「医療過誤と診療ガイドライン:医師が知るべき法的リスクと注意点」

診療ガイドライン医療過誤訴訟においてどのように扱われるのか?この記事では、ガイドラインと医療水準の関係、そして法的リスクを避けるための医師の留意点について解説します。医療訴訟を未然に防ぐために必要な知識を深めましょう。

 

Q 診療ガイドラインに推奨されていない治療法を選択しようと考えています。仮に患者に障害が残ってしまった場合には、治療の選択について裁判で過失ありと認められるでしょうか。


A  民事裁判において、診療ガイドラインは、原則として、医療過誤における過失の判断において、医療水準の認定に際し重要な医学的知見の一つとされます。ガイドラインに推奨されている診療行為を選択しない場合には、当該診療行為を実施することにつき、合理的な理由が認められるのかを検討し、ガイドライン記載の診療との利害得失について患者に十分な説明を行う必要があります。これらについて裁判において主張立証できる場合には、患者に悪しき結果(障害)が生じたとしても医師の過失は否定されます。

 

 

今回は、診療ガイドラインと医師の過失がテーマです。

医療では、特定の臨床状況において患者の診療に関して推奨される診断や治療の手順を体系的にまとめた診療ガイドラインが作成されています(医療ガイドラインや診療指針などともいわれますが、以下、単にガイドラインと表記します。)。

ガイドラインが策定されている疾病について医療過誤訴訟が提訴された場合には、ほぼ全例についてガイドラインにどのような推奨がされていたか、当該ガイドラインに沿ったものか、沿っていないものかについていずれかの当事者から主張立証がされます。医師の過失は、当該医療行為が「医療水準」に達しているかどうかが一つの基準とされていますが、ガイドライン=医療水準して、ガイドラインに反した医療行為は医療水準に達しない行為といえるでしょうか。医療水準の詳細については、下記ブログをご参照ください。

mtymedlaw.com

ガイドラインとは何か?(「診療ガイドライン」)

ガイドラインは、当該疾患の専門家が医学論文等の科学的根拠(エビデンス)を基に意見を集約したものであり、標準化された最良の医療実践を提供することを目的として作成され。医療の進歩とともに定期的に改訂されています。

1990年代から良く用いられるようになった『エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)』という言葉をお聞きになったことがあると思いますが、EBMは、最良の利用可能な科学的証拠に基づき、患者の価値観や希望を尊重しつつ最適な治療(診断や治療)を提供することを意味しますので、ガイドラインEBMは、密接に関連し、相互に補完し合う関係にあるといえます。

1990年代にEBMの概念が浸透するにつれ、ガイドラインの整備は本格化し、厚生労働省や各種学会が中心となり、現在は、多くの疾患、分野について作成されており日頃の診療においても臨床医に多く参照されています。

例えば、日本循環器学会等策定不整脈治療ガイドライン(2024年フォーカスアップデート版)

 

ガイドラインにおける推奨度

ガイドラインでは、推奨される治療法の強さや信頼性を示すために「推奨度(Class)」という分類が使われます。一般的にはClass1からClass3までのカテゴリーに分けられ、その内容は以下のように説明されます。

  • Class 1: 最も強い推奨を意味します。科学的根拠が十分にあり、治療法や診断法が効果的であると確立されている場合に「Class 1」とされます。医師はこの推奨に従うことが強く求められます。例えば、ある薬物が特定の病気において明確に有効であることが証明されている場合にClass 1とされます。
  • Class 2a: 推奨されるものの、Class 1ほど強くない場合に付けられます。エビデンスはあるが、やや不確実性が残る場合にこの分類になります。例えば、特定の治療法が効果的である可能性が高いが、さらなる研究が必要なケースです。
  • Class 2b: 効果があるとされるが、その証拠が比較的弱い場合に使われます。医師はこの推奨を選択するかどうかを考慮し、患者の状態に応じて判断します。例えば、ある治療法が一部の患者に有効であるとされるものの、全体的なエビデンスが弱い場合です。
  • Class 2C: より慎重に使用すべき治療法であり、証拠が乏しく、一般的な推奨としては弱いといえます。選択肢として挙げることはできるが、広範に推奨されるものではありません。
  • Class 3: 推奨されない治療法や診断法を示します。科学的根拠が不十分、または危険性が高いと判断され、使用すべきではないものです。例えば、ある治療が有害(Harm)であるか、効果が全くない場合(No benefit)にClass 3とされます。

これらの分類を通じて、医師は最も適切な治療法を選ぶための指針を得ることができます。

 

ガイドライン違反と医療過誤(「医療過誤」)

ガイドラインは、医療過誤における過失の判断(医療水準論)において重要な役割を果たしています。ガイドラインが上記のとおりエビデンスに基づき診療を標準化するために、当該疾患の専門家によって意見が集約されたものであることに照らせば、ガイドラインが医療水準の判断において重要な参照資料となること自体は否定できないものと考えます。

一方で、2022年にAraiらによって発表された論文によれば、麻酔科領域において、日本の国公立私立大学80校の麻酔学講座の主任教授全員に、麻酔導入後の困難な気道管理、術後の呼吸モニタリング、および局所麻酔後の下腿神経障害の有無に関して調査した結果、ガイドラインの推奨に従わない診療が日常的に実施されていたとの論文もあり、ガイドラインの推奨事項と臨床の実際が乖離していることも無視し得ない事実といえます(Takero Arai, et al. "Standard of anesthesia care: possible dissociation from recommendations made by clinical practice guidelines." J Anesth. 2022 Oct;36(5):642-647. doi: 10.1007/s00540-022-03098-9. Epub 2022 Aug 23.)。

上記論文からは、医療慣行が医療水準にならない点については注意が必要ではありますが、ガイドライン記載の推奨診療行為のみが合理的な診療行為であるとはいえないことが示唆されています。ガイドラインの中には、免責条項として特定の患者及び特定の状況によっては本件ガイドラインから逸脱することも容認される旨明記されているものもあります。

以上を踏まえた上で、実際に裁判例においてガイドラインはどのように取り扱われているでしょうか。

 

裁判官である藤倉徹也氏によって2009年に作成された論文によれば、45例中39の裁判例において手術手技における医療水準の認定においてガイドラインが用いられていましたが、その39の裁判例ではガイドラインのみならず、その他の医療文献による認定を踏まえた医療水準の認定がされていました。

裁判官は、合理的裁量によって証拠評価を自由になしうるところ(自由心証主義といわれます。民事訴訟法247条等)、裁判所が証拠として提出されたガイドラインの成立過程や、エビデンスの程度、臨床医におけるガイドラインの浸透度合い等種々の事実を考慮してガイドラインがどの程度医療水準を反映しているかを慎重に検討している姿勢が見て取れます。

裁判所の上記姿勢は、ガイドラインが患者側の特殊要因を考慮に入れない、一般的な患者や症例を対象とする指針に留まらざるを得ないことからも適切なものといえるでしょう。医療者のガイドラインに対する考えとも合致していると考えられます。

例えば、日本医学放射線学会が策定する「遠隔画像診断に関するガイドライン」には、画像診断医の法的責任について、その注意義務違反は「各種ガイドラインや当時の刊行物、事後的なピアレビュー(裁判上の鑑定など)によって規定される。」と明示しています。裁判所の実務と日本医学放射線学会の述べている注意義務違反の判断手法に齟齬はないといえるでしょう。



後記桑原論文によれば、2015年4月1日以前のガイドラインを引用した211件の裁判例を調査した結果、66件にガイドラインの不遵守が認められており、そのうち、31件で過失あり、35件で過失なしの判断がされていたとのことです。また、ガイドラインが遵守されていたと認定された92件については、90件において過失なしとの判断がされています。なお、21件の判決中にガイドラインの推奨度の引用がされ、10件にエビデンスレベルの引用がされています。

上記調査結果からは、以下の傾向が指摘できます。

❶ ガイドラインを遵守していれば、過失が認定されることは極めて稀である。

❷ ガイドラインを遵守していなくとも、過失が認定されるかは、診療行為の合理性が認められるかという事案における事情による。

 

ガイドラインに反する診療を行う場合には、医療者側において、選択した診療が合理的であることや、ガイドラインに記載された推奨診療行為を選択し得なかった理由につき主張立証する必要が生じます。

まずは、ガイドラインに反することで過失が推定されると判示した裁判例(大阪地判平成21年11月25日・判タ1320-198)をみてみましょう。

本裁判例は、患者が後縦靭帯骨化症除去前方除圧術後に四肢麻痺を認めた事案につき、日本整形外科学会診療ガイドライン委員会・頸椎後縦靭帯骨化症ガイドライン策定委員会が策定したガイドラインに除圧幅の目安が20mm以上とされていることに照らし、当該ガイドラインに満たない除圧幅で手術が実施された点について過失が認めらました。以下に、当該裁判例におけるガイドラインに関する判示部分を引用します。

 

ガイドラインでは,要約として,骨化巣の大きさや形態が除圧幅の規定因子であるが,除圧幅について20mm以上が目安の一つであるとしており,その解説において,外国の報告で頸椎症性脊髄症に対し15mm幅の椎体切除を行い合併症を認めなかった報告を一つあげながらも,20mm以上の除圧幅を推奨している報告を五つあげ,過去の報告のまとめとして,大部分の報告は20mm以上の除圧幅を推奨しており,症例によっては術前の画像を参考にそれ以上の除圧幅を要するものと考えられるとしている。ガイドラインは平成17年に作成されたものであるが,除圧幅に関する部分の基礎となった論文は本件手術時に既に発表されているものであって,ガイドラインはそれをまとめたものにすぎず,本件手術時においても20mm以上が除圧幅の目安の一つであったということができる。

 

 もちろん,目安の一つにすぎないのであるから,何らかの理由に基づいてこれと異なる除圧幅とすることを否定するものではないと考えられるが,乙山医師が除圧幅を上記のとおりとした理由は,切除した部分にはめ込む人工椎体の幅は13mmあるので,それが入れば除圧幅が狭すぎることはないというものであり(証人乙山医師),ガイドラインの内容に照らして合理性のある理由とはいい難い。

 

 そして,乙山医師が原告に対し脊髄の分野の権威者として紹介した丁谷医師も,本件手術において切除の幅が骨化巣の幅よりも狭いため,骨化巣の完全切除ではなく多くの部位で骨化巣の両外側端が残る部分切除になっており,除圧術の原則である「全域同時除圧」が順守されていないこと,除圧幅は予想される骨化巣の幅よりも広くする必要があり,本例では20mmが適切であることを指摘している(甲B4)。

 

 以上からすると,乙山医師の本件手術における除圧幅は狭すぎ,不適切であったということができる。

 

次に、ガイドラインに反するものの過失が否定された裁判例(東京地判平成30年4月26日・判タ1320-198)をみてみましょう。

ステージⅣの胃がん患者に対し、ガイドライン上は化学療法が「日常診療」※に当たるとされているにもかかわらず、「臨床研究」に位置付けられている胃切除手術(減量手術)が実施された事案において、ガイドラインの性質(ガイドライン記載以外の診療行為を排除する趣旨で作成されたものではないこと)、胃切除手術が一定の医学的合理性を有すること、後ろ向き研究において一定の肯定的な研究結果が認められたことなどから、医師の上記手術の選択に過失はないと判断しています。

当該判示内容は、医師がガイドラインに反する診療行為を選択する際に参考になるかと思います。

 

※ 「日常診療」とは、「有用性が科学的に検討され、または多くの医師が経験的に妥当と考え、日常の臨床の中で行うことが妥当とされる治療法」をさします。

 

ステージⅣの胃がんに対して減量手術を実施することは、現在の医学的知見では原則として適応を欠くと考えられるものの、平成16年当時においては、①平成16年版ガイドラインは、胃がんの様々な治療方法の効果の集学的評価を行う途上にあった当時の状況を背景として、治療の適応についての目安を提供することを目的に作成されたものであって、ガイドラインに記載した適応と異なる治療法を規制する趣旨で作成されたものではないこと(上記(1)ア(ア)、(イ))、②減量手術は、一定の安全性が確保されており、試みるに値する程度の科学的な根拠はある治療法であると評価されていたこと(上記ア(イ)a)、③平成16年版ガイドラインは、Aのような症例については化学療法を第一選択とするが、その趣旨は非治癒切除症例に対して減量手術を施行することを禁止するものではなかったこと(上記イ(ウ))、④減量手術について、後ろ向き研究ではあるが一定の肯定的な研究結果が報告されており、臨床現場においても多くの実施例がある状況にあったこと(上記ア(イ)b、c)、⑤減量手術を実施せずに化学療法を実施することで、より延命効果が得られると期待できるようなエビデンスは存在しなかったこと(上記イ(イ))を認めることができる。これらの一般的な事情に加え、被告Y2を含む担当医師らは、Aの胃がんの非治癒因子が1つとみて減量手術の後に抗がん剤の投与をしようと考え、また、がんの進行により早期に食物の通過障害が起こることを防ごうと考えていたものであり、これらが不合理とまではいえないことを併せて考慮すれば、平成16年当時、Aに対し、手術後に化学療法を実施することを予定しつつ、本件手術を実施したことが、適応を欠く違法なものであったということはできない。

ガイドライン上、推奨されている治療法を採用しない場合は、患者と家族に医師が選択する治療法とガイドライン上の推奨治療法、及びこれらの利害得失について十分な説明し、その理解と納得を得て行うべきです。医師の上記説明義務は、医療水準として確立されていない診療行為を実施する場合には常に注意すべき点です。

最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決・民集55巻6号1154頁は、以下の事情に照らして医療水準として確立していなかった乳がん治療について説明義務を認めていますので、状況は反対ではありますが、医療水準として確立している治療法については、当然に説明義務が認められるというべきでしょう。

 

乳がんの手術に当たり、当時医療水準として確立していた胸筋温存乳房切除術を採用した医師が、未確立であった乳房温存療法を実施している医療機関も少なくなく、相当数の実施例があって、乳房温存療法を実施した医師の間では積極的な評価もされていること、当該患者の乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び当該患者が乳房温存療法の自己への適応の有無、実施可能性について強い関心を有することを知っていたなど判示の事実関係の下においては、当該医師には、当該患者に対し、その乳がんについて乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在をその知る範囲で説明すべき診療契約上の義務がある。

 

参考書籍、参考文献

米村滋人『医事法講義』第2版. 日本評論社、 2022.

大島眞一『医療訴訟の現状と将来』.判例タイムズ1401号.2014.

藤倉徹也「維持事件において医療ガイドラインの果たす役割」判タ1306-60頁,2009.

橋口陽二郎「ガイドラインと医療訴訟」臨外79-3, 2024.

 

「医師の具体的注意義務とは?医療訴訟を防ぐための基礎知識」

Q クリニックで消化器外科をしています。先日、残念ながら当クリニックで実施した手術によって患者が死亡した事案が発生しました。当該患者に対する診療行為が法的に損害賠償の対象となるかを懸念しています。どのような診療行為について問題にされる可能性があるのでしょうか。

 

 

医療水準論の復習

前回は、医師の「過失」とは何か、どのような観点から判断されているかについてご説明しました。

振り返りますと、医師の「過失」=注意義務違反とは、「予見可能性を前提とした結果回避義務違反」といわれ、❶注意すれば予見可能できたこと、❷予見していれば当然守るべきであったはずの損害回避義務に反したこと、の2つの要素から構成されます。

そして、そのような医師の注意義務違反の有無は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らして判断されることになります。医療水準は、医療機関の性格や所在地域の医療環境の特性等によって全国一律ではない基準が当該医療機関に適用されます。

 

それでは、具体的には、どのような行為について医師は診療に伴う過失を問われる可能性があるのでしょうか。具体的な注意義務違反の内容についてみていきましょう。

 

医師の診療行為は、患者に問診し、診察し、検査を行い、診断を下し、治療方法を選択し、治療を実施し、帰宅後の注意を告げるなどから構成され、これらの適宜のタイミングで診療に関する説明を行うこととなります。

裁判所の判断(判例、裁判例)は、診療行為のそれぞれについて、その作為(意思をもってなされた積極的行為)又は不作為(積極的な行為をしないこと)を義務違反として認定しています。

裁判所の判断において登場した注意義務違反を整理しますと、具体的には以下のような注意義務が挙げられます。民事裁判は、当事者の主張に応じて裁判所が判断を行う構造となっていますから、これらが裁判所が認めた注意義務の全てではありません。

 

医師の具体的注意義務

医療機関としての転落防止義務や感染症発生防止義務、医療水準とは関連のない顛末報告義務や応召義務等の医師法上の義務については以下に含めておりません。これら義務違反については、また別の機会にご紹介することといたします。

 

⑴ 問診義務

⑵ 検査義務

⑶ 診断義務

⑷ 治療義務(投薬義務、投薬中止義務、手術実施義務等)

⑸ 経過観察義務

⑹ 療養指導義務

⑺ 転医義務(転送義務)

⑻ 説明義務

 

以下、上記各義務について適宜事例を紹介しながら、概括的に解説を加えます。

個別の義務については、別稿において詳しく説明してまいります。

今回は、ざっと、どのような注意義務が問われているのかを概観いただければと十分かと思います。

 

⑴ 問診義務

問診とは、医師が患者から病状、既往歴、家族歴等を聴取することであり、診療において重要なものと位置付けられています。例えば、心臓疾患について、経験豊富な医師は問診のみで約80%は診断がつけられるともいわれます。問診義務は、特に、薬剤や予防接種等に関してアナフィラキシーショックが発生したような場面で問診義務違反が肯定される傾向にあります。

 

例えば、次のような事例で問診義務違反が認定されています。

 

・昭和23年2月当時、医師が職業的給血者から採血を受けるに当たり、梅毒感染の有無を問診しなかったことをもって問診義務が尽くされていないと判断された判例最判昭和36年2月16日)

・昭和42年11月当時、医師がインフルエンザ予防接種を受ける患者(間質性肺炎腸炎に罹患していた)に対し、「予防接種を実施する医師としては、問診するにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち予防接種実施規則4条所定の症状、疾病、体質的素因の有無およびそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある」と判断された判例最判昭和51年9月30日)

・医師がチトクロームCの注射を患者に実施するに際し、同薬がショック症状を惹起することが一般的に知られていることを前提に「医師による本人及び近親者のアレルギー体質に関する適切な問診が必要不可欠」と判断された事案。過敏性試験の陰性結果があったとしても問診義務が課されていると判断された判例最判昭和60年4月9日)

・入院中のアスピリン喘息患者が解熱鎮痛剤によって死亡した事案について、医師に他院における発作既往歴を問診しなかったことに問診義務違反があるとされた裁判例(広島地判平成2年10月9日)

 

⑵ 検査義務

診療においては、採血、X線、心電図、エコー、CT、MRIといった非侵襲的でリスクのほぼない検査から、造影剤を用いた画像検査のような非侵襲的ではあるがリスクのある検査、カテーテル内視鏡・気管支鏡等を用いた侵襲的でリスクのある検査があります。

医師は、適正な診断に至るため、適正な検査を実施する義務が課されています。

その義務の範囲は、医師が臨床医学の専門家として如何なる検査を実施するかの裁量を有しているというべきことから、医師の広い裁量によっているというべきです。すなわち、医師においては、患者に疑われる疾患の重大性、当該疾患であることの蓋然性、検査実施に伴うリスク等諸般の事情を総合的に考慮して検査を実施すべきか否かを医学的知見や経験から合理的に決定することが許されています。

一方で、医師において特定の重大な疾患を疑うべきであるにもかかわらず、必要な検査を実施していない場合には、実施しないことについて特段の理由がない限り、医師に検査義務違反が認められることとなります。

なお、相当の検査を実施して適切な処置が実施されたとしても後遺症の発生が軽減できない場合には責任は否定されることとなりますので、裁判例においてもそのような判断がされることも多くあります。法的には、「検査をしても結果が発生したかどうか」という論点は、「過失」の論点ではなく、損害と過失ある診療行為との「因果関係」の有無の問題です医療訴訟における「因果関係」については別の機会に説明いたします。

 

例えば、次のような事例で検査義務違反が認定されています。

 

・4歳児が綿あめの割箸を口にくわえたまま転倒し、その割箸が患者の軟口蓋に突き刺さり頭蓋内損傷により死亡した事案において、口腔内に裂傷はあるものの既に止血しているなどの事実から、頭蓋内損傷が具体的に予見できたものとは認められず、CT等画像検査を行う注意義務があったとは認められないと判断された裁判例(東京高判平成20年11月20日、東京高判平成21年4月15日)

・左下肢に脱力(麻痺)を約20分間認め、高血圧を認めていた患者に対し、医師は、TIA(一過性脳虚血発作)を疑い、CT検査、MRI検査を実施した上、脳梗塞(完成型脳梗塞)の発症を予防するため、アスピリン(血小板凝集抑制剤)を投与する義務があったと認めた裁判例(東京地判平成25年12月25日)

・8歳の小児が腹痛を訴え急性胃腸炎と診断されて入院になり、翌日に絞扼性イレウスで死亡した事案において、患者が入院後も腹痛の症状が改善しなかったこと、担当看護師においても急性胃腸炎以外の疾患を疑うことにつき上申があったこと、腹部膨満を認めたこと、排便がないことなどをもって、医師に腹部レントゲン検査、CT、腹部超音波検査を実施すべき検査義務違反があったと認められた裁判例(横浜地判平成21年10月14日)

 

⑶ 診断義務

医師は、問診、診察、検査等の結果を総合的に考慮して、患者に対して適正な診断を行う義務を負います。そこで、医師には誤診について診断義務違反が問題になることになります。しかしながら、ある診療時点における診断はほとんどの場合、種々の鑑別疾患が一定の確率において存在することを疑う限度で可能なものであり、確実に疾患を診断することは臨床医学の性質上困難であることから、誤診=診断義務違反とはなりません。解剖や生検を経た確定診断によって事後的に正しい診断がされる場面と、臨床医学における診断とは区別して考える必要があります。

適正な診断が実施されない義務違反が問われるのは、患者に必要な検査又は治療が実施されなかった場面ですから、診断義務違反は、理論上は、義務の上流に位置付けられる検査義務又は治療義務として責任追及されることになります。

しかしながら、以下の裁判例もそうですが、医師の誤診そのものを過失と認定する裁判所の判断は多く存在します。

 

アスピリン喘息の患者が酸性非ステロイド性抗炎症薬(ボルタレン)によるアナフィラキシーショックを発症し死亡した事案について、アスピリン喘息の臨床像の特徴である鼻茸を認めていたにもかかわらずアスピリン喘息を疑わず、同疾患に投与が禁忌とされているボルタレンを投与したことについて、同薬の使用について過失があるとされた裁判例(広島公判平成4年3月26日)

 

⑷ 治療義務(投薬義務、投薬中止義務、手術実施義務等)

医師は、患者について診断した上で、診断された疾病に対し、医療水準に従った治療を施す義務を負います。医師が実施すべき治療に関する注意義務違反には、次のようなものに分類されます。

 

ア 特定の治療を実施すべき義務があるのに、これが実施されなかった場合(不作為)

イ 実施された治療方法の選択に誤りがある場合(医薬品の選択、手術方法の選択等)

ウ 実施された治療の実施方法に誤りがある場合(医薬品の過量投与、手術手技のミス等)

 

上記ア及びイは、適正な治療を選択すべき注意義務違反として一括りにされることもあります。

 

上記ア(適正な治療の不作為)

患者に適正な治療が実施されない場合には、医師が特定の疾病とは別の疾病であると誤診している場合や、当該疾病について特段の治療が必要ないと判断されている場合が考えられます。これらについては、検査実施義務や後述する経過観察義務と明確に区別されることなく主張・認定されることが多いといえます。

例えば、次の事例が挙げられます。

 

・圧挫創を外傷によって負った患者が敗血症で死亡した事案について、「重い外傷の治療を行う医師としては、創の最近感染から重篤な細菌感染症に至る可能性を考慮にいれつつ、慎重に患者の容態ないし創の状態の変化を観察し、細菌感染が疑われたならば、細菌感染に対する適切な措置を講じて、重篤な細菌感染症に至ることを予防すべき注意義務を負う」と判断された判例最判平成13年6月8日)

・出産時、弛緩出血に起因する出血が持続して出血性ショックに陥った事案について、十分な輸液がされなかったなどの注意義務違反があるとされた裁判例(大阪地判平成21年3月25日)

 

上記イ(適正な治療法の選択義務違反)

複数の治療法がいずれも医療水準に合致する場合には、説明義務違反に当たることがあることは別として、医師において特定の治療法を選択することに注意義務違反が認められることはありません。それゆえ、医師が適正な治療法の選択義務違反を問われる場面は、医師が適正な治療法が存在するにもかかわらず、適正ではない治療法を選択した場合であるといえます。

医薬品の選択義務違反について、次の判例が挙げられます。

 

・高齢の入院患者がMRSAに感染した際に、バンコマイシンを投与することなく、広域抗生剤である第3世代セフェム系抗生剤を投与した事案について、早期にバンコマイシンを投与しなかったことなどについて医療水準にかなうものではないと判断された判例最判平成18年1月27日)

 

上記ウ(適正な治療の実施義務違反)

手術に際しての手術器具の操作ミス、内視鏡カテーテル等の操作ミス、医薬品の誤投与・過剰投与等、様々なものがこれに含まれます。

手術等の手技上の過失については、近年は手術動画が撮影されている例もあるものの、記録に残されていることが少なく、患者側の具体的な過失の主張立証に困難を伴うことが特に多い類型であるといえます。そのため、患者側において、ある程度の抽象的な主張がされることはやむを得ないといえます。裁判所は、手術と悪しき結果との時間的近接性や、手術部位と悪しき結果が発生した部位の場所的近接性、当該手術において通常発生する合併症といえるのか、他の原因が存在するといえるのか、といった観点から医師の注意義務違反を認定します。

以下のような裁判例が挙げられます。

 

・多発性骨軟骨腫の一部が脊柱管内に発生して脊髄を圧迫している状況を治癒させるために椎弓切除腫瘍剔去術による脊髄内の軟骨摘出手術が実施された結果、脊髄損傷・両下肢機能全廃になった事案について、症状の重篤性、術中の出血量が多量であったこと、患者に上記症状を起こす特異体質等の原因がないことに照らし、医師に手術手技上の過失が認められるとした裁判例神戸地裁尼崎地判平成4年11月26日)

・人工骨頭置換術後に坐骨神経麻痺を認めた事案につき、患者に椎間板ヘルニアが存在することからして、坐骨神経麻痺の発症をもって手術手技上の注意義務違反を推認することは困難であると判断された裁判例(大阪高判令和3年9月8日)

 

⑸ 経過観察義務



医師は、患者を診断、検査、治療をした場合であっても、しなかった場合であっても、患者に認められた所見、検査結果、治療結果に照らして、患者の容態が悪化する危険性を判断し、その危険性の程度に応じて経過を観察すべき義務を負います。

訴訟では、侵襲を伴う検査後の容体悪化、投薬直後のアナフィラキシーショック、術後の容体の悪化、入院中の患者の容体の悪化等について経過観察義務が認められています。

経過観察義務は、看護師の医師に対する報告行為のように(東京地判令和3年9月16日)、本義務特有の行為が問題にされることもありますが、実質的に、検査義務や治療義務に収斂されるとも考えられるため(原告が経過観察義務を主張し、検査義務違反が認められた事案(東京高判平成30年3月28日)、特定の状況における注意義務の類型であるともいえるでしょう。

 

・抗生剤の投与を受けた患者が投与開始直後にアナフィラキシーショックで死亡した事案について、「Y2が、薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしているBに対し、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある本件各薬剤を新たに投与するに際しては、Y2には、その発症の可能性があることを予見し、その発症に備えて、あらかじめ、担当の看護婦に対し、投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか、発症後における迅速かつ的確な救急処置を執り得るような医療態勢に関する指示、連絡をしておくべき注意義務があり、Y2が、このような指示を何らしないで、本件各薬剤の投与を担当看護婦に指示したことにつき、上記注意義務を怠った過失があるというべきである。」として経過観察義務を肯定した判例最判平成16年9月7日)

 

⑹ 療養指導義務

医療機関において実施する検査、治療が終了し、一旦診療が終了した後においても、医師は適切な自宅療養を実施するよう指導し、症状の増悪等を認めた場合に緊急受診するなどを説明、指導する義務を負います。

 

以下の判例や裁判例があります。

 

・医師が未熟児である新生児を黄疸の認められる状態で退院させ、当該新生児が退院後核黄疸に罹患して脳性麻痺の後遺症が生じた事案につき、「退院させるに当たって、これを看護する上告人らに対し、黄疸が増強することがあり得ること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていたというべき」などとして一般的な注意を与えたのみで退院させた医師につき療養指導義務違反を認めた判例最判平成7年5月30日)

 

・大腸ポリープに対しポリペクトミーを実施した患者が大量出血によって死亡した事案について「医師がポリペクトミーを施術する際、術後も穿孔が起こる危険性を十分認識し、少なくとも、当日患者を帰宅させる場合には、手術の内容、食事内容、生活上の注意をして、その余後に万全の注意義務を払うべき」として医師の療養指導義務違反を認めた裁判例(大阪地判平成10年9月22日)

 

⑺ 転医義務(転送義務)

医師は、患者に重大で緊急性のある病気の可能性が高いことを認識した場合、当該医療機関及び当該医師において対応できない場合には、患者を対応可能な専門医及び設備を有する医療機関に転医させる義務を負います。

 

医師の転医義務は、医療法1条の4第3項に「医療法医療提供施設において診療に従事する医師及び歯科医師、医療提供施設相互間の機能の分担及び業務の連携に資するため、必要に応じ、医療を受ける者を他の医療提供施設に紹介し、その診療に必要な限度において医療を受ける者の診療又は調剤に関する情報を他の医療提供施設において診療又は調剤に従事する医師若しくは歯科医師又は薬剤師に提供し、及びその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」として、努力義務として法文化されています。

 

以下の判例について転医義務違反が認められています。

 

・風邪症状で約4週間毎日開業医に受診した患者が、風邪薬による副作用である顆粒球減少症に罹患して死亡した事案につき、「開業医の役割は、風邪などの比較的軽度の病気の治療に当たるとともに、患者に重大な病気の可能性がある場合には高度な医療を施すことのできる診療機関に転医させることにあるのであって、開業医が、長期間にわたり毎日のように通院してきているのに病状が回復せずかえって悪化さえみられるような患者について右診療機関に転医させるべき疑いのある症候を見落とすということは、その職務上の使命の遂行に著しく欠けるところがあるものというべきである。」「開業医が本症の副作用を有する多種の薬剤を長期間継続的に投与された患者について薬疹の可能性のある発疹を認めた場合においては、自院又は他の診療機関において患者が必要な検査、治療を速やかに受けることができるように相応の配慮をすべき義務があるというべき」として転医義務を認定した判例最判平成9年2月25日)

 

転医義務については、どのような状況に至れば転医義務が発生するのか、転医先の選定等についても医師が責任を負うのかといった重要な争点もあります。

 

⑻ 説明義務

医師が患者に十分な説明を実施すべき義務が認められるのは、患者において自己決定や熟慮の機会が法的な利益として認められているからです。

それゆえ、説明義務違反は、上記⑴から⑺までの患者の生命、身体、健康という法益を根拠とする問診義務等とは性質が異なります。

具体的に、どの程度のインフォームドコンセントが必要となるのかについては、医療水準を参照しつつも個別の判断になることが多いといえます。

 

A

診療のうち、問診、検査、診断、治療、経過観察、療養指導、転医、説明について、その作為(積極的行為)又は不作為(消極的行為)が法的に適切なものであったかを問題にされる可能性があります。

これら行為が医療水準に照らして合理的なものであったか、すなわち、適切な問診、検査を実施して患者の病態を的確に把握し、その危険性を踏まえた上で、標準的な医師であれば合理的と考える検査、治療、経過観察、療養指導、転医なされていたかについて検討し、適切な説明を患者遺族に行う必要があります。

 

医師の過失とは?医療水準や注意義務の判例から解説

Q クリニックでオペをした患者が死亡しました。私としては、通常どおりにオペを行ったと考えているのですが、遺族から私の医療行為に過失があると責められています。そもそも過失とは法的にどのようなもので、どのように判断されるのでしょうか。

医療過誤の請求の法的構成

医療過誤が生じた際に、患者が医療機関・医師を相手に法的な請求を行う場合には、2とおりの法的構成が考えられます。

1つが、債務不履行による契約責任の追及(民法415条)であり、診療契約(準委任契約)上の義務違反を主張するものです。

もう1つが、不法行為による損害賠償請求(民法709条、715条)です。

時効等の法的効果に違いがあるものの、医師の過失の有無を判断する際には、上記法的構成のいずれを選択するのかによって違いはありません。これは、医師が診療契約によって負う債務が手段債務という結果を請け負うものではなく、合理的な注意義務をもって債務を履行することで足りることによります。いわゆる過誤(ミス)によって患者が死亡した場合には、不法行為法上も診療契約上も等しく責任を負うというわけです。

そこで、本稿では、不法行為による損害賠償請求がされた場合を想定しましょう。

不法行為による損害賠償請求が認められる場合とは?

上記Qを考慮する際には、不法行為による損害賠償請求が認められるのが法的にどのような場合かを考えないといけません。

不法行為による損害賠償が認められる要件は、種々の学説があるものの、以下のとおり考えることで実務上は問題ありません。

① 過失

② 因果関係

③ 損害

本件のQでは、死亡という損害の発生(③)と診療行為と死亡との因果関係(②)が認められることは明らかと考えられますから、過失(①)について深く学んでいきましょう。

過失とは何か

 過失とは、法律用語であり、他人に損害を加えないように注意深く行動せよという注意義務違反のことをいいます。そして、注意義務違反とは、❶注意すれば予見可能できたこと、❷予見していれば当然守るべきであったはずの損害回避義務に反したこと、の2つの要素からなります。

 そのため、法的には、過失とは、「予見可能性を前提とした結果回避義務違反」であるなどと説明されます。

 具体的に、注意義務違反があるかについては、米国の裁判官であるハンド判事の提唱した基準として、㋐結果発生の危険性・蓋然性㋑危険が実現した場合の重大性(被侵害利益の重大性)及び㋒注意義務を課すことによる負担、の3つの要素を比較衡量して決すると説明されます。また、上記3要素以外にも、行為の社会的有用性や防止措置の困難さを考慮要素にすべきとの学説もありますが、行為が社会的有用性を有することをもって人の生命・身体の侵害を許容する結論をとり易くなるという点から批判もあります。

医師が負う注意義務とは?

医師についてみれば、医師であっても、当然ながら、他人の生命、身体、健康を損なわないようにすべき義務を負っています。医師が、これらを義務に反して侵害した場合には、過失ありとして不法行為責任を負います。

医師の過失ないし注意義務については、判例が積み重ねられています。判例上、医師が負う注意義務は「最善の注意義務」と呼ばれています。

すなわち、最高裁昭和36年2月16日第一小法廷判決・民集15巻2号244頁(東大輸血梅毒事件※)は、「いやしくも人の生命及び健康を管理すべき業務(医業)に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる最善の注意を要求される」と判示しています。

 

※ 東大輸血梅毒事件

 医師が職業的給血者に対し梅毒感染の有無を問診しなかったことについて過失(問診義務違反)を認められた事案。医師は「からだは丈夫か」と尋ねただけで直ちに輸血を行った。

(梅毒スピロヘータ電子顕微鏡画像) ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%85%E6%AF%92

それでは、医師が負う「最善の注意義務」のレベルはどの程度のもので、その注意義務違反をどのように判断すべきでしょうか。

これに答えを出したのが、最高裁昭和57年3月30日第三小法廷判決・判タ468号78頁(未熟児網膜症高山日赤事件)です。最高裁は、「注意義務違反の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」としました。

 

※ 未熟児網膜症高山日赤事件

 医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し、全身管理を懈怠し、ステロイド治療や光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を遅延し、転医措置を遅延したことなどについて過失(療養方法等の説明指導違反、転医指示義務)が否定された事案。

(未熟児網膜症の症例画像)

在胎29週、出生体重1090gの新生児の眼底画像で白色矢印部分にアグレッシブ型未熟児網膜症を認めている(Dogra MR、 Katoch D、 Dogra M. An Update on Retinopathy of Prematurity (ROP). Indian J Pediatr. 2017;84(12):930-936.)。

 

高山日赤事件が「臨床医学の実践における」と判示しているのは、学問上(机上)の医療水準ではないとする意味です。

上記最高裁判例は、以後も維持され(例えば、最高裁平成7年6月9日第二小法廷判決・民集49巻6号1499頁(姫路日赤事件))、いわゆる「医療水準論」として医師の過失の判断基準として確立されており、現在も訴訟の場で判断に用いられています。

 

※ 姫路日赤事件

 医師が未熟児網膜症と診断された患者に対し光凝固療法の施術を念頭においた眼底検査等を実施せず、転医させなかったことについて過失(検査義務違反・転移義務違反)が認められた事案。

医療水準はどの医療機関も同一か?

読者の中には、日本全国津々浦々で、一律の「医療水準」なるものが観念されるものなのか、と疑問に思われたかと思います。

この点について、上記姫路日赤事件において最高裁は、医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきであり、右の事情を捨象して、すべての医療機関について診療契約に基づき要求される医療水準を一律に解するのは相当でない。と判示しています。

医療水準とは、何を基準に注意義務違反を判断すべきかといいう問題への回答ですので、医療行為の中でも、新規の治療法について特に当てはまる考えです。そして、新規の治療法は、有効性・安全性を治験等によって確認され、一部の医療機関のみで実施されている段階から時間をかけてその知見や実施のための技術・設備等が全国に普及されていくものです。そのため、当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等を注意義務違反の基準に関し考慮し、妥当な結論を得ることとされているものです。

上記法理は、最新の医療機器や技術を導入して高度な医療サービスを提供する中核病院か、市中のクリニックとの違いといった医療機関の特性のみならず、当該医療機関が提供する医療サービスが保険診療であるか、人間ドックなどの自費診療かといった特性の違いについても当てはまるとされています。

例えば、高額な費用が必要な人間ドックを提供するクリニックの医療水準について述べた裁判例東京地方裁判所平成30年4月26日判決・判タ1468号188頁)では、人間ドック後に胃癌で患者が死亡した事例について、「人間ドックによる健康診断の目的・性質に照らせば、被告法人は、健康診断契約上の義務として、患者に対し、検査の結果、胃がんを疑わせる所見が存在する場合だけでなく、このような所見がない場合でも、精密検査を実施して胃がんの有無を精査すべき異常所見がある場合には、精密検査を実施又は勧奨すべき注意義務があるということができる。そして、この注意義務については、受診当時の医療水準に照らし、被告法人の特性等の諸般の事情を考慮して、被告法人との診療契約に要求される医療水準を検討し、これを基準に判断されるべきである。」「人間ドックにおける健康診断は、厳しい時間的、経済的、技術的制約を内在する一般集団健康診断に比べれば高い水準の読影が期待されるということができる。他方で、本件施設における健康診断は、がんに限らず病気の発見・予防を目的として各種の検査を行うものであるから、本件施設において要求される読影の水準は、受診当時の人間ドックとしての標準的な医療水準に基づく読影の水準にとどまるものであり、本件施設は、がんの発見、治療を専門とする医療機関における画像読影と同等以上の水準の高度な注意義務を負うものではない。」と述べて、人間ドックに要求される医療水準は、一般集団健康診断より高い水準が期待されるものの、がん治療の専門医療機関のような高度な注意義務は負わないと位置付けています。

上記裁判例からも、裁判所が、医療機関の性質に応じて緻密に医療水準の設定をしていることが窺われます。

医療水準の時的判断要素

医療水準に基づく過失の判断時点は、医療行為が実施された当時の医学的知見によります。

最高裁昭和61年10月16日第一小法廷判決・判タ624号117頁(大腿四頭筋拘縮症事件)においても、以下のとおり医療水準の時的因子に着目して判断を行っています。

「Y2らがX1に対し本件各注射をしたことは昭和37年当時の医療水準に照らし必要かつ相当な治療行為である」

患者側からは、現在の医療水準に基づき主張をする場合も時にありますので、いつの医療水準をもって判断すべきかの視点は常に有しておく必要があります。

 

※ 大腿四頭筋拘縮症事件

新生児メレナの患者の大腿部にビタミンKなどの筋肉注射をした医師について、当時の医療水準に照らし新生児の大腿部への筋肉注射が必要かつ相当な治療行為として是認されるとして、医師の過失を否定した事案。

医療水準と医療慣行

医療慣行とは、医師の間で一般的に行われている診療行為のことをいいます。

医療訴訟では、医療機関側から、実質的には医療慣行に従っていることを理由に過失はないととれる主張がされることが多くあります。

しかしながら、医療慣行が医療水準と異なる場面があり得ることは当然ですから、医療慣行に沿った診療行為であることのみをもって、当該行為に過失なしとされないことは明らかかと思います。

最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・民集50巻1号1頁「平均的医師が現に行っていた医療慣行に従った医療行為を行ったというだけでは、医療機関に要求される医療水準に基づいた注意義務を尽くしたことにはならない」と判示しています。

また、最高裁平成18年1月27日第二小法廷判決・集民219号361頁は、「当時の医療現場においては一般的であったことがうかがわれるとしても、直ちに、それが当時の医療水準にかなうものであったと判断することはできないものというべきである。」と同様に判示しています。

確かに、医師が合理的に根拠を有するために多くの医師に支持を得て医療慣行が形成されることからすれば、多くの場合においては、医療慣行と医療水準は合致しているといえるでしょう。しかし、事故を契機として、効率性を重視するばかりに診療行為の危険性を見て見ぬふりをして実施されていた慣行的な取扱いが変更されることはままあることです。もちろん、診療行為に危険性があったとしても、その危険性を踏まえた上でも何らかの合理的な理由をもって行われている行為については医療水準に合致しているといえます。

医療慣行に従った医療行為に容易に予見し得える危険性があるのか、何らかの結果回避手段がとり得るのかを検討する必要があります

医療水準は、現実に存在していないとしても、当該医療機関の性質等から、それぞれの医療機関の給付能力への合理的期待によって定まることを理解する必要があるといえます。

特に腕の良い医師には、高度の注意義務が課せられるのか?

読者の中には、標準的な医師を超える知識、技能をお持ちの方もいらっしゃると思います。そのような医師については、通常の医師を超える医療水準が課されるのでしょうか。この点についても過去に問題になったことがあります。

最高裁平成4年6月8日第二小法廷判決・集民165号11頁は、未熟児網膜症に関する事案について、「医師は、患者との特別の合意がない限り、右医療水準を超えた医療行為を前提としたち密で真しかつ誠実な医療を尽くすべき注意義務を負うものではな」いと判示し、特別な技能等を有する医師の注意義務の基準について医療水準を超えるものではないと判断しました。

当該判例からは、最高裁が、医療水準を医療機関単位で判断する姿勢がみてとれます。

この点については、医療機関が専門的で高度な設備を備えている場合には、当該医療機関に所属する特殊な技能を有する医師の医療水準は、全国的にみた平均的な医療水準を超えるものとなりますので上記判例との違いをご理解ください。このことは、医療水準が、患者が当該医療機関の性質等をみて、それぞれの医療機関の給付能力へ合理的に期待することによって決まること説明がされるのは上記のとおりです。判例がいうように、医師と患者との間で高度な医療を行うことが合意されていた場合も例外的に高度の注意義務が課されることになります。

 

以下の記載は専門的な内容になりますので必要な方だけご覧ください。

医療水準論を明記しない最高裁判例

医師の過失判断については、今までみてきたように、医療水準論を中心に判例が積み重ねられてきました。

その一方で、近年は、医療水準の認定を明示しないままに、過失の有無を判断する判例、裁判例が散見されるようになりました。

例えば、最高裁第三小法廷判決平成18年4月18日・集民220号111頁は、次のように過失を判断しています。当該判決は、冠状動脈バイパス手術を受けた患者が術後に腸管壊死となって死亡した事例に関するものですが、①当該患者は、腹痛を訴え続け、鎮痛剤を投与されてもその腹痛が強くなるとともに、高度のアシドーシスを示し、腸管の蠕動亢進薬を投与されても腸管閉塞の症状が改善されない状況にあったこと、②当時の医学的知見では、患者が上記のような状況にあるときには、腸管壊死の発生が高い確率で考えられ、腸管壊死であるときには、直ちに開腹手術を実施し、壊死部分を切除しなければ、救命の余地はないとされていたこと、③当該患者は、開腹手術の実施によってかえって生命の危険が高まるために同手術の実施を避けることが相当といえるような状況にはなかったこと、④当該患者の症状は次第に悪化し、経過観察によって改善を見込める状態にはなかったことなどの事情を挙げ、担当医師には当該患者に腸管壊死が発生している可能性が高いと診断し、直ちに開腹手術を実施し、腸管に壊死部分があればこれを切除すべき注意義務(開腹手術実施義務)を怠ったものとされました。

また、最高裁平成21年3月27日第二小法廷判決・民集230号285頁も、麻酔薬の過剰投与による患者死亡事案について、特段の医療水準を認定することなく「医師には、Aの死亡という結果を避けるためにプロポフォールと塩酸メピバカインの投与量を調整すべきであったのにこれを怠った過失があ」ると判断しています。

医療水準論は、当初は未熟児網膜症事例について新規の治療方法を実施しなかったことについて定められたものですが、以後、新規治療法ではない医師の行為についても用いられてきました。しかしながら、類型化、定型化にそぐわない個別の症例に対する医師の診療行為に関しては、明確な医療水準を定める実益は低く、原則に戻り、予見可能性、結果回避可能性を基にした注意義務違反の有無について判断し過失が判断されることとなります。これら2つの判断方法は矛盾するものではなく、場面によって、又は、当事者の主張に応じて使い分けられていると考えられます。

 

参考書籍、参考文献

米村滋人『医事法講義』第2版. 日本評論社、 2022.

大島眞一『医療訴訟の現状と将来』.判例タイムズ1401号.2014.

 

「ハイフ施術の危険性・合併症と法的問題点」

【要約】

ハイフ(HIFU:High Intensity Focused Ultrasound)施術は、高密度焦点式超音波を用いた美容および医療技術で美容クリニックをはじめ、エステや自宅においても当該施術がされてきました。2024年10月30日に始まった裁判では、非医師によるハイフ施術で熱傷を負った患者がエステサロンに対し損害賠償を求めています。ハイフは、従前から熱傷や神経損傷の危険性があることを警告されてきました。ハイフの実施に伴う法的問題についてみていきます。

 

 


ハイフの実施に関する裁判の開始

2024年8月に患者がエステサロンを相手方として、HIFU(ハイフ)を用いた施術で熱傷を負ったとする損害賠償請求を起こしていましたが、その裁判が10月30日に始まったとの報道がされています。

www.yomiuri.co.jp

及び

www3.nhk.or.jp

 

ハイフの危険性

ハイフについては、平成29年3月2日に独立行政法人国民生活センターから、熱傷や神経損傷の合併症が発生すること、医師資格のないエステシャン等がハイフを用いた美容施術を行うことが医師法17条に違反するおそれがあることについて注意喚起がされていました(エステサロン等でのHIFU機器による施術でトラブル発生!―熱傷や神経損傷を生じた事例も―)。

 

ハイフとは

ハイフとは、High Intensity Focused Ultrasound(「強力集束超音波」、「高密度焦点式超音波」等)という、超音波を凸面の発生器で一点に集中させて高いエネルギーを生み出す機器です。

虫眼鏡で太陽光を一点に集中させ、紙を燃やすことができるように、ハイフは体の深部臓器まで加熱させることが可能な医療機器です。従前は前立腺がんなどのがん細胞を加熱・壊死させる治療に用いられていた技術であり、身体に傷をつけず、合併症の少なさや医療コストの安さなどから広く用いられていました。

近年は、人体の表面には傷をつけないという触れ込み(No Downtime, 非侵襲、体内に異物を残さない)で、美容医療領域で、顔のリフトアップ、体の引き締め、しわ改善等に有効であることが確認され、使われるようになりました。例えば、平成29年に実施された調査の結果、全国に約2万4000のエステサロン店舗のうち、約4600の店舗でハイフ施術の広告がされていたそうです。

 

なお、「超音波」とは、人間の可聴波数範囲より高い周波数の音波として定義されますが、超音波自体は、医療において胎児診断で使用されているとおり、(集束させるなどの強力化する機器を用いなければ)大変安全なものです。

 

ハイフの施術と威力

ハイフは、先端にトランスデューサが組み込まれたカートリッジの先端部をジェルを塗布した皮膚に当て、術者がプローブのボタンを押して超音波を照射しつつ、プローブを動かして施術します。

(平成29年3月2日付け独立行政法人国民生活センター注意喚起より)

 

ハイフは、深部臓器を80℃を超える高温にすることが確認されており、70℃で白濁する高分子ゲルを変性させることが実験で分かっています。なお、細胞が死に至るかどうかは、加えられる温度と当該温度にさらされた時間とによって決まりますが、43℃以上で細胞死の速さは急速に高まるとされています。

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ハイフの威力は、下右図において、深部組織(豚の肝臓)が広範囲に熱変性していることからお分かりになるかと思います。

(平成29年3月2日に独立行政法人国民生活センターエステサロン等でのHIFU機器による施術でトラブル発生!―熱傷や神経損傷を生じた事例もー」から抜粋)

 

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ブタの筋肉に照射した際の熱変性部位の病理組織標本です。細胞死が認められています。

 

ハイフの合併症

ハイフの合併症としては、以下のように、神経・感覚障害(顔面神経麻痺、オトガイ神経麻痺等)、熱傷(及びこれに続く熱傷後色素沈着及び熱傷瘢痕)、頭痛、飛蚊症等種々の合併症が報告されています。

(2023年3月29日付け消費者庁消費者安全調査委員会報告書より抜粋)

ハイフの施術と法的問題

ハイフの問題は、想像以上に、その威力が強いところにあります。

ハイフに関しては、簡易に美容的効果が得られるとのイメージとのギャップから、様々な法的な問題を引き起こすことになります。その法的問題を列挙しますと以下のとおりです。

 

1 医者でない者が実施していいのか

2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか

3 医者の説明はどの程度行うべきか

4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか

 

以下、それぞれ見ていきましょう。

 

1 医者でない者が実施していいのか

以前みたように、医師法17条により、医師でない者は、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」=「医行為」を反復継続して行ってはいけないこととなっています。

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そこで、ハイフ施術の危険性が問題となります。

ハイフ施術の危険性については、ハイフ施術による熱傷や神経麻痺等の事故が多発している実情を受け、2023年3月29日付けで、消費者庁消費者安全調査委員会より、ハイフ施術による事故の原因調査報告エステサロン等でのHIFU(ハイフ)による事故)が発表されました。

この報告書には、「HIFU(高密度焦点式超音波)施術における事故等の直接原因は、照射出力が高く、安全上信頼性の低い機器を用い、施術に必要な解剖学や、出力や照射方法の調整に関する知識の不十分な者が行った結果として、熱傷や神経障害などの事故に」至るものとされています。また、同日、同消費者安全調査委員会によって、厚労省経産省消費者庁に対して意見がなされ、「今回調査した、エステサロン等で行われているような HIFU 施術は、神経や 血管の位置などの解剖学の知識を有する者が、機器の特性や施術方法を熟知して行う場合を除いては、人体に危害を及ぼすリスクが高いものである。このため、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、 又は危害を及ぼすおそれのある行為(医師法 17 条の「医業」に係るいわゆる 医行為)に該当するものがあると考えられるので、医師法上の取扱いを整理し、これにより施術者が限定されるようにすること。」と、ハイフの施術行為が医行為に該当する行為である、との意見がなされました。

 

これを受けて、令和6年6月7日付けで、厚生労働省医政局医事課長は、次のように述べて、ハイフ施術が医師法17条所定の医行為に該当するとの行政解釈を示しています。

 

第1 HIFU施術に対する医師法の適用

 用いる機器が医療用であるか否かを問わず、ハイフを人体に照射し、細胞に熱凝固(熱傷、急性白内障、神経障害等の合併症のみならず、ハイフ 施術が目的とする顔・体の引き締めやシワ改善等も含む。)を起こさせ得る行為(以下「本行為」という。)は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であり、医師免許を有しない者が業として行えば医師法第 17条に違反すること。

 

上述のハイフの熱変性の効果や、行政上の解釈に照らしますと、ハイフの施術が医行為に当たり、原則として、医師以外が行うことができないことは明らかといえます。

 

2 医者の指示を受けて看護師が実施していいのか

 看護師は、①当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること、②医師の指示があること、を満たした場合に限り、保健師助産師看護師法37条により一部の医行為を反復継続して実施できます。以下の記事もご参照ください。

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 特定の医行為(今回でいう、ハイフの施術行為)が診療の補助=相対的医行為に当たるか、医師のみが実施できる絶対的医行為に当たるかについては、当該行為の技術的な難易度と判断の難易度の双方の要素から決せられます(下図参照)。

 ハイフの施術行為は、プローブを動かしつつボタンを押して施術するものですので、技術的な難易度は研修を経て実施可能な程度であるといえるでしょうが、顔面神経等の神経走行、血管走行等の解剖を理解した上で、合併症が生じない部位を選択して照射しなければなりませんので、その照射部位の判断には専門的な知識が必要であると考えられます。

 そうであれば、照射部位について看護師が裁量をもって判断する余地がない程度に医師が具体的に指示し、看護師の施術が当該指示に沿ったものであることを医師が確認しつつ施術が実施されるのであれば、看護師による実施が許される可能性もないとはいえませんが、現実には医師自身によって実施されるべき医行為であるというべきかと考えます。

 

(「厚労省資料、チーム医療推進のための看護業務検討ワーキンググループによる医行為の分類(案)について」より抜粋)

 

3 医者の説明はどの程度行うべきか

 医師は、診療契約上の義務として、施術に際して、患者に対して施術に関する説明を行った上でインフォームド・コンセントを取らなければいけません。

 それでは、医者は、どの程度の説明を行うべきでしょうか。ハイフを施術する美容医療を行うクリニックでは、特に説明義務について問題になることが多くあります。

 

 まずは、美容医療ではない医療について著明な判例をご紹介します。

最三小判平13年11月27日・民集55巻6号1154頁は,医療水準として未確立であった乳房温存療法に関する乳房温存療法の適応可能性に関して医師が説明義務を負うかが争点となった医師の説明義務に関する先例的な判例ですが、最高裁は、医師が負う説明義務の内容について,特別の事情のない限り,①当該疾患の診断(病名と病状),②実施しようとする医療行為の内容,③医療行為に伴う危険性,④他に選択可能な治療法があればその内容・利害得失・予後等について説明すべき義務があると判示しました。

 保険医療機関においては、一般的な保険診療に関し、上記説明がなされていることを確認する必要があります。

 美容医療については、上記①~④の内容を最低限のものとし、これに加えて医師の説明義務が加重されています。この理由について、過去の裁判例に基づけば、美容診療における以下の特殊性があるからとされています。

 

 ❶ 医療行為の医学的必要性・緊急性が低いこと

 ❷ 診療行為に関する広告(ホームページの記載も含む。)により、患者に十分な合併症の説明がされていないことが多いこと

 ❸ 患者が美容を目的として医療行為を受けることから、顔面の熱傷等の美容を損なう可能性のある合併症については特に患者の関心が高いと考えられること

 ❹ 医学的に一般に承認されていない術式が採用されることが他科より多いこと

 

 裁判例をみてみると、ハイフの施術に係る説明義務に関しては、大阪地判平成27年7月8日・判時2305号132頁が「美容診療は、生命身体の健康を維持ないし回復させるために実施されるものではなく、医学的に見て必要性及び緊急性に乏しいものでもある一方、美容という目的が明確で、しかも、ほとんどの場合が自由診療に基づく決して安価とはいえない費用をもって行われるものであることを考えると、当該美容診療による客観的な効果の大小、確実性の程度等の情報は、当該美容診療を受けるか否かの意思決定をするにあたって特に重要と考えられる。そして、美容診療を受けることを決定した者とすれば、医師から特段の説明のない限り、主観的な満足度はともかく、客観的には当該美容診療に基づく効果が得られるものと考えているのが通常というべきである。そうすると、仮に、当該美容診療を実施したとしても、その効果が客観的に現れることが必ずしも確実ではなく、場合によっては客観的な効果が得られないこともあるというのであれば、医師は、当該美容診療を実施するにあたり、その旨の情報を正しく提供して適切な説明をすることが診療契約に付随する法的義務として要求されているものというべきである。したがって、医師が、上記のような説明をすることなく、美容診療を実施することは、診療対象者の期待及び合理的意思に反する診療行為に該当するものとして、説明義務違反に基づく不法行為ないし債務不履行責任を免れないと解するのが相当である。」と判示しており、参考になるかと思います。

 

 ハイフの施術に関しては、患者の所見・症状、当該施術の内容や目的、危険性(合併症の種類及び頻度、特に美容を損なう場合もあること)及び他の選択可能な治療法の有無に加え、ハイフが美容目的で承認が得られた医療機器ではないことや、ハイフによって美容効果を得ることについて安全性が確立された医療行為とはいえないこと、当該施術にても効果が得られない場合があることについても説明しなければならないと考えます。また、医療機関が行っている広告が、患者において副作用のリスクがない又は少ないという誤解や過度の期待を惹起するものであれば、これを解消する程度の説明が求められます。

 

4 ハイフを製造販売、販売又は貸与してもいいのか

 ハイフは、薬機法上、その製造及び販売等を実施する者及びその医療機器としての承認等を必要とする薬機法上の「医療機器」に当たります(令和5年3月31日厚生労働省医薬・生活衛生局監視指導・麻薬対策課長通知、薬生監麻発0331第12号「HIFUに関する監視指導の徹底について」)。

 しかしながら、日本においてハイフが医療機器としての承認を得た製品はありません。

 現在は、医師が自己責任によって個人輸入しているもの、未承認医療機器としてエステサロン等が輸入しているものと考えられています

 管理医療機器及び高度管理医療機器に分類される医療機器については、品目ごとの承認に加え、製造販売、販売又は貸与を行う者について、製造販売業、販売業又は貸与業の許可又は届出が必要となりますので、医療機関同士での貸与等は禁止されることにご注意ください。以下の記事もご参照ください。

mtymedlaw.com

 大阪地判平成27年6月15日(公刊物未搭載)においても、超音波照射能力を有する医療機器である高密度焦点式超音波痩身器を販売したとして旧薬事法違反とされています

 

「医療機関経営者が知っておくべき看護師の業務範囲と医師の業務独占 – 適法な業務分担を徹底解説」

 

【要約】

本稿では、医療機関経営者が知っておくべき看護師と医師の業務範囲、特に医師の業務独占に関する法律を解説する内容です。医師法第17条に基づき、医療行為には医師の医学的判断が必要とされる一方、看護師が実施できる相対的医行為についても区別され、医師の指示の下で実施可能な医療行為も存在します。また、実際の判例や法改正、厚生労働省の見解を紹介し、医療現場での適法な業務分担の重要性について説明しています。

 

 

医療機関を経営されている方において、当該医療機関において、看護師にどこまでの行為を実施させても法的に問題ないのか、と疑問に思われることもあろうかと思います。

今回は、看護師と医師法17条が定める医師の業務独占についてのお話です。

例えば、次のような行為を看護師が実施することに問題はあるのでしょうか。

 

問題

Q 看護師が、医師のいない有料老人ホームにおいて、患者の口腔内に機器を挿入して咽頭を撮影し、撮影された画像をAIが解析し、当該患者のインフルエンザ感染の有無を判定し、当該結果を看護師から患者に伝える行為

※ 当該機器の有効性はここでは問題にしません。

まずは、当該行為の適法性を判断するのに必要となる法律を一緒に学びましょう。

 

医師法17条についてのおさらい

医師法17条が「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定め、無資格者による医業を禁止していることは前回ブログの記事のとおりです。

そして、医業とは、①反復継続して(「業として」)、②「医行為」を行うことと定められているのでした。「医行為」については、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と考えておけば、一旦は大丈夫です。

これを踏まえて、今回は、看護師・准看護師(以下では両者をまとめて「看護師」といいます。)に許されている医療行為についてみていきましょう。

植毛治療クリニックにおいて管理医師が有罪とされた裁判例

過去には、東京地方裁判所平成9年9月17日判決・判タ983号286頁において、医師の指示を受けた看護婦の医行為の実施について、有罪の判断がされています。

当該医師法違反被告事件の事案は、植毛治療を行うクリニック(本クリニック)の管理医師が被告人になったものであり、被告人が複数のクリニックで勤務しており、本クリニックには週に1、2回、昼休みの時間帯に30分くらい顔を出して雑談をする程度で、日常的にほとんど不在でした。被告人は、本クリニックの看護師等に対し、高血圧、感染症、脳血管障害のある患者や高齢の患者など、植毛治療を行ってはいけない患者の類型について、指針となる包括的な指示をし、投薬についても通常の場合に処方すべき薬の定型的な指示をし、これらの指示で対処できない問題が生じたら連絡するようにとは言っていましたが、個々の患者に対する前記のような血圧測定から投薬等に至るまでの本件植毛治療を自ら行わなかったことはもとより、個々の患者に対する本件植毛治療について、患者に応じた具体的な指示を一切せず、本件植毛治療を実施するか否か、投薬は定型的なものでよいか等の個別的な判断を看護師等に委ねていました。また、被告人は、看護師らに、患者に対し麻酔薬のアレルギーテスト及び注射をさせた後に植毛行為を実施させ、また、化膿・発赤に対する処置・処方等も被告人の印を用いて実施させていました。

裁判所は、上記事案において、管理医師である被告人に対し、医師法17条の共同正犯として、懲役1年2月、執行猶予3年の判断を下しています(刑法60条、医師法31条1項1号、同法17条)。

 

また、最近でも、医師の指示なく看護師が処方、注射の指示及び検査結果の説明をしたことがニュースになっており、看護師の不適法な行為が問題となっています。

 

(MBSNEWS2023/10/05の記事より抜粋、 https://www.mbs.jp/news/feature/scoop/article/2023/10/097006.shtml

 

保健師助産師看護師法等による定め

保健師助産師看護師法37条について

看護師の業務について定めている法律は、保健師助産師看護師法(以下「保助看法」といいます。)です。

保助看法5条は、看護師を傷病者等に対する療養上の世話又は診療の補助を行う者と定められており、同法31条は、看護師でない者について上記業を行うことを禁止しています。また、同法37条は次のように定め、一定の医行為保健師助産師看護師法5条の「診療の補助」)を、医師の指示の下で看護師等が行うことができるとしています。これは、看護師も医学的判断及び技術に関連する内容を含んだ専門教育を受け、一定の医学的な能力を有していることを前提とする規定です。当該規定に違反した場合には、6月以下の懲役若しくは50万円以下の罰金又はこれらの併科の罰則があります(同法44条の3)。

なお、看護師は、傷病者等に対する療養上の世話については独自の判断で実施可能です。

 

保助看法37条】

保健師助産師、看護師又は准看護師主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣かん腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。

 

 

上記の看護師が実施できる診療の補助に該当する医行為を「相対的医行為」といい、医師のみが実施できる医行為である「絶対的医行為」と区別されています。

 

(絶対的医行為と相対的医行為)

 

以上から、看護師が医行為を実施することができるのは、以下の2つの要件を満たす場合となります。

 

  • 当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること
  • 医師の指示があること

 

絶対的医行為、相対的医行為(上記①について)

厚労省は、絶対的医行為・相対的医行為の区別について、原則として実際の医療現場における医師の責任と判断に委ねており、個々の医行為について判断を原則として示していません。ただし、厚労省は、どの医療行為が絶対的医行為又は相対的医行為に当たるかについて、通知によって一定の解釈を示しており、当該解釈は時代によって修正が加えられています。特に、静脈注射については、一旦相対的医行為を超えるとしたものの、現在は相対的医行為に含まれる旨の解釈が示されています。

ある診療行為が絶対的医行為に当たるか、相対的医行為に当たるかは❶当該医療行為の技術的な難易度及び❷当該医療行為における判断の難易度相関関係によって定まることになりますので、従前、絶対的医行為であるとされてきた医療行為が、医療機器の進歩や看護師の教育レベルの向上に伴い、相対的医行為に当たると解釈が変更されることがあります。

なお、罪刑法定主義の観点から、刑罰が科される行為については事前に犯罪となる行為の内容を明確にすべきといえますから、行政は積極的に医行為に関する解釈を示していくべきであると考えます。

 

  • 昭和26年9月「保健婦助産師看護婦法第37条の解釈についての照会について」(厚生省医務局長通知)

 → 静脈注射は、保助看法「5条に規定する看護婦の業務の範囲を超えるものであると解する。」

  • 昭和40年7月「麻酔行為について」(厚生省医務局医事課通知)

 → 麻酔行為は相対的医行為を超える。

  • 平成14年9月「『新たな看護のあり方に関する検討会』中間まとめ」
  • 平成14年9月「看護師等による静脈注射の実施について」

 → 静脈注射は、相対的医行為の範疇として取り扱われるべきである。

  • 平成19年12月「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」

 →在宅等で看護職員が、処方された薬剤の定期的、常態的な投与及び管理について患者の病態を観察した上で、事前の指示に基づきその範囲内で投与量を調整することは許される。

 

静脈注射の位置づけの変化について図にしたものが下図となります。

医行為内部での分類が修正されたということです。

 

厚労省資料、看護師の業務範囲に関する法的整理)

なお、絶対的医行為には、処方、検査実施の指示、検査結果(所見のまとめを含む。)を踏まえた診断、観血的処置、麻酔の導入・管理等が含まれます。

上述の東京地方裁判所平成9年9月17日判決・判タ983号286頁についてみれば、断、処方といった絶対的医行為を看護師に実施させていたことからも、医師法17条違反となることがお分かりになるかと思います。

 

特定行為(38行為21区分)について

 2014年、2024年4月に施行された医師の働き方改革を見据え、あるいは、少子高齢化・地域医療提供体制の偏在化への対策として、タスク・シフト/シェアを達成するため、保助看法が改正され、特定行為研修を修了した看護師は、保助看法37条の2に基づき、手順書によって、特定行為を行うことができるようになっています。「特定行為」、「手順書」、「特定行為研修」等の定義は、下記条文のとおりです。

 具体的には、例えば、特定行為研修を修了した看護師は、人工呼吸管理持続点滴中の降圧剤や利尿剤等の薬剤の投与量の調整中心静脈カテーテルの抜去や末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの挿入等の特定行為について、その都度医師の指示を求めることなく、医師が予め作成した手順書(医師による包括的指示の形態の一つ)により行うことが可能となっています。すなわち、特定行為については、相対的医行為に当たると法的に区別され、包括的指示(手順書)に沿って看護師により安全に医行為として実施可能とされることとなっています。

特定行為は、保健師助産師看護師法第三十七条の二第二項第一号に規定する特定行為及び同項四号に規定する特定行為研修に関する省令(https://laws.e-gov.go.jp/law/427M60000100033)の別表第一に38行為が定められています。

 

保助看法37条の2】

特定行為を手順書により行う看護師は、指定研修機関において、当該特定行為の特定行為区分に係る特定行為研修を受けなければならない。

2 この条、次条及び第42条の4において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

① 特定行為 診療の補助であつて、看護師が手順書により行う場合には、実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能が特に必要とされるものとして厚生労働省令で定めるものをいう。

② 手順書 医師又は歯科医師が看護師に診療の補助を行わせるためにその指示として厚生労働省令で定めるところにより作成する文書又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)であつて、看護師に診療の補助を行わせる患者の病状の範囲及び診療の補助の内容その他の厚生労働省令で定める事項が定められているものをいう。

③ 特定行為区分 特定行為の区分であつて、厚生労働省令で定めるものをいう。

④ 特定行為研修 看護師が手順書により特定行為を行う場合に特に必要とされる実践的な理解力、思考力及び判断力並びに高度かつ専門的な知識及び技能の向上を図るための研修であつて、特定行為区分ごとに厚生労働省令で定める基準に適合するものをいう。

⑤ 指定研修機関 一又は二以上の特定行為区分に係る特定行為研修を行う学校、病院その他の者であつて、厚生労働大臣が指定するものをいう。

3 厚生労働大臣は、前項第一号及び第四号の厚生労働省令を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない。

 

領域別パッケージ

特定行為に係る看護師の研修修了生が十分な数、得られなかったことから、特定行為看護師の養成数を増やすため、看護師特定行為研修の受講しやすさを考慮し,2019年から領域別パッケージが特定行為研修に関する省令の改正によって承認されています。例えば、集中治療領域における集中治療領域パッケージでは、橈骨動脈ラインの確保、気管チューブの位置調整、鎮静薬の投与調整等の人工呼吸器や生命維持装置等の使用など、集中治療領域で頻繁に行われる医行為を特定看護師によってタイムリーに実施することが可能となっています。他に、在宅・慢性期領域パッケージ、外科術後病棟管理領域パッケージ、術中麻酔管理領域パッケージ、救急領域パッケージ、外科基本領域パッケージが設定されています。

 

医療関係職種の業務範囲の見直し

チーム医療の推進については、特定行為に係る看護師の研修制度に加え、2021年に良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律が公布され、一般の看護師についても包括的指示で対応可能な業務が拡大しています。

具体的には,救急外来における医師の事前の指示や事前に取り決めたプロトコールに基づく採血・検査の実施や血管造影・画像下治療(IVR)の介助、尿道カテーテル留置,末梢留置型中心静脈注射用カテーテルの抜去等が包括的指示(プロトコール)の下で実施可能となっています。

 

医師の指示(上記②について)

看護師が診療の補助を実施するに必要な医師の指示(②)については、具体的指示包括的指示(具体的指示以外の指示を全て含みます。)に分類されると解されています。すなわち、医師の指示は必ずしも全ての相対的医行為について具体的な指示を医療現場においてなす必要はないと解されています。

(第2回 医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会参考資料2より抜粋)

具体的指示

具体的指示として認められる例としては、褥瘡を認めるAという患者に対し、主治医に褥瘡の浸出液の量や壊死組織の有無等を報告し、その後、医師から「Aさんに対し、褥瘡部を洗浄後、壊死部にデキストリンポリマーを塗布してください。ただしポケット部には用いないでください。」と指示を受ける場合など、看護師が誰にいつ何をするかが明確に特定された指示をいいます。

 

包括的指示

医師の包括的指示があったと認められるかについては、事案ごとに個別具体的に判断されることとなりますが、以下の要件を満たしている必要があります厚労省『チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関する検討会報告書)』)。

また、包括的指示の実施に当たっては、一定の標準的プロトコール(具体的な処置・検査・薬剤の使用等及びその判断に関する基準を整理した文書)又はクリティカルパス(処置・検査・薬剤の使用等を含めた詳細な診療計画)が文書で示されていることが望ましいとされていることにご注意ください(同)。

 

(A)  対応可能な患者の範囲が明確にされていること

(B)  対応可能な病態の変化の範囲が明確にされていること

(C)  指示を受ける看護師が理解し得る程度の指示内容(判断の基準、処置・検査・薬剤の使用の内容等)が示されていること

(D)  対応可能な範囲を逸脱した場合に医師に連絡をとり指示を受けられる体制が整えられていること

 

例えば、ある入院患者について(A)、38.0度以上の発熱時に(B)ジクロフェナクナトリウム座剤25㎎挿入(C)、解熱剤使用後も熱が下がらない場合には主治医コール(夜間は当直医コール)(D)とオーダーシートに記載することは一般的ですが、当該包括的指示が上記A)~D)を満たしていることがお分かりになるかと思います。

 

ナースプラクティショナー制度

内閣府の規制改革推進会議に所属する「医療・介護・感染症対策ワーキング・グループ」において、看護の基盤をもちながら、一定レベルの診断や治療などを行う「ナース・プラクティショナー」資格制度の新設についてヒアリングが行われています。ナースプラクティショナーとは、米国等において認められている制度で、医師の指示を受けずに一定レベルの診断や治療などを行うことができる資格です。上記特定行為研修を修了した診療看護師制度の運用次第というところもありますが、診療の補助に当たる行為の解釈によらず、医師の指示を受けない看護師の医療行為が実施されることの安全性について慎重に検討されるべきことは当然ですが、過誤が生じたときの責任を負うに足りる診断・治療のレベルの教育が可能か、過誤ある医療の対象となった国民・その家族等の納得が得られるまで上記制度新設の必要性が存在しているのか(現状の制度での対応はできないのか)についても慎重に検討がされるべきと考えます。

 

(公益財団法人 日本看護協会ナースプラクティショナー(仮称)と現行法で定める「看護師」の行について(https://www.nurse.or.jp/nursing/np_system/conpare/index.html)」より引用)

Qに対する検討

以上述べたところから、Qについて検討してみましょう。

看護師がQに述べた「患者の口腔内に機器を挿入して咽頭を撮影し、撮影された画像をAIが解析し、当該患者のインフルエンザ感染の有無を判定し、当該結果を看護師から患者に伝える行為」を適法に実施するには、①当該医行為が診療の補助(相対的医行為)に該当すること、②医師の指示があることが必要となります。

機器を口腔内に挿入する行為は、その危険性から相対的医行為として①を満たしますし、撮影された画像を用いてAIに解析させる行為も同様です。しかし、患者の診断行為は絶対的医行為に当たりますので、医師の判断なく、看護師においてインフルエンザ感染の有無を判断し、患者に伝達することは絶対的医行為の実施となり違法となります。

医師の指示についてみれば、看護師に対する包括的指示として十分な指示がされているかが問題となります。例えば、発熱をしている患者を対象としつつ、全身状態が安定し、重篤な基礎疾患を有していない患者等に対しては実施しないことして、患者に障害・危険性等がないことを除外するよう指示して、その患者の範囲を明確に特定し、異常が生じた場合に医師の指示を受けられる体制を整えていれば、適法な指示として認められると考えられます。また、AIによる診断結果や、その他症状・所見を踏まえてインフルエンザ感染の有無を医師において判断しているのであれば、その結果を看護師を通じて患者に伝達することは適法であると考えられます。

(類似事例につき、グレーゾーン解消制度令和6年9月9日厚労省医政局医事課回答、chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.mhlw.go.jp/content/001300134.pdf

医師法17条と医業独占|無資格医業の禁止とリスク解説

 

医師法による無資格医業の禁止

 

医療を中心的に規制する法律として医師法があります。

医師法は、医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的として(同法1条)、この目的を達成するために、医師国家試験免許制度等を設けて、高度の医学的知識および技能を具有した医師により医療および保健指導が実施されることを担保しつつ(同法2条、6条、9条等)、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定め、無資格者による医業を禁止しています(同法17条)。

そして、同法31条1項によって、医師でない者が医業を行った場合には、「3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として刑事罰を規定しています。

 

「医業」とは

医師法17条所定の「医業」とは、以下の①、②のいずれの要件も満たすものです。

 

  • 反復継続して(「業として」)
  • 「医行為」を行うこと

 

上記②の「医行為」をどのように定義すべきかについては、大審院(旧憲法下における最上級裁判所)以来、議論がなされてきましたが、医師に医療および保健指導に属する行為について独占させるべきかという観点から論じられることが多く、その定義も後に述べる近年の最高裁判例によって変更がされるなど、時代の変化に合わせて解釈がわずかずつではありますが変わってきております。

 

「医行為」とは

裁判所の判断における先例

例えば、接骨行為(大判大正3年1月22日・刑録20輯50頁)、薬剤師の調合行為(大判大正6年3月19日・刑録23輯214頁)、瀉血行為(大判大正11年3月17日・刑集1巻153頁)、聴診・触診・指圧等を伴うマッサージ行為最判昭和30年5月24日・刑集97号1093頁)、断食療法のための病歴等の聴取行為最判昭和48年9月27日・刑集27巻8号1403頁)、コンタクトレンズの検眼等最判昭和33年8月28日医発886号医務局長回答)、麻酔行為(昭和40年7月1日医事48号医事課長、昭和42年5月23日医事670号医事課長各回答)、などが司法または行政において医行為として認められています

 

行政の解釈

行政は、伝統的に、「医行為」を「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と解釈した上で、上記人体への危害が及ぼされる危険性については、個別の個人に対する具体的危険にとどまることなく、抽象的危険であっても規制の理由となるとして「医行為」を広く捉える厳格な立場をとっています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。

 

行政による解釈の緩和

一方で、行政は、近年、「医行為」概念の不必要な拡大解釈がされることにより、医師法17条が許容していると考えられる危険性の範囲内に留まる医療行為が国民に適切に施されなくなることを懸念し、医療機関以外の高齢者介護・障害者介護の現場等においてなされることがままあり、医行為該当性につき疑義があるものの、医行為に当たらない行為(非医行為)を例示して明らかにしています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。

上記非医行為の例としては、わきの下や耳での体温測定等の人体に危害を与えるおそれが極めて低いものから、軽微な切り傷等の応急処置(専門的な判断や技術を必要としない処置に限る。)のほか、爪切り(爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場合に、その爪を爪切りで切ること及び爪やすりでやすりがけすること)といった、人体に軽度とはいえ有害な事象が生じ得るおそれが否定できない行為についても本人の容体が安定している場合に限り含まれるとしており、医療の現場における必要性に鑑みて、医行為概念を一定程度緩和したと考えられます。

また、行政は、医業独占に関し、一定の条件において第三者が医行為を実施することが、医師法17条の規定の違法性阻却事由に該当すると解釈し得ることを明らかにして「医行為」又は医師法17条違反の成立範囲を制限的に解釈する立場も示しています。これについては、別稿にて解説します。

 

医療、新規ビジネスにおける医師法17条の影響

 医業独占の定めは、新たな医療やヘルスケアビジネスの実施に対し、これを抑制する影響を及ぼすおそれがあります。

 

AEDの設置と医業独占

 まず、過去の事例を通じて医師法17条の規定がどのように新たな医療に影響を与えてきたのかを理解するために、皆様に馴染みが深いAED(Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器)の本邦における設置過程における法規制についてみてみましょう。



電気的除細動

電気的除細動は、1956年にZollらが60Hzの交流通電を用いて経胸壁的に心臓の致死的な不整脈である心室細動の除細動に成功したのが最初といわれています(Zoll PM, et al:Termination of ventricular fibrillation in man by externally applied electric countershock. N Engl J Med 254:727-32, 1956)。その後、除細動器の性能は進化し、小型で、体外に貼った電極の付いたパッドから、器械が自動で心室細動の出現を判断した上で、電気ショックを与えて心室細動を正常な脈に戻す機能を有するAEDが開発されました。電源を入れれば、音声によって使用方法が具体的に指示され、医療について専門的な知識を有さない一般人においても救命活動を行うことが可能となっています。

 

AEDの有効性

 AEDが救命に極めて有効であることは、既に国民にとって常識ともいえるまでに広く知られた事実です。総務省消防庁のまとめた『令和4年版救急・救助の現況』によれば、一般市民が目撃した心原性心肺機能停止患者のうち、一般市民によってAEDによる除細動が実施されなかった場合生存率は7.0%、社会復帰率は3.2%と極めて予後が悪いですが、AEDによる除細動が実施された場合には生存率が49.3%、社会復帰率が40.1%と約半数の患者が救命できており、現在、AEDの有用性について疑義を挟む余地はないといえます。

 

欧米での利用の先行

欧米では、既に1990年代から、空港、航空機内、ショッピングモール、競技場、カジノでAEDが設置され、医療従事者ではない一般市民による除細動が行われていました。

2000年には心室細動90例に対しカジノの警備員によってAEDによる実施が行われた場合の生存退院症例数が53例(59%、なお、3分以内に除細動を受けた患者は74%の生存率であった。)と極めて高い救命率を認め、AEDの有効性・安全性を明白に示す論文が著明な医学雑誌に掲載され(Valenzuela TD, et al: Outcomes of rapid defibrillation by security officers after cardiac arrest in casinos. N Engl J Med 343:1206-9, 2000)、同年にAmerican Heart AssociationとInternational Liaison Committee on Resuscitationが中心となり、心肺停止症例は、その場に居合わせた一般市民によって速やかな救命措置が行われることを内容とする救命処置法が標準化されました(American Heart Association in collaboration with International Liaison Committee on Resuscitation. Guideline 2000 for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 102(8 Suppl):I60-76, 2000)。

 

アメリカでの法改正と本邦への影響

これらの研究を踏まえ、2000年にアメリカにおいてAEDを推進する法案が議会に可決されて全国の連邦施設へのAED配備が義務化され、地方自治体による講習開催費用等へ多額の予算が付けられました。また、2001年には、アメリカ連邦航空局がアメリカに乗り入れる旅客機へのAED搭載義務化がされるようになると日本国籍の航空機にもAEDの搭載がされることとなると、AEDの使用を非医師が行うことの適法性について議論が巻き起こされることになりました。

 

本邦での議論

 本邦においては、AEDの使用行為について医師法17条違反の可能性が検討されることになりました。当該行為が同条違反に当たらないとするための法解釈として、①医行為に当たらないと解するのか、②医行為に該当するものの、反復継続の意思をもって行うものではないと解するのか、医師法17条違反には当たるが違法性がないと解釈するのか、のいずれかの立場をとることとなります。

厚労省は、このうち②であると最終的に判断しましたが、その判断の根拠付けには確率論を持ち出しています。すなわち、過去の8年間のデータで検証された日本航空所属の航空機内で発生した心肺停止例37例のうち、国際線が31例であるところ、国際線フライト便が45万7600便であったことを受け、心肺停止例が1万4761便に1人発生すると算出し、これに1人の乗務員の国際線のフライト便が120便であったことを考慮して、ある乗務員が心肺停止患者に遭遇する確率が123年に1回であると算出しました。これらによって、たとえ、国際線のフライト便に搭乗するCAがAEDを患者に使用したとしても、反復継続の意思が持ち得ないとの結論を得て、2001年12月に、航空機において客室乗務員によるAEDの使用が許されることとなったのです(樋口範雄ほか、「救命と法―除細動器航空機搭載問題を例にとって」、ジュリ1231号104頁)。

 

AEDに関する厚労省医政局長通知

一般市民によるAEDの使用は、2004年7月の厚労省医政局長通知の発出によってはじめて認められるに至りました(平成16年7月1日医政発第0701001号)。

しかし、同通知では、業務の内容や活動領域の性格から一定の頻度で心停止者に対し応急の対応をすることが期待、想定されている者について、①医師等を探す努力をしても見つからない等、医師等による速やかな対応を得ることが困難であること②使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認していること③使用者が、AED使用に必要な講習を受けていること④使用されるAEDが医療用具として薬事法上の承認を得ていること、の4つの条件を満たす場合に医師法違反とならないものとするとされています。

読者の皆さんは、AEDを使用することが違法となることなど、考えもしないかもしれませんが、やはり、医師法17条への配慮が見え隠れしていることが分かります。

 

医学会からの意見

 医学会からは、一般市民によって実施可能であることに疑義がない人口呼吸によって誤嚥性肺炎が、胸骨マッサージによって肋骨骨折が惹起されるリスクがあることに照らせば、AEDによる除細動が「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」に当たらないのではないかとの疑問が呈されています(前記樋口ほか)。AEDは心電図表示もなく、器械自体が除細動の判断を行うものですから、器械の誤作動の存在があることを踏まえても、医師、非医師によって人体への危害のおそれの程度においてどの程度差異が生じているかには疑問があるといえます。AEDの普及率がいまだ低いことや、その有効性が明らかなことからして、医師法17条に配慮することなくその普及を促進させるためにも、AEDの使用についての法的見解を見直すこともあり得るのではないでしょうか。

 

医師法17条規制の実際

 私も医療弁護士の活動の中で、医師法17条の規制について相談を受けることが非常に多くあります。例えば、エステティック業界においては、医師法17条の問題は極めて重大な問題です。医師の存在しないエステサロンでは、従前から、行政によりレーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を用いた脱毛行為が医行為であるとされ(厚生労働省医政局医事課長平成13年11月8日医政医発第105号通知)、レーザー光線等の一部の施術行為を非医師が実施するエステサロンの運営に関して逮捕される者もみられています。

 

薬事法ドットコム(https://www.yakujihou.com/yakujinews/934/)より抜粋

医療機関における、非医師又は非歯科医師(看護師、歯科衛生士、スタッフなど)がなし得る行為の境界線をどこに引くのかという点については、別稿で説明予定です。なお、歯科医師法においても医師法17条と同様に歯科医業の独占についての規定が置かれています(歯科医師法17条)。

 

まとめ

 医師法17条による無資格医業の禁止について解説いたしました。

 医師の資格なく、医行為=「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を反復継続して行うのは、刑事罰がある違法行為であることをご留意いただければと思います。どのような行為をもって「人体に危害を及ぼすおそれ」があるかという点については、法的な知識のみならず、医学的にも検討すべき事項です。迷われた場合にはご相談ください。

「応召義務とレプリコンワクチンのリスク:診療拒否の法律的問題と医療現場の対応」

 

2024年10月1日より、高齢者らや基礎疾患を有する60歳以上の方に対する新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの定期接種が始まっています。今回の接種では、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンとして、ファイザー社(製品名「コミナティ」)、モデルナ・ジャパン社(「スパイクバックス」)、第一三共社(「ダイチロナ」)及びMeiji Seikaファルマ社(「コスタイベ」)が、組み換えタンパク・ワクチンとして武田薬品工業(「ヌバキソビッド」)の合計5種類のワクチンが用いられます。上記のうち、mRNAワクチンの一種であるMeiji Seikaファルマ社のコスタイベは、次世代方mRNAであるレプリコンワクチンとよばれ、mRNAが自己増殖するとの特徴を有しています。

現在、コスタイベに関しては、美容院等の店舗のみならず、一部の医療機関において当該ワクチンを接種した患者を診療拒否する旨を表明する事態となっています。当該診療拒否については、2024年9月19日、厚生労働省の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会において、当該診療拒否について医師法19条所定の応召義務に違反するのではないかとの懸念が示されるに至っています。(日刊薬業、https://nk.jiho.jp/article/193021

上記の状況を受け、本稿では、レプリコンワクチンや応召義務について解説したいと思います。

日刊薬業HPより抜粋

1 mRNAワクチンの作用機序

mRNAワクチンは、ウイルスに対する免疫反応を獲得させるために、タンパク質作成の型となるmRNAを脂質の膜に包んで体内に投与する製品です。ワクチンのmRNAは、細胞内において特定のウイルスタンパク質(通常はスパイクタンパク質)を作るための設計図となり、ワクチン接種後、接種された人の細胞ではスパイクタンパク質が作り出され、これに対応した免疫系がそれを異物として認識することで、ウイルスに対応する抗体の生成細胞性免疫が活性化されます。この免疫反応により、ウイルスが将来的に体内に侵入した際に、ウイルスを迅速に攻撃し排除(無毒化、無力化)できるようになり、感染自体を防ぐ働きや、感染後の重症化を抑える働きを得ることになります(図1)。

すなわち、mRNAワクチンは、従来のワクチンと異なり、ウイルスの一部を直接使用せず(麻疹や風疹では元となった病原体を投与する生ワクチンや、病原体の毒性をなくしたタンパク質で作られた不活化ワクチンとは異なります。)、病原体の遺伝子を基にして体内で抗原を生成させるという新しい手法です。

 

(図1 mRNAワクチン)

2 レプリコンワクチンの開発と特徴

レプリコンワクチンはmRNAワクチンの次世代モデルであり、自己増殖型mRNA技術を使用しています。従前のmRNAワクチンは、体内に投与されると比較的すぐに分解され作用が失われますが、レプリコンワクチンは自己増殖することによってその弱点を補うことができます(図2)。

自己増殖のために、レプリカーゼというRNAを鋳型としてRNAを合成する酵素が用いられます。レプリコンワクチンのmRNAには、ベネズエラ脳炎ウイルス(VEEV)由来のレプリカ―ゼがコードされており、これによりmRNAが自ら増殖することが可能となっています。

この技術により、mRNAが細胞内で増幅され、少量の接種量によってより長期間タンパク質を生成できるように設計されています。その結果、従来型mRNAワクチンに比して免疫反応が強化されることが期待されています。

レプリコンワクチンは、2023年11月28日に他国に先駆け、日本で初めて製造販売承認を取得しました(承認申請は、同年4月28日です。)。

コスタイベは、米国のArcturus Therapeutics 社によって開発され、その権利をオーストラリアCSL Seqirus社が保有し、同社と契約したMeiji Seikaファルマ社が日本における製造販売業者となり製造販売されています(製造販売業者については、こちらをご参照ください。)。現在は、EUにおいて承認申請されているほか、大規模治験が実施されたベトナムにおいても追加免疫について承認がされています。また、米国においても承認申請に向けて準備中であるとの情報があります。

(図2 レプリコンワクチン)

前回記事(「薬機法による医療機器承認のガイド:必要な許可と申請方法」 - Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!))でみたように、レプリコンワクチン(コスタイベ)が製造販売承認を取得したということは、PMDAの審査によって有効性と安全性が認められているということです。

それでは、レプリコンワクチンの有効性と安全性はどのようなものかについて見てみましょう。

 

コスタイベの有効性

コスタイベの承認申請に添付された臨床試験としては、米国におけるⅡ相試験や、ベトナムにおけるⅠ、Ⅱ、Ⅲ相試験(「ARCT-154-01」との名称がついています。)日本におけるⅢ相試験(「ARCT-154-J01」との名称がついています。)等があります。その中でもベトナムにおけるⅢb相試験では、プラセボとして従来型ウイルスワクチンを用い、これとの比較で18歳以上の健康成人16107例について行われました(無作為化観察者盲検プラセボ対照並行群間比較試験)。当該治験における有効性(新型コロナ発症割合)については、以下のように高い有効性が報告されています(Nhân, T. H., Hughes, et al . (2024). Safety, immunogenicity and efficacy of the self-amplifying mRNA ARCT-154 COVID-19 vaccine: Pooled phase 1, 2, 3a and 3b randomized, controlled trials. Nature Communications, 15(1), 4081.)。

  重症化予防 発症予防
コスタイベ有効割合 95.3% 56.6%

 

また、国内における追加免疫に関するⅢ相試験において、18歳以上の健康成人828mRNACOVID-19ワクチンを3回接種した成人)についての無作為試験においても、以下の表に示すとおり、長期にわたって高い抗体価を観測されており(コロナ感染者を除く被験者の抗体価を示しています。)、コスタイベの有効性が確認されています(Yoshiaki Oda, et al. (2024). Immunogenicity and safety of a booster dose of a self-amplifying RNA COVID-19 vaccine (ARCT-154) versus BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine: A double-blind, multicentre, randomised, controlled, phase 3, non-inferiority trial. Lancet, 24(4), 351-360.及び同341-343.)。

 

起源株(武漢株)

コスタイベ

従来ワクチン

Day 1(抗体価(GMT)、以下同じ)

813

866

Day29

5390

3738

Day91

5928

2899

Day181

4119

1861

 

オミクロン株(omicron BA.4/株)

コスタイベ

従来ワクチン

Day 1

 

275

292

Day29

2125

1624

Day91

1892

888

Day181

1119

495

コスタイベは、従来ワクチンに比して、6分の1の量での投与でしたが、それでも長期にわたって中和抗体の持続が認められたこととなります。

 

コスタイベの安全性

一方で、コスタイベの安全性については、結論としてPMDAの報告書に従前承認されたmRNAワクチンと概ね同等の有害事象が認められたにすぎないとされました。

また、上記国内におけるⅢ相試験における特定有害事象は、次の表のとおりであり(全身性の副作用のうち、主なものを示します。)、従来ワクチンと発生率について有意差は認められないことが分かります。Grade3(重度)以上の特定有害事象については、コスタイベ群が、従来ワクチン群よりも少数となっています(コスタイベに関する審査報告書参照chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.pmda.go.jp/drugs/2023/P20231122002/780009000_30500AMX00282_A100_3.pdf)。

 

特定有害事象

コスタイベ

従来ワクチン

 

全Grade

Grade3以上

全Grade

Grade3以上

発熱

84(20)

2(0.5)

76(18.6)

2(0.5)

関節痛

112(26.7)

1(0.2)

113(27.7)

2(0.5)

悪寒

126(30.0)

2(0.5)

103(25.2)

4(1.0)

下痢

28(6.7)

0

17(4.2)

0

倦怠感

188(44.8)

3(0.7)

176(43.1)

4(1.0)

嘔吐

2(0.5)

0

2(0.5)

0

単位は、「件数(%)」となっています。

 

また、死亡数については、上記のベトナムでのⅢb相試験において、Day1-92において、コスタイベ群で5従来ワクチン群で16が認められていますが、いずれもワクチンとの因果関係は否定されています。その死亡原因は、以下のとおりです。

 

死亡原因

コスタイベ

従来ワクチン

Day1-92

 

低血糖、膵炎、肺の悪性新生物、咽頭癌転移、COVID-19

COVID-19(9例)、肝硬変、肝癌、大動脈解離、肺炎、敗血症性ショック等

 

以上から、レプリコンワクチンであるコスタイベについては、確かに安全性について従来ワクチンに劣る点は現在のところ認められないように考えられます。

 

3 日本看護倫理学会によるレプリコンワクチンへの懸念

一方で、レプリコンワクチンについては、その新規性と他国での承認に先駆けて日本で承認されたこともあってか、各所から安全性に対する懸念が呈されています。

日本では世界中で接種がされていたヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンも接種がほとんど行われない時期があるなど、昔から予防医療に対してそのリスクを重くみる国民性があるともいわれており、ことレプリコンワクチンに対する不安の声も小さくありません。

レプリコンワクチンに対する上記懸念は、一般社団法人日本看護倫理学会が出した声明が大きな影響を与えているといえます。すなわち、日本看護倫理学会は、2024年8月7日付けで「【緊急声明】新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために」と題する声明(以下「本声明」といいます。)を発出して深刻な懸念を表明しております(https://www.jnea.net/statement/)。日本看護倫理学会の主張をまとめると、以下のポイントに整理されます。

 

⑴ 開発国を含む諸外国において承認を受けていないこと

(本声明発出時において)レプリコンワクチンは、開発国である米国や大規模治験を行ったベトナムを含む他の国々でまだ認可されていないところ、海外での認可がない理由には安全性に関する問題を疑わざるを得ない

 

⑵ シェディング(接種者から非接種者への影響)

レプリコンワクチンは自己増殖型のmRNAを使用しているため、接種者から非接種者にワクチン成分が感染(シェディング)する可能性が懸念され、ワクチン接種を望まない者へのワクチン成分の取り込みがされる倫理上の問題がある。現在のところ、臨床研究でシェディングについての臨床研究は実施されていない。

 

⑶ 将来の安全性に関する問題

mRNAワクチンには、人間の遺伝情報や遺伝機構に及ぼす影響が否定できない。最近の研究では、ファイザー社製のmRNAワクチンの塩基配列がヒトの肝細胞のDNAに逆転写されたとの報告もあり、広範囲なmRNAワクチンの使用には問題がある

 

⑷ インフォームドコンセントの問題

従来のmRNAワクチン接種においても、重篤な副作用が報告されているにも関わらず、被接種者への適切な説明が行われていない事例がある。レプリコンワクチン導入にあたっては、シェディングの可能性も含め、接種者が全てのリスクを理解し、納得した上での同意を得るプロセスが必要である。

 

⑸ 医療従事者とその家族への影響

レプリコンワクチンが定期接種化されると、率先した医療従事者への接種が強く求められる可能性がある。これにより医療従事者の自己決定権を侵す可能性がある。シェディングにより、医療従事者の家族や周囲の人々への影響も考慮すべきである。

 

4 日本看護倫理学会の声明へのMeiji Seikaファルマ社の反論

Meiji Seikaファルマ社は、2024年10月9日、本声明に対し、反論を公表しました(「日本看護倫理学会の声明文に対する当社の見解」、chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/pdf/notice/notice_01.pdf)。

Meiji Seikaファルマ社の反論は、次のとおりです。

⑴への反論

他国での承認については、既にEUにおけるEMA(欧州医薬品庁)への承認申請が最終段階となっていることや、米国をはじめとするEU以外の国と地域においても臨床試験・承認申請の準備が行われている。

⑵への反論

mRNAワクチンはウイルスの一部であるスパイクタンパクしか使用しないため、感染性のあるウイルス粒子を形成しない。そのため、シェディングは起こることはなく、そのような科学的知見もない。これは、厚労省においても同様の見解を発出している。コスタイベの臨床試験においてもシェディングとみられる事象の観察はされていない

⑶への反論

ワクチンのmRNAがDNAに組み込まれることはなく、ヒトの遺伝情報や遺伝機構に悪影響を及ぼすことはない。本件声明において引用され根拠となっている論文は特殊な条件下で実施された試験の結果であり、生体内の反応を再現しているとはいえない。

 

5 シェディングについて

日本看護倫理学会による本声明においては、コスタイベに限定しない、mRNAワクチンそのものに対する懸念も示されております。レプリコンワクチンそのものに対する懸念については、シェディングといわれる、接種者から非接種者へのワクチン成分の伝播(「感染」)が主なものとなっていることが分かります。本声明は、「Seneff & Nigh, 2021」という論文を根拠としてシェディングが認められるとの主張です。ここで、当該論文は、International Journal of Vaccine Theory, Practice, and Researchという2020年に創刊された「ワクチンとその成分の開発、配布、勧試に関する査読付きのオープンアクセス学術ジャーナル」(「a peer-reviewed scholarly open access journal concerning the development, distribution, and monitoring of vaccines and their components. 」)であるとのことです。論文検索サイトであるPUBMEDでの検索もできない、およそ医学論文とはいえない論文のようにみえます。

また、当該論文においては、シェディングが認められるとの検証結果やその根拠も記載されていません。当該論文のシェディングに係る記載部分には、脾臓の樹状細胞から放出されるエキソソームに異常なスパイクタンパクが含まれ、当該エキソソームが肺から喀痰等によって放出されて二次暴露が惹起される可能性を指摘しておりますが、当該事象の裏付けはされていないといえます。

そうしますと、本声明に記載された、いわゆるシェディングという現象が生じていることの科学的根拠はないといわざるを得ないように考えます。

なお、エキソソームについては、()でご説明しておりますのでご参考にしてください。

 

6 mRNAワクチンはヒトの遺伝情報(DNA)に影響を与えるか

この疑問点については、以下のとおり、mRNAワクチンがヒトの遺伝情報(DNA)に影響を与えることはないと、CDCにおいて公式に否定されています。

 

(CDC, COVID-19 State of Vaccine Confidence Insights Report, Report 25, May 12, 2022より抜粋、

(chrome-extension://oemmndcbldboiebfnladdacbdfmadadm/https://stacks.cdc.gov/view/cdc/117453/cdc_117453_DS1.pdf)。

 

ここで、mRNAワクチンは、新型コロナウイルス感染症に対して初めて開発・使用されるに至った製品ではなく、20年以上にわたって治療用がんワクチンやインフルエンザ、狂犬病HIVサイトメガロウイルスヒトパピローマウイルスなどの感染症予防のワクチンとしての使用を目的として開発されてきたバイオ技術であり、現在までにmRNAが体内においてDNAに逆転写されることは確認されていません。

本声明に引用されたAldén らの論文(Aldén et al (2022). Clinical, Translational and Basic Research on Liver Diseases. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44(3), 1115-1126.)は、in vitro(試験管内)におけるヒト肝細胞株(Huh7)にファイザー社及びBioNTeck社によって開発されたワクチン(BNT162b2、コミナティ)が細胞内逆転写をしたとの内容であり、mRNAワクチンの危険性に引用されることがある論文です。しかしながら、当該論文は、実際にワクチンが接種された場合の肝臓におけるワクチン濃度をはるかに超える濃度で行われた実験結果であることや、実際にはmRNAによってスパイクタンパクが作成されることによる免疫反応によってmRNAが導入された肝細胞が除去されることからin vivo(生体内)では上記論文と同様の事象が認められない可能性があることなどが指摘されています(Hamid A.Merchant (2022). Comment on Aldén et al. Intracellular Reverse Transcription of Pfizer BioNTech COVID-19 mRNA Vaccine BNT162b2 In Vitro in Human Liver Cell Line. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44, 1115-1126. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44(4), 1661-1663.)

上記のように、in vivomRNAのヒト細胞DNAへの逆転写を認めたとの報告は未だないことから、この点のリスクを重くみるのはエビデンスに欠ける判断といえるかもしれません。

 

7 応召義務について

医師法19条1項の規定と応召義務の法的性質

次に、診療拒否に関する法律についてみていきましょう。

医師法191は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定め、医師の応招義務を定めています。応召義務は、講学上、公法上の義務(国に対する義務)であるとして、患者に対して負う私法上の義務ではないとされています。そのため、患者が、医師法19条1項を根拠として、医師又は医療機関に対してに診療を強制する権利は有していません

 

刑事責任について

また、医師が、当該義務違反によって刑事罰が与えられるものでもございません(同項違反の刑事上の罰則は定められていません。)。

 

行政処分について

さらに、「医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう『医師としての品位を損するような行為のあったとき』にあたるから、義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。」(厚生省医務局医務課長回答(昭和30年8月12日医収第755号))とする通達がありますが、過去に応招義務違反で医師免許の取消又は停止がされたことは一例もなく、当該処分を発した場合には医師らから強い反発が予想されることからも、今後においても、当該処分がされる可能性は極めて低いものと考えられます。

 

民事責任について

一方、患者が、医療機関に対し、正当な事由のない不合理な診療拒否がされたとして不法行為等に基づく損害賠償請求を行った事例について、請求が認められた例が数例認められます(但し、いずれも救急搬送に関するもので、生命の危険が切迫しているような事案となります(千葉地判昭和61年7月25日・判例タイムズ634号196頁、神戸地判平成4年6月30日・判例タイムズ802号196頁)。

以上をまとめますと、医療機関としては、「正当な事由のない」不合理な診療拒否をした場合に限り、法的に(民事法的に)責任を負うこととなりますので、各事案において、「正当な事由」が認められるのか、といった視点で事案を検討することが重要です。

 

正当な事由が認められる場合

正当な事由については、厚労省から、令和元年12月25日付け「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号))が発出されています。

上記通知によれば、緊急対応が不要な場合(病状が安定している患者等)で、かつ、診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合には、「原則として患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される」とされています。また、上記通達は、個別事例ごとの整理において、「医療機関相互の機能分化・連携を踏まえ、地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介、転院を依頼・実施すること等も原則として正当化される。」として、他の医療機関の紹介・転院等の事例について整理しています。

これをまとめると、以下のような考慮要素によって「正当な事由」の有無が判断されることになります。

 

  • 患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)
  • 診療時間医療機関として診療を提供することが予定されている時間か)又は勤務時間(医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されている時間)内か
  • 患者と医療機関・医師との信頼関係は破壊されていないか

 

これを表にまとめてみますと、概ね以下のようになります。

実際に医師から相談を受けることが多い応召義務ですが、患者の病状が安定している場合には信頼関係が築けていないことをもって診療を断ることができるなど、皆様が考えているよりは診療拒否が違法に当たらない範囲は広いと思われます。しかしながら、信頼関係が築けない場合に診療を拒否できるとするその理由は、あくまでも、医療が患者の健康な生活を確保することにあるところ、診療において患者の協力的態度がない場合には安全で最適な医療の提供が困難になることを理由とすると考えられます。そのため、患者に何らの非が認められない場合や医学的正当性が認められない理由に基づき、一方的に診療を拒否することはできないというべきです。

 

 

病状深刻

病状安定

診療・勤務時間内

医療機関・医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合以外は診療に当たる義務が認められる可能性がある。

原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。

診療・勤務時間外

応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、法的責任に問われることはない

※ 心肺蘇生法等の応急措置実施義務

即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される。ただし、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい。

 

8 レプリコンワクチン接種患者の診療拒否に関する正当な事由の有無

以上みてきたように、レプリコンワクチン接種患者について、いわゆるシェディングの危険性があるとして患者を診療拒否することにつきましては、シェディングについての科学的根拠が認められないことからすると、医学的正当性のない危険性を理由として診療拒否をすることとなり、医師法19条所定の応召義務に違反することになる可能性が高いといえます。この場合、そのような診療拒否をすることが「医師としての品位を損するような行為」に当たるとして行政指導等を受けるリスクがあるとともに慰謝料等の損害(慰謝料額は僅少であると考えられますし、その他の損害としては交通費等の実費に留まるように考えられます。)について患者に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負うリスクがあるといえます。

 

9 まとめ

次世代mRNAワクチンであるの新型コロナウイルス感染症に対するレプリコンワクチンについては、従来のmRNAワクチンよりも効果的な免疫応答が期待されているものの、日本看護倫理学会をはじめとして、その安全性と倫理性に対して強い懸念を示す方々がいらっしゃいます。しかしながら、そこで問題視されているシェディングや遺伝子への影響については、未だ科学的根拠はなく、レプリコンワクチン接種患者について診療拒否をすることは応召義務に違反する可能性が高いと考えられます。