医師法による無資格医業の禁止
医療を中心的に規制する法律として医師法があります。
医師法は、医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的として(同法1条)、この目的を達成するために、医師国家試験や免許制度等を設けて、高度の医学的知識および技能を具有した医師により医療および保健指導が実施されることを担保しつつ(同法2条、6条、9条等)、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定め、無資格者による医業を禁止しています(同法17条)。
そして、同法31条1項によって、医師でない者が医業を行った場合には、「3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として刑事罰を規定しています。
「医業」とは
医師法17条所定の「医業」とは、以下の①、②のいずれの要件も満たすものです。
- 反復継続して(「業として」)
- 「医行為」を行うこと
上記②の「医行為」をどのように定義すべきかについては、大審院(旧憲法下における最上級裁判所)以来、議論がなされてきましたが、医師に医療および保健指導に属する行為について独占させるべきかという観点から論じられることが多く、その定義も後に述べる近年の最高裁判例によって変更がされるなど、時代の変化に合わせて解釈がわずかずつではありますが変わってきております。
「医行為」とは
裁判所の判断における先例
例えば、接骨行為(大判大正3年1月22日・刑録20輯50頁)、薬剤師の調合行為(大判大正6年3月19日・刑録23輯214頁)、瀉血行為(大判大正11年3月17日・刑集1巻153頁)、聴診・触診・指圧等を伴うマッサージ行為(最判昭和30年5月24日・刑集97号1093頁)、断食療法のための病歴等の聴取行為(最判昭和48年9月27日・刑集27巻8号1403頁)、コンタクトレンズの検眼等(最判昭和33年8月28日医発886号医務局長回答)、麻酔行為(昭和40年7月1日医事48号医事課長、昭和42年5月23日医事670号医事課長各回答)、などが司法または行政において医行為として認められています。
行政の解釈
行政は、伝統的に、「医行為」を「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と解釈した上で、上記人体への危害が及ぼされる危険性については、個別の個人に対する具体的危険にとどまることなく、抽象的危険であっても規制の理由となるとして「医行為」を広く捉える厳格な立場をとっています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。
行政による解釈の緩和
一方で、行政は、近年、「医行為」概念の不必要な拡大解釈がされることにより、医師法17条が許容していると考えられる危険性の範囲内に留まる医療行為が国民に適切に施されなくなることを懸念し、医療機関以外の高齢者介護・障害者介護の現場等においてなされることがままあり、医行為該当性につき疑義があるものの、医行為に当たらない行為(非医行為)を例示して明らかにしています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。
上記非医行為の例としては、わきの下や耳での体温測定等の人体に危害を与えるおそれが極めて低いものから、軽微な切り傷等の応急処置(専門的な判断や技術を必要としない処置に限る。)のほか、爪切り(爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場合に、その爪を爪切りで切ること及び爪やすりでやすりがけすること)といった、人体に軽度とはいえ有害な事象が生じ得るおそれが否定できない行為についても本人の容体が安定している場合に限り含まれるとしており、医療の現場における必要性に鑑みて、医行為概念を一定程度緩和したと考えられます。
また、行政は、医業独占に関し、一定の条件において第三者が医行為を実施することが、医師法17条の規定の違法性阻却事由に該当すると解釈し得ることを明らかにして「医行為」又は医師法17条違反の成立範囲を制限的に解釈する立場も示しています。これについては、別稿にて解説します。
医療、新規ビジネスにおける医師法17条の影響
医業独占の定めは、新たな医療やヘルスケアビジネスの実施に対し、これを抑制する影響を及ぼすおそれがあります。
AEDの設置と医業独占
まず、過去の事例を通じて医師法17条の規定がどのように新たな医療に影響を与えてきたのかを理解するために、皆様に馴染みが深いAED(Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器)の本邦における設置過程における法規制についてみてみましょう。
電気的除細動
電気的除細動は、1956年にZollらが60Hzの交流通電を用いて経胸壁的に心臓の致死的な不整脈である心室細動の除細動に成功したのが最初といわれています(Zoll PM, et al:Termination of ventricular fibrillation in man by externally applied electric countershock. N Engl J Med 254:727-32, 1956)。その後、除細動器の性能は進化し、小型で、体外に貼った電極の付いたパッドから、器械が自動で心室細動の出現を判断した上で、電気ショックを与えて心室細動を正常な脈に戻す機能を有するAEDが開発されました。電源を入れれば、音声によって使用方法が具体的に指示され、医療について専門的な知識を有さない一般人においても救命活動を行うことが可能となっています。
AEDの有効性
AEDが救命に極めて有効であることは、既に国民にとって常識ともいえるまでに広く知られた事実です。総務省消防庁のまとめた『令和4年版救急・救助の現況』によれば、一般市民が目撃した心原性心肺機能停止患者のうち、一般市民によってAEDによる除細動が実施されなかった場合の生存率は7.0%、社会復帰率は3.2%と極めて予後が悪いですが、AEDによる除細動が実施された場合には生存率が49.3%、社会復帰率が40.1%と約半数の患者が救命できており、現在、AEDの有用性について疑義を挟む余地はないといえます。
欧米での利用の先行
欧米では、既に1990年代から、空港、航空機内、ショッピングモール、競技場、カジノでAEDが設置され、医療従事者ではない一般市民による除細動が行われていました。
2000年には心室細動90例に対しカジノの警備員によってAEDによる実施が行われた場合の生存退院症例数が53例(59%、なお、3分以内に除細動を受けた患者は74%の生存率であった。)と極めて高い救命率を認め、AEDの有効性・安全性を明白に示す論文が著明な医学雑誌に掲載され(Valenzuela TD, et al: Outcomes of rapid defibrillation by security officers after cardiac arrest in casinos. N Engl J Med 343:1206-9, 2000)、同年にAmerican Heart AssociationとInternational Liaison Committee on Resuscitationが中心となり、心肺停止症例は、その場に居合わせた一般市民によって速やかな救命措置が行われることを内容とする救命処置法が標準化されました(American Heart Association in collaboration with International Liaison Committee on Resuscitation. Guideline 2000 for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 102(8 Suppl):I60-76, 2000)。
アメリカでの法改正と本邦への影響
これらの研究を踏まえ、2000年にアメリカにおいてAEDを推進する法案が議会に可決されて全国の連邦施設へのAED配備が義務化され、地方自治体による講習開催費用等へ多額の予算が付けられました。また、2001年には、アメリカ連邦航空局がアメリカに乗り入れる旅客機へのAED搭載義務化がされるようになると日本国籍の航空機にもAEDの搭載がされることとなると、AEDの使用を非医師が行うことの適法性について議論が巻き起こされることになりました。
本邦での議論
本邦においては、AEDの使用行為について医師法17条違反の可能性が検討されることになりました。当該行為が同条違反に当たらないとするための法解釈として、①医行為に当たらないと解するのか、②医行為に該当するものの、反復継続の意思をもって行うものではないと解するのか、③医師法17条違反には当たるが違法性がないと解釈するのか、のいずれかの立場をとることとなります。
厚労省は、このうち②であると最終的に判断しましたが、その判断の根拠付けには確率論を持ち出しています。すなわち、過去の8年間のデータで検証された日本航空所属の航空機内で発生した心肺停止例37例のうち、国際線が31例であるところ、国際線フライト便が45万7600便であったことを受け、心肺停止例が1万4761便に1人発生すると算出し、これに1人の乗務員の国際線のフライト便が120便であったことを考慮して、ある乗務員が心肺停止患者に遭遇する確率が123年に1回であると算出しました。これらによって、たとえ、国際線のフライト便に搭乗するCAがAEDを患者に使用したとしても、反復継続の意思が持ち得ないとの結論を得て、2001年12月に、航空機において客室乗務員によるAEDの使用が許されることとなったのです(樋口範雄ほか、「救命と法―除細動器航空機搭載問題を例にとって」、ジュリ1231号104頁)。
AEDに関する厚労省医政局長通知
一般市民によるAEDの使用は、2004年7月の厚労省医政局長通知の発出によってはじめて認められるに至りました(平成16年7月1日医政発第0701001号)。
しかし、同通知では、業務の内容や活動領域の性格から一定の頻度で心停止者に対し応急の対応をすることが期待、想定されている者について、①医師等を探す努力をしても見つからない等、医師等による速やかな対応を得ることが困難であること、②使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認していること、③使用者が、AED使用に必要な講習を受けていること、④使用されるAEDが医療用具として薬事法上の承認を得ていること、の4つの条件を満たす場合に医師法違反とならないものとするとされています。
読者の皆さんは、AEDを使用することが違法となることなど、考えもしないかもしれませんが、やはり、医師法17条への配慮が見え隠れしていることが分かります。
医学会からの意見
医学会からは、一般市民によって実施可能であることに疑義がない人口呼吸によって誤嚥性肺炎が、胸骨マッサージによって肋骨骨折が惹起されるリスクがあることに照らせば、AEDによる除細動が「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」に当たらないのではないかとの疑問が呈されています(前記樋口ほか)。AEDは心電図表示もなく、器械自体が除細動の判断を行うものですから、器械の誤作動の存在があることを踏まえても、医師、非医師によって人体への危害のおそれの程度においてどの程度差異が生じているかには疑問があるといえます。AEDの普及率がいまだ低いことや、その有効性が明らかなことからして、医師法17条に配慮することなくその普及を促進させるためにも、AEDの使用についての法的見解を見直すこともあり得るのではないでしょうか。
医師法17条規制の実際
私も医療弁護士の活動の中で、医師法17条の規制について相談を受けることが非常に多くあります。例えば、エステティック業界においては、医師法17条の問題は極めて重大な問題です。医師の存在しないエステサロンでは、従前から、行政によりレーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を用いた脱毛行為が医行為であるとされ(厚生労働省医政局医事課長平成13年11月8日医政医発第105号通知)、レーザー光線等の一部の施術行為を非医師が実施するエステサロンの運営に関して逮捕される者もみられています。
医療機関における、非医師又は非歯科医師(看護師、歯科衛生士、スタッフなど)がなし得る行為の境界線をどこに引くのかという点については、別稿で説明予定です。なお、歯科医師法においても医師法17条と同様に歯科医業の独占についての規定が置かれています(歯科医師法17条)。
まとめ
医師法17条による無資格医業の禁止について解説いたしました。
医師の資格なく、医行為=「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を反復継続して行うのは、刑事罰がある違法行為であることをご留意いただければと思います。どのような行為をもって「人体に危害を及ぼすおそれ」があるかという点については、法的な知識のみならず、医学的にも検討すべき事項です。迷われた場合にはご相談ください。