今回からは、医師の説明義務について説明します。
医療過誤訴訟では、例えば「手術においてミスがあった」として手術手技に関する過失について主張がされるとともに、仮に、そのような「手術手技の過誤」が認められなかったとしても、患者に合併症に関して十分な説明がされておらず、説明がされていたら手術は受けなかったはずだなどとして、予備的に説明義務違反が主張されることがほとんどです。
そのため、多くの医療過誤訴訟において説明義務違反は主張されることとなることから、医療過誤訴訟において極めて重要な義務違反と位置付けられています。
その重要性に加え、説明義務違反の論点は多数に及びますので、複数回に分けて掲載したいと思います。
医師の説明義務違反を定めた法律
現在、医師が患者に対して法的な説明義務を負っていることについて、これを疑問に思われる方はいらっしゃらないと思います。それほどまでに、医師の説明義務ないしインフォームド・コンセントという言葉は世の中に浸透しています。
それでは、医師が患者に説明を行うことについては、どの法律で定められているのでしょうか。
例えば、医療法1条の4第2項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、医療を提供するに当たり、適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めなければならない。」として努力義務としてですが、医師の説明義務を定めています。
また、医師と患者の契約関係は準委任契約(民法656条、643条)と解されているところ、受任者としての医師には、委託者である患者に対して報告義務や善管注意義務を負っています(同法644条「医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。」、645条「受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。」)。
しかし、上記の各法律は、努力義務や委任事項についての報告義務であったり、善管注意義務という一般的な義務の内容に含まれるとの解釈がされるに留まっており、医師が、患者の同意を得た上で治療行為を選択し、実施すべきという文脈における説明義務について直接に定めたものということはできません(ただし、患者側が債務不履行に基づく損害賠償を請求する場合には、診療契約上の義務違反として民法645条や644条を根拠とすることになります(最判平18.10.27・判タ1225 号220頁等)。))。
上記以外の法律においても、医師が説明「義務」を負っているとの規定は見当たりません(治験についての同意に関する医師の文書による説明義務について、薬機法80条の2第4項、GCP省令50条1項参照)。
この点について、裁判例において、「医師は、診療をしたときは、本人又はその保護者に対し、療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない。」とする医師法23条が根拠とされることもありますが、当該規定は、原則として療養指導義務に関するものですし、これを拡大解釈したとしても、医師に向けられた倫理規定に留まり、民事上の医師の責任を定めたものとは解することはできません。
それでは、上記の意味での医師の説明義務は何を根拠として、何を守ることを目的とした概念なのでしょうか。根拠を何に置くかによって、医師が治療の選択・実施に際して患者に行わなければならない説明の範囲・方法が異なるため問題となります。
違法性阻却事由としての患者の同意
医師が患者に対して治療の選択・実施についての説明義務を負っているとの議論は、医療行為が患者の身体に対する侵襲行為であることから、患者の同意がなければ、医師の行為が傷害罪に当たることが出発点となります。患者の同意と医学的正当性があることにより、医師の行為が違法であるとして罪に問えなくなることから(違法性が阻却されることから)、そのような違法性阻却事由としての患者の同意は必要であり、その前提として医師が患者に説明する義務があると考えられていました。
なお、本来は被害者の同意(同意能力のある者による真意による同意等の要件)があれば、違法性が阻却されると解されているにもかかわらず、医療行為については患者の同意に加えて「医学的正当性」が要求されているのは、患者が医学、医療の専門家ではないことを理由とします。この点については、患者の同意のみでは完全な違法性阻却は生じることはなく、客観的要件としての医学的正当性が必要であるなどと説明されます(米村129頁)。
治療行為に違法性をなくすための患者の同意ないし患者への説明としては、当該治療行為そのものについての一応の同意があれば足りると解されることになりますので、そのような根拠による同意については次の各性質があると説明されます(米村129頁)。
(α)同意は現実に表明される必要はなく、黙示の同意のほか広汎な「推定的同意」による違法性阻却が承認される。
(β)同意とは身体侵害に対する同意であり、これが無効であった場合は身体侵害の違法性が肯定される。
(γ)有効な同意のためにはその意味につき一定の理解が必要ではあるが、必ずしも他の治療法や種々の背景的知識等を含む詳細な説明は要求されない。
違法性阻却事由としての患者の同意には、「必要な情報があらかじめ医師から説明され、患者がその説明内容を十分に理解したうえ、真意でされたものを要することになる」(裁判実務体系433頁)として、重く解するものもありますが、現実に患者の同意がないとして医師が刑事責任を問われる事例は稀であることからすれば、違法性阻却を根拠とする医師の説明義務は、患者の明示の同意を必要としないとの指摘や、説明の範囲が限定されるという法的帰結をもたらすとの上記分析は正当なものと考えられます。
違法性阻却を根拠とする医師の説明義務を認めた裁判例については次のようなものが参考になります。
❶東京地判H12.12.8・判タ1108.225
【事案】
歯間の隙間等の外貌の審美的改善の目的で被告の開設する歯科医院に来院した原告が、治療中に顎関節症を発症し、スプリント装着等の治療を受けた後、健全な自然歯について抜髄し、歯冠のかなりの部分を削り取った上、自然歯の上に咬合的にも審美的にも理想的な人工の歯冠修復物を被せることにより全顎的な咬合の再構成を行うという治療方法であるフルマウスリハビリテーション術(以下「本件治療」という。)を受けたが、顎関節症の治療を目的とするもの十分な説明がされていなかったと主張した事案。
【判示】
原告は、初診の際には主として歯並びの審美的改善を求めていたとはいえ、初診の際に発見された歯根膜炎の治療中に開口障害が発生したという経過の下で、被告は、原告から、顎関節症に対するスプリントによる治療中に右治療方法以外の治療方法の存否を尋ねられたのであるから、原告がその時点では審美的改善よりも現実に発生している身体的苦痛を解消するために必要な医学的処置を求めていると認識できる状況であったにもかかわらず、被告は、原告に対し、顎関節症の治療のためだけであればフルマウスリハビリテーション術を行う必要はないことについては明確な説明をしなかったため、原告は、被告から顎関節症を根本的に治療するための方法として同施術を勧められたものと誤解し、被告に対し、本件治療を受けることを承諾したことが認められる。
そうすると、本件治療は、前記認定事実のとおり、特に疾患のない九本の歯について抜髄し、歯冠修復物を被せる歯については歯冠のかなりの部分を削り取るという侵襲性の高い、不可逆的な治療方法であること、その費用も原告にとっては高額なものであったこと、原告が開口障害発生前に被告から審美的改善のための矯正治療を紹介された際にはこれを希望していなかったことに照らすと、仮に、被告が、顎関節症の治療のためだけであればフルマウスリハビリテーション術をする必要はなく、むしろ被告が同施術を提案する理由が主として開咬等を審美的に改善することにあることを説明していれば、原告は、本件治療を受けることを承諾しなかった蓋然性か高かったものというべきである。
すなわち、本件においては、原告は、本件治療の目的、これが提案された理由及びその必要性についての被告の説明が不十分、不明確であったために、必ずしも顎関節症の治療に必要だったとはいえない本件治療について、その目的や必要性を正しく認識することができないまま、これを受けることを承諾するに至ったのであるから、被告は、不可逆的侵襲を伴う本件治療を、原告の正しい認識に基づく有効な承諾を得ないで行ったものであり、本件治療は、違法性阻却事由を欠く肉体的侵襲であると評価せざるを得ない。
❶裁判例は、違法性阻却事由としての同意が得られていないとして歯科医師の説明義務違反を認めた裁判例です。患者が診療において主観的に求めていたものが身体的苦痛の解消にあることや、実施された治療行為が侵襲性の高い不可逆かつ高額な治療方法であったこと、患者の過去の発言等をもって、患者の「推定的同意」すらないことが事実として認定され判断に用いられています。本事例において実施された治療行為が特異なものであることから、これをそのまま保険診療における一般的な治療行為に参考にすることはできないと考えられますが、違法性阻却事由としての患者の同意の有無に関する判断がされた事例として参考になります。
❷広島地判H1.5.29・判タ705.244
【事例】
子宮筋腫患者の子宮を摘出した行為が、患者の承諾を欠くものであったとして、医師の説明義務違反、承諾取付義務違反による損害賠償請求が認容された事例
【判示】
医療行為についても、患者の身体に対する侵襲行為の側面を有する以上、たとえ医師の適切な判断によるものであったとしても、患者の承諾があってはじめてその違法性が阻却されるものというべきところ(したがって、患者の承諾があったことの立証責任は医師側が負担する)、医療契約の締結によって右承諾が全てなされたものということはできず、医療契約から当然予測される危険性の少ない軽微な侵襲を除き、緊急事態で承諾を得ることができない場合等特段の事情がない限り、原則として、個別の承諾が必要であると解するのが相当であり、医師の医療行為が不適切な場合には、それだけ違法性が強いものといえる。
もっとも、患者の右承諾は、ただ形式的に存在していればよいというものではなく、医師としては、患者が自らの判断で医療行為の諾否を決定することができるよう、病状、実施予定の医療行為とその内容、予想される危険性、代替可能な他の治療方法等を患者に説明する義務があり、右説明義務に反してなされた承諾は、適法な承諾とはいえないものと解するのが相当である(なお、医師の右説明義務が患者の適法な承諾の前提である以上、その立証責任は、医師側にあるものというべきである)。
そして、患者の適法な承諾がない限り、医師側としては、債務不履行もしくは不法行為責任を免れないものというべきである。
❷裁判例においても、違法性阻却事由としての患者の同意について言及されています。本裁判例の特徴は、当該同意の存在についての立証責任を医師が負うと明示した点にあります。相手方に債務不履行があるとして損害賠償を求める場合には、不完全な履行がされたことの主張立証責任を原告が負うとされていることや、不法行為による損害賠償についても医師の過失についての主張立証責任を原告が負うことからして、患者の同意と密接不可分な医師の十分な説明がされたことの主張立証責任まで医師が負担することには疑問が生じます。しかし、同趣旨の判断をした裁判例は複数存在しており、違法性阻却事由たる患者の同意が上記のとおり医師の説明と不可分であることからも、実質的に医師がその主張立証の責任を負わされる可能性があると考えておくべきでしょう。
❸東京地判H3.3.28・判タ764.224
【事例】
股関節の関節症に罹患している患者の治療に当たっていた医師が、手術に際して、手術の適応時期及び全体としての治療方針を患者に説明せず、患者は十分な情報を与えなれないまま手術を応諾する結果となったとして、説明義務違反による慰謝料請求を認容した事例
【判示】
医師が患者の身体に対して手術等の侵襲を加える場合には、緊急やむを得ない等の特段の事情がないかぎり、その侵襲に対する承諾があって初めてその違法性が阻却されるものであるから、そのような意義を有する承諾があったと言うためには、その前日として医師がその患者(場合によってはその家族、以下同じ。)に対して、疾患の病状、治療方法の内容、その必要性、予後及び予想される生命身体に対する危険性等の事柄について、当時の医療水準に照らし相当と認められる方法による説明を施すことによって、患者がその手術等を応諾するかどうかを自ら決断する上で比較検討のために必要な侵襲の必要性及び危険性等に関する資料の提供が必要と考えられるのであって、医師としては、遅くとも手術等の前までに患者に対してそのような説明を施す義務があり、そのような説明がされないままに手術等に到った場合には、その手術等の結果の良否及びその責任の有無の如何にかかわらず、患者自身がこれによって被った損害を賠償する責任があると解するのが相当である。
そうしてみると、原告は、被告らから、その手術に先立ち、原告の罹患している病気の名称及びその現状、人工股関節置換手術の適応、一般的な目的、手術内容及び予後並びに他の治療方法がないことについて、概括的な説明を受け、かつ他の医師からも両股関節の手術適応時期であることをも聞かされたうえて手術に臨んだのである。
なお、手術後の不具合について、被告らが特に具体的に説明した形跡はなく、その限りで、予後の見通しについての説明に充分とは言えないところがあるけれども、末期の関節症に対しては、現在のところ他の治療方法はなく、人間本来の股関節を人工素材で作られた人工股関節に置き換える手術を行えば、歩行に障害が生じたり、日常生活に深刻な影響が生じうること、また、人工股関節の素材そのものの耐久性にはそれほど問題がないとしても、人工股関節という比較的大きな人工素材が体内に滞留すれば将来何らかの問題が生じうることは、通常容易に予想しうるところであるから、人工股関節置換手術の結果や手術後の生活状況の詳細について説明をすることが望ましいとはいっても、これをしなかったからといって、手術応諾の判断資料に欠けるとまでは言えないから、直ちに説明義務に違反したとまでは言えない。
しかし前記認定のとおり、人工股関節置換手術は痛みの除去を目的とするものであり、被告は、当初から、人工股関節の耐久性を考えると、未だ40代前半という原告の年令からして、人工股関節置換手術の時期をできるだけ先に延ばす方が良いと考え、原告にもそのように説明し、痛みが我慢できなくなった時点で手術をすると言っていたのに、原告自身の痛みが多少増してきたとはいえ、本人自身もまだ手術をするほどの痛みではないと思っていたような時期に、突然人工股関節置換手術をすべき時期に来たとして、その承諾を求めたのである。その手術の目的が本来の目的である痛みの除去にあるものでないことは明らかであり、同時期に原告を診断した他の医師が右股関節について速やかに手術を受けることを勧めていたことからも明らかなように、被告は、この時期には両側の股関節症全体の治療を念頭に置き、左股関節について人工股関節置換手術をして左股関節の支持性を改善することによって、右股関節の悪化を防止するとともに、右股関節について寛骨臼廻転骨切術その他の手術を行うことを予定しその予後の改善に資することを企図していたのである。こうして、被告は、当初からの説明では未だ手術の適応とは言えないはずの時期に手術をすることを勧め、しかも当初はできるだけ手術の時期を延ばした方が良いとまで言っていながらこれを翻し、その翻した理由である何故今手術をする必要があるかについて何の説明もせず、しかもその手術が近い将来に反対側の股関節の手術をするためのいわば地ならしのような手術となる予定であったのに、そのことについて何の説明もしなかったのであるから、手術の真の目的ないし必要性という、手術の根幹に属する事柄についての説明義務に違反したものといわざるを得ない。
❸裁判例は、違法性阻却事由としての患者の同意を得るための説明義務違反はないと判断された一方で、患者の主観的認識としての疼痛コントロールのための手術の必要性等について十分な説明を行うことなく手術の実施しことなどについて、自己決定権に基づく説明義務違反が認定されており、説明義務違反の根拠の違いから導き出される医師の説明の範囲について示唆を与えてくれます。なお、当該裁判例の結論は、以下の❹裁判例において覆されています。
❹東京高判H3.11.21・判タ779.227(❷の控訴審判決)
【判示】
医師が患者に対し手術のような医的侵襲を行うに際しては、原則として、患者の承諾を得る前提として病状、治療方法、その治療に伴う危険性等について、当時の医療水準に照らし相当と認められる事項を患者に説明すべきであり、右説明を欠いたために患者に不利益な結果を生ぜしめたときは、法的責任を免れないと解されるが、その説明の程度、方法については、具体的な病状、患者に与える影響の重大性、患者の知識・性格等を考慮した医師の合理的裁量に委ねざるを得ない部分が多いものと解される。
しかし、人工股関節置換手術は痛みが我慢できなくなったら行うとの説明はされており、また、右股関節についても控訴人の痛みの訴えに対して寛骨臼廻転骨切手術を薦めているのであるから、右各手術の目的が痛みの除去、軽減にあることは当然知り得たものと認められ、この点に説明義務違反は認められない。
人工股関節置換手術後に一割ないし二割の割合で緩みが生じて疼痛が再発し再手術が必要になってくることや、一ないし数パーセントの割合で遅発性感染症が発生することの説明はされていないが、前記のように、これらの確率はそれほど高いものではなく、直ちに生命の危険等につながるものではないし、また、手術自体の危険性も高いとは認められず、手術に不安を抱いている控訴人に余計な不安を与えない意味においても、これらの点について被控訴人伊丹が説明しなかったことをもって説明義務違反と認めることはできない。
❹裁判例は、❸裁判例の控訴審判決ですが、患者への説明の実施に関する医師の合理的裁量権を重視して、説明義務違反を否定しています。当該裁判例と同様な事例について、現在の裁判所で同様の結論が出されるかは疑問に思いますが、医療行為それ自体の危険性が高いものではなく、また、当該医療行為の合併症の発生率が高くなく、かつ、合併症の危険性が低い場合には、医師の裁量の範囲内として、当該合併症の説明を省略することができるとの一般論は導き出せると考えます。
患者の自己決定権
これに対し、患者が診療行為の単なる客体に化してしまう医療の在り方に対する反省から、近年では、患者は、自らの生命・身体・健康を含めた自らの生き方を自ら決めることができるという自己決定権を権利(法益)として認め、この患者の自己決定権の実現を保障するために、医師に説明義務があると説明されるようになりました。
このことは、厚労省の通知において患者の自己決定権がインフォームド・コンセントにおいて重視されていることからも分かります。
- 診療情報の提供等に関する指針の策定について(平成15年9月12日)
(医政発第0912001号)(各都道府県知事あて厚生労働省医政局長通知)
診療記録の開示も含めた診療情報の提供については、患者と医療従事者とのより良い信頼関係の構築、情報の共有化による医療の質の向上、医療の透明性の確保、患者の自己決定権、患者の知る権利の観点などから積極的に推進することが求められてきたところである。また生活習慣病等を予防し、患者が積極的に自らの健康管理を行っていく上でも、患者と医療従事者が診療情報を共有していくことが重要となってきている。このため、今後の診療情報の提供等の在り方について「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」において検討されてきたところであるが、本年6月10日に、患者と医療従事者が診療情報を共有し、患者の自己決定権を重視するインフォームド・コンセントの理念に基づく医療を推進するため、患者に診療情報を積極的に提供するとともに、患者の求めに応じて原則として診療記録を開示すべきであるという基本的な考え方の下に、報告書(参考)が取りまとめられたところである。
この患者の自己決定権は、憲法13条を根拠とする患者の人格権から派生するものと解されます。
患者に自己決定権があることを前提とした場合、患者にとって真に有意義な自己決定を可能にさせる判断材料として、医師が患者に対し医療の専門知識や情報を与えた上で説明することの重要性が強調されることになります(浦川49頁)。
また、患者に対しては、簡略な説明ではなく、具体的かつ平易に説明がされるべきであり、患者が医師が考える治療法に同意することの心理的な強制があってはならず、当該治療法に偏った説明も不適当であるといえます。医師の説明は、患者が自ら治療方法を選択するために与えられるものだからです(手嶋185頁)。
これら特徴から、自己決定権に根拠を置く説明義務に関しては、次の特徴があるとされます(米村130頁)。
(α’)「自己決定」は原則として本人により積極的に表明される必要がある。
(β’)一定の事項の説明を怠った場合は自己決定の機会を奪ったものとして自己決定権の侵害となるが、その場合も医療行為自体は適法である。
(γ’)説明の内容・態様としては、自己決定が適正になされるよう、種々の背景的知識を含む詳細な説明を要する。
自己決定権を根拠とする医師の説明義務を認めた裁判例については次のようなものがあります。
❺宇都宮地判R3.11.25・判タ1502.211
【事案】
医療水準上未確立であり,治療効果の点でも不確実性を伴う自家がんワクチン療法を遠位胆管がんの患者に実施した医師について,当該療法の当該患者に対する有効性に関する重要な事実(様々ながんの中でも当該患者の疾患である遠位胆管がんには当該療法が有効であったという症例が存在せず,当該医師自身も当該療法が遠位胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実)を説明しなかったとして,説明義務違反を認めた事例
【判示】
治療効果の点で不確実性を伴う療法を実施するに際しては,患者が,当該療法の具体的内容や,これが効果の点で不確実な療法であることなどを十分理解した上でそれでもなお当該療法の実施を選択することで初めて,患者の自己決定権に基づき当該療法が選択されたとみることができる。そうすると,本件自家がんワクチン療法を実施する医師は,患者に対し,疾患の診断(病名と病状),治療の内容,付随する危険性,他に選択可能な治療方法があればその内容及び利害得失,予後などの一般的な事項に加え,本件自家がんワクチン療法が医療水準として未確立の治療法であり,治療効果の点で不確実性を伴うものであることを説明し,さらに,当該患者に対する有効性及び安全性に関する重要な事実のうち,医師がその段階で認識し又は容易に認識できるものについて,医師の主観的な評価とは区別した形で,情報を提供して説明を行うことで,当該患者が本件自家がんワクチン療法を受けることの現実的なメリット・デメリットを理解した上で,本件自家がんワクチン療法を受けるか否かを判断する機会を与えるべき注意義務(以下「本件説明義務」という。)を負うというべきである。
これを本件についてみると,Aの疾患である遠位胆管がんについては,本件自家がんワクチン療法が有効であったという症例がこれまで存在しなかった事実(前記認定事実(3)ウ),B医師は,本件自家がんワクチン療法が,概ね100例中5例で有効なものであるが,胆管がんを含む一定の種類のがんには効きにくいと認識しており,B医師自身も本件自家がんワクチン療法が胆管がんに対して効果があった症例に接したことはなかった事実(前記認定事実(6))が認められるところ,B医師がAに説明した際に使用した本件説明書面には,遠位胆管がんと発生部位が近い肝がんについて本件自家がんワクチン療法が有効な療法であることを比較的断定的に述べる記載が存在し,B医師もこれを改めて口頭で説明し,加えて,「本件自家がんワクチン療法には効果があったがんの症例があり,数年生き延びた人がいる。」と説明していたこと(前記認定事実(7)ア),Aも目にしていたであろう被告Y2の小冊子やウェブサイトに,肝がん等以外のがん種にも本件自家がんワクチンが有効であることを述べる記載や,多くのがん種において同療法が有効であった症例が存在することの記載がされていたこと(前記認定事実(3)イ,エ)にも照らすと,これらの事実については,上記当該患者に対する有効性に関する重要な事実に当たることは明らかであり,そして,その当時B医師が認識し又は容易に認識しえた事実といえる。しかるに,B医師は,これらの事実をAに説明しておらず(前記認定事実(7)イ),この点において本件説明義務に違反したものと認められる。
❺裁判例は、医療水準上未確立な治療法についての説明義務違反に関する裁判例ですが、医師が患者に対して、当該治療法が新しい治療法であり、必ず有効であるという保証はないと説明していたものの、当該患者の疾患の治療実績について、客観的データを基に伝えなかったことが説明義務違反であると判断されています。保険診療ではない未確立医療行為に関する説明義務については、より多くの情報の提供が必要であり、種々の背景的知識を含めた説明がされる必要があることが読み取れます。
説明義務の根拠をどのように考えるえきか
説明義務を患者の自己決定権から説明することは、患者が自らの生き方を自ら決めることができるという患者の主体的判断を尊重する考えを前提とするものであり、理論的に正当というべきであることに加え、患者から要請される説明の範囲を可及的に広げ、医師の説明の充実に繋がる理論でもあるといえます。それゆえ、基本的には、自己決定権を根拠として医師の説明義務の内容や義務違反の有無等について検討すべきと考えます。
そうすると、違法性阻却事由としての患者の同意を得るための医師の説明は、自己決定権に根拠を持つ説明の前提ないし前段階として存在し、これら説明は一部において密接不可分なものと理解できます。
一方で、現実には、患者が自己の治療法を全て自ら判断することは不可能であると考えます。患者は医学、医療の専門家ではなく、インターネット等を利用した情報の収集にも限界があるからです。そして、医師の説明に費やす時間、労力も有限です。これらのことからすれば、医師に課す説明義務の範囲にも一定の限度を設ける必要があるといえます。
すなわち、個別具体的な事案における医療行為の危険性や医学的正当性、合併症の危険性や発生率等に応じて、自己決定権に基づき患者が主体的に求める説明も、その一部が説明義務に含まれないとすべき場面があることを前提に医師の説明義務違反については判断すべきと考えます。
裁判例を通じて医師が説明すべき内容については少し記載しましたが、次回、更に医師の説明内容について検討したいと思います。
参考論文等
・浦川道太郎「民事責任2⃣人工股関節置換手術と説明義務」判例タイムズ794号44頁(1992年)
・手嶋豊「医療と説明義務」判例タイムズ1178号185頁(2005年)
・尾島明「20 説明義務違反」福田剛久ほか編『最新裁判実務体系第2巻 医療訴訟』432頁(青林書院、2014年)
・米村滋人『医事法講義』(日本評論社、2016年)