厚労省の緊急命令と再生医療を巡る医療法務解説—自由診療での再生医療に潜むリスクと法的留意点
皆様、こんにちは。
再生医療は、保険診療においても心筋シートや脊髄損傷の治療、自家培養角膜移植などが用いられ、さらに自由診療では美容や疼痛治療に多く用いられております。近年では、海外からのインバウンド患者においても多く利用されております。
その再生医療において、本年、死亡事例が発生し、今後、再生医療の提供基準や実施体制の監視強化が予想されています。
今回は、上記死亡事例に関して、厚生労働省が再生医療安全性確保法に基づく緊急命令を発出したニュースを題材に、再生医療に関する法的規制について学んでいきましょう。
2024年から2025年にかけて、再生医療中の重篤事故(感染症や患者死亡)が相次ぎ、厚労省は再生医療等安全性確保法に基づく異例の緊急命令を発出しました(❶)。本記事では、その緊急命令の内容と法的根拠、背景事情を整理し、特に2025年に発生した自己幹細胞投与による死亡事案の概要と原因究明の状況を解説します。また、再生医療とは何か、同法に基づく提供計画や認定委員会による規制の仕組みを概観した上で、自由診療で先進的医療を提供する際の法的注意点(インフォームド・コンセントの強化や医療広告規制のポイント)についても考察します。医師・弁護士・法務担当者の皆様にとって、有益な知見となれば幸いです。それでは本題に入りましょう。
厚労省の「緊急命令」とは:内容・背景と法的根拠
患者安全確保のため異例の措置
再生医療等の安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第85号。以下「再生医療安全確保法」)は、再生医療の提供に際し厚生労働省が必要に応じて提供停止等を命令できる権限を定めています。その中でも「緊急命令」(22条、47条)は、患者の生命・健康に重大な危険が生じる恐れがある場合に迅速に発動される強力な措置です。
(緊急命令)
第22条 厚生労働大臣は、再生医療等の提供による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるときは、再生医療等を提供する病院又は診療所の管理者に対し、当該再生医療等の提供を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置をとるべきことを命ずることができる。
(緊急命令)
第47条 厚生労働大臣は、特定細胞加工物等の製造による保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するため必要があると認めるときは、特定細胞加工物等の製造をする者に対し、当該特定細胞加工物等の製造を一時停止することその他保健衛生上の危害の発生又は拡大を防止するための応急の措置をとるべきことを命ずることができる。
2024年10月25日付緊急命令について
実際に上記緊急命令が発出されたのは近年になってからであり、当該命令が発出されるのは非常に例外的なケースといえます。最初の例は2024年10月に発生しました。当該事例では東京都内の「THE K CLINIC」で自由診療の再生医療(悪性腫瘍の予防を目的とした自家NK細胞療法)を受けた患者2名が重篤な感染症に罹患し入院を要する事態となり、細胞培養施設の検査でも原因とみられる微生物が検出されました(❶)。厚労省は感染拡大防止の必要性から、2024年10月25日付で当該クリニックに対し当該再生医療の提供停止、併せて関連する細胞培養センターに対して特定細胞加工物(培養細胞)の製造停止をそれぞれ命じる緊急命令を発出しました(❶)。この措置は上記法第22条(提供停止の緊急命令)および第47条(製造停止の緊急命令)に基づくもので、患者の保健衛生上の危害発生拡大を防止するために必要と判断され発出されました。
2025年8月29日付緊急命令について
続いて2025年8月には、再生医療中の患者死亡事故というより深刻な事態が発生しました。東京都中央区の「THティーエスクリニック」(事故後に「サイエンスクリニック」へ名称変更)にて、慢性疼痛の治療目的で自己脂肪由来間葉系幹細胞を培養し点滴投与していた50代女性患者が、投与中に急変して心停止に陥り、搬送先で死亡確認される事故が起きたのです。この報告を受け、厚労省は2025年8月29日付で再び緊急命令を発しました。内容は前例と同様、当該クリニックに対する再生医療の提供一時停止命令と、治療に用いた細胞を製造していた「コージンバイオ社埼玉細胞加工センター」に対する特定細胞加工物の製造一時停止命令です(❷)。厚労省は本件を初の死亡例による緊急命令と位置付けており、患者死亡という深刻な結果と、その原因が不明であるという状況を踏まえ、再度強制力を伴う措置に踏み切った形になります。
これら一連の緊急命令はいずれも、再生医療安全確保法に基づいて厚労省が迅速に危険を封じ込める目的で発出したものです。
具体的な法的根拠である、第22条は病院または診療所の管理者に対し再生医療等の提供停止を命じる権限を、第47条は特定細胞加工物の製造業者に対し製造停止を命じる権限をそれぞれ規定しています。当該命令は文字通り緊急避難的な行政処分であり、通常の改善命令等を待たず直ちに提供行為を止めることで、患者へのさらなる被害拡大を防ぐ最後の手段として機能します。厚労省は「患者が死亡し原因が明らかでない以上、同様の再生医療によるさらなる疾病・被害の発生を防止する必要がある」と判断し、法に基づく権限を最大限行使したといえます。背景には、自由診療領域で提供されてきた幹細胞治療・免疫療法等に対し、従前からその安全性・有効性や管理体制に懸念が指摘されていた事実があります。厚労省自ら「再生医療の安全神話に警鐘を鳴らす事態」と位置付け、社会に安全確保の重要性を再認識させる決定でもありました(❸)。
自己幹細胞投与による死亡事案:治療内容・原因究明の経緯
不明な点が多いですが、2025年8月に発生した自己幹細胞点滴療法による患者死亡事案の詳細を見てみましょう。事故は東京都内のクリニックで実施されていた慢性疼痛に対する再生医療中に起こりました。治療内容は、患者本人から採取した脂肪組織から間葉系幹細胞(MSC)を分離・培養し、点滴で静脈内投与するというものです(❷)。本来は痛みの軽減などを期待した自由診療の先進療法でしたが、8月20日の投与中に患者が容体急変し、急速に心停止に陥りました。残念ながら患者は救命できず、搬送先の医療機関で死亡が確認されました(❹)。
死亡原因については、現時点で確定的な結論は出されていません。クリニック側の当初の説明では「アナフィラキシーの可能性もある」とされましたが、投与と死亡との因果関係はまだ特定されていません。過去には2010年9月に発生した京都Bethesdaクリニックにおける韓国企業のRNLバイオ社が製造した脂肪幹細胞投与により肺動脈塞栓症で死亡した事例もあり(❺)、専門家からは、静脈内へ大量の細胞を点滴する際の塞栓症リスク(細胞塊が血管を塞ぎ肺血栓塞栓症を起こす危険)や急性の免疫反応(アナフィラキシーショック)の可能性が指摘されています。実際、本件でも肺塞栓症やアナフィラキシーショックが疑われるものの、いずれも断定には至っていない状況です。原因解明にはさらなる検証が必要であり、厚労省も「本事案の経緯を考慮すれば再生医療との関連を否定できない」として、現在第三者調査の結果や解剖所見を踏まえた徹底的な原因究明を進めているところです。
なお、再生医療安全確保法に定められている調査体制としては、法18条所定の再生医療等提供機関の管理者が行う事故発生時の疾病等報告と特定細胞加工物等製造事業者が行う法施行規則107条所定の重大事態報告が挙げられます。
・法
(厚生労働大臣への疾病等の報告)
第18条 再生医療等提供機関の管理者は、再生医療等提供計画に記載された再生医療等の提供に起因するものと疑われる疾病、障害若しくは死亡又は感染症の発生に関する事項で厚生労働省令で定めるものを知ったときは、厚生労働省令で定めるところにより、その旨を厚生労働大臣に報告しなければならない。
・施行規則
(重大事態報告等)
第107条 特定細胞加工物等製造事業者は、特定細胞加工物等の安全性の確保に重大な影響を及ぼすおそれがある事態が生じた場合には、必要な措置を講ずるとともに、その旨を速やかに当該特定細胞加工物等製造事業者が製造した特定細胞加工物等の提供先の再生医療等提供機関及び厚生労働大臣に報告しなければならない。
2 前項の措置に係る特定細胞加工物等を保管する場合においては、当該特定細胞加工物等を区分して一定期間保管した後、適切に処理しなければならない。
また、これら再生医療による事故は、当然ながら医療事故としての側面もあるため、医療法に基づく医療事故調査制度の対象となり、クリニックは医療事故調査・支援センターへの報告を行う必要があります。個の場合、施設とは独立した第三者機関(医療安全調査機構)が指導・支援し、必要に応じて専門家によるいわゆるセンター調査が行われます。
さらに、警察監察医による司法解剖が実施され、死因の究明が進められていると考えられます。
今後、医療機関の開設者及び医師については、上記調査結果に応じて、刑事、民事及び行政上の責任が問われる可能性があります。
厚労省は「本事案の経緯把握および徹底した原因究明等を行い、再生医療等の安全性を確保してまいります」とコメントしており、行政としても原因解明と再発防止策の検討に注力する姿勢が示されています。原因の特定には時間を要するものの、本件は再生医療に内在するリスクが現実化した重大事故であり、今後の制度運用にも大きな影響を与えると考えられます。具体的には、再生医療の提供基準や監視体制の強化が予想されます。
再生医療とは何か:安全性確保法による規制と提供手続き
再生医療等の定義と制度制定の背景
以下においては、再生医療とその規制について解説します。
「再生医療等」とは、「再生医療等技術」を用いて行われる医療(法2条1項)であり、「再生医療等技術」とは、細胞加工物(薬機法上の承認を受けた再生医療等製品のみをその承認に応じた使い方又はそれと同程度の安全性が認められる方法で使用する場合除く。)又は核酸等(同)を用いる医療技術により人の身体の構造又は機能の再建、修復又は形成又は人の疾病の治療又は予防を行うものをいいます(治験や、輸血、造血幹細胞移植、生殖補助医療等の医療技術による医療は除かれます。)。
なお、現在のところ、エクソソームを含む細胞外小胞を用いた医療技術については、細胞を含まないことが明らかである場合には、法の対象外とされています。

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)
これは従来の薬物療法や手術とは異なり、細胞や組織そのものを用いて人体を治癒・再生させる新しい医療分野です。幹細胞を使った組織再生、免疫細胞を使ったがん治療、遺伝子治療などが広義の再生医療に含まれます。再生医療は、難病や従来治療がない疾患に対して希望をもたらす一方、安全性・有効性が確立していない技術も多く、患者に重大なリスクを及ぼす可能性が否定できません。このため日本では2014年11月に再生医療安全確保法が施行され、「安全かつ適正な再生医療の提供体制」を整備することとなりました。同法制定の背景には、かつて自由診療下で行われた無届け幹細胞治療による事故が社会問題化し、安全対策の枠組みが求められた経緯があります。またiPS細胞等の画期的研究成果を臨床応用する際に、従来の医薬品承認制度だけでは機動的な実用化が難しいことから、一定条件下で未承認の細胞治療を提供可能にする制度が用意された側面もあります。再生医療安全確保法の下では、「必要な手続きを経た届出制」のもとで再生医療を実施できる仕組みとなっており、これにより患者の安全と技術の発展を両立させることが目指されています。
リスク分類と提供計画の仕組み
同法の大きな特徴は、再生医療等技術をリスクや新規性の程度に応じて3区分し、それぞれに異なる手続的規制を課している点です。具体的には以下のとおりです。
- 第一種再生医療等(リスクが極めて高いもの):ヒトの受精胚、ES細胞・iPS細胞由来細胞、遺伝子導入細胞等、新規性が極めて高く腫瘍化や未知のリスクが大きい治療法が該当します。現状では主に臨床研究ベースで行われる先端的治療(例:iPS細胞由来網膜細胞の移植など)がこれに当たります。第一種は厚生労働大臣への提供計画提出と個別審査・許可が必要で、提出後原則90日間は提供開始できない(厚労省が計画内容を精査し、必要に応じ変更命令を出せる)という厳格な手続きになっています。
- 第二種再生医療等(リスクが中程度のもの):患者自身または他人の細胞を培養・加工して用いる治療法で、現在実施中の治療法等、第一種ほどではないが一定のリスクがあるものが該当します。例えば自己脂肪由来幹細胞を培養して乳房再建や美容治療に使うケース、あるいは他家由来の免疫細胞療法などが挙げられます。第二種の場合、計画は地域の地方厚生局長宛てに提出し、第一種ほどの提供制限期間はありません(計画提出後、特段の問題がなければ提供開始可能)が、手続き上は厚労省への届出を経て実施することが義務付けられます。
- 第三種再生医療等(リスクが比較的低いもの):上記いずれにも該当しない、比較的安全性リスクの低い治療法が該当します。例としてPRP療法(自己血を遠心し血小板を抽出して関節や皮膚に注入する療法)や、遺伝子操作を伴わないがん免疫細胞療法などがあります。第三種も第二種同様に地方厚生局長への計画提出(届出)で実施可能ですが、リスクに応じて必要な手続きが簡略化されています。
以上の分類に応じて、再生医療を提供しようとする医療機関は事前の準備を行います。各医療機関の管理者(院長等)は、提供予定の再生医療が第何種に該当するかを判断し、その区分ごとに「再生医療等提供計画」を作成して提出する義務があります。提供計画には治療の目的・方法、安全性に関する情報、対象患者の範囲、実施施設や細胞加工施設の体制、患者への説明同意の方法などが盛り込まれます。
計画策定にあたっては、厚労省令で定める「再生医療等提供基準」に適合させる必要があり、提供方法や品質管理について一定の水準が求められます。

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)
認定再生医療等委員会による審査と計画の届出
提供計画を作成した医療機関は、実施前に必ず第三者機関である「認定再生医療等委員会」の審査を受けることが義務付けられています。認定再生医療等委員会とは、再生医療や法令の専門家(医師、歯科医師、薬学・生物学の有識者、法律実務家など)で構成され、厚労大臣から認定を受けた合議体です。委員会は提出された提供計画について、その内容が再生医療等提供基準に適合しているか、安全性・倫理面で問題ないかを審査し、意見書を交付します。医療機関はこの委員会意見を計画に添付し、所定の行政庁(第一種は厚労大臣、第二・三種は地方厚生局長)へ計画を提出します。計画を提出し受理されることで初めて、当該再生医療を患者に提供することが法的に可能となります(届出制)。仮に計画を提出せず無届けで再生医療を提供した場合や、虚偽の計画を提出した場合等には法律違反となり、罰則(法60条(1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金)、62条(50万円以下の罰金))の対象となります。
過去には、法に義務付けられた第一種再生医療等提供計画の提出を懈怠して再生医療を提供していた事案において刑事事件に発展したものが複数あります。例えば、脂肪幹細胞を培養して使用した大阪医科大学の元講師が逮捕・略式起訴での罰金刑を受けた事例(❻)や、細胞分離・冷凍等の操作をした臍帯血を脳性麻痺やアンチエイジングのために皮下注射等により使用して多額の利益を上げていたクリニック医師が懲役1年、執行猶予2年に処せられた事例(松山地判平成29年12月21日(平成29年(わ)第313号))があります。民事上も、医療等提供計画の提出を懈怠して再生医療を提供した場合には、患者から診療契約の詐欺取消しに基づいて診療費用の返還を請求されたり、不法行為に基づく損害賠償を請求される可能性があります。ご注意ください。
認定委員会の審査過程では、例えば対象患者の適応や除外基準が適切か、細胞加工や保管のプロトコルは妥当か、十分なリスク説明と同意取得の計画になっているか等が精査されます。委員会は必要に応じて計画修正の助言を行い、安全策が講じられるようチェック機能を果たします。その中でも第一種および第二種のような比較的リスクの高い計画は、「特定認定再生医療等委員会」と呼ばれる特に高度な審査能力・中立性を持つ委員会で審査することとされており、リスクに見合った厳格な目が向けられる仕組みです。こうして届け出られた計画は厚労省のデータベースにも登録・公開され、一般にも治療内容や実施医療機関が検索できるようになっています。

厚労省ホームページより抜粋(https://www.mhlw.go.jp/content/001546139.pdf)
再生医療提供後の遵守事項と報告義務
再生医療は提供開始後も監視と報告が義務付けられています。医療機関は毎年度、その提供計画に基づき実施した再生医療の件数や経過、安全性・科学的妥当性に関する評価等をまとめて定期報告を行わねばなりません。この定期報告は担当する認定委員会と厚労大臣(または地方厚生局長)の双方に提出され、委員会から継続の適否に関する意見を得る機会にもなります。また計画内容に重要な変更が生じる場合(例:提供方法の変更や細胞加工方法の変更)は、事前に委員会の再審査と行政への変更計画届出が必要となります。
特に重要なのが、有害事象の報告義務です。再生医療提供中または提供後に、提供計画に記載された再生医療に起因する可能性のある疾病、障害、死亡、感染症などの事態が発生した場合、医療機関管理者は速やかに所定の報告を行わねばなりません。第一種の場合は厚労大臣経由、第二・三種の場合は地方厚生局長への報告となり、併せて使用した細胞加工物の製造業者等にも通知することが義務付けられます。今回の死亡事案でも、クリニックから厚労省へ法18条に基づく疾病・死亡報告がなされ、適切に行政介入に繋がりました。このような報告を受けた行政当局は、必要に応じ立入検査や改善命令(法23条)を行う権限があります。また重大な安全懸念があれば前述の緊急命令(法22条等)を発することも可能です。実際、2024年と2025年のケースではいずれも報告翌日に緊急命令という迅速な対応が取られました。
以上のように、再生医療安全確保法のもとでは計画策定から提供中・提供後に至る包括的な安全対策サイクルが構築されています。医療機関はこの枠組みに則って適切に自由診療の先端医療を提供することが求められます。しかし、本法施行から約10年が経過し、今回のような緊急命令事案が現れたことは、なお一層の遵守徹底と制度運用の見直しが必要であることを示唆していると言えます。
自由診療における法的注意点:説明義務と医療広告規制
最後に、自由診療(公的保険の適用外診療)で再生医療等の先進的治療を提供する際の法的留意点について整理します。自由診療は医師の裁量で新しい医療を提供できる反面、患者保護の観点から厳格な説明義務や広告規制が課せられていることに注意が必要です。
インフォームド・コンセント(説明と同意)の強化
第一に、医師の説明義務です。患者に治療を提供する際、医師はその内容・効果・リスク・代替手段など必要な情報を分かりやすく説明し、患者の自主的な治療選択を可能にする義務を負います(医療法第1条の4、第15条など)。特に自由診療で行われる、治療の有効性・安全性が未確立である先進的・試行的医療の場合には、通常診療以上に充実した説明が求められます(❼)。
過去の裁判例でも、一般的に確立した治療に比べて新規の治療法に関しては一層詳細なリスク説明を尽くす義務があることが認められており、医師の説明義務違反が厳しく問われる傾向があります。実際、2022年の東京高裁判決(東京高判令和4年7月6日、(原審)宇都宮地判令和3年11月25日・判タ1502号211頁)では、標準治療ではない自由診療の治療を行う際に患者への不十分な説明が問題視され、医師の責任が認定されています。
再生医療のように科学的根拠が蓄積途上の治療では、患者はその位置付けを誤認しやすいため、医師は通常の診療における説明に加え、以下の点を特に丁寧に説明しなければ義務違反と評価されるリスクがあります。
- 治療の不確実性:当該療法は厚労省による承認を得たものではなく、また、十分な有効性データが揃っておらず、効果が確約できないこと。また標準治療ではなく試験的要素があること。
- 具体的なリスク:起こり得る副作用や合併症(例:感染症、免疫反応、肺血栓塞栓症等)について発生可能性があること。
- 代替治療の有無:他に標準的な治療法がある場合はその選択肢があること及びその利害得失。
説明は口頭だけでなく文書を用いて行うことが望ましく、実際に再生医療提供計画の届出時にも患者向け説明文書・同意文書の雛形を添付するよう求められています(❽)。患者がリスクとベネフィットを十分理解し、自発的かつ納得の上で治療を選択したことを確認するため、インフォームド・コンセント(説明と同意)のプロセスを強固にすることが医療側の責務です。今回の死亡事案を受け、専門家からも「リスクとベネフィットを踏まえた説明義務の強化」が今後不可欠になると考えられます。医療機関は改めて自院の説明内容を見直し、患者に誤解や過度の期待を与えていないか点検する必要があるでしょう。
医療広告ガイドラインに基づく広告規制
第二に、医療広告規制への留意です。自由診療の集客目的でウェブサイトやSNS等に治療内容を掲載するケースが多く見られますが、日本では医療法(https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000881463.pdf)に基づき、医療広告が厳しく制限されています(❽)。医療法では患者を誘引する意図をもって特定の医療機関名等を示す広告について、認められた項目以外は一切禁止する包括的規制を敷いています。2018年の法改正以降は病院・クリニックの公式サイトも広告規制の対象となり、自由診療の治療内容をウェブで紹介する場合には一定の情報開示要件を満たす必要があります。
医療広告ガイドラインでは、未承認の医薬品・医療機器等や自由診療に関する治療内容をサイトに掲載する場合、以下のような事項を併記すれば広告可能とする「限定解除」規定を設けています。
- 医療に関する適切な選択に資する情報であって患者等が自ら求めて入手する情報を表示するウェブサイトその他これに準じる広告であること
- 表示される情報の内容について、患者等が容易に照会ができるよう、問い合わせ先を記載することその他の方法により明示すること
- 自由診療に係る通常必要とされる治療等の内容、費用等に関する事項について情報を提供すること
- 自由診療に係る治療等に係る主なリスク、副作用等に関する事項について情報を提供すること
上記のような情報提供をセットで行うことで、患者が正確な理解のもとで治療を選べるようにする狙いです。裏を返せば、これらを欠いた治療内容の宣伝は広告可能事項については不適切広告と判断され、指導や行政処分の対象となり得ます。
限定解除要件を満たした場合であっても、患者に誤認させるような虚偽広告、比較優良広告、誇大広告、公序良俗に反する広告は禁止されています。例えば、「最新の再生医療で必ず治る」「奇跡の若返り治療」等、効果を保証する断定的な表現はもちろんアウトです。また「厚生労働省が正式承認した治療です」などといった記載は誤解を招く不当な表示に当たります。実際には再生医療は厚労省への届出によって実施されているだけで、公的なお墨付き(承認)を得ているわけではありません。日本再生医療学会も2024年に声明を出し、「厚労省の承認を正式に受けて提供」などと謳う広告は医療法違反であり患者に不正確な情報を与えるものだと注意喚起しています(❿)。したがって、クリニックは自院サイト等で再生医療メニューを紹介する際、「届出済みの自由診療である」旨を正確に記載し、あたかも公的に保証された治療かのような表現は避けなければなりません。
さらに、患者の体験談や治療前後の写真の扱いにも規制があります。医療法施行規則第1条の9は「治療等の内容又は効果について患者等を誤認させるおそれがある治療前後の写真等の広告」を明確に禁じており、美容医療分野で多用され問題になったビフォーアフター写真や誇大な症例紹介は違法となります。写真や体験談は個人の感想や限定的事例に過ぎず、一般患者に普遍的な効果を保証するものではありません。こうした広告で患者が不当に高い期待を抱き、不適切な医療を選択することを防ぐため、品位を損ねる内容の広告は禁止されているのです。もしウェブ上に治療例の写真等を載せる場合でも、通常必要とされる治療内容・費用・リスク等の詳細情報を併記し、誤認の余地を無くすことが求められます。SNS等では十分な情報を書き添えるのが難しく違反に陥りやすいと指摘されるところであり、医療機関は安易な宣伝投稿に注意すべきでしょう。
要するに、自由診療の広告は事実に即した必要最小限の情報提供にとどめ、患者の不安や期待を不当に煽る表現をしてはならないということです。近年、再生医療の分野でも「幹細胞点滴」などの文言が魅力的に宣伝される例が散見されましたが、これらの効果や安全性には未知の部分が多く、規制当局や学会は注意喚起を強めています。
医療機関の法務担当者は、自院のウェブサイトやパンフレット、SNS投稿が医療広告ガイドラインに抵触していないか定期的に点検し、必要に応じて専門家の確認を受けることが望ましいでしょう。
以上
【引用資料】
❶厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について」https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000164606_00001.html
❷厚生労働省「再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_62642.html
❸日本再生医療学会「再生医療等安全性確保法に基づいた緊急命令に対する本会の考え方について」https://www.jsrm.jp/news/news-16721/
❹日本経済新聞「自由診療の細胞投与で死亡 厚労省、治療停止を命令」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUD29C770Z20C25A8000000/
❺毎日新聞「幹細胞治療:「再生医療」ずさん実態 患者急死の医療機関」
https://www.columban.jp/upload_files/data/LJ0001_zusan.pdf
❻日本経済新聞「無許可再生医療、功焦った末 元講師に罰金命令」https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57054110Q0A320C2SHJ000/
❼Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!)「医師が知っておくべき試行的医療の留意点:裁量の限界と説明すべき範囲」
https://mtymedlaw.com/entry/2025/01/28/131359
❽令和7年5月30日付厚生労働省医政局研究開発政策課通知「再生医療等提供計画等の記載要領等について」
https://www.ajha.or.jp/topics/admininfo/pdf/2025/250602_10.pdf
❾令和6年9月13日最終改正「医療広告ガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/content/001304521.pdf
❿日本再生医療学会「再生医療等の自由診療における広告に関する注意喚起について」https://www.jsrm.jp/news/news-16721/ https://www.jsrm.jp/news/news-15165/