき義務があると判示しました。

 保険医療機関においては、一般的な保険診療に関し、上記説明がなされていることを確認する必要があります。

 美容医療については、上記①~④の内容を最低限のものとし、これに加えて医師の説明義務が加重されています。この理由について、過去の裁判例に基づけば、美容診療における以下の特殊性があるからとされています。

 

 ❶ 医療行為の医学的必要性・緊急性が低いこと

 ❷ 診療行為に関する広告(ホームページの記載も含む。)により、患者に十分な合併症の説明がされていないことが多いこと

 ❸ 患者が美容を目的として医療行為を受けることから、顔面の熱傷等の美容を損なう可能性のある合併症については特に患者の関心が高いと考えられること

 ❹ 医学的に一般に承認されていない術式が採用されることが他科より多いこと

 

 裁判例をみてみると、ハイフの施術に係る説明義務に関しては、大阪地判平成27年7月8日・判時2305号132頁が「美容診療は、生命身体の健康を維持ないし回復させるために実施されるものではなく、医学的に見て必要性及び緊急性に乏しいものでもある一方、美容という目的が明確で、しかも、ほとんどの場合が自由診療に基づく決して安価とはいえない費用をもって行われるものであることを考えると、当該美容診療による客観的な効果の大小、確実性の程度等の情報は、当該美容診療を受けるか否かの意思決定をするにあたって特に重要と考えられる。そして、美容診療を受けることを決定した者とすれば、医師から特段の説明のない限り、主観的な満足度はともかく、客観的には当該美容診療に基づく効果が得られるものと考えているのが通常というべきである。そうすると、仮に、当該美容診療を実施したとしても、その効果が客観的に現れることが必ずしも確実ではなく、場合によっては客観的な効果が得られないこともあるというのであれば、医師は、当該美容診療を実施するにあたり、その旨の情報を正しく提供して適切な説明をすることが診療契約に付随する法的義務として要求されているものというべきである。したがって、医師が、上記のような説明をすることなく、美容診療を実施することは、診療対象者の期待及び合理的意思に反する診療行為に該当するものとして、説明義務違反に基づく不法行為ないし債務不履行責任を免れないと解するのが相当である。」と判示しており、参考になるかと思います。

 

 ハイフの施術に関しては、患者の所見・症状、当該施術の内容や目的、危険性(合併症の種類及び頻度、特に美容を損なう場合もあること)及び他の選択可能な治療法の有無に加え、ハイフが美容目的で承認が得られた医療機器ではないことや、ハイフによって美容効果を得ることについて安全性が確立された医療行為とはいえないこと、当該施術にても効果が得られない場合があることについても説明しなければならないと考えます。また、医療機関が行っている広告が、患者において副作用のリスクがない又は少ないという誤解や過度の期待を惹起するものであれば、これを解消する程度の説明が求められます。

 

4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか

 ハイフは、薬機法上、その製造及び販売等を実施する者及びその医療機器としての承認等を必要とする薬機法上の「医療機器」に当たります(令和5年3月31日厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長通知、薬生監麻発0331第12号「HIFUに関する監視指導の徹底について」)。

 しかしながら、日本においてハイフが医療機器としての承認を得た製品はありません。

 現在は、医師が自己責任によって個人輸入しているもの、未承認医療機器としてエステサロン等が輸入しているものと考えられています

 管理医療機器及び高度管理医療機器に分類される医療機器については、品目ごとの承認に加え、製造販売、販売又は貸与を行う者について、製造販売業、販売業又は貸与業の許可又は届出が必要となりますので、医療機関同士での貸与等は禁止されることにご注意ください。以下の記事もご参照ください。

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 大阪地判平成27年6月15日(公刊物未搭載)においても、超音波照射能力を有する医療機器である高密度焦点式超音波痩身器を販売したとして旧薬事法違反とされています