【要約】
ハイフ(HIFU:High Intensity Focused Ultrasound)施術は、高密度焦点式超音波を用いた美容および医療技術で美容クリニックをはじめ、エステや自宅においても当該施術がされてきました。2024年10月30日に始まった裁判では、非医師によるハイフ施術で熱傷を負った患者がエステサロンに対し損害賠償を求めています。ハイフは、従前から熱傷や神経損傷の危険性があることを警告されてきました。ハイフの実施に伴う法的問題についてみていきます。
ハイフの実施に関する裁判の開始
2024年8月に患者がエステサロンを相手方として、HIFU(ハイフ)を用いた施術で熱傷を負ったとする損害賠償請求を起こしていましたが、その裁判が10月30日に始まったとの報道がされています。
及び
ハイフの危険性
ハイフについては、平成29年3月2日に独立行政法人国民生活センターから、熱傷や神経損傷の合併症が発生すること、医師資格のないエステシャン等がハイフを用いた美容施術を行うことが医師法17条に違反するおそれがあることについて注意喚起がされていました(エステサロン等でのHIFU機器による施術でトラブル発生!―熱傷や神経損傷を生じた事例も―)。
ハイフとは
ハイフとは、High Intensity Focused Ultrasound(「強力集束超音波」、「高密度焦点式超音波」等)という、超音波を凸面の発生器で一点に集中させて高いエネルギーを生み出す機器です。
虫眼鏡で太陽光を一点に集中させ、紙を燃やすことができるように、ハイフは体の深部臓器まで加熱させることが可能な医療機器です。従前は前立腺がんなどのがん細胞を加熱・壊死させる治療に用いられていた技術であり、身体に傷をつけず、合併症の少なさや医療コストの安さなどから広く用いられていました。
近年は、人体の表面には傷をつけないという触れ込み(No Downtime, 非侵襲、体内に異物を残さない)で、美容医療領域で、顔のリフトアップ、体の引き締め、しわ改善等に有効であることが確認され、使われるようになりました。例えば、平成29年に実施された調査の結果、全国に約2万4000のエステサロン店舗のうち、約4600の店舗でハイフ施術の広告がされていたそうです。
なお、「超音波」とは、人間の可聴波数範囲より高い周波数の音波として定義されますが、超音波自体は、医療において胎児診断で使用されているとおり、(集束させるなどの強力化する機器を用いなければ)大変安全なものです。
ハイフの施術と威力
ハイフは、先端にトランスデューサが組み込まれたカートリッジの先端部をジェルを塗布した皮膚に当て、術者がプローブのボタンを押して超音波を照射しつつ、プローブを動かして施術します。
ハイフは、深部臓器を80℃を超える高温にすることが確認されており、70℃で白濁する高分子ゲルを変性させることが実験で分かっています。なお、細胞が死に至るかどうかは、加えられる温度と当該温度にさらされた時間とによって決まりますが、43℃以上で細胞死の速さは急速に高まるとされています。
ハイフの威力は、下右図において、深部組織(豚の肝臓)が広範囲に熱変性していることからお分かりになるかと思います。
ブタの筋肉に照射した際の熱変性部位の病理組織標本です。細胞死が認められています。
ハイフの合併症
ハイフの合併症としては、以下のように、神経・感覚障害(顔面神経麻痺、オトガイ神経麻痺等)、熱傷(及びこれに続く熱傷後色素沈着及び熱傷瘢痕)、頭痛、飛蚊症等種々の合併症が報告されています。
ハイフの施術と法的問題
ハイフの問題は、想像以上に、その威力が強いところにあります。
ハイフに関しては、簡易に美容的効果が得られるとのイメージとのギャップから、様々な法的な問題を引き起こすことになります。その法的問題を列挙しますと以下のとおりです。
1 医者でない者が実施していいのか
2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか
3 医者の説明はどの程度行うべきか
4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか
以下、それぞれ見ていきましょう。
1 医者でない者が実施していいのか
以前みたように、医師法17条により、医師でない者は、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」=「医行為」を反復継続して行ってはいけないこととなっています。
そこで、ハイフ施術の危険性が問題となります。
ハイフ施術の危険性については、ハイフ施術による熱傷や神経麻痺等の事故が多発している実情を受け、2023年3月29日付けで、消費者庁消費者安全調査委員会より、ハイフ施術による事故の原因調査報告(エステサロン等でのHIFU(ハイフ)による事故)が発表されました。
この報告書には、「HIFU(高密度焦点式超音波)施術における事故等の直接原因は、照射出力が高く、安全上信頼性の低い機器を用い、施術に必要な解剖学や、出力や照射方法の調整に関する知識の不十分な者が行った結果として、熱傷や神経障害などの事故に」至るものとされています。また、同日、同消費者安全調査委員会によって、厚労省・経産省・消費者庁に対して意見がなされ、「今回調査した、エステサロン等で行われているような HIFU 施術は、神経や 血管の位置などの解剖学の知識を有する者が、機器の特性や施術方法を熟知して行う場合を除いては、人体に危害を及ぼすリスクが高いものである。このため、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、 又は危害を及ぼすおそれのある行為(医師法 17 条の「医業」に係るいわゆる 医行為)に該当するものがあると考えられるので、医師法上の取扱いを整理し、これにより施術者が限定されるようにすること。」と、ハイフの施術行為が医行為に該当する行為である、との意見がなされました。
これを受けて、令和6年6月7日付けで、厚生労働省医政局医事課長は、次のように述べて、ハイフ施術が医師法17条所定の医行為に該当するとの行政解釈を示しています。
第1 HIFU施術に対する医師法の適用
用いる機器が医療用であるか否かを問わず、ハイフを人体に照射し、細胞に熱凝固(熱傷、急性白内障、神経障害等の合併症のみならず、ハイフ 施術が目的とする顔・体の引き締めやシワ改善等も含む。)を起こさせ得る行為(以下「本行為」という。)は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第 17条に違反すること。
上述のハイフの熱変性の効果や、行政上の解釈に照らしますと、ハイフの施術が医行為に当たり、原則として、医師以外が行うことができないことは明らかといえます。
2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか
看護師は、①当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること、②医師の指示があること、を満たした場合に限り、保健師助産師看護師法37条により一部の医行為を反復継続して実施できます。以下の記事もご参照ください。
特定の医行為(今回でいう、ハイフの施術行為)が診療の補助=相対的医行為に当たるか、医師のみが実施できる絶対的医行為に当たるかについては、当該行為の技術的な難易度と判断の難易度の双方の要素から決せられます(下図参照)。
ハイフの施術行為は、プローブを動かしつつボタンを押して施術するものですので、技術的な難易度は研修を経て実施可能な程度であるといえるでしょうが、顔面神経等の神経走行、血管走行等の解剖を理解した上で、合併症が生じない部位を選択して照射しなければなりませんので、その照射部位の判断には専門的な知識が必要であると考えられます。
そうであれば、照射部位について看護師が裁量をもって判断する余地がない程度に医師が具体的に指示し、看護師の施術が当該指示に沿ったものであることを医師が確認しつつ施術が実施されるのであれば、看護師による実施が許される可能性もないとはいえませんが、現実には医師自身によって実施されるべき医行為であるというべきかと考えます。
3 医者の説明はどの程度行うべきか
医師は、診療契約上の義務として、施術に際して、患者に対して施術に関する説明を行った上でインフォームド・コンセントを取らなければいけません。
それでは、医者は、どの程度の説明を行うべきでしょうか。ハイフを施術する美容医療を行うクリニックでは、特に説明義務について問題になることが多くあります。
まずは、美容医療ではない医療について著明な判例をご紹介します。
最三小判平13年11月27日・民集55巻6号1154頁は,医療水準として未確立であった乳房温存療法に関する乳房温存療法の適応可能性に関して医師が説明義務を負うかが争点となった医師の説明義務に関する先例的な判例ですが、最高裁は、医師が負う説明義務の内容について,特別の事情のない限り,①当該疾患の診断(病名と病状),②実施しようとする医療行為の内容,③医療行為に伴う危険性,④他に選択可能な治療法があればその内容・利害得失・予後等について説明すべき義務があると判示しました。
保険医療機関においては、一般的な保険診療に関し、上記説明がなされていることを確認する必要があります。
美容医療については、上記①~④の内容を最低限のものとし、これに加えて医師の説明義務が加重されています。この理由について、過去の裁判例に基づけば、美容診療における以下の特殊性があるからとされています。
❶ 医療行為の医学的必要性・緊急性が低いこと
❷ 診療行為に関する広告(ホームページの記載も含む。)により、患者に十分な合併症の説明がされていないことが多いこと
❸ 患者が美容を目的として医療行為を受けることから、顔面の熱傷等の美容を損なう可能性のある合併症については特に患者の関心が高いと考えられること
❹ 医学的に一般に承認されていない術式が採用されることが他科より多いこと
裁判例をみてみると、ハイフの施術に係る説明義務に関しては、大阪地判平成27年7月8日・判時2305号132頁が「美容診療は、生命身体の健康を維持ないし回復させるために実施されるものではなく、医学的に見て必要性及び緊急性に乏しいものでもある一方、美容という目的が明確で、しかも、ほとんどの場合が自由診療に基づく決して安価とはいえない費用をもって行われるものであることを考えると、当該美容診療による客観的な効果の大小、確実性の程度等の情報は、当該美容診療を受けるか否かの意思決定をするにあたって特に重要と考えられる。そして、美容診療を受けることを決定した者とすれば、医師から特段の説明のない限り、主観的な満足度はともかく、客観的には当該美容診療に基づく効果が得られるものと考えているのが通常というべきである。そうすると、仮に、当該美容診療を実施したとしても、その効果が客観的に現れることが必ずしも確実ではなく、場合によっては客観的な効果が得られないこともあるというのであれば、医師は、当該美容診療を実施するにあたり、その旨の情報を正しく提供して適切な説明をすることが診療契約に付随する法的義務として要求されているものというべきである。したがって、医師が、上記のような説明をすることなく、美容診療を実施することは、診療対象者の期待及び合理的意思に反する診療行為に該当するものとして、説明義務違反に基づく不法行為ないし債務不履行責任を免れないと解するのが相当である。」と判示しており、参考になるかと思います。
ハイフの施術に関しては、患者の所見・症状、当該施術の内容や目的、危険性(合併症の種類及び頻度、特に美容を損なう場合もあること)及び他の選択可能な治療法の有無に加え、ハイフが美容目的で承認が得られた医療機器ではないことや、ハイフによって美容効果を得ることについて安全性が確立された医療行為とはいえないこと、当該施術にても効果が得られない場合があることについても説明しなければならないと考えます。また、医療機関が行っている広告が、患者において副作用のリスクがない又は少ないという誤解や過度の期待を惹起するものであれば、これを解消する程度の説明が求められます。
4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか
ハイフは、薬機法上、その製造及び販売等を実施する者及びその医療機器としての承認等を必要とする薬機法上の「医療機器」に当たります(令和5年3月31日厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長通知、薬生監麻発0331第12号「HIFUに関する監視指導の徹底について」)。
しかしながら、日本においてハイフが医療機器としての承認を得た製品はありません。
現在は、医師が自己責任によって個人輸入しているもの、未承認医療機器としてエステサロン等が輸入しているものと考えられています
管理医療機器及び高度管理医療機器に分類される医療機器については、品目ごとの承認に加え、製造販売、販売又は貸与を行う者について、製造販売業、販売業又は貸与業の許可又は届出が必要となりますので、医療機関同士での貸与等は禁止されることにご注意ください。以下の記事もご参照ください。
大阪地判平成27年6月15日(公刊物未搭載)においても、超音波照射能力を有する医療機器である高密度焦点式超音波痩身器を販売したとして旧薬事法違反とされています。