医療過誤で医師が過失ある医療行為を行った場合に負うべき法的責任には、民事責任、刑事責任及び行政責任の三つの主要なカテゴリーがあります。これは、交通事故で責任を負うときと同様です。
医療過誤による医師の「民事責任」とは?
医師が医療過誤により民事責任を負うのは、主に不法行為又は契約上の債務不履行として損害賠償請求される場合です。患者や遺族は、医療機関や医師に対し損害賠償を請求することができます。この際、患者側は医師等の医療行為に注意義務違反(過失)が認められること、患者に損害が発生したこと及びこれらの間に因果関係が認められることを立証する必要があります。具体的な損害項目には、治療費、休業損害、通院交通費、入院雑費、付添看護費、逸失利益、慰謝料(傷害、後遺障害、死亡)、などが挙げられます。
医療過誤で医師が問われる「刑事責任」の具体例
⑴ 医師に対する刑事責任について
医療過誤に適用される刑罰
刑法211条は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。」と規定します。判例上、「業務」とは、「本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるもの」とされ、また「人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる」とされています。そのため、医師が業務上の過失(注意義務違反)によって因果関係ある傷害ないし死の結果が生じた場合、医師は上記罪に問われることとなります。
医療過誤の立件件数の推移
医師が刑事責任を問われるのは民事責任に比して極めて稀といえますが、その立件件数は時代によって大きく変動しています。過去のデータによると、年間立件数は平成11年にはわずか2件でしたが、平成17年には47件に増加してピークを迎え、その後減少を辿り、平成23年には0件となり、平成25年から平成28年は1~5件で推移しています(厚生労働省「医療行為と刑事責任」(図1参照)。
(図1 厚生労働省「医療行為と刑事責任」(中間報告)より抜粋)
医療過誤の立件件数の減少の理由は?
平成18年以降の立件数減少の背景には、医療事故に対する社会的な認識の変化に加え、医療技術の進歩、医療過誤を防止するための医療安全の取り組みが影響していると考えられますが、平成18年に医師が逮捕・起訴された福島県立大野病院※をきっかけに、医療界から強い反発が巻き起こったこともあり、同事件も含めた複数の事件が強い影響を与え、司法において慎重な対応がとられるようになったともいえそうです。
平成16年12月17日に帝王切開手術中に患者が死亡した事例について、執刀医、第一助手外科医及び麻酔科医に加え、病理医、看護師が取り調べを受け、捜査に協力していたにもかかわらず、外来中に執刀医が逮捕された事件です。福島地方裁判所は、平成20年8月20日、執刀医について癒着胎盤の剥離に際してのクーパーの使用に過失がない(結果回避義務が立証されていない。)として、無罪を言い渡し、同判決は確定しています。
⑵ どのような事例で医師に刑事責任が問われるのか
医師の刑事罰に対する不安
医療法務弁護士として、医師が患者からの訴えがあった際に不安を覚えて、起訴される可能性について問われることが多くあります。国民の健康のためを思い、日夜診療に励んでいる医療者にとって、突如、自らの行為が刑事罰が科される犯罪行為として評価されてしまう恐怖がいかほどのものかについては、良く分かります。それでは、どのような事例で医師に刑事責任は問われるのでしょうか。
まずは、実際にどのような場面で医師の診療行為に関する刑事責任が問われているのかの感覚を掴むため、末尾表1に事例をまとめましたのでご参考にしていただければと思います。
刑事裁判所の過失についての考え方
この点に関し、裁判所は、刑法211条の過失について、民事裁判と同様に「医療水準」、すなわち「当時のわが国の通常の医師あるいは平均的な医師の持つべき医学上の知識」を基準に、個別の医師の専門分野、能力、経験、所属する医療機関の特性等に沿った裁量を加味して、過失の有無を判断しているといえます。この判断基準は民事裁判と共通していますが、実際の裁判例についてみれば、民事と刑事で「過失あり」として認められる過失の程度は異なっており、刑事においてよりその程度は重い必要があります。簡潔にいうならば、刑事における過失の程度は、「明白な過失」であることが要求されているものがほとんどです。
有識者研究会の刑事医療過誤訴訟の過失についての分析
厚労省主導の有識者研究会(医療行為と刑事責任の研究会)は、平成31年3月29日の中間報告において、刑事責任を問われる事例の特徴につき、『「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、あえて医学的な知見の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」や「本来、行うべき行為をうっかりして行わないような心理」等を背景としていると考えられる因子を含む事例』であると分析しています。さらに、同研究会は、『「必要なリスクを取った医療行為の結果、患者が死亡したケース」について刑事裁判で有罪となった例は存在しなかった。』とも結論付けています。
過去の事例をみるに、確かに、上記研究会の解析に外れる事例はなさそうですが、例えば、罰金刑となった⑧裁判例で刑事責任が問われている事例のように上記有識者研究会の判断基準に沿わない事例もあり※、医師が責任を争わない場面等で医師の刑事責任が簡単に問われている場合がないとはいえないことに注意が必要です。
※ 骨髄穿刺の際に穿刺針が骨髄腔に侵入したかどうかは、術者の感覚で判断するほかなく、熟練した医師であっても、骨や骨髄の状態によっては判断が困難な場面があります。例えば、骨粗鬆症に罹患した高齢者に対する骨髄穿刺では、骨髄腔内に入った感触と胸骨を貫通した感触の区別は困難であるといえます。
医療過誤が刑事有責になる場合とは?
上記研究会の結論は、医師の行為を「無謀な医療」と「うっかりミス」の類型に分けて整理したものといえます。現実の事例をみても、概ね、上記類型に分けられるといえますが、この2つのいずれの類型においても、民事責任と異なり、過失の程度がひどく、被害結果が甚大な悪質な行為、ありていにいえば、『命を預かる医師として社会的に許容すべきではない』というべき場合に限定して刑事責任が問われていることになります。
医療過誤が刑事責任を問われるかの判断は難しい
前者の「無謀な医療」と評価される事例については、医学の進歩のために必要となる試行的な医療行為との境界が問題になり得るものの、一般的にその刑事責任の有無の判断は容易であるといえます。
一方で、後者の「うっかりミス」については、どの程度のミスをもって刑事責任が問われるのかについて、判断が難しい場面が多くあります。これは、「ミス」の類型としても、投薬、注射、麻酔、手技、手術、医療機器の操作・設定、診断又は他の医療者の管理等、極めて広範な類型が存在するとともに、患者の状態も各人によって大きく異なり、また、医療技術は日々発展しており、時代によって医療水準が変化することを理由とします。
刑事責任を問われないために必要な対応とは
医学や裁判例に通じていなければ刑事責任の有無の境界は困難とも思えますが、刑事責任が問われかねない行為については、行為後に迅速かつ適切にその危険性を把握し、過失の程度に関する調査を行うなどした上で、示談等の対応をとることで刑事責任を問われるリスクや、その量刑を軽減することができます。
⑶ 医師に刑事責任は問われるべきか
医師の刑事責任に対する意見
医師からは、医師の献身的努力によってはじめて現場の医療は支えられており、常に危険性を内包する医療行為に対し刑罰の適用がされるならば、医師が法的係争を恐れて困難な症例の患者に対する診療を止める、又は、過剰な検査を実施せざるを得ないという意見が多く聞かれます。また、医師の間では、医学・医療の専門知識を有していない司法や捜査機関によって医療過誤が判断・捜査されることへの拒否感も根強くあります。
上記医師の意見は、高度な知識経験を必要とする専門家である医師の心情としてよく理解できますし、刑事責任が問われる行為の範囲次第ではその意見は正しいというべきです。
しかしながら、社会秩序の維持のため、国家権力のみならず国民一般においても法の遵守が求められますから、法治国家である日本において、刑法の構成要件に該当し違法かつ有責な行為については刑罰が適用されるとの原則を曲げることは困難です。医師に刑事責任を問うべきではないとの意見を有する医師においては、現在は、裁判例において刑事有責となるような事例が、概ね『命を預かる医師として社会的に許容すべきではない』に限定されていることへの理解や、このように刑事有責となるべき医師の行為が想像以上に過失の程度が重いものであることの理解がない場合が多いようにも感じます。また、司法、捜査機関においても、医師の専門家意見を基に判断を行っており、医師でなければ医療過誤の判断を行うことができないと短絡的に考えることもできません。現に、医療以外の専門分野においても、民事、刑事の責任は問われるべきであることに争いはないのではないでしょうか。確かに、上記のとおり、略式起訴・略式命令によって原則から外れる有罪事件が認められることは事実であり、我々医療法務に携わる弁護士が医療関係者に対する教育・周知を行う必要性を感じているところです。
米国における医療過誤の刑事責任
なお、米国においては、医療過誤に対して刑事罰が科されることはあるものの、医師の治療法や医療機器の選択・利用に関する判断ミスについては刑事訴追されないことが伝統的な考えですが(State v. Hardister, 38 Ark. 605, 42 Am.Rep. 5 (1882))、医師の行動基準から著しく逸脱した事例については刑事責任が問われています(People v. Einaugler, 208 A.D. 2d 946, 618 N.Y.S.2d 414 (N.Y. App. Div. 1994).)。また、医師の技術不足については、「重大な能力不足、重大な不注意、あるいは患者の安全に対する刑事的無関心を示す場合に刑事過失が認められ、これは医学や外科学についての重大な無知、また治療法の効果に対する重大な無知から生じ得るが、具体的には、治療法の選択に際しての重大な過失、器具の使用に関する適切な技術不足、あるいは患者に対する薬剤使用についての適切な指示をしなかった場合に認められる」(Hampton v. State, 50 Fla. 55, 39 So. 421 (1905).高アンナ、日米における刑事医療過誤:過失の内容及び判断基準.北法. 2013, 403-405)とされ、重大な過失について刑事有責となる事例は散見されています。
米国における刑事裁判上の過失については、学説上、「刑事過失が認められるには、客観的注意判断基準からの重大な逸脱の客観的存在が必要であり、かつ、非難可能な心理状態が必要」とされ、「一般に、単純ミスは誰でも犯し得るミスであるから、犯罪とはならないとされてきた」(只木誠、日本における医療過誤と刑事責任.日本法学. 2016, 227)と整理され、又は、「①過去の経験を軽視したために、危険状況を回避できなかった場合、②迅速に危険を抑えるべきであるのに、患者の状態を軽視した場合、③医師に堕落した動機が見られる場合、④医師の重大な技術不足の場合、に医師の刑事責任が認められる傾向がある。」(前記高アンナ, 404)などと整理されており、日本における判断基準と大きく異なるところはないと考えられます。
医療過誤における「行政責任」とは?医師法による処分
⑴ 医療過誤に対する行政処分はどのように判断されるのか?
医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者については、医師法上の行政処分(①戒告、②3年以内の医業の停止及び③免許の取消し、のいずれか)の対象になり得ます(医師法7条1項、4条4号)。もっとも、当該処分にあたっては、「あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない」とされており(同法7条3項)、医道審議会が公表するガイドラインにおいては、「処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本とし、その上で、医師、歯科医師に求められる倫理に反する行為と判断される場合は、これを考慮して厳しく判断することとする。」とされています(医道審議会医道分科会「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」2頁)。そのため、基本的には、医師法上の処分の判断は、診療報酬の不正請求などの事例を除くと刑事処分の判断と連動する形でなされるのが実情です(例外として、東京慈恵会医科大学附属青戸病院事件)。
⑵ 行政処分についての問題点
行政処分に関する上記現状は、刑事有責とすべきではないものの、民事上の過失は認めらえる事案について、本来なされるべき行政処分が医師にされることなく、原因究明、再発防止がされない懸念があります。これは、上述のとおり、限定した事案に限定して刑事責任が問われている現実に鑑みますと無視することができない重要な問題であると考えられ、今後の行政における調査権限の見直しも含めた検討が必要であると考えます。
まとめ
以上のように、医療過誤によって医師が負う法的責任は多岐にわたり、その対応には高度な法的知識と医学的知識が必要です。当初の対応が最終的な処分に大きな影響を与えることが多く、早めに専門家にご相談されることをおすすめいたします。
(表1 医師の刑事責任に関する裁判例)
無罪、不起訴 |
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事件 |
量刑 |
事案 |
判示理由等 |
① |
東京地裁平14(わ)第2520号 業務上過失致死被告事件(東京地判H17.11.30)
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【無罪】 |
循環器小児外科医である被告人が、心房中隔欠損症及び肺動脈弁狭窄症の患者に対する根治術の際、人工心肺装置を予定されていた落差脱血法から陰圧吸引補助脱血法に独自の判断で変更したことよって患者を脳循環不全の脳障害によって死亡させたとして起訴された事案。 |
本件事故の原因は人工心肺装置に取り付けられたガスフィルターが水滴等の吸着により閉塞したことにあり、被告人には上記原因による死亡事故発生の機序について予見可能性がないとして、被告人の過失が否定された。 |
② |
東京地裁平13(ワ)第14689号 損害賠償請求事件(東京地判H18.2.23 判タ1242号245頁) 【手技上の過誤】 |
【不起訴処分】 |
外科医である被疑者が、食道がんを有する66歳の患者に対して、食道がんの根治術を行う際に、メス操作を誤って右総頚動脈を損傷させて失血死により死亡させた事案。 |
本事案は民事裁判であるところ、民事裁判所は、頸部の創傷等を根拠に、メス操作に関する手技上の過失を認定している。 |
③ |
名古屋地裁平15(わ)第3061号 業務上過失致死被告事件(名古屋地判H19.2.27 判タ1296号308頁)
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【無罪】 |
産婦人科医である被告人が、妊娠37週で胎児に徐脈傾向がみられる患者に対して、急速遂娩法を施し、子宮頚管裂傷が生じたにもかかわらず子宮頚管裂傷を見落とし、失血性ショック状態に陥った患者に対して十分な輸液の措置を取らず、また、高次の病院に転院させなかった過失によって起訴された事案。 |
救命措置を行った医師の証言等によれば、子宮頚管裂が存在していたと認めるには合理的な疑いが残る。 また、出血に対応して輸液速度を上げており、被告人の輸液措置が不十分と認められる証拠はない。 本件では失血原因が不明であり、転院したとしても助かったかは合理的な疑いがあり転院義務違反も認められない。 |
④ |
福島地裁平18年(わ)第41号 業務上過失致死、医師法違反被告事件
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【無罪】 |
産婦人科医である被告人が、帝王切開手術歴一回を有する全前置胎盤患者に対して、①過失により胎盤と子宮隔離の処置をして胎盤剥離面からの大量出血によって失血死させ、②このことを24時間以内に警察署に届け出なかったとして起訴された事案。
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臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じていると言える程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない。なぜなら、このように解さなければ、臨床現場で行われている医療措置と一部の医学文献に記載されている内容に齟齬があるような場合に、臨床に携わる医師において、容易かつ迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになるし、刑罰が科せられる基準が不明確となって、明確性の原則が損なわれることになるからである。 本件において、検察官が主張するような、癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であったと認めることはできないし、本件において、被告人に、具体的な危険性の高さ等を根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできない。したがって、事実経過において認定した被告人による胎盤剥離の継続が注意義務に反することにはならない。 |
⑤ |
東京高裁平18(う)第1801号 業務上過失致死被告事件 割りばし事件(東京高判H20.11.20 判タ1304号304頁)
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【無罪】
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比較的軽い患者を扱うことの多い第1次及び第2次救急の当直医をしていた被告人が、綿あめの割りばしがのどに刺さったとして運び込まれた幼児患者に対して、診察・治療を担当した際、刺さった割りばしが経静脈孔から小脳に嵌入したことを見落とし適切な処置を行わず死亡させたとして起訴された事案。
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本件のような事案はこれまでに前例がなく、医師の間にも様々な死因の考察がありこれを特定することはできない。また、口腔内損傷に関する診察・治療に関する診療指針や診療標準は確立されておらず、軟口蓋に刺入した異物が頭蓋内に至る可能性は知られておらず、髄液漏や意識障害、四肢麻痺も認められていなかった。そうであれば、被告人において割りばしの刺入による頭蓋内損傷の蓋然性を想定するのは極めて困難であり、被告人において割りばしの刺入による頭蓋内損傷の蓋然性を想定して、その点を意識した問診をするべき義務があるとはいい難い。また、搬入された状況を踏まえると仮に適切な処置をしていても延命できなかった可能性は十分にあり、因果関係も肯定できない。 |
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罰金 |
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事件 |
量刑 |
事案 |
判示理由等 |
⑥ |
大阪高裁昭53(う)第1292号 【手技上の過誤】 業務上過失致死被告事件(大阪高判S58.2.22 判タ501号232号) |
【罰金5万円】 |
整形外科医である被告人が、陳旧性むちうち症の患者に対して、キシロカイン混合液の頸部硬膜外注射を実施した際に、呼吸停止及び心臓機能停止等を認め、これらにより脳死に伴う肺炎によって死亡させたとして起訴された事案。 |
約3分から5分以内に人工呼吸と心臓マッサージが看護婦と連携して適切に行わなければならないのに、本事例では、心臓停止が推定される時点から心臓マッサージによって血流の十分な回復まで少なくとも6分30秒を要している事実が認められるから、被告人は看護婦に対して事前に適切な指示をする義務や、予め局所麻酔剤反応に対処できるように準備する義務、反応が発がんした場合は適切な対処をすべき義務があるがいずれも怠ったといえる。 |
⑦ |
東京高裁平14(う)第345号 業務上過失傷害被告事件、横浜市立大学事件(東京高判H15.3.25 判タ1087号296号) 【チーム医療】 |
【執刀医、看護師、麻酔科医それぞれについて罰金50万円】 |
横浜市立大学医学部附属病院において、心臓手術が予定されていた患者と肺手術が予定されていた患者が取り違えられて手術がされ、それぞれについて全治約5週間及び全治2週間の傷害を負わせた事案。 |
患者の同一性確認は、手術すべき患者に適切な医療行為を施すための大前提であり、手術に関与する医師、看護婦らの初歩的、基本的な注意義務であり、それは、手術に関与する看護婦、医師全員がそれぞれの役割を遂行する中で行うべき義務であり手術に関与する看護婦、医師全員がそれぞれの役割を遂行する中で行うべき義務である。 麻酔医は、患者に麻酔を導入し、手術中の患者の全身状態を管理する者であり、麻酔導入時に執刀医や主治医らの在室の有無を問わず、麻酔医としての立場で、麻酔導入前に患者確認を尽くす注意義務があり、麻酔導入後も、その状況に応じて患者の同一性に注意を払う注意義務がある。 執刀医は、主治医を兼ねているかどうかにかかわらず、手術における最高かつ最終の責任者として、手術開始前、すなわち、麻酔導入前において、当該患者がその手術を行う患者であるかどうかの同一性を確認する義務を負う。 |
⑧ |
不明 【手技上の過失】 |
【罰金40万円】 |
27歳の医師が、高齢患者に対し、骨髄検査のため、胸骨腸骨穿刺針を用いて胸骨骨髄穿刺による骨髄液採取術を行うに際し穿刺針の長さに十分注意しないで胸骨穿刺を行い、骨髄液が採取できる胸骨骨髄まで穿刺針が達していたのに、さらに深く体内に刺入した結果、同穿刺針の内針で患者の胸部裏面(ママ)を穿通・上行大動脈を穿刺して出血させ、よって、同月18日午後8時28分ころ、胸部上行大動脈穿刺損傷による出血性ショックにより死亡させた事案。 |
不明(略式命令(100万円いかの罰金刑で済む事件について、当事者が争っていない場合に簡易裁判所で公判を開かず出される決定)で左記判断がされている。 |
⑨ |
さいたま地裁平26(わ)第350号 業務上過失致死被告事件(さいたま地判H26.10.10) 【歯科医師】 |
【罰金80万円】 |
歯科医である被告人が、2歳の女児である患者に対して、歯科治療中、ロールワッテを固定する措置を取らずに患者の口腔内に落下させ、窒息死させ、落下防止措置を講じなかった過失により起訴された事案。 |
本件において、ロールワッテを固定せずに漫然と治療を継続することは、当時の被害者の状況に照らし、ロールワッテの口腔内落下による気道閉塞という事態を招きかねない危険な行為であり、被告人としては、その危険を回避するため、間断なく指でロールワッテを的確に押さえるなどして、その口腔内への落下を防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。 |
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禁固懲役+執行猶予 |
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事件 |
量刑 |
事案 |
判示理由等 |
⑩ |
東京地裁昭62(わ)第552号 業務上過失致死被告事件(東京地判S62.6.10 判タ644号234頁) 【術式選択の過誤等】
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【禁固1年2月、執行猶予3年】
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産婦人科医である被告人が、妊娠中期(5か月以上7か月以下)の患者に対して、中絶手術をした際、妊娠月数を4か月と誤診したため、妊娠中期の患者に対して採るべきではない胎盤鉗子等を用いた中絶術を行い、同患者を失血死させたことについて診察、手術、その後の対処に過失があるとして起訴された事案。 |
被告人にはいずれの過失も認められ、特に胎盤鉗子等を用いた中絶術を採用したことに重大な過失があり、また、重畳的過失から犯情は重い。 もっとも、5760万円を示談金として支払っており、医師としての信頼を失い経営困難となるという社会的制裁を受けていること、今後は別の診療科目に従事することを制約していること、反省していること、長年医師として業務に従事していたこと、扶養すべき妻子がいることを考慮して執行猶予が相当。 |
⑪ |
新潟地裁平15(わ)第17号 業務上過失致死被告事件(新潟地判H15.3.28) 【過剰投与】
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【禁固1年、執行猶予3年】 |
整形外科医である被告人が、高齢の上拡張型心筋症の持病のある左膝関節全置換手術後の患者に対し、急性循環不全改善剤を過剰投与して、過量点滴による急性肺水腫によって死亡させたとして起訴された事案。
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高齢の上、拡張型心筋症の持病がある被害者に上記手術を実施し、その手術の実施自体等に相当の問題があることを認識していたのであるから、その手術中の同女の容態等の管理については勿論のこと、その術後の心機能の管理等に万全の措置を期すべき。被告人は、手術後の被害者の血圧及び脈拍が不安定な状態にあったためプレドパを多量かつ継続して使用したというが、手術後の被害者の血圧は正常値に比べると高めであったのであるから、かくも多量のプレドパを長時間にわたり使用する必要性があったのか疑問である上、その使用量の余りの多さから看護婦や薬剤師からプレドパの使用量としては多すぎるのではないかとの指摘を再三受けながら、その指摘を無視して、その使用量を十分に確認することなく、他の医師からは医学の常識を逸脱しているとの指摘される程の通常使用量の約9倍もの大量にその点滴を続行したため、ついに被害者を死亡させるに至ったものであり、被告人の業務上過失の程度は高く、かつ、その態様も悪質である。もっとも、異変に気付いた際には同僚医師に助けをもとめたことや、示談金1800万円ほど支払っていること、減給処分や行政処分を受けること、前科前歴がないこと、更生を誓っており家族が協力的であることから執行猶予が相当。 |
⑫ |
東京地裁平14(わ)第856号 業務上過失致死被告事件(東京地判H16.5.14) 【誤認切除】
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【禁固1年、執行猶予3年】 |
外科医師である被告らが、患者に対して胆嚢摘出術を行った際、胆管損傷の危険性が高かったにもかかわらず、術中胆道造影を行わず閉腹して手術を終え、これに引き続いた術後管理の際も、胆汁がドレーンから排除されてると軽信し、胆管損傷の有無や胆汁性腹膜炎の発生の有無を感知するための適切な処置を行わないまま漫然と経過観察をして、汎発性胆汁性腹膜炎に起因する多臓器不全によって同患者を死亡させ起訴された事案。 |
自分たちの技量を過信して上記各注意義務を全く尽くそうとしなかった被告人両名の過失の程度は重大であり、人の生命身体を預かる医師としてあるまじき診療態度であったというべきである。 本件では患者は36歳で結婚をしたばかりにもかかわらず未来を奪われ、その妻や両親にも多大な苦痛を与え、被告人の後半における真摯な反省は認められないものの、誤った手術をしたことは認め、解決金として8000万円支払っていること、長年医療に従事したことから、執行猶予が相当。 |
⑬ |
高松地裁平14(わ)第115号 業務上過失致死被告事件(髙松地判H17.5.13) 【術式選択の過誤】 |
【懲役1年8月、執行猶予3年】 |
外科医である被告人は、患者に対して、必要がないにもかかわらず、ステント留置術を実施し、十二指腸に穿孔を生じさせ、その後の緊急開腹手術でもステント留置術にこだわり、適切な処置をしなかった過失により、汎発性腹膜炎等によって死亡させたとして起訴された事案。 |
被告人は、小腸狭窄部の治療法として、食道用ステントを転用して留置する適応がないのに、ステント留置術を行い、また、ステント留置術中に十二指腸下行脚遠位端に穿孔が生じ、緊急手術になって同穿孔部を同定してからも、直ちに同部の縫合及び腹腔内洗浄をする等の救命措置を実施しないで、ステントを小腸狭窄部に留置することに固執して、ステント留置術を継続し、再度ステント挿入を試みた過失により、被害者を死亡させたと認定した。被告人には、上記の過失はあるものの、4100万円の示談金を支払っており、報道による一定の社会的制裁を受けていること、長年医師として社会貢献したことを考慮して執行猶予が相当。 |
⑭ |
最高裁平16(あ)第385号 業務上過失致死被告事件(第一小決H17.11.15) 【過剰投与】 【チーム医療】 |
【禁固1年、執行猶予3年】 |
大学病院の耳鼻咽喉科長の医師である被告人が、同科担当医において、16歳の患者に対して、悪性腫瘍摘出手術後の抗がん剤治療を実施するにあたり文献を誤読して抗がん剤の投与計画の立案を誤り、抗がん剤を過剰投与するなどして死亡させた事案につき、同担当医に加え、被告人の刑事責任が問われた事案。
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極めてまれな症例で被告人が同症例を取り扱ったことがないことから、被告人としては、自らも臨床例、文献、医薬品添付文書等を調査検討するなどし、VAC療法の適否とその用法・用量・副作用などについて把握した上で、抗がん剤の投与計画案の内容についても踏み込んで具体的に検討し、これに誤りがあれば是正すべき注意義務があったというべきところ、被告人は、これを怠り、投与計画の具体的内容を把握しその当否を検討することなく、VAC療法の選択の点のみに承認を与え、誤った投与計画を是正しなかった過失がある。 |
⑮ |
東京地裁平23(わ)第2213号 業務上過失致死被告事件(東京地判H25.3.4) 【手技上の過誤】 【歯科医師】 |
【禁固1年6月、執行猶予3年】 |
歯科医である被告人が、70歳の患者に対して、歯科インプラント手術を実施する際に、ドリルによってオトガイ下動脈を損傷させ、血種による気道閉鎖を生じさせ死亡させたことについて過失があるとして起訴された事案。 |
下顎骨舌側皮質骨を意図的に穿孔し、その穿孔部を利用してインプラント体を固定する術式は、一般的には用いられていないものであって、被告人自身もそのことを認識した上で、独自の考えに基づいて採用していたのであるから、そのような術式を採用するに当たっては、その危険性等を十分に調査検討するべきである。被告人には、手術に当たり、オトガイ下動脈等の血管を損傷する危険性を認識した上で、これらの血管を損傷することのないよう、ドリルを挿入する角度及び深度を適切に調整して埋入窩を形成すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右下顎第1小臼歯根尖下方の舌側皮質骨を穿孔してドリルを口腔底の軟組織に突出させた過失がある 被害者遺族に対して和解金5935万5137円を支払ったこと、前科がないこと、これまで長年診療を続けていたことを考慮して執行猶予が相当。 |
⑯ |
福岡地裁令2(わ)第1020号 業務上過失致死被告事件(福岡地判R4.3.25) 【過剰投与】 【歯科医師】
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【禁固1年6月、執行猶予3年】 |
歯科医師の被告人が、リドカインを主成分とする歯科用局所麻酔剤を使用した当時2歳の小児の歯科治療につき、業務上の注意義務を怠り、急性リドカイン中毒に基づく低酸素性脳症により死亡させた事案。 |
小児が低酸素性脳症に陥った原因は急性リドカイン中毒で、被告人において、十分な問診、視診及び触診又は機器による測定等によって小児が急性リドカイン中毒を含む偶発症に陥っている可能性があり、放置すれば死に至る可能性を認識し得た時点で、適切な処置を行っていれば小児の死を回避できたものであるから、業務上過失致死罪が成立するとし、本来助かったはずの幼い生命を失わせ、その過失は軽くはないが、被告人にとって判断を誤りやすい状況があったほか一般情状も考慮した。 |
⑰ |
大阪地裁令和6(わ)第1097号 業務上過失致死被告事件(大阪地判R6.4.15) 【手技上の過誤】 【歯科医師】 |
【禁固1年、執行猶予3年】 |
鼠径部から中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルを静脈内に適切に導入するため先に静脈内に挿入したガイドワイヤをカテーテル挿入後に抜去せず、また、その後もレントゲン写真に右心室付近から右頸静脈付近に遺残されたガイドワイヤの陰影が撮影されており、これを確認したにもかかわらず、ガイドワイヤを取り除くべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り患者を心タンポナーデで死亡させた事案。 |
中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルと一緒にガイドワイヤが血管内に迷入してしまわないように、カテーテルの尾部からガイドワイヤの尾部を出して確実に把持するとともに、カテーテル挿入後にこれを確実に抜去することが基本的な手技とされる。被告人には、カテーテル挿入時にガイドワイヤを確実に把持し、カテーテル挿入後にはこれを確実に抜去すべき義務があったといえ、これを怠った点に過失が認められる。 |
⑱ |
福岡地裁令2(わ)第1020号 業務上過失致死被告事件(福岡地判R4.3.25) 【過剰投与】 【歯科医師】
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【禁固1年6月、執行猶予3年】 |
歯科医師の被告人が、リドカインを主成分とする歯科用局所麻酔剤を使用した当時2歳の小児の歯科治療につき、業務上の注意義務を怠り、急性リドカイン中毒に基づく低酸素性脳症により死亡させた事案。 |
小児が低酸素性脳症に陥った原因は急性リドカイン中毒で、被告人において、十分な問診、視診及び触診又は機器による測定等によって小児が急性リドカイン中毒を含む偶発症に陥っている可能性があり、放置すれば死に至る可能性を認識し得た時点で、適切な処置を行っていれば小児の死を回避できたものであるから、業務上過失致死罪が成立するとし、本来助かったはずの幼い生命を失わせ、その過失は軽くはないが、被告人にとって判断を誤りやすい状況があったほか一般情状も考慮した。 |
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事件 |
量刑 |
事案 |
判示理由等 |
⑲ |
東京高裁昭39年(う)代表取締役2517号、業務上過失致死等被告事件(東京高判S40.6.3 判タ180号145頁) |
【実刑】 【禁固1年10月】 |
医師が進行性筋萎縮症等の6名の患者の脊髄外腔に人体に危険がないことの確証がない薬品を注入し無菌性髄膜炎を惹起させ3名を死に至らしめた行為につき起訴された事案。 |
安全性を肯定させるに足りる根拠があるとは認められないから、腰椎穿刺により患者の脊髄硬膜に損傷を生ぜしめながら、これを意に介さず、敢えて脊髄外腔に注入したことは重大な過失といわなければならない。 |
⑳ |
奈良地裁平22年(わ)第42号、業務上過失致死被告事件(奈良地判H24.6.22 判タ1406号363頁)
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【実刑】 【禁固2年4月】 |
医院長である被告人と医師であるA(捜査中に死亡)が、良性腫瘍のある患者に対して、肝臓がんであると誤診して、肝臓外科の経験がないにもかかわらず不十分な人員体制のまま手術を行い、ミスにより失血死させたことについて起訴された事案。 一般に、そのような部位の切除手術は、肝静脈損傷等による大出血の危険を伴う高度の専門性を有するもので、そのような切除手術を実施するには、肝臓外科医等の専門医が適切な手術方法によって実施するとともに、大出血等の急変に備えて手術中の患者の血圧脈拍等を管理し、迅速的確な止血処理が行えるようにするための十分な人員態勢を確保して実施すべきであるが、被告らは、肝臓外科の専門医ではない上、肝臓の切除手術の執刀経験は皆無であった。 |
肝臓の腫瘍が良性の肝血管腫と肝臓がんのいずれであるかの区別は、医学生でも学習する基本的な事項であり、医師である被告人及びCとしては、被害者に対して実施された各種検査結果から、本件腫瘍が摘出の必要のない肝血管腫であり、したがって本件手術をすべきでないことは容易に判断できた。 被告人は、軽率にもこれをがんと誤診したばかりか、手術に臨むにあたっては、カンファレンスを行うなどして、手術の必要性をはじめ、適切な手技選択等を十分検討すべきであったのに、何らこれらを行わず、本件手術の必要性に関する看護師らの進言にも耳を傾けず、輸血の準備もせず、不十分な人員態勢等のまま、被害者の生命に対する危険性の高い本件手術を実施した。 被告人が主導する立場であったこと、診察に対する姿勢に問題があること、遺族に対して慰謝の措置を講じてないこと、反省の態度がないこと、医療の信頼を揺るがしたことから責任は重く実刑相当。 |