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本日は、医薬品の添付文書と医師の過失についてです。
- 添付文書に関する法令の定め
- 添付文書の内容
- 添付文書と裁判
- 最高裁平成8年1月23日判決
- 平成8年最判の発展(添付文書を基礎とした情報収集義務)
- 医師の責任を認めた裁判例
- 医師の責任を否定した裁判例
- 終わりに
添付文書に関する法令の定め
医薬品の適正使用のため、医薬品の製造販売業者が医薬品を製造販売するときには、医薬品の適正使用の基本となるべき製品に関する情報を記載した文書を作成し添付しなければならないこととなっており、当該文書を添付文書といいます。添付文書は、従前、製品に同梱されて情報提供されておりましたが、紙の情報では最新の情報ではない場合があるなどの理由によって、令和3年8月1日施行の薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の改正によって、添付文書の製品への同梱が廃止され、電子的な方法による提供がされるようになりました。医薬品の製造販売業者は、容器等にバーコードやQRコード等の符号を記載し(薬機法52条)、最新の注意事項等情報を記載したホームページを作成するなどして、医薬品等を購入する医療関係者に対して注意事項等情報を提供するための必要な体制を整備しなければならないことと規定されています(同法68条の2の2、同法施行規則228条の10の6)。
なお、添付文書の作成・改定とのその情報提供は、製造販売業の許可取得のため遵守が求められているGVP省令(Good Vigilance Practice省令)における製造販売後の安全管理のための措置(安全確保措置)の実施にも位置付けられます。
【薬機法52条】
医薬品(次項に規定する医薬品を除く。)は、その容器又は被包に、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて厚生労働省令で定めるものにより、第六十八条の二第一項の規定により公表された同条第二項に規定する注意事項等情報を入手するために必要な番号、記号その他の符号が記載されていなければならない。ただし、厚生労働省令で別段の定めをしたときは、この限りでない。
【薬機法68条の2の2】
医薬品、医療機器又は再生医療等製品の製造販売業者は、厚生労働省令で定めるところにより、当該医薬品、医療機器若しくは再生医療等製品を購入し、借り受け、若しくは譲り受け、又は医療機器プログラムを電気通信回線を通じて提供を受けようとする者に対し、前条第二項に規定する注意事項等情報の提供を行うために必要な体制を整備しなければならない。
医師等の医療関係者は、医薬品の適正使用のため、使用する医薬品の適正使用、安全性に関する情報をインターネット上の添付文書を閲覧するなどして確認する必要があります。
添付文書の内容
添付文書の記載内容は、項目のみならず、文書サイズ、余白、文字のフォント・色等の形式も含め、詳細に規定されています(令和5年2月17日最終改正薬生安発0608第1号「医療用医薬品の添付文書等の記載要領の留意事項」)。
記載項目には、警告、禁忌、組成・性状、効能又は効果、用法及び用量、重要な基本的注意、特定の背景を有する患者に関する注意、相互作用、副作用、薬物動態、臨床成績等が含まれます。
添付文書と裁判
添付文書は、医療に関する法律上、例えば、添付文書上に重篤な副作用の記載がされていないなどとして製造物責任法における指示・警告上の欠陥が認められるか、という点で争いになることがありますが(イレッサ判決、最判平成25年4月12日第三小法廷判決・判タ1390号146頁)、多くは、医師によって添付文書に沿わない医薬品の使用がされ、悪しき結果が生じた場合に、医師に過失が認められるかという点において問題となります。
以下では、後者の医療過誤紛争・訴訟における添付文書と医師の過失の関係について判例・裁判例をみていきましょう。
最高裁平成8年1月23日判決
当該争点に関するリーディングケースは、 最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁です。同判例では、医師が医薬品の使用に当たり、添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかった事実によって、過失が推定されると判断しました。
【事案の概要】
当時7歳5か月の原告が、腰痛と発熱を主訴に病院に入院し、虫垂炎に対し虫垂切除術を受けました。同手術中、ペルカミンS(麻酔剤)が注射されたところ、その12~13分後にショックとなり、脳に重大な後遺症が残りました。ペルカミンSの添付文書には、麻酔注入後10~15分まで、2分間隔の血圧測定が求められていたところ、担当医は、当時の一般開業医の常識に従い5分間隔の血圧測定を看護師に指示しており、当該指示のため、添付文書記載の血圧測定方法に比して血圧低下及びそれに伴う低酸素症に気付くのが遅れたという事案でした。
【最高裁の判断】
「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである。」
「二分間隔での血圧測定の実施は、何ら高度の知識や技術が要求されるものではなく、血圧測定を行い得る通常の看護婦を配置してさえおけば足りるものであって、本件でもこれを行うことに格別の支障があったわけではないのであるから、被上告人aが能書に記載された注意事項に従わなかったことにつき合理的な理由があったとはいえない。」
平成8年判例の存在から、裁判においては、特段の事情がない限り、医師は、添付文書に記載された注意事項に従った医薬品の使用をすべき注意義務が課せられているとされることに注意が必要です。
上記判例に対しては、医療者から、添付文書には、わずかな危険性にすぎない事項についても使用上の注意事項として記載されていることもあり、臨床現場では、患者のために添付文書に反した使用が避けられない状況があるなどの強い批判がされています。当該意見は医療者の全員が共有し得る内容といえますが、判例・裁判例においては、一定のオーソライズされた基準や規則に反する医療行為については厳格な判断を行い、当該基準に反する医療行為を実施することについての合理的説明を医療者に課しています。当該アプローチで判断されている例としては、インフルエンザ予防接種に際して予防接種実施規則に指示された問診を実施しなかった医師の過失を認めた最高裁昭和51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号816頁や、診療ガイドラインに反した医療行為に過失が推定されると判示した裁判例(大阪地判平成21年11月25日・判タ1320-198)などが挙げられます。これら裁判所の判断アプローチは、医師が診療契約(準委任契約と解することが一般的です。)上の「最善の注意義務」が課せられていること(最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁)が根拠となります。すなわち、医師として患者の生命・健康を管理すべき業務を実施する以上、一定の医学的根拠を有する確固とした基準があるのであれば、当該基準から外れる医療行為を実施するに際して、合理的理由が存在することを当然に判断していなければならないと考えられているということです。
平成8年最判の発展(添付文書を基礎とした情報収集義務)
平成8年最判の上記判断は最高裁平成14年11月8日判決によって踏襲されているところ、同最判は、医師に平成8年最判を超える予見可能性を要求しているようにみえます。
最高裁平成14年11月8日第二小法廷判決・集民208号465頁は、添付文書に過敏症状と皮膚粘膜眼症候群(スティーブンス・ジョンソン症候群)の副作用の記載がある医薬品を継続的に使用し、患者に副作用と疑われる発しん等の過敏症状の発生が認められたのであれば、医師には同症候群の発症を予見し回避の措置を講ずべき義務があるとして、医師の過失を肯定しました。
【事案の概要】
原告は、精神病院に入院中、フェノバール、テグレトールなどの多種類の向精神薬の投与を受けていました。入院から1月程度が経過後、原告には全身の発赤、発疹、手掌の腫脹が認められ、担当医師らは、投与中の薬剤のうちテグレトールによる薬疹を疑い、その投与を中止しましたが、フェノバールについては投与を中止せず、その後皮膚症状の改善がないにもかかわらず、フェノバールを増量したところ、その後原告の皮膚粘膜症状が増悪し、発熱、眼症状を認め、結果的に失明を認めました。フェノバールの添付文書には「使用上の注意」の「副作用」の項に「(1)過敏症:ときに猩紅熱(しょうこうねつ)様・蕁麻疹・中毒疹様発疹などの過敏症状があらわれることがあるので、このような場合には、投与を中止すること、(2)皮膚:まれにスティーブンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群)、ライエル症候群(中毒性表皮壊死症)があらわれることがあるので、観察を十分に行い、このような症状があらわれた場合には、投与を中止すること」と記載されていました。
【最高裁の判断】
「精神科医は,向精神薬を治療に用いる場合において,その使用する向精神薬の副作用については,常にこれを念頭において治療に当たるべきであり,向精神薬の副作用についての医療上の知見については,その最新の添付文書を確認し,必要に応じて文献を参照するなど,当該医師の置かれた状況の下で可能な限りの最新情報を収集する義務があるというべきである。本件薬剤を治療に用いる精神科医は,本件薬剤が本件添付文書に記載された本件症候群の副作用を有することや,本件症候群の症状,原因等を認識していなければならなかったものというべきである。」
「3月20日に薬剤の副作用と疑われる発しん等の過敏症状が生じていることを認めたのであるから,テグレトールによる薬しんのみならず本件薬剤による副作用も疑い,その投薬の中止を検討すべき義務があった。すなわち,過敏症状の発生から直ちに本件症候群の発症や失明の結果まで予見することが可能であったということはできないとしても,当時の医学的知見において,過敏症状が本件添付文書の(2)に記載された本件症候群へ移行することが予想し得たものとすれば,本件医師らは,過敏症状の発生を認めたのであるから,十分な経過観察を行い,過敏症状又は皮膚症状の軽快が認められないときは,本件薬剤の投与を中止して経過を観察するなど,本件症候群の発生を予見,回避すべき義務を負っていたものといわなければならない。
そうすると,本件薬剤の投与によって上告人に本件症候群を発症させ失明の結果をもたらしたことについての本件医師らの過失の有無は,当時の医療上の知見に基づき,本件薬剤により過敏症状の生じた場合に本件症候群に移行する可能性の有無,程度,移行を具体的に予見すべき時期,移行を回避するために医師の講ずべき措置の内容等を確定し,これらを基礎として,本件医師らが上記の注意義務に違反したのか否かを判断して決められなければならない。」
平成14年最判では、上記のとおり、医薬品の添付文書の記載に従わなかったことの注意義務違反が問題とされていた平成8年最判を前提としつつ、添付文書に記載された医療行為の実施が行われていたとしてもそれのみで医師の過失が否定されるものではなく、医師は、添付文書を確認した上で、必要に応じて文献を参照するなどして最新情報を収集する義務があるとされています。添付文書に留まらない医師の義務を認めたものであり、実務上、留意を要する判例といえます。
医療者側に求められる予見義務・結果回避義務は高度なものとなりますが、添付文書を確認した後実施すべき調査・情報収集は平均的医師に課せられる程度を超えるものではありません。医療機関側では、当該調査・情報収集を踏まえた医療行為が実施されていることを説明することとなります。
医師の責任を認めた裁判例
上記最判が裁判例でどのように判断に用いられているのかを実際にいくつか見ていきましょう。
仙台地判平成29年7月13日は、高血圧に罹患していた患者が経口避妊薬(本件薬剤)を処方された結果、肺塞栓を発症し、死亡した事案です。本件薬剤の添付文書には高血圧のある患者(軽度の高血圧の患者を除く)に対する処方は禁忌とされていました。
裁判所は、上記平成8年最判の判示を引用した上で、患者が添付文書記載のWHO基準分類3~4の高血圧であったことを認定し、医師が添付文書に違反して処方した注意義務違反を認めています。すなわち、「日本産科婦人科学会編「低用量経口避妊薬の使用に関するガイドライン(改訂版)」(平成17年12月作成。以下「本件ガイドライン」という。)」「は,WHO基準に則って,高血圧の患者に対するOCの使用につき,OCの使用によるリスクが利益を上回る状況にある分類3(原則的禁忌)と分類4(絶対的禁忌)の各場合を定めているところ,本件ガイドラインは日本産科婦人科学会により平成17年12月に作成されたことに照らせば,その内容は,臨床医学の実践における当時の医療水準を示すものとして,合理性を有するものと推認される。」として、本件ガイドラインにおいて引用されていない「高血圧治療ガイドライン2004」における「血圧は変動しやすいので高血圧の診断のためには少なくとも2回以上の異なる機会における血圧値に基づいて行うべきである」との記載に従った血圧測定がされていなかったとしても添付文書違反を左右するものではないとされています。
当該裁判例は、上記各判例から進んで、添付文書記載違反の注意義務違反によって悪しき結果が生じたというためには、「添付文書の記載は,医薬品の効能を十分に発揮させるとともに,不都合な結果の発生をできる限り防止するために作成されるものであるから,医師に結果発生につき添付文書の記載事項の遵守違反による過失が推定されるためには,医師が使用上の注意に従わなかったことによって,添付文書の記載が防止しようとした結果が発生したことが必要となると解される。」と判示しています。当該判示部分は、上記平成8年最判の「医師が医薬品を使用するに当たって右文章に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべき」との判示のうち「それによって」の部分が明確な形で判示されており、添付文書違反の処方がされたことのみで過失が推定されないことが理解できます。
医師の責任を否定した裁判例
東京地判令和4年8月25日は、ヨード造影剤であるオムニパークによってアレルギーの既往がある患者に対し、同じくヨード造影剤であるイオメロンを投与し、アナフィラキシーショックによって患者が死亡した事案について、医師の過失が推定されるものの、投与には「特段の合理的理由」があるとしてその過失を認めなかった裁判例です。
裁判所は、添付文書に「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してイオメロンを投与することは禁忌と記載されていたとしても、公益社団法人日本医学放射線学会の造影剤安全性管理委員会の提言において「ヨード造影剤に対する中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対しても、直ちに造影剤の使用が禁忌となるわけではなく、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断する必要がある」ことを指摘し、被告病院は、「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してもリスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断していたほか、急性副作用発生の危険性低減のためにステロイド前投与を行うとともに、副作用発現時への対応を整えていたことや、患者の過去のアレルギー症状が比較的軽度であったこと、過去にイオメロンに対するアレルギーが認められなかったこと、急性心不全を認めた患者に対して冠動脈造影を行う必要性があったことなどを認定した上で、上記「特段の合理的理由」ありと判断しました。
添付文書の禁忌の記載に反したとしても、学会の提言等の根拠を有する場合に過失の推定が認められないとした事例として参考になります。
終わりに
以上、医薬品の添付文書と医師の過失についてご説明してまいりました。
添付文書記載の禁忌であっても当該医薬品を使用せざるを得ない状況は、患者が重症な場合等にしばしば起こり得ます。そのような場合に悪しき結果が生じた場合には、添付文書記載違反を理由に患者からの訴えがされる場合が多くみられますが、合理的理由がある場合には裁判所においても斟酌し、実際に過失を認めている事例は肯定事例に比して少数であるように考えます。医療機関においては、カルテ上に上記特段の合理的理由があると考える根拠を記載されるなど、対応されると望ましいといえます。
添付文書に記載のない医薬品の使用については、医薬品の適応外使用の可否として問題としてなりますので、次回、適応外使用はどのような場面で許容され、あるいは許容されないかについて取り上げることとします。