【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の対策ガイド(個別指導)

 

今回は、医療機関に対する個別指導・監査がテーマになります。

保険医療機関に所属する保険医にとっては、ある日突然、厚生局から個別指導を実施する旨通知が来た場合には、個別指導とは何なのか、その後にどのような手続や処分が待ち受けているかについて大いに不安になります。個別指導、監査に分けて、手続の概要についてご説明いたします。

1 個別指導、監査とは

保険診療の法令

健康保険法52条は,療養の給付等を同法における保険給付であると定め,同法63条1項は,被保険者の疾病又は負傷に関しては,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③処置,手術その他の治療等の療養の給付を行うと定める。そして,同条3項は,被保険者が上記療養の給付を受けるためには,厚生労働大臣(同法204条1項,同法施行令63条1項11号により,その1権限は地方社会保険事務局長に委任されている。)の指定を受けた病院若しくは診療所である保険医療機関等において,診察等を受けるものと定めており,同法64条は,保険医療機関において,健康保険の診療に従事する医師若しくは歯科医師は,厚生労働大臣の登録を受けた医師若しくは歯科医師(以下「保険医」という。)でなければならないと定めている。保険診療における保健医療機関、保険医の義務

保険医療機関、保険医の義務

保険診療は、健康保険法等に基づき、保険者(健康保険組合等)と保険医療機関との間の公法上の契約であると解されており、保険医療機関及び保険医は、保険診療を行うために、保険医療機関としての「指定」、保険医としての「登録」を受けた上で、保険診療の提供に際し、健康保険法70条1項及び72条1項に基づく厚生労働省令である「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(以下「療担規則」という。)を遵守する義務を負っています。

診療報酬が支払われる条件

保健医療機関は、下記の条件が満たされている場合に限り、診療報酬を請求することができます(「保険診療の理解のために【医科】(令和6年度)」(厚生労働省保険局医療課医療指導監査室))。

そして、療担規則には、保険診療の禁止事項として、無診察治療の禁止、自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引する目的での経済上の利益提供の禁止、特殊療法・研究的診療の禁止、健康診断を療養の給付の対象とすることの禁止、過剰診療の禁止、特定の保険薬局への患者の誘導の禁止、特定の保険薬局からの財産上の利益の収受の禁止等が定められているとともに、診療報酬に関し、療養の給付に関する費用の額については、「医科診療報酬点数表」(健康保険法76条2項に基づき定められた「診療報酬の算定方法」(平成20年厚生労働省告示第59号)別表第1)による要件を満たした適正な請求を行う義務が保険医療機関と保険医に課されています。

指導、監査について

厚生労働大臣による指導は、健康保険法73条を根拠として、保険医療機関及び保険薬局に対し、療担規則等に定められている保険診療の取扱い、診療報酬の請求等について周知徹底することを目的として実施されます。指導には、以下の種類があります。

  • 集団指導

保険診療の取扱い、診療報酬請求事務、診療報酬改定内容、過去の指導事例等の説明を講習等の方式により行う指導

  • 集団的個別指導

診療報酬請求明細書の1件当たりの平均点数が高い保険医療機関等に対する指導

  • 新規個別指導

新規の指定から半年から1年以内の保健医療機関等に対し、教育的に行われる指導

  • 通常の個別指導

三者からの情報提供や集団的個別指導等によって指導が必要と認められた保険医療機関等に対する指導。地方厚生局及び都道府県が共同で、個別の保険医療機関等に対し面接懇談方式によって行う。本稿で単に「指導」と呼称する場合には、この個別指導をさすものとします。

一方、監査とは、個別指導等の結果、不正又は著しい不当が疑われる保険医療機関等に対し、健康保険法78条1項(保険医療機関又は保険薬局の報告等)所定の質問検査権に基づき行われる手続です。

 

厚労省作成資料)

指導、監査の違いとは

指導はあくまでも行政指導であり、「懇切丁寧に行う」(指導要領)とされている手続ですが、監査は、保険医療機関に対する行政措置(取消処分、戒告、注意)を念頭とするものです。

それゆえ、指導は将来に向けた改善点の指摘がされることが主眼となる手続ですが、監査は過去の事実の把握(真実の究明)を目的とする点で手続の趣旨において大きな違いがあります。保健医療機関等は、監査において、取消処分を受けないために、当局からの診療録等の提示に応じる必要があります(健康保険法78条1項、同法80条4号)。

2 通常の個別指導の実際

⑴ 通常の個別指導の概要

通常の個別指導は、保健医療機関に対し約1月前に通知が発せられた後、上記のとおり面接懇談方式で行われます。個別指導では、原則として、指導月以前の連続した2か月分のレセプト(30名分、通常、指導日の1週間前に20名、指導日の前日の正午までに10名が指定されます。)の対象患者に係る診療録や関係資料に基づき、地方厚生局及び都道府県の指導担当者(指導医療官、事務官等)から、保健医療機関側の出席者(保険医療機関等の開設者、管理者、保険医、看護師、その他医療従事者)に対し、予め準備された質問がされます。所要時間(指導時間)は、病院について3時間、診療所及び薬局について2時間が原則とされ、開催される場所は、病院では病院内において、診療所及び薬局については事務所等の会議室で実施されます。正当な理由なく個別指導を拒否した場合には、監査が実施されることとなります。

 

指導側の準備と保健医療機関の対策

当局の指導担当者は、指導日までに、①保健医療機関のホームページや求人情報等に不適切な情報がないか、②過去の指導における指摘事項と措置内容の確認、③会計検査院や医療法の立入検査がされていればその結果、④公益財団法人医療機能評価機構による病院機能評価情報の確認、⑤施設基準の届出の確認、⑥同一開設者による医療機関の有無、⑦医師会における評判等の情報を収集し、これらを基として保健医療機関の把握を行っています。そして、これらの情報と第三者から提供を受けた情報とを総合的に考慮して、対象とすべき患者を選定します。対象患者の選定(どの患者のレセプトを対象とするか)は、当該患者が、①当該保険医療機関等における代表的な診療内容を反映しているか、②複数の診療科について網羅しているか、③算定要件のある項目(医学管理料等)が含まれているか、④情報提供と一致する内容のレセプトが含まれているか、などを基準になされます。

また、当局においては、個別指導の実施前に、対象患者のレセプトにつき、「医科点数表の解釈」や疑義解釈の事務連絡等によって算定項目の要件確認を行い、届出られている施設基準との齟齬、不適切な傾向、症状詳記とレセプトとの矛盾、過去の指導における指摘事項等に留意し、診療録等に要件に該当する記載がされているかをチェックします。

保健医療機関においては、当局の指定した対象患者や過去の指導等の内容について検討し、どの点に関する個別指導が実施されるのかを推測した上で、想定されるQ&Aを作成しておく必要があります。保健医療機関が個別指導において持参が義務付けられる資料としては、上記対象患者のカルテ類以外にも、医薬品の納入伝票、院内展示物、従業員のタイムカードや契約書等、種々のものがありますが、これらの内容によっても、当局が関心を持っている事項についての推認が可能となります。

個別指導においてされる質問事項

個別指導では、診療内容について、診断された傷病名の根拠所見の記録、摘要欄や症状詳記に記載された内容の記録、選択された治療の妥当性について確認がされるとともに、請求項目について、算定に必要な要件の記載、算定に必要な書類等について確認がされ、不明点の質問がされます。実際の指摘事項については、本項の末尾に記載した指導における指摘事項をご参照ください。

弁護士の帯同

個別指導には弁護士の帯同が許されています。弁護士が直接の答弁を行うことは禁止されているものの、弁護士の帯同によって個別指導が適切に進行することができます。監査に移行した場合には、保健医療機関の指定取消処分等の処分がされるリスクが生じてしまいますので、医学的にも法的にもアドバイス可能な医療法務弁護士に個別指導の対応についてアドバイスを受け、個別指導から監査に移行しないよう万全の対策を取ることが望ましいといえます。

指導の終了と監査への移行

指導が終了した際には、当局の指導担当者から口頭で指摘事項について講評がされ、後日、正式な指導結果が書面で通知されます。個別指導後の措置については、下記の4つの基本的考え方に留意して総合的に判断されます。

  • 診療が医学的、歯科医学的、薬学的に妥当適切に行われているか
  • 保険診療が健康保険法や療担規則をはじめとする保険診療の基本的ルールに則り、適切に行われているか
  • 「診療報酬の算定方法」等を遵守し、診療報酬の請求の根拠がその都度、診療録等に記録されているか
  • 保険診療及び診療報酬の請求について理解が得られているか

個別指導の判定には、㋐概ね妥当、㋑経過観察、㋒再指導があります。

個別指導中に診療内容又は診療報酬請求について明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合は、指導は中止され、必要に応じて患者調査が実施された上で速やかに監査に移行されます。

不正請求とは

ここで「不正」とは、いわゆる詐欺、不法行為に当たるような悪質なものをいうとされ、「不当」とは、制度の目的から見て適当ではない、妥当性を欠いたものをいうとされています。例えば、診療内容の「不正」として、実際の診断名に基づく診療とは異なる不実の診療行為をなすこと(「肺結核と診断し、ストマイ、パスの併用療法を行うべき適応症に、ストマイの代りにビタミン剤の注射を行うこと。」など)をいうとされ(「社会保険医療担当者の監査について」(昭和29年12月28日保発第93号)、架空請求(実際に診療(調剤を含む。以下同じ。)を行っていない者につき診療をしたごとく請求すること。)、付増請求(診療行為の回数(日数)、数量、内容等を実際に行ったものより多く請求すること。)、振替請求(実際に行った診療内容を保険点数の高い他の診療内容に振り替えて請求すること。)、二重請求(自費診療を行って患者から費用を受領しているにもかかわらず、保険でも診療報酬を請求すること。)、及び、施設基準の要件を満たしていない請求や無診察投薬のような保険診療と認められないものに関する請求といったその他の類型があります。

不当請求とは

診療内容の「不当」としては、実質的に妥当を欠く診療行為をなすこと(「療養担当規程に定める診療方針又は医学通念にてらし、必要の限度を超え、又は適切若しくは合理的でない診療を行うこと。即ち、濃厚診療、過剰診療、過少診療等を行うこと。」)が例として挙げられます(上記昭和29年12月28日保発第93号)。

監査に移行させないことが重要

令和4年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況※についてみれば、保険医療機関に対して実施された個別指導が1505件に対し、監査が52件と、個別指導から監査に移行する事例は約3%に留まっており、個別指導で当局の指示に従い、適切な回答と適正な保険診療及び診療報酬に関する理解を示すことで、可及的に監査移行を防止することが重要であるといえます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000188884_00004.html

自主返還の手続

指導の結果通知の後、指導対象となったレセプトのうち、返還が生じるもの及び返還事項に係る全患者の指導月前1年分のレセプトについて、自主点検の上で返還が求められます。なお、施設基準の返還については、最大で5年分のレセプトが自主返還の対象となります。返還同意書等の必要な書類は、指導結果の通知後、診療所及び薬局は1か月後、病院は2か月後を期限として提出が求められ、当該書面が提出された後、保険者に通知がされます。なお、保険医療機関は、返還金の分割納付の申し出を審査支払機関又は各保険者に対して行うことができます。

指導における指摘事項

最後に、個別指導における主な指摘事項として、令和4年度に医科についてされたものを参考までに例示しておきます。

  • 施設基準関連・・・看護職員夜間配置加算
  • 医療情報システム関連・・・医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの不遵守
  • 診療関連・・・診療録等の記載(療担規則様式第一号(二)の1及び同2の記載内容)、傷病名の記載及び診断根拠の記載、入院診療計画書の記載、各種加算(臨床研修病院入院診療加算、救急医療管理加算、急性期看護補助体制加算、認知症ケア加算等)の要件の有無、各種管理料(特定薬剤治療管理料、悪性腫瘍特異物質治療管理料、麻酔管理料等)の要件の有無、診療情報提供料の診療録への添付又は記載、在宅医療に係る訪問看護師指示料の患者同意の有無、在宅医療に係る各種管理料(在宅自己注射指導管理料、在宅酸素療法指導管理料、在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料等)の要件の有無、検査結果の診療録への添付・記録の有無、投薬・注射等についての適応外使用の有無、リハビリテーション前診察の有無、手術に関する同意書の有無、輸血の必要性等に係る説明文書の有無、
  • 薬剤部門関連・・・薬剤管理指導料についての要件の有無、薬剤情報提供料の要件の有無、治験に関する診療報酬明細書の記載
  • 看護、食事関連・・・看護職員の勤務時間、重症度、医療・看護必要度についての評価
  • 管理・請求事務関連・・・主傷病名と副傷病名の区別の有無、外来診療料の要件の有無、動脈血採取の要件の有無
  • 提示・届出関連・管理請求事務・・・看護配置の掲示の記載、施設基準に関する事項の掲示、保険医の異動に係る届出事項の変更の有無
  • 包括評価関連・・・診断群分類番号の記載、包括評価用診療報酬明細書の傷病情報欄の記載、入院時併存傷病名と入後発症傷病名の記載

 

上記をみても指摘事項は極めて多岐にわたっていることが分かりますが、やはり不正請求、不当請求に当たる診療報酬明細書の要件該当性が疑われるものについては十分に注意し、診療録上の記載がない違法状態が認められるとしても、実際には要件に合致した診療は実施されていたことについて真摯に回答するなど、対応を慎重に検討した上で個別指導に臨む必要があるといえます。