【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の実態と対策ガイド(監査)

 

1 監査とは

監査の概要

前回記事(個別指導、監査について(個別指導))で記載したとおり(【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の対策ガイド(個別指導) - Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!))、厚生労働大臣による監査は、健康保険法78条等に基づき、保険医療機関等の診療内容又は診療報酬の請求について、明らかな不正又は著しい不当が疑われる場合等において、健康保険事業等の適正な運営を確保するため、的確に事実関係を把握するために行われる手続です。すなわち、監査は、不正の事実が明らかであると思われるときに実施される手続であり、当局において、保険医療機関の開設者、管理者、保険医等の従業員に対して、報告、帳簿類等の提出・提示、出頭を求める法的な根拠をもった、正確な事実関係(真実)の確認を目的とする厳格な手続であることを理解する必要があります(健康保険法78条、船員保険法59条、国民健康保険法42条の2、高齢者の医療の確保に関する法律72条)。

監査に移行する基準とは

監査に移行する基準については、いわゆる詐欺、不法行為に当たるような悪質なもの(不正)、又は、制度の目的から見て適当ではない妥当性を著しく欠いたもの(著しい不当)事案ですが、実際に選定されている事案を接していると、以下のような特徴があると考えられます。

  • 医師又は医療従事者の人数が、人員配置の標準数から著しく欠けているもの(標欠病院)
  • 施設基準について虚偽の届出や報告がされており、当該施設基準が要件となっている診療報酬について不正請求しているもの
  • 詐欺等の刑事事件となり得るもの
  • 新聞、雑誌、インターネット等で不正請求の存在が広く社会に拡散されているもの
  • 従業員や医療監視部局からの情報提供があり、不正請求がされている確度が高いもの
  • 無資格者による診療が疑われるもの

上記以外にも、度重なる個別指導によっても保険診療又は診療報酬請求が適正なものに改善されないときや、正当な理由なく個別指導を拒否した場合にも監査は実施されます。

 

2 監査の実際

⑴ 患者調査について

当局は、監査前に、患者に対し保険給付に係る診療、調剤等の内容に関し、報告を明示、当該職員に質問させることができます(健康保険法60条2項、患者調査)。

患者調査は、直接本人と面談する方法によって行われ、実際の診療内容とレセプトの記載との齟齬を明らかにすることを目的として、診療の回数、日時、内容(検査、注射、手術等の内容)、診療を行った医師等の氏名、診療に関する説明内容、医療費の負担額・支払額が調査され、患者の署名捺印がされた調査書が作成され、将来の不利益処分の証拠資料となります。

⑵ 監査の概要

監査の通知

監査は、原則として開設者宛てに監査実施通知を送付した後に聴取期日が指定され次のとおり実施されますが、組織的な書類の改ざんの恐れがある場、証拠隠滅のおそれがある場合には監査当日に通知を持参し、提出命令によって証拠書類が保全されることも例外的にあります。

ヒアリング(面談)の実際

監査におけるヒアリングは、基本的に監査担当者(厚生局及び都道府県職員等)が対象患者のカルテに基づき、管理者、医師、看護師又は従業員に対し、個別の患者の診療内容や全般的な診療フローについて予め組織内で作成してきた質問を行う形式で行われます。対象患者の件数は、個別指導と異なり、制限はありません。

聴取のテーブルは、状況、事案に応じて、複数用意され、ヒアリング対象者が複数同時に実施されることもよくあります。その場合には、基本的に共通した質問がされ、ヒアリング対象者同士で供述内容に齟齬がないか、レセプトや患者調査(上記⑴)との齟齬がないか、がチェックされます。監査当日は、午前9時半頃から17時頃まで休憩を挟みながら丸一日行われるところ(2~3時間での実施を目途とする個別指導に比べ、長時間に及びます。)、1時間に10分程度の休憩時間と昼休みが設けられますが、昼休みには監査担当者間で対象者の供述内容や関係書類について共有がなされており、午後にその矛盾点について深堀りした質問がされることがあります。ヒアリングの中で、不正又は不当な事実が明らかになってきた場合には、それが誰の指示によってなされたのかといった原因又は背景についての質問がされます。また、当該不正又は不当な診療行為又は請求行為についてヒアリング対象者が何を考えて実行していたのか現在はどのように思っているのかどこに責任があると考えるかについても聞かれることになります。

なお、監査には、医師としての資格に基づき、行政側の立会人として学識経験者が同席することがあります。

ヒアリングにおける主観的事実の認定

ヒアリングの目的が事実関係を把握することであるのは上記のとおりですが、認定すべき事実には、行為者における「故意」又は「過失」といった行為者の主観にわたる部分の事実の有無も含まれています。ここで「故意」とは、犯罪を構成する自らの行為を認識し、それを認容する(よしとして受け入れる)ことを意味します。上記認定される主観的事実として、上記故意、過失以外にも、不法領得の意思の有無(騙取した財物を、権利者を排除して、その経済的ないし本来的用法に従いこれを利用もしくは処分する意思、をいいます。簡単にいうと、「他人の財産を自分のものにして利用しようとする意思」といえます。)も判断されますし、故意を超えた積極的な「害意」や、事案の組織性、計画性を踏まえた法令遵守に対する意識についても認定の対象とされることになります。これらに対しては、質問者の意図を汲み取り、適切な回答をすることが求められます。

聴取録取書の作成

ヒアリングの終了時には、問答形式の聴取録取書がその日のうちに作成され、内容に誤りがないか、表現に問題がないかについてヒアリング対象者に確認を求め、その後署名するように求められます。

ヒアリングにおける注意点は、ありのままを隠すことなく、供述することにあります。事前の口裏合わせや組織からの供述の強要についてはその有無について質問において聞かれることが通常ですし、これが発覚した場合には後の処分に極めて大きな悪影響を及ぼすこととなります。

また、監査手続において作成される聴取録取書は処分決定に際し、処分を根拠づける資料となります。そのため、記載されているニュアンスも含めて慎重に確認し、必要があれば遠慮せずに修正を求めるべきことに注意が必要です。

ヒアリングへの弁護士の帯同

個別指導と同じく、監査においても保険医療機関からの委任状を提出することで弁護士の帯同が認められています。弁護士が直接の答弁をなし得ないことも個別指導と同様ですが、弁護士の帯同は、手続を適正にするための担保(圧迫的な質問や、誘導となる質問の抑制効果)として有効な手段です。特に、監査で作成されるヒアリング対象者の聴取録取書には、保険医療機関について有利となる点が記載されていない、不利となるニュアンスで記載されことが多々あります。私は、元裁判官として、当該聴取録取書が後の事実認定においてどの部分が保険医療機関に不利に採用されてしまうかを判断できることもあり、帯同した監査において聴取録取書をレビューした際には、修正点が見つけられない場合がないほどに修正すべき点は多く存在するといえます。ヒアリング対象者となった方においては、くれぐれも聴取録取書の署名の際には慎重に内容をご確認ください

ヒアリングの録音

ヒアリングは当局に申し出た上で録音することが可能です。ヒアリングの聴取録取書には供述の全てが記載されるものではないことから、当該録音は保険医療機関からの反論のための重要な資料となるため、必ず録音するようにしましょう。将来の取消訴訟(後記4)の際の重要な証拠にもなります。

⑶ 患者個別調書の作成

患者個別調書とは

上記⑴の患者調査の手続では、監査対象保険医療機関等の名称が分からないように配慮された上で、患者本人と直接の面接がされ、患者個別調書が作成されています。この患者個別調書は、監査調査書、最終的な不正・不当金額の積算根拠、内議書等の元となる重要な調書となり、診療と請求に対する行政側の判断を示すものとされています。患者別調書には、当該患者の実際の診療内容とレセプトとの矛盾点が明確化され、不正・不当請求の内容、点数、金額と共に、監査担当者の意見も記載されます。

患者個別調書への弁明の記載

監査では、被監査者に対し、当該患者のカルテとレセプトを示しながら、1枚毎に説明がされ、その内容に誤りがないかの確認を求められ、患者別調書に対する弁明の記載と署名が求められます。弁明欄は小さいため、欄内に収まらない場合は欄外や裏面に記載することも可能です。患者個別調書の内容や金額には誤記がされることも多く、慎重にチェックする必要があります。また、誤った内容が記載されている場合には、その理由について弁明欄に十分な記載をすることが重要です。

 

3 監査後の手続について

行政上の措置

監査の後には、不正又は不当の事案の内容により、以下の❶~❸の処分が下されます(指導要綱)。

 

❶ 取消処分(以下のいずれかの1つに該当するとき。以下❷、❸について同じ)

  • 故意に不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの

(※「しばしば」とは、1回の監査において件数からみてしばしば事故のあった場合及び1回の監査における事故がしばしばなくとも監査を受けた際の事故がその後数回の監査にあって同様の事故が改められない場合をいいます。)

❷ 戒告

  • 重大な過失により、不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの。

❸ 注意

  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。

 

取消処分(❶)について

例えば、先日も、千葉県野田市にある救急病院が勤務する看護師の人数を水増しし、5億円を不正に請求していたとして関東信越厚生局から取消処分を下されているとの報道がなされています。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/chiba/20240930/1080024349.html)。

 

厚労省が公表している、令和4年度における処分の状況は次のとおりです

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000188884_00004.html)。

 

保険医療機関

 

18件  (対前年度比 8件減)

(内訳)

指定取消

6件  (対前年度比 3件減)

 

指定取消相当

12件  (対前年度比 5件減)

保険医等

 

14人  (対前年度比 2人減)

(内訳)

登録取消

11人  (対前年度比 2人減)

 

登録取消相当

3人  (対前年度比 増減なし)

同年度の監査件数が52件ですので、およそ監査3件につき1件に取消処分が下されていることとなります。

厚労省は、取消理由が架空請求、付増請求、振替請求、二重請求、その他の請求など不正の内容が多岐にわたっていることも公表しております。また、指導、監査が実施される端緒としては、保険者、医療機関従事者、医療費通知に基づく被保険者等からの情報提供が12件と指定取消処分(指定取消相当を含む)の件数の大半を占めています。中でも医療機関等の従事者からの情報提供がされるケースが多いことから、普段の診療において、従業員と開設者、管理者間の人間関係を築き、労働条件の適正化を行う、内部通報制度を整備し、従業員から違法な通報がされないように従業員教育等の情報管理を行うことが重要といえます。

    

取消処分に前置される手続

取消処分は、3つの処分の中で最も重いものであり、その不正の悪質性が高いものとなります。取消処分がされる場合には、次の⑴~⑶の手続が行われます。

 

⑴ 本省内議

監査終了後、速やかに監査結果は整理され、内議書が内部的に作成されます。内議は厚生労働省保険局長にされ、内議結果は同局長から通知されます。

 

⑵ 聴聞

行政庁が不利益処分をしようとするときに聴聞が義務付けられることから(行政手続法13条)、取消処分に関する聴聞が実施されます。

聴聞では、不利益を受ける者(保健医療機関等)が口頭で自己弁護、防御の主張を行います。

聴聞期日が指定された場合、保険医療機関等には、当局より、「聴聞通知書」が事前に送付されます。聴聞通知書には、期日までに不利益処分の内容及び不利益処分を行なう根拠条文、不利益処分を行なう原因となる事実、聴聞の場所及び日時、聴聞に関する事務を取扱う組織及び所在地が記載されます。

聴聞手続に欠席した場合には、聴聞手続が終結されますので(行政手続法23条)、取消処分を争う場合には、防御の機会を喪わないように出席する必要があります。

聴聞では、個別指導及び監査とは異なり、弁護士を代理人として選任した場合、弁護士は防御の弁論を行うことなど一切の活動を制限なく行うことができますので(行政手続法16条1項及び同条2項)、取消処分を争う場合には弁護士を選任し、監査結果の誤りを指摘し、取消処分の不当性に関する意見書の作成を行い、弁護士による出頭がされるべきと考えます。

戒告、注意については、不利益処分に当たらず聴聞は行われません。

 

⑶ 地方医療協議会への諮問

厚生労働大臣は取消処分について地方社会保険医療協議会へ諮問します。地方社会保険医療協議会は審議し、答申します。

 

取消処分の公表

地方厚生(支)局長は、監査の結果、取消処分を行ったときは、「保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する政令」(昭和 32年政令第 87号)第 2条(同令第 2条の 2において準用する場合を含む。)又は第 9条の規定に基づき、速やかにその旨を公示するとされています。公表は患者の権利を守ることを目的とし、公表される内容は、行政処分の内容(保健医療機関等の名称、所在地、開設者、指定取消年月日、保険医の氏名、年齢、登録取消年月日、根拠となる法律等)、行政処分に至った経緯、取消処分の主な理由、診療報酬の不正請求件数、金額等です。

なお、地方厚生(支)局及び都道府県は、戒告又は注意の行政上の措置については、保険者団体、都道府県医師会等及び支払基金等に対し、その旨が連絡されますが、公示はされません。

 

取消処分に伴う経済的措置

地方厚生(支)局及び都道府県は、監査の結果、診療内容又は診療報酬の請求に関し不正又は不当の事実が認められ、これに係る返還金が生じた場合には、該当する保険者に対し、医療機関等の名称、返還金額等必要な事項を通知します。そして、保険者から支払基金等に連絡させ、当該医療機関等に支払うべき診療報酬からこれを控除させるようにします。

また、地方厚生(支)局及び都道府県は、患者において支払う一部負担金に過払いが生じている場合には、監査対象となった医療機関等に対して、当該一部負担金等を当該被保険者等に返還するよう指導します。

返還対象となるのは、原則として 監査の開始前5年間の不正又は不当請求です。これは、診療録の保存期間が5年間とされていることによります(療担規則9条、療養の完結の日から5年間)。

上記返還対象期間において、不正請求については1.4倍の返還が必要であり、不当請求については実額の返還が必要です。

返還に際しては、当該保険医療機関において全患者についての自主的なチェックを求められ、返還同意書等を作成し、保険者又は支払基金等への通知、連絡がされます。

 

再指定、再登録について

保険医療機関等が取消処分を受け、5年を経過しない場合等においては、健康保険法第65条第 3項の規定に基づき、その指定を拒むことができることとなっています。ただし、取消処分を受けた医療機関の機能、事案の内容等を総合的に勘案し、地域医療の確保を図るため特に必要があると認められる場合であって、診療内容又は診療報酬の請求に係る不正又は著しい不当に関わった診療科が、相当の期間保険診療を行わない場合については、取消処分と同時に又は一定期間経過後に当該医療機関を保険医療機関として指定することができることとなっています(指導大綱)。実務上は、一律に5年間、指定・登録ができないこととなります。

 

4 不服申立て取消訴訟について

取消処分に対して不服がある場合、処分を受けた保険医療機関等は、原則として、処分があったことを知った日の翌日から3か月以内に、厚生労働省に対して審査請求をすることができます(行政不服審査法2条)。また、裁判所に対して、処分があることを知った日から6か月を経過しておらず、処分から1年を経過していないときは、処分取消しを求め行政訴訟を提起することができます(行政事件訴訟法14条1項、同2項)。

取消処分に係る取消訴訟については、次回、ご紹介いたします。

以上