説明義務② (医師の説明義務とは?重要判例から学ぶ説明範囲と内容(乳房温存療法事件・予防的手術事件など解説))

皆様、更新が滞り申し訳ございません。4月は本業が逼迫してしまい、ブログ記事の作成に時間をとることができませんでした。今後はなるべく時間をみつけて更新して参ります。宜しくお願い申し上げます。

 

今回は医師の説明義務の第2回です。医師はどの程度の内容を患者に説明すべきといえるかについて検討していきましょう!

【医師の説明義務の基本的考え方と理論(合理的医師説・患者説等)】

医師の説明内容がどのような水準に達しているべきかについては、「誰の立場から見て十分といえるか」という観点を踏まえた学説上の議論が存在します。すなわち、説明の充実度・適切性を判断する基準として、患者の理解可能性や納得を重視する立場、または医学的・専門的見地からみた合理的な範囲内での説明を重視する立場など、複数の考え方が示されています。

1 合理的医師説 

通常の医師であれば説明する内容の説明をすべきであるとする見解

2 合理的患者説 

合理的な患者であるならば、説明を求める内容の説明をすべきであるとする見解 

3 具体的患者説 

当該患者が知ることを望む内容の説明をすべきであるとする見解

4 二重基準説 

当該患者が重要視し、かつ、そのことを通常の医師であれば認識できたであろう内容の説明をすべきであるとする見解 

 

現在の通説によれば、説明義務は患者の自己決定権の行使を可能にする前提として位置付けられています。したがって、医師は、患者が自己決定を適切に行うために必要と考えられる情報を提供すべきであるとする考え方が一般に採用されているといえます。

そのため、医師は、一般的・客観的に通常の患者が必要とする情報に加えて、特にその患者が関心を寄せている事項についても十分に把握し、患者の希望に合理的な理由が認められる場合には、その自己決定を適切に支えるため、これらの情報をも提供すべきものと解されます。

もっとも、実際の臨床の現場では、患者が自ら収集した医療情報の中には、医学的合理性が認められるものから、科学的根拠に乏しいものまで様々な情報が含まれています。医師は、患者から提供された情報や希望する治療法について、その科学的妥当性や適否に応じて説明の濃淡を適切に調整し、患者が誤解なく自らの治療を決定できる得るように十分な配慮をもって説明すべきといえます。

 

【一般的な医療に関する説明義務】

一般的な医療行為に関して医師が患者に対して説明すべき内容については、これまでの最高裁判例を通じて一定の基準が示されています。

中でも、現在の実務において最も頻繁に引用され、説明義務の範囲および内容に関する基本的な指針を示した判例として、「最高裁平成13年11月27日判決・民集第55巻第6号1154頁(いわゆる乳房温存療法事件)」が挙げられます。

重要判例ですので、以下では、この判例の内容とその意義について詳しく見ていくこととします。

 

【乳房温存療法事件(最高裁平成13年11月27日判決・民集第55巻第6号1154頁)】

【事案】

患者が、開業医である乳がんの専門医である医師に乳がんと診断されました。医師によって乳がんの執刀がされ、乳房の膨らみをすべて取る胸筋温存乳房切除術が実施されました。患者は、医師に対し、腫瘤とその周囲の乳房の一部のみを取る乳房温存療法についての説明義務違反を理由に診療契約上の債務不履行等に基づく損害賠償を請求しました。

平成3年2月の本件手術当時、胸筋温存乳房切除術(乳房の組織(乳腺)を摘出する際に、大胸筋や小胸筋などの胸筋を温存する手術)は医療水準として確立していましたが、乳房温存療法(がんに侵された乳房を全摘出するのではなく、がん病巣とその周囲のみを外科的に切除し、術後に放射線治療を行うこと)は未確立でした。しかし、乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例もあり、これを実施した医師の間では、積極的な評価がされていました。判決に記載のとおり、原審の認定によると、医師は、患者に対し、乳房を残す方法も行われているが、この方法については、現在までに正確には分かっておらず、放射線で黒くなったり、再手術を行わなければならないこともあることを説明していました。

一審は、患者の請求を認容して説明義務違反を認めましたが、二審では乳房温存療法について消極的ではあるものの一応の説明がされていることをもって説明義務違反を否定しました。

なお、本判例当時、乳房温存療法に関する説明義務違反については、別の事件でも下級審において判断が分かれていました(東京地判H5.7.30判タ859号228頁、京都地判H9.4.17判タ965号206頁、大阪高判H10.7.23など)。

【判示】

最高裁は、次のとおり判示し、説明義務違反を肯定しました。

「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される。本件で問題となっている乳がん手術についてみれば、疾患が乳がんであること、その進行程度、乳がんの性質、実施予定の手術内容のほか、もし他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などが説明義務の対象となる。」

「一般的にいうならば、実施予定の療法(術式)は医療水準として確立したものであるが、他の療法(術式)が医療水準として未確立のものである場合には、医師は後者について常に説明義務を負うと解することはできない。とはいえ、このような未確立の療法(術式)ではあっても、医師が説明義務を負うと解される場合があることも否定できない。少なくとも、当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があり、これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては、患者が当該療法(術式)の適応である可能性があり、かつ、患者が当該療法(術式)の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては、たとえ医師自身が当該療法(術式)について消極的な評価をしており、自らはそれを実施する意思を有していないときであっても、なお、患者に対して、医師の知っている範囲で、当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(術式)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務があるというべきである。そして、乳がん手術は、体幹表面にあって女性を象徴する乳房に対する手術であり、手術により乳房を失わせることは、患者に対し、身体的障害を来すのみならず、外観上の変ぼうによる精神面・心理面への著しい影響ももたらすものであって、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する生活の質にもかかわるものであるから、胸筋温存乳房切除術を行う場合には、選択可能な他の療法(術式)として乳房温存療法について説明すべき要請は、このような性質を有しない他の一般の手術を行う場合に比し、一層強まるものといわなければならない。」

 

上述の判例最判平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁)は、患者が未確立の術式に強い関心を寄せていることを医師が認識していた場合には、当該術式についても説明を尽くすべき義務がある旨を明確に判示しています。
最高裁は、個々の患者の事情に応じて、自己決定を適切に行うために必要な情報を提供すべき義務が医師に課されるとの立場を示したものと解されます。
したがって、同判例は、説明義務の内容を一般的・客観的基準のみによらず、当該患者の具体的状況や関心にも応じて決定すべきとする立場を採用しており、いわゆる二重基準に近い考え方を示したものと位置付けることができます。

上述の判例において、少なくとも説明すべき内容として示された事項は、次のように整理することができます。
医師としては、これらの事項について、医学的知見および当時の医療水準に照らし、適切かつ十分な説明を行うことが求められます。

 

① 当該疾患の診断(病名と病状)

② 実施予定の治療の内容

③ 実施予定の治療に付随する危険性

④ 他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失

⑤ 予後

 

【代替的医療に関する説明義務】

代替的医療行為についてどこまで説明すべきかという点については、以下のような見解が示されています(最判平成13年11月27日・民集55巻6号1154頁 判例解説(判タ1079号198頁)参照)。

(1)代替的医療行為が専門医等の間で是認され、当該医療機関にその情報の提供を期待できる状況にあるときは説明義務があるが、説明義務の履践の程度を当時の医療及び医療機関の状況と患者の意思等を考慮した医師の裁量に委ねるべきであるとの見解(稲垣喬・判評478号30頁[判時1652号192頁])

(2)患者が説明を望み、医師がそれに対して知見を有している場合には代替的医療行為についても説明義務があるとの見解(岡林伸幸・名城49巻1号163頁)

(3)代替的医療行為については一般的には説明義務を負わないが、乳房温存療法などのようにクオリティ・オブ・ライフ(QOL)が考慮される場合は、専門医の間において一応の有効性、安全性が確認されつつあるものにも説明義務があるとの見解(中村哲「医師の説明義務とその範囲」新・裁判実務大系(1)医療過誤訴訟法85頁)

 

これらの学説を踏まえ、平成13年最判は、上記(3)の立場に近い考え方を採用したものと解されます。すなわち、説明義務の有無やその範囲は一律に定められるものではなく、事案ごとの具体的状況に応じて判断されるべきものとされています。

実務上は、上記最判に照らし、次のポイントを基に代替的医療行為に関する説明内容を決定する必要があるといえます。

 

❶ 患者がその代替的医療をどの程度強く希望しているか

❷ 代替的医療がどの程度確立しつつあるか(専門医における評価(ガイドラインにおける記載内容等)、実施されている医療機関の数等)

❸ その代替的医療が当該患者に適応され実施される可能性があるか

❹ 代替的医療によって得られる利益が、患者自身の生き方や人生の根幹に関係する重大なものといえるか

ここで特に留意注意すべき点は、上記❹に掲げた「重大性」が極めて大きいものについては、患者から必ずしも強い希望が明示されていない場合であっても、医師としては患者に当該代替的医療について説明すべき場面が存在し得ると考えられていることです(前掲最判解説参照)。

 

【予防的手術に関する説明義務】

臨床の現場においては、患者に対して複数の治療方法が提示され、その中から最適と考えられる方法を選択する場合が一般的です。もっとも、状況によっては、特定の治療方法を選択せず、保存的に経過を観察するという選択肢も存在する中で、患者または医師が侵襲的な治療方法、すなわち予防的手術等を選択するケースも少なくありません。

このような侵襲を伴う予防的手術等の治療選択が問題となる場面に関しては、最高裁平成18年10月27日判決・集民221号705頁が重要な指針を示しています。以下、この判例の内容とその意義について確認していきましょう。

 

【予防的手術(未破裂脳動脈瘤コイル塞栓術事件・最判平成18年10月27日・集民221号705 頁)】

【事案】

未破裂脳動脈瘤の存在が確認された患者が、防衛医科大学校病院において、動脈瘤内にカテーテルでコイルを挿入して留置し、瘤内を塞栓する「コイル塞栓術」を受けたところ、術中にコイルが瘤外に逸脱するなどして、脳梗塞が生じ亡くなりました。患者の遺族が、担当医師らには、コイル塞栓術の実施に当たっての説明義務違反があったなどと主張して、病院の設置者である国に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求しました。

未破裂脳動脈瘤に対しては、「保存的に経過を見る」という選択肢と「治療をする」という選択肢があり、また、「治療をする」という選択肢の中には、更に、開頭して動脈瘤を永久的にクリップして閉じ、動脈瘤に血液が流入しないようにする「開頭手術」と、カテーテルを用いた血管内手術である「コイル塞栓術」という選択肢がありますが、いずれの選択肢も当時の医療水準にかなうものでした。

つまり、医師としては、㋐経過観察、㋑開頭手術(クリッピング術)、㋒コイル塞栓術の3種類の治療方法から適切な治療を選択することが可能でした。

このような状況の中で、医師が患者に説明した内容は次のとおりです。

 

(i) 放置しておいても6割は破裂しないので、治療をしなくても生活を続けることはできるが、4割は今後20年の間に破裂するおそれがある

(ii)「治療をする」とすれば、「開頭手術」と「コイルそく栓術」の2通りの方法がある

(iii)「開頭手術」では95%が完治するが、5%は後遺症の残る可能性がある

(iv)「コイル塞栓術」では、後になってコイルが患部から出てきて脳梗塞を起こす可能性がある

(v) 「治療を受けずに保存的に経過を見ること」、「『開頭手術』を受けること」、「『コイルそく栓術』を受けること」のいずれを選ぶかは、患者本人次第であり、治療を受けるとしても今すぐでなくて何年か後でもよい

 

患者は、1か月の熟慮の上、開頭手術を希望し、当該手術を受けるため入院しました。

ところが、開頭手術実施の前々日のカンファレンスにおいて、動脈瘤の具体的な状況が再検討され、動脈瘤体部の背部を確認できないので、開頭手術では貫通動脈等を閉塞する可能性があり、かなり困難であることが判明しました。これを受けて、担当医師は、患者に対し、動脈瘤が開頭手術をするのに困難な場所に位置しており、開頭手術は危険なのでコイル塞栓術を試してみようという話がカンファレンスであったなどと抽象的なレベルの説明をしました。患者は、約30分で、翌日にコイル塞栓術を実施することに承諾しました。担当医師は、この際、コイル塞栓術には術中を含め脳梗塞等の合併症の危険があり、合併症により死に至る頻度が2~3%とされていることの説明を行いました。
その翌日、コイル塞栓術が実施され、コイルの一部が、瘤外に逸脱して瘤を塞栓することができないという事態が生じ、コイルを回収しようとしてもうまくいかなかったことから、緊急に開頭手術が実施されたものの、コイルの一部を除去することができず、結局、患者は逸脱したコイルによって生じた脳梗塞により死亡しました。

 

医師のコイル塞栓術に関する説明が十分であったかが争点となったところ、原審は、担当医師は、動脈瘤の危険性、患者が採り得る選択肢の内容、それぞれの選択肢の利点と危険性、危険性については起こり得る主な合併症の内容及び発生頻度並びに合併症による死亡の可能性を患者に説明したということができるので、説明義務違反は認められないと判断し、患者の遺族の請求を棄却しました。

【判示】

担当医師によって相応の説明が患者になされている上記事例につき、最高裁は、次のとおり述べて、原判決を破棄し、更に審理を尽くさせるために、原審に差戻す旨の判決を下しました。

「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし、また、上記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである。」

「太郎の動脈りゅうの治療は、予防的な療法(術式)であったところ、医療水準として確立していた療法(術式)としては、当時、開頭手術とコイルそく栓術という2通りの療法(術式)が存在していたというのであり、コイルそく栓術については、当時まだ新しい治療手段であったとの鑑定人根来真の指摘がある。」

「本件病院の担当医師らは、開頭手術では、治療中に神経等を損傷する可能性があるが、治療中に動脈りゅうが破裂した場合にはコイルそく栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して、コイルそく栓術では、身体に加わる侵襲が少なく、開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが、動脈のそく栓が生じて脳こうそくを発生させる場合があるほか、動脈りゅうが破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり、このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見を有していたことがうかがわれ、また、そのような知見は、開頭手術やコイルそく栓術を実施していた本件病院の担当医師らが当然に有すべき知見であったというべきであるから、同医師らは、太郎に対して、少なくとも上記各知見について分かりやすく説明する義務があったというべきである。」

「前記事実関係によれば、太郎が平成8年2月23日に開頭手術を選択した後の同月27日の手術前のカンファレンスにおいて、内けい動脈そのものが立ち上がっており、動脈りゅう体部が脳の中に埋没するように存在しているため、恐らく動脈りゅう体部の背部は確認できないので、貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉そくしてしまう可能性があり、開頭手術はかなり困難であることが新たに判明したというのであるから、本件病院の担当医師らは、太郎がこの点をも踏まえて開頭手術の危険性とコイルそく栓術の危険性を比較検討できるように、太郎に対して、上記のとおりカンファレンスで判明した開頭手術に伴う問題点について具体的に説明する義務があったというべきである。」

 

上記判示の判示内容を踏まえると、最高裁は、経過観察という非侵襲的な選択肢が現実的に存在する状況において、予防的かつ生命・身体に対する危険性が高い手術が実施される場合には、医師に対して極めて詳細かつ慎重な説明を行う義務があることを強く要請しているものと解されます。

医師は、このような場面においては、患者の自己決定を真に意味のあるものとするため、説明内容を十分に吟味し、的確かつ具体的に情報提供を行う必要があるといえます。

特に、以下の点については、説明の際に十分な注意を払うべき事項として位置付けることができます(最高裁平成18年10月27日判決・集民221号705頁判例解説(判例タイムズ1225号220頁)参照)。

 各選択肢の利害得失に関わる医学的知見のうち医療水準となっているものについては、説明を省略することは許されない

 各選択肢に伴う危険の内容については、抽象的なレベルの説明では足りず、判明している客観的事実も含め具体的に分かりやすく説明すべき

③ 患者には熟慮する機会を十分に与え、必要がない限り即日の手術は実施しない

 

【合併症・副作用と説明義務(名古屋地判H15年10月30日など)】

最後に、手術や医薬品の合併症や副作用について、医師がどこまで説明すべきかという点について検討します。

合併症や副作用には、その発生頻度(確率)が高いものと低いものが存在するほか、仮に発生した場合の健康への影響についても、生命・身体に重大な結果をもたらすものから、比較的軽微に留まるものまで様々です。

患者が当該手術や医薬品による治療を選択するにあたっては、当然のことながら、発生確率が高いものや、結果が重大であるものについて特に高い関心を有し、これを重視することは明白です。したがって、医師は、このような合併症や副作用について、自己決定権保障の観点から説明義務を負うものと解されます。

 

もっとも、実務においては、発生頻度の極めて低い合併症や副作用について、あえてこれを説明しないという立場を採る医師も存在します。これは、説明することでかえって患者に過度な不安や動揺を与え、結果として治療に対する不適切な判断につながることを懸念することを理由とします。実際の医療紛争においても、説明義務違反が争点となる中、医療側からこのような事情が主張される例は少なくありません。

しかしながら、判例・学説の到達点に照らせば、説明義務の免除が認められる場面は極めて限定的であり、単に患者に動揺を与えないよう配慮したという理由のみをもって、説明義務が免除されるものではないことには十分留意すべきです。
すなわち、医師は、発生確率が極めて低い場合であっても、当該合併症や副作用が患者の生命・身体に重大な影響を及ぼし得る性質のものである場合には、適切な説明を行うことが求められるといえます。

 

名古屋地方裁判所平成15年10月30日判決

頚椎椎間板ヘルニアに対する前方除圧固定術を受けるに際し、体幹機能障害および両下肢機能低下という後遺障害が生じた事例に関する裁判例名古屋地方裁判所平成15年10月30日判決)も、合併症や副作用に関する説明義務の範囲に関する重要な判断を示しています。

同事案において、医師は患者に対し、動揺を与えないことを理由に、

「手術をしても術前より改善されないかもしれない」

「痛みが半分程度に軽減すれば成功と考えてほしい」

とのみ説明を行い、より詳細なリスクについての説明は行いませんでした。

これに対し、裁判所は、以下の点を重視し、医師側の説明義務違反を認めています。

「A医師らとしては,原告から本件手術の承諾を得るに際して,原告に対し,現在の症状が頸椎椎間板ヘルニアのみによるものとは限らないために手術を行ってもあまり症状が改善しない可能性もあるという本件手術の医学的適応,様々な合併症等が生ずる可能性があり,場合によっては重篤な後遺障害が発生する可能性もあるという本件手術の危険性及びこれらの危険性が現実化した場合の予後について,特に入念に説明すべき義務があったというべき」

として医療者側の主張を排斥し、説明義務違反を認めた判断がされております(名古屋地判H15.10.30)。

すなわち、同判決は、医師が患者の動揺を回避する目的で説明を控えたとしても、それが重大なリスクの存在を黙秘することにつながる場合には許されず、特に手術の医学的適応やリスクの内容・重大性および予後について、十分かつ具体的な説明を行う義務があることを明確に認めており、重大なリスクが存在する治療行為においては、「動揺を与えない」ことを理由とする説明省略は、説明義務を果たしたことの理由としては認められないことが多いという実務上の重要な示唆を与えています。

極めて稀にしか発生しない重大な合併症や副作用】

極めて稀にしか発生しない重大な合併症や副作用が生じる場合に、医師に説明義務違反が認められるかは非常に難しい問題であり、最終的には個々の事案における具体的な事情に応じて判断されることとなります。

【高松高裁平8年2月27日判決・判タ908 号232 頁】

この点に関し、参考となる裁判例として「高松高判平8.2.27・判タ908 号232 頁」があります。

この事案は、髄膜腫の術後に抗痙攣剤であるアレビアチンとフェノバールなどが投与されていた患者が、中毒性表皮融解壊死症(TEN)を発症し、結果的に死亡した事案です。医療機関側は、薬剤性TENの発生確率は極めて低く(約0.0022%)と主張しましたが、裁判所は、以下の事情を重視して次のとおり説明義務違反を肯定しました。

 

・ 担当医師が、アレビアチンによる薬疹を診察する経験を有していたこと

・ 患者自身にも、従前より薬疹を疑わせる皮疹が認められていたこと

 

「『痙攣発作を抑える薬を出しているが、ごくまれには副作用による皮膚の病気が起こることもあるので、かゆみや発疹があったときにはすぐに連絡するように』という程度の具体的な注意を与えて、服薬の終わる二週間後の診察の以前であっても、何らかの症状が現れたときには医師の診察を受けて、早期に異常を発見し、投薬を中止することができるよう指導する義務があった」

 

この判例は、発生確率が極めて低い副作用や合併症であっても、患者の既往歴やリスク要因が存在する場合には、副作用や合併症の重大性を踏まえて、一定程度の注意喚起や具体的な説明を行うべき義務が生じ得ることを示す重要な先例と位置付けられます。

 

長崎地方裁判所佐世保支部平成18年2月20日判決・判タ1243号235頁】

一方で、「長崎地方裁判所佐世保支部平成18年2月20日判決・判タ1243号235頁」は、説明義務の範囲について異なる判断を示した事例として注目されます。

当該裁判例は、内視鏡的逆行性膵胆管造影検査(ERCP)を受けた患者が急性膵炎を合併し、3日後に重症急性膵炎による多臓器不全で死亡した事案についてのものです。

担当医師は、検査実施前に「膵炎を起こしたりする一番きつい検査」である旨説明しておりましたが、死亡リスクそのものについては説明していませんでした。

裁判所は、ERCPによる急性膵炎によって死亡する確率が0.0023 %〜0.0043%と極めて低いことからすれば、「このような場合に死亡の危険性に言及しなかったとしても、医療行為を受けるか否かを自主的に選択する権利が害されるとはいえない。」、「また、証拠によれば、ERCPに関するインフォームド・コンセントを十分意識している医療機関においても、死亡の危険性にまでは言及されていないと認められるから、膵炎が重症化した場合に死亡する危険性があることを患者に説明することが一般的な医療水準となっているとは解されない。」として説明義務違反の存在を否定しています。

 

以上の各裁判例を踏まえると、極めて稀ではあるが重大な合併症や副作用についての説明義務の有無は一律に論じることができず、個別具体的事情に応じた判断が必要であることが明らかといえます。


実務上は、次のような観点から慎重に検討することが重要といえます。

  • 医学文献、添付文書、ガイドライン等を参照し、当該合併症・副作用の一般的な発生頻度を正確に把握すること
  • その上で、患者固有の事情(既往歴、アレルギー歴、リスク因子等)を考慮し、当該患者におけるリスクの程度を評価すること
  • 加えて、他の医療機関における説明の実情等を調査し、医療水準に照らしてどこまで説明することが一般的に求められているかを確認すること

これらの調査と考慮を経た上で、医師は適切な説明内容を決定し、患者の自己決定権を十分に保障するための説明を尽くす必要があるといえます。

 

厚労省の指針】

最後に厚労省が示す指針において、インフォームド・コンセントの趣旨に基づき、患者に提供すべき具体的情報の内容がどのように定められているかを確認しておきましょう。

平成15年9月12日厚労省通知医政発第0912001号「診療情報の提供等に関する指針の策定について〔医師法〕」は、医療現場における患者と医療従事者間の情報共有の在り方を定めた重要なガイドラインです。

この通知においては、特に「6 診療中の診療情報の提供」の項において、医師が診療の過程で患者に提供すべき情報が具体的に示されています。

www.mhlw.go.jp

その内容は、次のとおりです。

 

① 現在の症状及び診断病名

② 予後

③ 処置及び治療の方針

④ 処方する薬剤について、薬剤名、服用方法、効能及び特に注意を要する副作用

⑤ 代替的治療法がある場合には、その内容及び利害得失(患者が負担すべき費用が大きく異なる場合には、それぞれの場合の費用を含む。)

⑥ 手術や侵襲的な検査を行う場合には、その概要(執刀者及び助手の氏名を含む。)、危険性、実施しない場合の危険性及び合併症の有無

⑦ 治療目的以外に、臨床試験や研究などの他の目的も有する場合には、その旨及び目的の内容

 

これらの情報提供項目は、患者が自身の医療に関する意思決定を適切に行うために必要不可欠な事項を網羅しており、医師が説明を尽くす際の基本的な指針となるものです。

なお、これらの各項目について、【どの程度の具体性・詳細さをもって説明すべきか(説明の粒度)】は、これまでに述べた判例や学説の考え方を踏まえ、以下の要素を考慮して判断されるべきものといえます。

 

  • 医療行為の内容および侵襲性・危険性の程度
  • 合併症や副作用の発生頻度および重大性
  • 患者の個別事情(関心の程度、リスクファクターの有無等)
  • 一般的な医療水準(他の医療機関における説明の実情等)

 

これらを総合的に踏まえ、医師は、単に形式的な説明にとどまらず、患者の自己決定権を実質的に保障する観点から、適切な範囲と内容で情報提供を行う責務を負うものといえます。

 

【まとめ】

医師の説明義務は、患者の自己決定権を実質的に保障するため、治療方法、リスク、代替手段等について具体的かつ適切に情報を提供することが求められます。

発生頻度が低くとも重大な結果をもたらす合併症や副作用については、患者固有の事情や医療水準を踏まえ、必要に応じて説明すべきです。

厚労省の指針もこれを踏まえた具体的項目を示しており、医師は一律な判断基準を用いるのではなく、個別の患者・治療行為ごとに十分な検討の上、誠実に説明を尽くす必要があります。