医師法17条と医業独占|無資格医業の禁止とリスク解説

 

医師法による無資格医業の禁止

 

医療を中心的に規制する法律として医師法があります。

医師法は、医療及び保健指導を医師の職分として定め、医師がこの職分を果たすことにより、公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保することを目的として(同法1条)、この目的を達成するために、医師国家試験免許制度等を設けて、高度の医学的知識および技能を具有した医師により医療および保健指導が実施されることを担保しつつ(同法2条、6条、9条等)、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と定め、無資格者による医業を禁止しています(同法17条)。

そして、同法31条1項によって、医師でない者が医業を行った場合には、「3年以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」として刑事罰を規定しています。

 

「医業」とは

医師法17条所定の「医業」とは、以下の①、②のいずれの要件も満たすものです。

 

  • 反復継続して(「業として」)
  • 「医行為」を行うこと

 

上記②の「医行為」をどのように定義すべきかについては、大審院(旧憲法下における最上級裁判所)以来、議論がなされてきましたが、医師に医療および保健指導に属する行為について独占させるべきかという観点から論じられることが多く、その定義も後に述べる近年の最高裁判例によって変更がされるなど、時代の変化に合わせて解釈がわずかずつではありますが変わってきております。

 

「医行為」とは

裁判所の判断における先例

例えば、接骨行為(大判大正3年1月22日・刑録20輯50頁)、薬剤師の調合行為(大判大正6年3月19日・刑録23輯214頁)、瀉血行為(大判大正11年3月17日・刑集1巻153頁)、聴診・触診・指圧等を伴うマッサージ行為最判昭和30年5月24日・刑集97号1093頁)、断食療法のための病歴等の聴取行為最判昭和48年9月27日・刑集27巻8号1403頁)、コンタクトレンズの検眼等最判昭和33年8月28日医発886号医務局長回答)、麻酔行為(昭和40年7月1日医事48号医事課長、昭和42年5月23日医事670号医事課長各回答)、などが司法または行政において医行為として認められています

 

行政の解釈

行政は、伝統的に、「医行為」を「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と解釈した上で、上記人体への危害が及ぼされる危険性については、個別の個人に対する具体的危険にとどまることなく、抽象的危険であっても規制の理由となるとして「医行為」を広く捉える厳格な立場をとっています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。

 

行政による解釈の緩和

一方で、行政は、近年、「医行為」概念の不必要な拡大解釈がされることにより、医師法17条が許容していると考えられる危険性の範囲内に留まる医療行為が国民に適切に施されなくなることを懸念し、医療機関以外の高齢者介護・障害者介護の現場等においてなされることがままあり、医行為該当性につき疑義があるものの、医行為に当たらない行為(非医行為)を例示して明らかにしています(平成17年7月26日医政発第0726005号厚生労働省医政局通知「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について)。

上記非医行為の例としては、わきの下や耳での体温測定等の人体に危害を与えるおそれが極めて低いものから、軽微な切り傷等の応急処置(専門的な判断や技術を必要としない処置に限る。)のほか、爪切り(爪そのものに異常がなく、爪の周囲の皮膚にも化膿や炎症がなく、かつ、糖尿病等の疾患に伴う専門的な管理が必要でない場合に、その爪を爪切りで切ること及び爪やすりでやすりがけすること)といった、人体に軽度とはいえ有害な事象が生じ得るおそれが否定できない行為についても本人の容体が安定している場合に限り含まれるとしており、医療の現場における必要性に鑑みて、医行為概念を一定程度緩和したと考えられます。

また、行政は、医業独占に関し、一定の条件において第三者が医行為を実施することが、医師法17条の規定の違法性阻却事由に該当すると解釈し得ることを明らかにして「医行為」又は医師法17条違反の成立範囲を制限的に解釈する立場も示しています。これについては、別稿にて解説します。

 

医療、新規ビジネスにおける医師法17条の影響

 医業独占の定めは、新たな医療やヘルスケアビジネスの実施に対し、これを抑制する影響を及ぼすおそれがあります。

 

AEDの設置と医業独占

 まず、過去の事例を通じて医師法17条の規定がどのように新たな医療に影響を与えてきたのかを理解するために、皆様に馴染みが深いAED(Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器)の本邦における設置過程における法規制についてみてみましょう。



電気的除細動

電気的除細動は、1956年にZollらが60Hzの交流通電を用いて経胸壁的に心臓の致死的な不整脈である心室細動の除細動に成功したのが最初といわれています(Zoll PM, et al:Termination of ventricular fibrillation in man by externally applied electric countershock. N Engl J Med 254:727-32, 1956)。その後、除細動器の性能は進化し、小型で、体外に貼った電極の付いたパッドから、器械が自動で心室細動の出現を判断した上で、電気ショックを与えて心室細動を正常な脈に戻す機能を有するAEDが開発されました。電源を入れれば、音声によって使用方法が具体的に指示され、医療について専門的な知識を有さない一般人においても救命活動を行うことが可能となっています。

 

AEDの有効性

 AEDが救命に極めて有効であることは、既に国民にとって常識ともいえるまでに広く知られた事実です。総務省消防庁のまとめた『令和4年版救急・救助の現況』によれば、一般市民が目撃した心原性心肺機能停止患者のうち、一般市民によってAEDによる除細動が実施されなかった場合生存率は7.0%、社会復帰率は3.2%と極めて予後が悪いですが、AEDによる除細動が実施された場合には生存率が49.3%、社会復帰率が40.1%と約半数の患者が救命できており、現在、AEDの有用性について疑義を挟む余地はないといえます。

 

欧米での利用の先行

欧米では、既に1990年代から、空港、航空機内、ショッピングモール、競技場、カジノでAEDが設置され、医療従事者ではない一般市民による除細動が行われていました。

2000年には心室細動90例に対しカジノの警備員によってAEDによる実施が行われた場合の生存退院症例数が53例(59%、なお、3分以内に除細動を受けた患者は74%の生存率であった。)と極めて高い救命率を認め、AEDの有効性・安全性を明白に示す論文が著明な医学雑誌に掲載され(Valenzuela TD, et al: Outcomes of rapid defibrillation by security officers after cardiac arrest in casinos. N Engl J Med 343:1206-9, 2000)、同年にAmerican Heart AssociationとInternational Liaison Committee on Resuscitationが中心となり、心肺停止症例は、その場に居合わせた一般市民によって速やかな救命措置が行われることを内容とする救命処置法が標準化されました(American Heart Association in collaboration with International Liaison Committee on Resuscitation. Guideline 2000 for Cardiopulmonary Resuscitation and Emergency Cardiovascular Care. Circulation 102(8 Suppl):I60-76, 2000)。

 

アメリカでの法改正と本邦への影響

これらの研究を踏まえ、2000年にアメリカにおいてAEDを推進する法案が議会に可決されて全国の連邦施設へのAED配備が義務化され、地方自治体による講習開催費用等へ多額の予算が付けられました。また、2001年には、アメリカ連邦航空局がアメリカに乗り入れる旅客機へのAED搭載義務化がされるようになると日本国籍の航空機にもAEDの搭載がされることとなると、AEDの使用を非医師が行うことの適法性について議論が巻き起こされることになりました。

 

本邦での議論

 本邦においては、AEDの使用行為について医師法17条違反の可能性が検討されることになりました。当該行為が同条違反に当たらないとするための法解釈として、①医行為に当たらないと解するのか、②医行為に該当するものの、反復継続の意思をもって行うものではないと解するのか、医師法17条違反には当たるが違法性がないと解釈するのか、のいずれかの立場をとることとなります。

厚労省は、このうち②であると最終的に判断しましたが、その判断の根拠付けには確率論を持ち出しています。すなわち、過去の8年間のデータで検証された日本航空所属の航空機内で発生した心肺停止例37例のうち、国際線が31例であるところ、国際線フライト便が45万7600便であったことを受け、心肺停止例が1万4761便に1人発生すると算出し、これに1人の乗務員の国際線のフライト便が120便であったことを考慮して、ある乗務員が心肺停止患者に遭遇する確率が123年に1回であると算出しました。これらによって、たとえ、国際線のフライト便に搭乗するCAがAEDを患者に使用したとしても、反復継続の意思が持ち得ないとの結論を得て、2001年12月に、航空機において客室乗務員によるAEDの使用が許されることとなったのです(樋口範雄ほか、「救命と法―除細動器航空機搭載問題を例にとって」、ジュリ1231号104頁)。

 

AEDに関する厚労省医政局長通知

一般市民によるAEDの使用は、2004年7月の厚労省医政局長通知の発出によってはじめて認められるに至りました(平成16年7月1日医政発第0701001号)。

しかし、同通知では、業務の内容や活動領域の性格から一定の頻度で心停止者に対し応急の対応をすることが期待、想定されている者について、①医師等を探す努力をしても見つからない等、医師等による速やかな対応を得ることが困難であること②使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認していること③使用者が、AED使用に必要な講習を受けていること④使用されるAEDが医療用具として薬事法上の承認を得ていること、の4つの条件を満たす場合に医師法違反とならないものとするとされています。

読者の皆さんは、AEDを使用することが違法となることなど、考えもしないかもしれませんが、やはり、医師法17条への配慮が見え隠れしていることが分かります。

 

医学会からの意見

 医学会からは、一般市民によって実施可能であることに疑義がない人口呼吸によって誤嚥性肺炎が、胸骨マッサージによって肋骨骨折が惹起されるリスクがあることに照らせば、AEDによる除細動が「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」に当たらないのではないかとの疑問が呈されています(前記樋口ほか)。AEDは心電図表示もなく、器械自体が除細動の判断を行うものですから、器械の誤作動の存在があることを踏まえても、医師、非医師によって人体への危害のおそれの程度においてどの程度差異が生じているかには疑問があるといえます。AEDの普及率がいまだ低いことや、その有効性が明らかなことからして、医師法17条に配慮することなくその普及を促進させるためにも、AEDの使用についての法的見解を見直すこともあり得るのではないでしょうか。

 

医師法17条規制の実際

 私も医療弁護士の活動の中で、医師法17条の規制について相談を受けることが非常に多くあります。例えば、エステティック業界においては、医師法17条の問題は極めて重大な問題です。医師の存在しないエステサロンでは、従前から、行政によりレーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を用いた脱毛行為が医行為であるとされ(厚生労働省医政局医事課長平成13年11月8日医政医発第105号通知)、レーザー光線等の一部の施術行為を非医師が実施するエステサロンの運営に関して逮捕される者もみられています。

 

薬事法ドットコム(https://www.yakujihou.com/yakujinews/934/)より抜粋

医療機関における、非医師又は非歯科医師(看護師、歯科衛生士、スタッフなど)がなし得る行為の境界線をどこに引くのかという点については、別稿で説明予定です。なお、歯科医師法においても医師法17条と同様に歯科医業の独占についての規定が置かれています(歯科医師法17条)。

 

まとめ

 医師法17条による無資格医業の禁止について解説いたしました。

 医師の資格なく、医行為=「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を反復継続して行うのは、刑事罰がある違法行為であることをご留意いただければと思います。どのような行為をもって「人体に危害を及ぼすおそれ」があるかという点については、法的な知識のみならず、医学的にも検討すべき事項です。迷われた場合にはご相談ください。

「応召義務とレプリコンワクチンのリスク:診療拒否の法律的問題と医療現場の対応」

 

2024年10月1日より、高齢者らや基礎疾患を有する60歳以上の方に対する新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの定期接種が始まっています。今回の接種では、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンとして、ファイザー社(製品名「コミナティ」)、モデルナ・ジャパン社(「スパイクバックス」)、第一三共社(「ダイチロナ」)及びMeiji Seikaファルマ社(「コスタイベ」)が、組み換えタンパク・ワクチンとして武田薬品工業(「ヌバキソビッド」)の合計5種類のワクチンが用いられます。上記のうち、mRNAワクチンの一種であるMeiji Seikaファルマ社のコスタイベは、次世代方mRNAであるレプリコンワクチンとよばれ、mRNAが自己増殖するとの特徴を有しています。

現在、コスタイベに関しては、美容院等の店舗のみならず、一部の医療機関において当該ワクチンを接種した患者を診療拒否する旨を表明する事態となっています。当該診療拒否については、2024年9月19日、厚生労働省の厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会において、当該診療拒否について医師法19条所定の応召義務に違反するのではないかとの懸念が示されるに至っています。(日刊薬業、https://nk.jiho.jp/article/193021

上記の状況を受け、本稿では、レプリコンワクチンや応召義務について解説したいと思います。

日刊薬業HPより抜粋

1 mRNAワクチンの作用機序

mRNAワクチンは、ウイルスに対する免疫反応を獲得させるために、タンパク質作成の型となるmRNAを脂質の膜に包んで体内に投与する製品です。ワクチンのmRNAは、細胞内において特定のウイルスタンパク質(通常はスパイクタンパク質)を作るための設計図となり、ワクチン接種後、接種された人の細胞ではスパイクタンパク質が作り出され、これに対応した免疫系がそれを異物として認識することで、ウイルスに対応する抗体の生成細胞性免疫が活性化されます。この免疫反応により、ウイルスが将来的に体内に侵入した際に、ウイルスを迅速に攻撃し排除(無毒化、無力化)できるようになり、感染自体を防ぐ働きや、感染後の重症化を抑える働きを得ることになります(図1)。

すなわち、mRNAワクチンは、従来のワクチンと異なり、ウイルスの一部を直接使用せず(麻疹や風疹では元となった病原体を投与する生ワクチンや、病原体の毒性をなくしたタンパク質で作られた不活化ワクチンとは異なります。)、病原体の遺伝子を基にして体内で抗原を生成させるという新しい手法です。

 

(図1 mRNAワクチン)

2 レプリコンワクチンの開発と特徴

レプリコンワクチンはmRNAワクチンの次世代モデルであり、自己増殖型mRNA技術を使用しています。従前のmRNAワクチンは、体内に投与されると比較的すぐに分解され作用が失われますが、レプリコンワクチンは自己増殖することによってその弱点を補うことができます(図2)。

自己増殖のために、レプリカーゼというRNAを鋳型としてRNAを合成する酵素が用いられます。レプリコンワクチンのmRNAには、ベネズエラ脳炎ウイルス(VEEV)由来のレプリカ―ゼがコードされており、これによりmRNAが自ら増殖することが可能となっています。

この技術により、mRNAが細胞内で増幅され、少量の接種量によってより長期間タンパク質を生成できるように設計されています。その結果、従来型mRNAワクチンに比して免疫反応が強化されることが期待されています。

レプリコンワクチンは、2023年11月28日に他国に先駆け、日本で初めて製造販売承認を取得しました(承認申請は、同年4月28日です。)。

コスタイベは、米国のArcturus Therapeutics 社によって開発され、その権利をオーストラリアCSL Seqirus社が保有し、同社と契約したMeiji Seikaファルマ社が日本における製造販売業者となり製造販売されています(製造販売業者については、こちらをご参照ください。)。現在は、EUにおいて承認申請されているほか、大規模治験が実施されたベトナムにおいても追加免疫について承認がされています。また、米国においても承認申請に向けて準備中であるとの情報があります。

(図2 レプリコンワクチン)

前回記事(「薬機法による医療機器承認のガイド:必要な許可と申請方法」 - Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!))でみたように、レプリコンワクチン(コスタイベ)が製造販売承認を取得したということは、PMDAの審査によって有効性と安全性が認められているということです。

それでは、レプリコンワクチンの有効性と安全性はどのようなものかについて見てみましょう。

 

コスタイベの有効性

コスタイベの承認申請に添付された臨床試験としては、米国におけるⅡ相試験や、ベトナムにおけるⅠ、Ⅱ、Ⅲ相試験(「ARCT-154-01」との名称がついています。)日本におけるⅢ相試験(「ARCT-154-J01」との名称がついています。)等があります。その中でもベトナムにおけるⅢb相試験では、プラセボとして従来型ウイルスワクチンを用い、これとの比較で18歳以上の健康成人16107例について行われました(無作為化観察者盲検プラセボ対照並行群間比較試験)。当該治験における有効性(新型コロナ発症割合)については、以下のように高い有効性が報告されています(Nhân, T. H., Hughes, et al . (2024). Safety, immunogenicity and efficacy of the self-amplifying mRNA ARCT-154 COVID-19 vaccine: Pooled phase 1, 2, 3a and 3b randomized, controlled trials. Nature Communications, 15(1), 4081.)。

  重症化予防 発症予防
コスタイベ有効割合 95.3% 56.6%

 

また、国内における追加免疫に関するⅢ相試験において、18歳以上の健康成人828mRNACOVID-19ワクチンを3回接種した成人)についての無作為試験においても、以下の表に示すとおり、長期にわたって高い抗体価を観測されており(コロナ感染者を除く被験者の抗体価を示しています。)、コスタイベの有効性が確認されています(Yoshiaki Oda, et al. (2024). Immunogenicity and safety of a booster dose of a self-amplifying RNA COVID-19 vaccine (ARCT-154) versus BNT162b2 mRNA COVID-19 vaccine: A double-blind, multicentre, randomised, controlled, phase 3, non-inferiority trial. Lancet, 24(4), 351-360.及び同341-343.)。

 

起源株(武漢株)

コスタイベ

従来ワクチン

Day 1(抗体価(GMT)、以下同じ)

813

866

Day29

5390

3738

Day91

5928

2899

Day181

4119

1861

 

オミクロン株(omicron BA.4/株)

コスタイベ

従来ワクチン

Day 1

 

275

292

Day29

2125

1624

Day91

1892

888

Day181

1119

495

コスタイベは、従来ワクチンに比して、6分の1の量での投与でしたが、それでも長期にわたって中和抗体の持続が認められたこととなります。

 

コスタイベの安全性

一方で、コスタイベの安全性については、結論としてPMDAの報告書に従前承認されたmRNAワクチンと概ね同等の有害事象が認められたにすぎないとされました。

また、上記国内におけるⅢ相試験における特定有害事象は、次の表のとおりであり(全身性の副作用のうち、主なものを示します。)、従来ワクチンと発生率について有意差は認められないことが分かります。Grade3(重度)以上の特定有害事象については、コスタイベ群が、従来ワクチン群よりも少数となっています(コスタイベに関する審査報告書参照chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.pmda.go.jp/drugs/2023/P20231122002/780009000_30500AMX00282_A100_3.pdf)。

 

特定有害事象

コスタイベ

従来ワクチン

 

全Grade

Grade3以上

全Grade

Grade3以上

発熱

84(20)

2(0.5)

76(18.6)

2(0.5)

関節痛

112(26.7)

1(0.2)

113(27.7)

2(0.5)

悪寒

126(30.0)

2(0.5)

103(25.2)

4(1.0)

下痢

28(6.7)

0

17(4.2)

0

倦怠感

188(44.8)

3(0.7)

176(43.1)

4(1.0)

嘔吐

2(0.5)

0

2(0.5)

0

単位は、「件数(%)」となっています。

 

また、死亡数については、上記のベトナムでのⅢb相試験において、Day1-92において、コスタイベ群で5従来ワクチン群で16が認められていますが、いずれもワクチンとの因果関係は否定されています。その死亡原因は、以下のとおりです。

 

死亡原因

コスタイベ

従来ワクチン

Day1-92

 

低血糖、膵炎、肺の悪性新生物、咽頭癌転移、COVID-19

COVID-19(9例)、肝硬変、肝癌、大動脈解離、肺炎、敗血症性ショック等

 

以上から、レプリコンワクチンであるコスタイベについては、確かに安全性について従来ワクチンに劣る点は現在のところ認められないように考えられます。

 

3 日本看護倫理学会によるレプリコンワクチンへの懸念

一方で、レプリコンワクチンについては、その新規性と他国での承認に先駆けて日本で承認されたこともあってか、各所から安全性に対する懸念が呈されています。

日本では世界中で接種がされていたヒトパピローマウイルス(HPV)に対するワクチンも接種がほとんど行われない時期があるなど、昔から予防医療に対してそのリスクを重くみる国民性があるともいわれており、ことレプリコンワクチンに対する不安の声も小さくありません。

レプリコンワクチンに対する上記懸念は、一般社団法人日本看護倫理学会が出した声明が大きな影響を与えているといえます。すなわち、日本看護倫理学会は、2024年8月7日付けで「【緊急声明】新型コロナウイルス感染症予防接種に導入されるレプリコンワクチンへの懸念 自分と周りの人々のために」と題する声明(以下「本声明」といいます。)を発出して深刻な懸念を表明しております(https://www.jnea.net/statement/)。日本看護倫理学会の主張をまとめると、以下のポイントに整理されます。

 

⑴ 開発国を含む諸外国において承認を受けていないこと

(本声明発出時において)レプリコンワクチンは、開発国である米国や大規模治験を行ったベトナムを含む他の国々でまだ認可されていないところ、海外での認可がない理由には安全性に関する問題を疑わざるを得ない

 

⑵ シェディング(接種者から非接種者への影響)

レプリコンワクチンは自己増殖型のmRNAを使用しているため、接種者から非接種者にワクチン成分が感染(シェディング)する可能性が懸念され、ワクチン接種を望まない者へのワクチン成分の取り込みがされる倫理上の問題がある。現在のところ、臨床研究でシェディングについての臨床研究は実施されていない。

 

⑶ 将来の安全性に関する問題

mRNAワクチンには、人間の遺伝情報や遺伝機構に及ぼす影響が否定できない。最近の研究では、ファイザー社製のmRNAワクチンの塩基配列がヒトの肝細胞のDNAに逆転写されたとの報告もあり、広範囲なmRNAワクチンの使用には問題がある

 

⑷ インフォームドコンセントの問題

従来のmRNAワクチン接種においても、重篤な副作用が報告されているにも関わらず、被接種者への適切な説明が行われていない事例がある。レプリコンワクチン導入にあたっては、シェディングの可能性も含め、接種者が全てのリスクを理解し、納得した上での同意を得るプロセスが必要である。

 

⑸ 医療従事者とその家族への影響

レプリコンワクチンが定期接種化されると、率先した医療従事者への接種が強く求められる可能性がある。これにより医療従事者の自己決定権を侵す可能性がある。シェディングにより、医療従事者の家族や周囲の人々への影響も考慮すべきである。

 

4 日本看護倫理学会の声明へのMeiji Seikaファルマ社の反論

Meiji Seikaファルマ社は、2024年10月9日、本声明に対し、反論を公表しました(「日本看護倫理学会の声明文に対する当社の見解」、chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/pdf/notice/notice_01.pdf)。

Meiji Seikaファルマ社の反論は、次のとおりです。

⑴への反論

他国での承認については、既にEUにおけるEMA(欧州医薬品庁)への承認申請が最終段階となっていることや、米国をはじめとするEU以外の国と地域においても臨床試験・承認申請の準備が行われている。

⑵への反論

mRNAワクチンはウイルスの一部であるスパイクタンパクしか使用しないため、感染性のあるウイルス粒子を形成しない。そのため、シェディングは起こることはなく、そのような科学的知見もない。これは、厚労省においても同様の見解を発出している。コスタイベの臨床試験においてもシェディングとみられる事象の観察はされていない

⑶への反論

ワクチンのmRNAがDNAに組み込まれることはなく、ヒトの遺伝情報や遺伝機構に悪影響を及ぼすことはない。本件声明において引用され根拠となっている論文は特殊な条件下で実施された試験の結果であり、生体内の反応を再現しているとはいえない。

 

5 シェディングについて

日本看護倫理学会による本声明においては、コスタイベに限定しない、mRNAワクチンそのものに対する懸念も示されております。レプリコンワクチンそのものに対する懸念については、シェディングといわれる、接種者から非接種者へのワクチン成分の伝播(「感染」)が主なものとなっていることが分かります。本声明は、「Seneff & Nigh, 2021」という論文を根拠としてシェディングが認められるとの主張です。ここで、当該論文は、International Journal of Vaccine Theory, Practice, and Researchという2020年に創刊された「ワクチンとその成分の開発、配布、勧試に関する査読付きのオープンアクセス学術ジャーナル」(「a peer-reviewed scholarly open access journal concerning the development, distribution, and monitoring of vaccines and their components. 」)であるとのことです。論文検索サイトであるPUBMEDでの検索もできない、およそ医学論文とはいえない論文のようにみえます。

また、当該論文においては、シェディングが認められるとの検証結果やその根拠も記載されていません。当該論文のシェディングに係る記載部分には、脾臓の樹状細胞から放出されるエキソソームに異常なスパイクタンパクが含まれ、当該エキソソームが肺から喀痰等によって放出されて二次暴露が惹起される可能性を指摘しておりますが、当該事象の裏付けはされていないといえます。

そうしますと、本声明に記載された、いわゆるシェディングという現象が生じていることの科学的根拠はないといわざるを得ないように考えます。

なお、エキソソームについては、()でご説明しておりますのでご参考にしてください。

 

6 mRNAワクチンはヒトの遺伝情報(DNA)に影響を与えるか

この疑問点については、以下のとおり、mRNAワクチンがヒトの遺伝情報(DNA)に影響を与えることはないと、CDCにおいて公式に否定されています。

 

(CDC, COVID-19 State of Vaccine Confidence Insights Report, Report 25, May 12, 2022より抜粋、

(chrome-extension://oemmndcbldboiebfnladdacbdfmadadm/https://stacks.cdc.gov/view/cdc/117453/cdc_117453_DS1.pdf)。

 

ここで、mRNAワクチンは、新型コロナウイルス感染症に対して初めて開発・使用されるに至った製品ではなく、20年以上にわたって治療用がんワクチンやインフルエンザ、狂犬病HIVサイトメガロウイルスヒトパピローマウイルスなどの感染症予防のワクチンとしての使用を目的として開発されてきたバイオ技術であり、現在までにmRNAが体内においてDNAに逆転写されることは確認されていません。

本声明に引用されたAldén らの論文(Aldén et al (2022). Clinical, Translational and Basic Research on Liver Diseases. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44(3), 1115-1126.)は、in vitro(試験管内)におけるヒト肝細胞株(Huh7)にファイザー社及びBioNTeck社によって開発されたワクチン(BNT162b2、コミナティ)が細胞内逆転写をしたとの内容であり、mRNAワクチンの危険性に引用されることがある論文です。しかしながら、当該論文は、実際にワクチンが接種された場合の肝臓におけるワクチン濃度をはるかに超える濃度で行われた実験結果であることや、実際にはmRNAによってスパイクタンパクが作成されることによる免疫反応によってmRNAが導入された肝細胞が除去されることからin vivo(生体内)では上記論文と同様の事象が認められない可能性があることなどが指摘されています(Hamid A.Merchant (2022). Comment on Aldén et al. Intracellular Reverse Transcription of Pfizer BioNTech COVID-19 mRNA Vaccine BNT162b2 In Vitro in Human Liver Cell Line. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44, 1115-1126. Curr. Issues Mol. Biol.2022, 44(4), 1661-1663.)

上記のように、in vivomRNAのヒト細胞DNAへの逆転写を認めたとの報告は未だないことから、この点のリスクを重くみるのはエビデンスに欠ける判断といえるかもしれません。

 

7 応召義務について

医師法19条1項の規定と応召義務の法的性質

次に、診療拒否に関する法律についてみていきましょう。

医師法191は、「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」と定め、医師の応招義務を定めています。応召義務は、講学上、公法上の義務(国に対する義務)であるとして、患者に対して負う私法上の義務ではないとされています。そのため、患者が、医師法19条1項を根拠として、医師又は医療機関に対してに診療を強制する権利は有していません

 

刑事責任について

また、医師が、当該義務違反によって刑事罰が与えられるものでもございません(同項違反の刑事上の罰則は定められていません。)。

 

行政処分について

さらに、「医師が第19条の義務違反を行った場合には罰則の適用はないが、医師法第7条にいう『医師としての品位を損するような行為のあったとき』にあたるから、義務違反を反覆するが如き場合において同条の規定により医師免許の取消又は停止を命ずる場合もありうる。」(厚生省医務局医務課長回答(昭和30年8月12日医収第755号))とする通達がありますが、過去に応招義務違反で医師免許の取消又は停止がされたことは一例もなく、当該処分を発した場合には医師らから強い反発が予想されることからも、今後においても、当該処分がされる可能性は極めて低いものと考えられます。

 

民事責任について

一方、患者が、医療機関に対し、正当な事由のない不合理な診療拒否がされたとして不法行為等に基づく損害賠償請求を行った事例について、請求が認められた例が数例認められます(但し、いずれも救急搬送に関するもので、生命の危険が切迫しているような事案となります(千葉地判昭和61年7月25日・判例タイムズ634号196頁、神戸地判平成4年6月30日・判例タイムズ802号196頁)。

以上をまとめますと、医療機関としては、「正当な事由のない」不合理な診療拒否をした場合に限り、法的に(民事法的に)責任を負うこととなりますので、各事案において、「正当な事由」が認められるのか、といった視点で事案を検討することが重要です。

 

正当な事由が認められる場合

正当な事由については、厚労省から、令和元年12月25日付け「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(厚生労働省医政局長通知(医政発1225第4号))が発出されています。

上記通知によれば、緊急対応が不要な場合(病状が安定している患者等)で、かつ、診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合には、「原則として患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される」とされています。また、上記通達は、個別事例ごとの整理において、「医療機関相互の機能分化・連携を踏まえ、地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介、転院を依頼・実施すること等も原則として正当化される。」として、他の医療機関の紹介・転院等の事例について整理しています。

これをまとめると、以下のような考慮要素によって「正当な事由」の有無が判断されることになります。

 

  • 患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)
  • 診療時間医療機関として診療を提供することが予定されている時間か)又は勤務時間(医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されている時間)内か
  • 患者と医療機関・医師との信頼関係は破壊されていないか

 

これを表にまとめてみますと、概ね以下のようになります。

実際に医師から相談を受けることが多い応召義務ですが、患者の病状が安定している場合には信頼関係が築けていないことをもって診療を断ることができるなど、皆様が考えているよりは診療拒否が違法に当たらない範囲は広いと思われます。しかしながら、信頼関係が築けない場合に診療を拒否できるとするその理由は、あくまでも、医療が患者の健康な生活を確保することにあるところ、診療において患者の協力的態度がない場合には安全で最適な医療の提供が困難になることを理由とすると考えられます。そのため、患者に何らの非が認められない場合や医学的正当性が認められない理由に基づき、一方的に診療を拒否することはできないというべきです。

 

 

病状深刻

病状安定

診療・勤務時間内

医療機関・医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合以外は診療に当たる義務が認められる可能性がある。

原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。

診療・勤務時間外

応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、法的責任に問われることはない

※ 心肺蘇生法等の応急措置実施義務

即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される。ただし、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい。

 

8 レプリコンワクチン接種患者の診療拒否に関する正当な事由の有無

以上みてきたように、レプリコンワクチン接種患者について、いわゆるシェディングの危険性があるとして患者を診療拒否することにつきましては、シェディングについての科学的根拠が認められないことからすると、医学的正当性のない危険性を理由として診療拒否をすることとなり、医師法19条所定の応召義務に違反することになる可能性が高いといえます。この場合、そのような診療拒否をすることが「医師としての品位を損するような行為」に当たるとして行政指導等を受けるリスクがあるとともに慰謝料等の損害(慰謝料額は僅少であると考えられますし、その他の損害としては交通費等の実費に留まるように考えられます。)について患者に対し不法行為に基づく損害賠償義務を負うリスクがあるといえます。

 

9 まとめ

次世代mRNAワクチンであるの新型コロナウイルス感染症に対するレプリコンワクチンについては、従来のmRNAワクチンよりも効果的な免疫応答が期待されているものの、日本看護倫理学会をはじめとして、その安全性と倫理性に対して強い懸念を示す方々がいらっしゃいます。しかしながら、そこで問題視されているシェディングや遺伝子への影響については、未だ科学的根拠はなく、レプリコンワクチン接種患者について診療拒否をすることは応召義務に違反する可能性が高いと考えられます。

「薬機法による医療機器承認のガイド:必要な許可と申請方法」

 

近年、医療現場における未解決のニーズをきっかけとして、医師をはじめとする医療従事者の手によって医療イノベーションに繋げることが期待されています。

実際、医療従事者や医療機器メーカーに属していない技術者によって医療機器の申請について質問を受けることは多くあります。

そこで、この記事では、医療機器の許可の種類や承認申請の流れを基本的なところから、解説したいと思います。新規医療機器の申請についてお考えの方に参考になればと思います。

 

中心となる法律は薬機法(医薬品・医療機器等の品質・有効性及び安全性の確保等に関する法律、旧薬事法、本稿では単に「法」といいます。)です。薬機法は、医薬品や医療機器の開発から市場への導入までのプロセスを厳格に規制するとともに、広告や市販後の安全対策、監視指導等についても規定しています。このプロセスの中核を成すのが、各種許可及び承認申請ですが、薬機法の概要から説明を始めます。

 

1 薬機法とは

薬機法の対象

薬機法が対象とする「医薬品等」とは以下の5種類をいいます(法1条)。

医薬品

医薬部外品

・化粧品

医療機器

再生医療等製品

 

薬機法における各段階の規制

薬機法は、上記5種類について、有効性、安全性を確保する各規定を図1の各段階において置いています。

 

薬機法における各段階

薬機法におけるプレーヤーと必要となる許可

薬機法は、医薬品等を製造、販売等するにあたり、医薬品等を製造、これを流通に置くなどを行う各プレーヤーについて、許可等を取得することを要求しています。

必要な許可等は、製品の種類によっても異なりますが、概ね以下のとおりです。

誤解しやすい点として、薬機法は、「製造」と「製造販売」とを異なる概念として規定しております。端的にいえば、製造のみを行う場合を「製造」と呼称してこれに製造業許可を求め、製品を流通に置き販売後の安全性及び品質の責任を負うことを「製造販売」と呼称して(正確には法2条13号)、これに「製造販売業許可」を求めています。これに加え、卸売りなどの販売のみを行う場合は「販売」として販売業許可を得ることが求められます。

薬機法におけるプレーヤーと許可

品目ごとの承認

医薬品等を流通させるためには、プレーヤーとしての許可を得ているだけではなく、流通させようとする品目(医薬品等)自体についての承認等を得る必要があります。

医薬品については、薬機法上、大きく医師による処方が必要な処方箋医薬品それ以外に分類されています。

また、医療機器については、薬機法上、そのリスクの程度に応じて、次のとおり分類されており、各医療機器について必要となる承認等の手続は異なっています。

表1 薬機法上の医療機器の分類

上記クラス分類の判断は、クラス分類表(各都道府県においてホームページに掲載されているかと思います。)を参考にしながら行うこととなります。注意すべきは、体温計や血圧計がクラスⅡに分類されるなど、疾病の診断、予防を目的とする医療機器については、通常の感覚よりも高度な分類がされている点です。

また、上記クラス分類以外にも、「特定保守管理医療機器」として、医療機器(高度管理、管理、一般)のうち、保守点検、修理その他の管理に専門的な知識及び技能を必要とすることからその適正な管理が行わなければ疾病の診断、治療又は予防に重大な影響を与えるおそれがあるものについて厚生労働大臣が指定されております。例えば、パルスオキシメーターやX線診断装置がこれに当たります。特定保守管理医療機器については、上記クラス分類とは別に販売、貸与等に高度管理医療機器等販売(貸与)業許可が必要とされていますのでご注意ください(法39条1項)。

 

以上を踏まえて、医薬品等について申請に必要となる品目ごとの承認等、製造販売業の許可及び製造業の許可等については、表2のとおり整理されます。

表2 医薬品等に必要となる承認、許可等

厚生労働大臣により認証基準を定めて指定された高度管理医療機器又は管理医療機器(以下「指定高度管理医療機器等」という。)であり、認証基準に適合するものは、品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の登録を受けた者(登録認証機関)の認証を受けることで製造販売することができます(法23条の2の23第1項)。

**一般医療機器の「設計」のみを行う製造所は登録不要です。

***特定保守管理医療機器については別途上記規制がされています。

 

2 QMS省令及びQMS体制省令について

QMS省令

製造販売業者は、医療機器の製造及び品質管理に関し、医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(QMS(Quality Management System)省令)に基づき製造管理及び品質管理を行うことが求められ、これが医療機器の製造販売承認又は認証要件の一つとなっています(法23条の2の5第2項第4号(第23条の2の17第5項において準用する場合を含む。)、法80条第2項)。

QMS省令では、製造販売業者に対して品質管理監督システムの確立管理監督者の責任、製品実現に係る各種工程における文書化製品のトレーサビリティの確保等が義務付けられるなど製造管理及び品質管理に関して遵守すべき義務が定められています。QMS省令は医療機器に特化した安全性と品質の維持に関する国際認証であるISO13485を基に、日本独自の薬機法の規定を踏まえて作成されたものです(ISO13485の改正に伴い、QMS省令も改正されています。)。外国の企業から医療機器の審査に当たってISO13485を満たす必要の有無を聞かれることはありますが、当該必要はないものの実質的に同等のQMS省令を満たす必要があるということになります。

QMS体制省令

また、製造販売業者には、医療機器又は体外診断用医薬品の製造管理又は品質管理に係る業務を行う体制の基準に関する省令(QMS体制省令))が適用されます。

QMS体制省令においては、医療機器の製造販売業者に対して、QMS省令で定められた医療機器の製造管理又は品質管理に係る業務に必要な体制を適切に行うために必要な組織の体制を整備する義務が課されています。

 

3 市販後調査に関する省令

GPSP省令

企業が実施する製造販売後調査及び試験は、一定の信頼性基準であるGPSP(Good Post-marketing Study Practice)省令(「医療機器の製造販売後の調査及び試験の実施の基準に関する省令」)を満たしていなければならないとされています。GPSP省令では、製造販売後調査等として、製造販売後臨床試験製造販売後データベース調査及び使用成績調査(一般使用成績調査特定使用成績調査及び使用成績比較調査)を行うことが義務付けられています。

GVP省令

GVP(Good Vigilance Practice)省令は、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の方法を定めた基準です。医薬品等の製造販売業が許可を得るために遵守が求められている省令(法12条の2第1項2号、23条の2の2第1項2号及び23条の21第1項2号)の一つです。具体的には、安全管理情報(医薬品等の品質、有効性及び安全性に関する事項その他適正な使用のために必要な情報)の収集、検討及びその結果に基づく必要な措置を行うことが求められます。また、これらの製造販売後安全管理を行う体制を自己点検や教育訓練を通じて維持するよう求められています。GVP省令とGPSP省令の関係は、下図のとおり整理されます。

【PMDA公表資料「医薬品の製造販売後調査の現状と留意点」より抜粋)】

4 医療機器等の承認申請の実際

医薬品等の承認プロセス

医療機器を含めた医薬品等の承認申請は、概要以下のプロセスを経て承認されます。

医療機器の承認プロセス

各手続において、申請される方が注意すべき点についてポイントを解説いたします。

 

⑴ 申請

申請に際しては、申請書及び添付資料を提出します。

 

申請書

申請書の記載事項と記載に際しての注意事項は次のとおりです。

 

項目

記載事項と注意点

類別

薬機法施行令別表第一の番号及び類別名を記載します。

名称

一般的名称及び販売名を記載します。

使用目的、効能又は効果

適応として想定している疾患名や使用状況、期待される効果についても記載するようにしてください。

形状、構造及び原理

有効性又は安全性に影響を及ぼす部分については、特に詳細な記載が求められています。

医用電気機器の場合はブロック図を用いて説明する必要があります。

原材料

有効性及び安全性に影響を及ぼす部分の原材料については、十分に特定する必要があります。

性能及び安全性に関する規格

当該医療機器に製造元として求める規格を設定し、品質を担保することが望ましいとされています。

使用方法

準備段階から使用後の処置まで、手順に沿って記載します。特に有効性及び安全性に影響を及ぼす手順は詳細に記載する必要があります。他の医療機器と組み合わせて使用する場合には組み合わせて使用する機器を含めた操作方法を記載します。滅菌が必要なものは、推奨する滅菌法や滅菌条件も記載します。

保管方法及び有効期間

有効性、安全性及び品質が保証できる期間を設定して記載します。保管に特別な注意が必要なものについては、温度・湿度条件、遮光等の保管条件の詳細を記載します。

製造方法

原則として、部品受入れ工程から出荷判定を行うまでの工程を記載します。製造条件によって製品の品質、特性等が異なる医療機器は、品質、安全性に大きな影響を与える工程についてその製造条件を記載します。ヒトや動物由来原材料を使用して製造する場合は、ウイルス等の不活化、除去処理の方法等、品質、安全性確保の観点から必要事項を記載する。

貯蔵方法及び有効期間

有効性、安全性及び品質が保証できる期間を設定して記載します。保存に特別な注意が必要なものについては、温度・湿度条件、遮光等の保存条件の詳細を記載します。

製造販売する品目の製造所

滅菌医療機器の場合は、登録製造所の滅菌方法を記載します。

備考

高度管理医療機器管理医療機器の別、クラス分類、QMS適合性調査の有無、新規原材料を使用したものはその旨等の注意事項を記載します。

 

添付資料

申請者は、医療機器の有効性及び安全性に関する基本要件基準への適合を示す証拠資料として、Summary of Technical Document (STED)フォーマットに従い、添付資料を作成しなければなりません。

提出が求められる添付資料は次のとおりです。

STED形式の項目

1.品目の総括

 ・品目の概要

 ・開発の経緯

 ・類似医療機器との比較

 ・外国における使用状況

2.基本要件基準への適合性

 ・参照規格一覧

 ・基本要件及び適合性証拠

3.機器に関する情報

4.設計検証及び妥当性確認文書の概要

 ・規格への適合宣言

 ・機器の設計検証・妥当性確認の概要

5.ラベリング

 ・添付文書(案)

6.リスクマネジメント

 ・リスクマネジメントの実施状況

 ・安全上の措置を講じたハザード

7.製造に関する情報

 ・滅菌方法に関する情報

 ・品質管理に関する情報

8.臨床試験の試験成績等

 ・臨床試験成績等

 ・臨床試験成績等のまとめ

9.製造販売後調査等の計画

⑵ プレゼンテーション

医療機器申請におけるプレゼンテーションは、審査担当者に当該医療機器の全体像を早期に把握してもらい、全体の審査機関を短縮させることを目的として十分な資料を基に行われるべきです。開発のコンセプトや臨床上の位置づけ、海外での使用状況や承認状況(PMA number, 510K Number等)有効性・安全性を裏付ける論文等を効率よく当該医療機器について精通した担当者による説明が必要となります。

 

⑶ 審査における照会事項への回答

なされた質問に対し試験成績等による客観的なデータを添付して回答できる場合には、当該データを資料として提出することが望ましいといえます。主張への裏付け資料の充実度が審査期間や結果に影響を与えますので、十分な資料の添付が必要です。海外における不具合情報を開示しない場合や海外の治験データの一部のみを開示する場合、後にこれが発覚した際には審査担当者の心証を害することから、必要な資料は全てを開示するよう、注意が必要です。

 

承認審査制度について

承認審査には、通常の審査(約12か月を要します。)以外にも、一定の条件を満たす場合には優先的に短期間での審査形式を選択することが可能となっています。

承認審査制度については、下図のとおりです。

厚生労働省資料(平成30年度第2回医薬品医療機器制度部会資料より抜粋)】

「優先審査」は、希少疾病用医薬品、希少疾病用医療機器又は希少疾病用再生医療等製品の指定を受けた品目(希少疾病用医薬品等)や、①適用疾病が重篤なもの、又は、②既存の医薬品、医療機器若しくは再生医療等製品又は治療方法と比較して、有効性又は安全性が医療上明らかに優れていると認められる医薬品等について優先的に審査するものです。

「条件付き早期承認制度」は、2017年に導入され、生命に重大な影響があり、かつ有効な治療法がない疾患を対象とする革新的な医薬品、医療機器については、患者数が少ない等の理由で検証的臨床試験(多数の患者による有効性・安全性の評価試験)の実施が困難なものや治験の実施に長期間を要する医薬品、医療機器について、製造販売後の有効性・安全性の再確認等を承認条件とすることで早期の実用化を目指すものです。

「先駆け審査指定制度」は、2015年に導入され、世界に先駆けて、革新的医薬品、革新的医療機器等を実用化するため、早期の治験段階で著明な有効性が見込まれる医薬品、医療機器等を指定して、優先的な取扱いにより、承認取得までの期間を短縮し、最先端の医薬品、医療機器を最も早く患者に提供することを目的とする制度です。この制度の対象品目にしてされると、製薬企業等は優先相談、事前評価を受けられるほか、総審査期間を6か月とする優遇措置を受けることができます。

5 まとめ

医療機器を国内で販売するためには、薬機法上次、プレーヤー、製造所及び品目についてライセンス、登録及び承認等が必要となります。

品目については、その医療機器のリスクに応じたクラス分類に対応した承認、認証又は届出が必要となります。

製造販売業者については、医療機器の製造及び品質管理や製造販売後調査等について、各種省令が設けられており、これらについて満たしていることが品目について承認等がされることの要件となっております。

PMDAでは、医療機器を含めた品目の申請に際し、事前協議に対応しており、適切な準備を行うためにも早期からの事前協議をお願いすることがよろしいかと考えます。

【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の実態と対策ガイド(監査)

 

1 監査とは

監査の概要

前回記事(個別指導、監査について(個別指導))で記載したとおり(【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の対策ガイド(個別指導) - Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!))、厚生労働大臣による監査は、健康保険法78条等に基づき、保険医療機関等の診療内容又は診療報酬の請求について、明らかな不正又は著しい不当が疑われる場合等において、健康保険事業等の適正な運営を確保するため、的確に事実関係を把握するために行われる手続です。すなわち、監査は、不正の事実が明らかであると思われるときに実施される手続であり、当局において、保険医療機関の開設者、管理者、保険医等の従業員に対して、報告、帳簿類等の提出・提示、出頭を求める法的な根拠をもった、正確な事実関係(真実)の確認を目的とする厳格な手続であることを理解する必要があります(健康保険法78条、船員保険法59条、国民健康保険法42条の2、高齢者の医療の確保に関する法律72条)。

監査に移行する基準とは

監査に移行する基準については、いわゆる詐欺、不法行為に当たるような悪質なもの(不正)、又は、制度の目的から見て適当ではない妥当性を著しく欠いたもの(著しい不当)事案ですが、実際に選定されている事案を接していると、以下のような特徴があると考えられます。

  • 医師又は医療従事者の人数が、人員配置の標準数から著しく欠けているもの(標欠病院)
  • 施設基準について虚偽の届出や報告がされており、当該施設基準が要件となっている診療報酬について不正請求しているもの
  • 詐欺等の刑事事件となり得るもの
  • 新聞、雑誌、インターネット等で不正請求の存在が広く社会に拡散されているもの
  • 従業員や医療監視部局からの情報提供があり、不正請求がされている確度が高いもの
  • 無資格者による診療が疑われるもの

上記以外にも、度重なる個別指導によっても保険診療又は診療報酬請求が適正なものに改善されないときや、正当な理由なく個別指導を拒否した場合にも監査は実施されます。

 

2 監査の実際

⑴ 患者調査について

当局は、監査前に、患者に対し保険給付に係る診療、調剤等の内容に関し、報告を明示、当該職員に質問させることができます(健康保険法60条2項、患者調査)。

患者調査は、直接本人と面談する方法によって行われ、実際の診療内容とレセプトの記載との齟齬を明らかにすることを目的として、診療の回数、日時、内容(検査、注射、手術等の内容)、診療を行った医師等の氏名、診療に関する説明内容、医療費の負担額・支払額が調査され、患者の署名捺印がされた調査書が作成され、将来の不利益処分の証拠資料となります。

⑵ 監査の概要

監査の通知

監査は、原則として開設者宛てに監査実施通知を送付した後に聴取期日が指定され次のとおり実施されますが、組織的な書類の改ざんの恐れがある場、証拠隠滅のおそれがある場合には監査当日に通知を持参し、提出命令によって証拠書類が保全されることも例外的にあります。

ヒアリング(面談)の実際

監査におけるヒアリングは、基本的に監査担当者(厚生局及び都道府県職員等)が対象患者のカルテに基づき、管理者、医師、看護師又は従業員に対し、個別の患者の診療内容や全般的な診療フローについて予め組織内で作成してきた質問を行う形式で行われます。対象患者の件数は、個別指導と異なり、制限はありません。

聴取のテーブルは、状況、事案に応じて、複数用意され、ヒアリング対象者が複数同時に実施されることもよくあります。その場合には、基本的に共通した質問がされ、ヒアリング対象者同士で供述内容に齟齬がないか、レセプトや患者調査(上記⑴)との齟齬がないか、がチェックされます。監査当日は、午前9時半頃から17時頃まで休憩を挟みながら丸一日行われるところ(2~3時間での実施を目途とする個別指導に比べ、長時間に及びます。)、1時間に10分程度の休憩時間と昼休みが設けられますが、昼休みには監査担当者間で対象者の供述内容や関係書類について共有がなされており、午後にその矛盾点について深堀りした質問がされることがあります。ヒアリングの中で、不正又は不当な事実が明らかになってきた場合には、それが誰の指示によってなされたのかといった原因又は背景についての質問がされます。また、当該不正又は不当な診療行為又は請求行為についてヒアリング対象者が何を考えて実行していたのか現在はどのように思っているのかどこに責任があると考えるかについても聞かれることになります。

なお、監査には、医師としての資格に基づき、行政側の立会人として学識経験者が同席することがあります。

ヒアリングにおける主観的事実の認定

ヒアリングの目的が事実関係を把握することであるのは上記のとおりですが、認定すべき事実には、行為者における「故意」又は「過失」といった行為者の主観にわたる部分の事実の有無も含まれています。ここで「故意」とは、犯罪を構成する自らの行為を認識し、それを認容する(よしとして受け入れる)ことを意味します。上記認定される主観的事実として、上記故意、過失以外にも、不法領得の意思の有無(騙取した財物を、権利者を排除して、その経済的ないし本来的用法に従いこれを利用もしくは処分する意思、をいいます。簡単にいうと、「他人の財産を自分のものにして利用しようとする意思」といえます。)も判断されますし、故意を超えた積極的な「害意」や、事案の組織性、計画性を踏まえた法令遵守に対する意識についても認定の対象とされることになります。これらに対しては、質問者の意図を汲み取り、適切な回答をすることが求められます。

聴取録取書の作成

ヒアリングの終了時には、問答形式の聴取録取書がその日のうちに作成され、内容に誤りがないか、表現に問題がないかについてヒアリング対象者に確認を求め、その後署名するように求められます。

ヒアリングにおける注意点は、ありのままを隠すことなく、供述することにあります。事前の口裏合わせや組織からの供述の強要についてはその有無について質問において聞かれることが通常ですし、これが発覚した場合には後の処分に極めて大きな悪影響を及ぼすこととなります。

また、監査手続において作成される聴取録取書は処分決定に際し、処分を根拠づける資料となります。そのため、記載されているニュアンスも含めて慎重に確認し、必要があれば遠慮せずに修正を求めるべきことに注意が必要です。

ヒアリングへの弁護士の帯同

個別指導と同じく、監査においても保険医療機関からの委任状を提出することで弁護士の帯同が認められています。弁護士が直接の答弁をなし得ないことも個別指導と同様ですが、弁護士の帯同は、手続を適正にするための担保(圧迫的な質問や、誘導となる質問の抑制効果)として有効な手段です。特に、監査で作成されるヒアリング対象者の聴取録取書には、保険医療機関について有利となる点が記載されていない、不利となるニュアンスで記載されことが多々あります。私は、元裁判官として、当該聴取録取書が後の事実認定においてどの部分が保険医療機関に不利に採用されてしまうかを判断できることもあり、帯同した監査において聴取録取書をレビューした際には、修正点が見つけられない場合がないほどに修正すべき点は多く存在するといえます。ヒアリング対象者となった方においては、くれぐれも聴取録取書の署名の際には慎重に内容をご確認ください

ヒアリングの録音

ヒアリングは当局に申し出た上で録音することが可能です。ヒアリングの聴取録取書には供述の全てが記載されるものではないことから、当該録音は保険医療機関からの反論のための重要な資料となるため、必ず録音するようにしましょう。将来の取消訴訟(後記4)の際の重要な証拠にもなります。

⑶ 患者個別調書の作成

患者個別調書とは

上記⑴の患者調査の手続では、監査対象保険医療機関等の名称が分からないように配慮された上で、患者本人と直接の面接がされ、患者個別調書が作成されています。この患者個別調書は、監査調査書、最終的な不正・不当金額の積算根拠、内議書等の元となる重要な調書となり、診療と請求に対する行政側の判断を示すものとされています。患者別調書には、当該患者の実際の診療内容とレセプトとの矛盾点が明確化され、不正・不当請求の内容、点数、金額と共に、監査担当者の意見も記載されます。

患者個別調書への弁明の記載

監査では、被監査者に対し、当該患者のカルテとレセプトを示しながら、1枚毎に説明がされ、その内容に誤りがないかの確認を求められ、患者別調書に対する弁明の記載と署名が求められます。弁明欄は小さいため、欄内に収まらない場合は欄外や裏面に記載することも可能です。患者個別調書の内容や金額には誤記がされることも多く、慎重にチェックする必要があります。また、誤った内容が記載されている場合には、その理由について弁明欄に十分な記載をすることが重要です。

 

3 監査後の手続について

行政上の措置

監査の後には、不正又は不当の事案の内容により、以下の❶~❸の処分が下されます(指導要綱)。

 

❶ 取消処分(以下のいずれかの1つに該当するとき。以下❷、❸について同じ)

  • 故意に不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 故意に不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの

(※「しばしば」とは、1回の監査において件数からみてしばしば事故のあった場合及び1回の監査における事故がしばしばなくとも監査を受けた際の事故がその後数回の監査にあって同様の事故が改められない場合をいいます。)

❷ 戒告

  • 重大な過失により、不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 重大な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療をしばしば行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求をしばしば行ったもの。

❸ 注意

  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療を行ったもの。
  • 軽微な過失により、不正又は不当な診療報酬の請求を行ったもの。

 

取消処分(❶)について

例えば、先日も、千葉県野田市にある救急病院が勤務する看護師の人数を水増しし、5億円を不正に請求していたとして関東信越厚生局から取消処分を下されているとの報道がなされています。

https://www3.nhk.or.jp/lnews/chiba/20240930/1080024349.html)。

 

厚労省が公表している、令和4年度における処分の状況は次のとおりです

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000188884_00004.html)。

 

保険医療機関

 

18件  (対前年度比 8件減)

(内訳)

指定取消

6件  (対前年度比 3件減)

 

指定取消相当

12件  (対前年度比 5件減)

保険医等

 

14人  (対前年度比 2人減)

(内訳)

登録取消

11人  (対前年度比 2人減)

 

登録取消相当

3人  (対前年度比 増減なし)

同年度の監査件数が52件ですので、およそ監査3件につき1件に取消処分が下されていることとなります。

厚労省は、取消理由が架空請求、付増請求、振替請求、二重請求、その他の請求など不正の内容が多岐にわたっていることも公表しております。また、指導、監査が実施される端緒としては、保険者、医療機関従事者、医療費通知に基づく被保険者等からの情報提供が12件と指定取消処分(指定取消相当を含む)の件数の大半を占めています。中でも医療機関等の従事者からの情報提供がされるケースが多いことから、普段の診療において、従業員と開設者、管理者間の人間関係を築き、労働条件の適正化を行う、内部通報制度を整備し、従業員から違法な通報がされないように従業員教育等の情報管理を行うことが重要といえます。

    

取消処分に前置される手続

取消処分は、3つの処分の中で最も重いものであり、その不正の悪質性が高いものとなります。取消処分がされる場合には、次の⑴~⑶の手続が行われます。

 

⑴ 本省内議

監査終了後、速やかに監査結果は整理され、内議書が内部的に作成されます。内議は厚生労働省保険局長にされ、内議結果は同局長から通知されます。

 

⑵ 聴聞

行政庁が不利益処分をしようとするときに聴聞が義務付けられることから(行政手続法13条)、取消処分に関する聴聞が実施されます。

聴聞では、不利益を受ける者(保健医療機関等)が口頭で自己弁護、防御の主張を行います。

聴聞期日が指定された場合、保険医療機関等には、当局より、「聴聞通知書」が事前に送付されます。聴聞通知書には、期日までに不利益処分の内容及び不利益処分を行なう根拠条文、不利益処分を行なう原因となる事実、聴聞の場所及び日時、聴聞に関する事務を取扱う組織及び所在地が記載されます。

聴聞手続に欠席した場合には、聴聞手続が終結されますので(行政手続法23条)、取消処分を争う場合には、防御の機会を喪わないように出席する必要があります。

聴聞では、個別指導及び監査とは異なり、弁護士を代理人として選任した場合、弁護士は防御の弁論を行うことなど一切の活動を制限なく行うことができますので(行政手続法16条1項及び同条2項)、取消処分を争う場合には弁護士を選任し、監査結果の誤りを指摘し、取消処分の不当性に関する意見書の作成を行い、弁護士による出頭がされるべきと考えます。

戒告、注意については、不利益処分に当たらず聴聞は行われません。

 

⑶ 地方医療協議会への諮問

厚生労働大臣は取消処分について地方社会保険医療協議会へ諮問します。地方社会保険医療協議会は審議し、答申します。

 

取消処分の公表

地方厚生(支)局長は、監査の結果、取消処分を行ったときは、「保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する政令」(昭和 32年政令第 87号)第 2条(同令第 2条の 2において準用する場合を含む。)又は第 9条の規定に基づき、速やかにその旨を公示するとされています。公表は患者の権利を守ることを目的とし、公表される内容は、行政処分の内容(保健医療機関等の名称、所在地、開設者、指定取消年月日、保険医の氏名、年齢、登録取消年月日、根拠となる法律等)、行政処分に至った経緯、取消処分の主な理由、診療報酬の不正請求件数、金額等です。

なお、地方厚生(支)局及び都道府県は、戒告又は注意の行政上の措置については、保険者団体、都道府県医師会等及び支払基金等に対し、その旨が連絡されますが、公示はされません。

 

取消処分に伴う経済的措置

地方厚生(支)局及び都道府県は、監査の結果、診療内容又は診療報酬の請求に関し不正又は不当の事実が認められ、これに係る返還金が生じた場合には、該当する保険者に対し、医療機関等の名称、返還金額等必要な事項を通知します。そして、保険者から支払基金等に連絡させ、当該医療機関等に支払うべき診療報酬からこれを控除させるようにします。

また、地方厚生(支)局及び都道府県は、患者において支払う一部負担金に過払いが生じている場合には、監査対象となった医療機関等に対して、当該一部負担金等を当該被保険者等に返還するよう指導します。

返還対象となるのは、原則として 監査の開始前5年間の不正又は不当請求です。これは、診療録の保存期間が5年間とされていることによります(療担規則9条、療養の完結の日から5年間)。

上記返還対象期間において、不正請求については1.4倍の返還が必要であり、不当請求については実額の返還が必要です。

返還に際しては、当該保険医療機関において全患者についての自主的なチェックを求められ、返還同意書等を作成し、保険者又は支払基金等への通知、連絡がされます。

 

再指定、再登録について

保険医療機関等が取消処分を受け、5年を経過しない場合等においては、健康保険法第65条第 3項の規定に基づき、その指定を拒むことができることとなっています。ただし、取消処分を受けた医療機関の機能、事案の内容等を総合的に勘案し、地域医療の確保を図るため特に必要があると認められる場合であって、診療内容又は診療報酬の請求に係る不正又は著しい不当に関わった診療科が、相当の期間保険診療を行わない場合については、取消処分と同時に又は一定期間経過後に当該医療機関を保険医療機関として指定することができることとなっています(指導大綱)。実務上は、一律に5年間、指定・登録ができないこととなります。

 

4 不服申立て取消訴訟について

取消処分に対して不服がある場合、処分を受けた保険医療機関等は、原則として、処分があったことを知った日の翌日から3か月以内に、厚生労働省に対して審査請求をすることができます(行政不服審査法2条)。また、裁判所に対して、処分があることを知った日から6か月を経過しておらず、処分から1年を経過していないときは、処分取消しを求め行政訴訟を提起することができます(行政事件訴訟法14条1項、同2項)。

取消処分に係る取消訴訟については、次回、ご紹介いたします。

以上

 

【医療法務】保険医療機関への個別指導と監査の対策ガイド(個別指導)

 

今回は、医療機関に対する個別指導・監査がテーマになります。

保険医療機関に所属する保険医にとっては、ある日突然、厚生局から個別指導を実施する旨通知が来た場合には、個別指導とは何なのか、その後にどのような手続や処分が待ち受けているかについて大いに不安になります。個別指導、監査に分けて、手続の概要についてご説明いたします。

1 個別指導、監査とは

保険診療の法令

健康保険法52条は,療養の給付等を同法における保険給付であると定め,同法63条1項は,被保険者の疾病又は負傷に関しては,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③処置,手術その他の治療等の療養の給付を行うと定める。そして,同条3項は,被保険者が上記療養の給付を受けるためには,厚生労働大臣(同法204条1項,同法施行令63条1項11号により,その1権限は地方社会保険事務局長に委任されている。)の指定を受けた病院若しくは診療所である保険医療機関等において,診察等を受けるものと定めており,同法64条は,保険医療機関において,健康保険の診療に従事する医師若しくは歯科医師は,厚生労働大臣の登録を受けた医師若しくは歯科医師(以下「保険医」という。)でなければならないと定めている。保険診療における保健医療機関、保険医の義務

保険医療機関、保険医の義務

保険診療は、健康保険法等に基づき、保険者(健康保険組合等)と保険医療機関との間の公法上の契約であると解されており、保険医療機関及び保険医は、保険診療を行うために、保険医療機関としての「指定」、保険医としての「登録」を受けた上で、保険診療の提供に際し、健康保険法70条1項及び72条1項に基づく厚生労働省令である「保険医療機関及び保険医療養担当規則」(以下「療担規則」という。)を遵守する義務を負っています。

診療報酬が支払われる条件

保健医療機関は、下記の条件が満たされている場合に限り、診療報酬を請求することができます(「保険診療の理解のために【医科】(令和6年度)」(厚生労働省保険局医療課医療指導監査室))。

そして、療担規則には、保険診療の禁止事項として、無診察治療の禁止、自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引する目的での経済上の利益提供の禁止、特殊療法・研究的診療の禁止、健康診断を療養の給付の対象とすることの禁止、過剰診療の禁止、特定の保険薬局への患者の誘導の禁止、特定の保険薬局からの財産上の利益の収受の禁止等が定められているとともに、診療報酬に関し、療養の給付に関する費用の額については、「医科診療報酬点数表」(健康保険法76条2項に基づき定められた「診療報酬の算定方法」(平成20年厚生労働省告示第59号)別表第1)による要件を満たした適正な請求を行う義務が保険医療機関と保険医に課されています。

指導、監査について

厚生労働大臣による指導は、健康保険法73条を根拠として、保険医療機関及び保険薬局に対し、療担規則等に定められている保険診療の取扱い、診療報酬の請求等について周知徹底することを目的として実施されます。指導には、以下の種類があります。

  • 集団指導

保険診療の取扱い、診療報酬請求事務、診療報酬改定内容、過去の指導事例等の説明を講習等の方式により行う指導

  • 集団的個別指導

診療報酬請求明細書の1件当たりの平均点数が高い保険医療機関等に対する指導

  • 新規個別指導

新規の指定から半年から1年以内の保健医療機関等に対し、教育的に行われる指導

  • 通常の個別指導

三者からの情報提供や集団的個別指導等によって指導が必要と認められた保険医療機関等に対する指導。地方厚生局及び都道府県が共同で、個別の保険医療機関等に対し面接懇談方式によって行う。本稿で単に「指導」と呼称する場合には、この個別指導をさすものとします。

一方、監査とは、個別指導等の結果、不正又は著しい不当が疑われる保険医療機関等に対し、健康保険法78条1項(保険医療機関又は保険薬局の報告等)所定の質問検査権に基づき行われる手続です。

 

厚労省作成資料)

指導、監査の違いとは

指導はあくまでも行政指導であり、「懇切丁寧に行う」(指導要領)とされている手続ですが、監査は、保険医療機関に対する行政措置(取消処分、戒告、注意)を念頭とするものです。

それゆえ、指導は将来に向けた改善点の指摘がされることが主眼となる手続ですが、監査は過去の事実の把握(真実の究明)を目的とする点で手続の趣旨において大きな違いがあります。保健医療機関等は、監査において、取消処分を受けないために、当局からの診療録等の提示に応じる必要があります(健康保険法78条1項、同法80条4号)。

2 通常の個別指導の実際

⑴ 通常の個別指導の概要

通常の個別指導は、保健医療機関に対し約1月前に通知が発せられた後、上記のとおり面接懇談方式で行われます。個別指導では、原則として、指導月以前の連続した2か月分のレセプト(30名分、通常、指導日の1週間前に20名、指導日の前日の正午までに10名が指定されます。)の対象患者に係る診療録や関係資料に基づき、地方厚生局及び都道府県の指導担当者(指導医療官、事務官等)から、保健医療機関側の出席者(保険医療機関等の開設者、管理者、保険医、看護師、その他医療従事者)に対し、予め準備された質問がされます。所要時間(指導時間)は、病院について3時間、診療所及び薬局について2時間が原則とされ、開催される場所は、病院では病院内において、診療所及び薬局については事務所等の会議室で実施されます。正当な理由なく個別指導を拒否した場合には、監査が実施されることとなります。

 

指導側の準備と保健医療機関の対策

当局の指導担当者は、指導日までに、①保健医療機関のホームページや求人情報等に不適切な情報がないか、②過去の指導における指摘事項と措置内容の確認、③会計検査院や医療法の立入検査がされていればその結果、④公益財団法人医療機能評価機構による病院機能評価情報の確認、⑤施設基準の届出の確認、⑥同一開設者による医療機関の有無、⑦医師会における評判等の情報を収集し、これらを基として保健医療機関の把握を行っています。そして、これらの情報と第三者から提供を受けた情報とを総合的に考慮して、対象とすべき患者を選定します。対象患者の選定(どの患者のレセプトを対象とするか)は、当該患者が、①当該保険医療機関等における代表的な診療内容を反映しているか、②複数の診療科について網羅しているか、③算定要件のある項目(医学管理料等)が含まれているか、④情報提供と一致する内容のレセプトが含まれているか、などを基準になされます。

また、当局においては、個別指導の実施前に、対象患者のレセプトにつき、「医科点数表の解釈」や疑義解釈の事務連絡等によって算定項目の要件確認を行い、届出られている施設基準との齟齬、不適切な傾向、症状詳記とレセプトとの矛盾、過去の指導における指摘事項等に留意し、診療録等に要件に該当する記載がされているかをチェックします。

保健医療機関においては、当局の指定した対象患者や過去の指導等の内容について検討し、どの点に関する個別指導が実施されるのかを推測した上で、想定されるQ&Aを作成しておく必要があります。保健医療機関が個別指導において持参が義務付けられる資料としては、上記対象患者のカルテ類以外にも、医薬品の納入伝票、院内展示物、従業員のタイムカードや契約書等、種々のものがありますが、これらの内容によっても、当局が関心を持っている事項についての推認が可能となります。

個別指導においてされる質問事項

個別指導では、診療内容について、診断された傷病名の根拠所見の記録、摘要欄や症状詳記に記載された内容の記録、選択された治療の妥当性について確認がされるとともに、請求項目について、算定に必要な要件の記載、算定に必要な書類等について確認がされ、不明点の質問がされます。実際の指摘事項については、本項の末尾に記載した指導における指摘事項をご参照ください。

弁護士の帯同

個別指導には弁護士の帯同が許されています。弁護士が直接の答弁を行うことは禁止されているものの、弁護士の帯同によって個別指導が適切に進行することができます。監査に移行した場合には、保健医療機関の指定取消処分等の処分がされるリスクが生じてしまいますので、医学的にも法的にもアドバイス可能な医療法務弁護士に個別指導の対応についてアドバイスを受け、個別指導から監査に移行しないよう万全の対策を取ることが望ましいといえます。

指導の終了と監査への移行

指導が終了した際には、当局の指導担当者から口頭で指摘事項について講評がされ、後日、正式な指導結果が書面で通知されます。個別指導後の措置については、下記の4つの基本的考え方に留意して総合的に判断されます。

  • 診療が医学的、歯科医学的、薬学的に妥当適切に行われているか
  • 保険診療が健康保険法や療担規則をはじめとする保険診療の基本的ルールに則り、適切に行われているか
  • 「診療報酬の算定方法」等を遵守し、診療報酬の請求の根拠がその都度、診療録等に記録されているか
  • 保険診療及び診療報酬の請求について理解が得られているか

個別指導の判定には、㋐概ね妥当、㋑経過観察、㋒再指導があります。

個別指導中に診療内容又は診療報酬請求について明らかに不正又は著しい不当が疑われる場合は、指導は中止され、必要に応じて患者調査が実施された上で速やかに監査に移行されます。

不正請求とは

ここで「不正」とは、いわゆる詐欺、不法行為に当たるような悪質なものをいうとされ、「不当」とは、制度の目的から見て適当ではない、妥当性を欠いたものをいうとされています。例えば、診療内容の「不正」として、実際の診断名に基づく診療とは異なる不実の診療行為をなすこと(「肺結核と診断し、ストマイ、パスの併用療法を行うべき適応症に、ストマイの代りにビタミン剤の注射を行うこと。」など)をいうとされ(「社会保険医療担当者の監査について」(昭和29年12月28日保発第93号)、架空請求(実際に診療(調剤を含む。以下同じ。)を行っていない者につき診療をしたごとく請求すること。)、付増請求(診療行為の回数(日数)、数量、内容等を実際に行ったものより多く請求すること。)、振替請求(実際に行った診療内容を保険点数の高い他の診療内容に振り替えて請求すること。)、二重請求(自費診療を行って患者から費用を受領しているにもかかわらず、保険でも診療報酬を請求すること。)、及び、施設基準の要件を満たしていない請求や無診察投薬のような保険診療と認められないものに関する請求といったその他の類型があります。

不当請求とは

診療内容の「不当」としては、実質的に妥当を欠く診療行為をなすこと(「療養担当規程に定める診療方針又は医学通念にてらし、必要の限度を超え、又は適切若しくは合理的でない診療を行うこと。即ち、濃厚診療、過剰診療、過少診療等を行うこと。」)が例として挙げられます(上記昭和29年12月28日保発第93号)。

監査に移行させないことが重要

令和4年度における保険医療機関等の指導・監査等の実施状況※についてみれば、保険医療機関に対して実施された個別指導が1505件に対し、監査が52件と、個別指導から監査に移行する事例は約3%に留まっており、個別指導で当局の指示に従い、適切な回答と適正な保険診療及び診療報酬に関する理解を示すことで、可及的に監査移行を防止することが重要であるといえます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000188884_00004.html

自主返還の手続

指導の結果通知の後、指導対象となったレセプトのうち、返還が生じるもの及び返還事項に係る全患者の指導月前1年分のレセプトについて、自主点検の上で返還が求められます。なお、施設基準の返還については、最大で5年分のレセプトが自主返還の対象となります。返還同意書等の必要な書類は、指導結果の通知後、診療所及び薬局は1か月後、病院は2か月後を期限として提出が求められ、当該書面が提出された後、保険者に通知がされます。なお、保険医療機関は、返還金の分割納付の申し出を審査支払機関又は各保険者に対して行うことができます。

指導における指摘事項

最後に、個別指導における主な指摘事項として、令和4年度に医科についてされたものを参考までに例示しておきます。

  • 施設基準関連・・・看護職員夜間配置加算
  • 医療情報システム関連・・・医療情報システムの安全管理に関するガイドラインの不遵守
  • 診療関連・・・診療録等の記載(療担規則様式第一号(二)の1及び同2の記載内容)、傷病名の記載及び診断根拠の記載、入院診療計画書の記載、各種加算(臨床研修病院入院診療加算、救急医療管理加算、急性期看護補助体制加算、認知症ケア加算等)の要件の有無、各種管理料(特定薬剤治療管理料、悪性腫瘍特異物質治療管理料、麻酔管理料等)の要件の有無、診療情報提供料の診療録への添付又は記載、在宅医療に係る訪問看護師指示料の患者同意の有無、在宅医療に係る各種管理料(在宅自己注射指導管理料、在宅酸素療法指導管理料、在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料等)の要件の有無、検査結果の診療録への添付・記録の有無、投薬・注射等についての適応外使用の有無、リハビリテーション前診察の有無、手術に関する同意書の有無、輸血の必要性等に係る説明文書の有無、
  • 薬剤部門関連・・・薬剤管理指導料についての要件の有無、薬剤情報提供料の要件の有無、治験に関する診療報酬明細書の記載
  • 看護、食事関連・・・看護職員の勤務時間、重症度、医療・看護必要度についての評価
  • 管理・請求事務関連・・・主傷病名と副傷病名の区別の有無、外来診療料の要件の有無、動脈血採取の要件の有無
  • 提示・届出関連・管理請求事務・・・看護配置の掲示の記載、施設基準に関する事項の掲示、保険医の異動に係る届出事項の変更の有無
  • 包括評価関連・・・診断群分類番号の記載、包括評価用診療報酬明細書の傷病情報欄の記載、入院時併存傷病名と入後発症傷病名の記載

 

上記をみても指摘事項は極めて多岐にわたっていることが分かりますが、やはり不正請求、不当請求に当たる診療報酬明細書の要件該当性が疑われるものについては十分に注意し、診療録上の記載がない違法状態が認められるとしても、実際には要件に合致した診療は実施されていたことについて真摯に回答するなど、対応を慎重に検討した上で個別指導に臨む必要があるといえます。

医療過誤の法的責任:医師が負う民事・刑事・行政責任とは?(特に刑事責任について)

 

医療過誤で医師が過失ある医療行為を行った場合に負うべき法的責任には、民事責任、刑事責任及び行政責任の三つの主要なカテゴリーがあります。これは、交通事故で責任を負うときと同様です。

医療過誤による医師の「民事責任」とは?

医師が医療過誤により民事責任を負うのは、主に不法行為又は契約上の債務不履行として損害賠償請求される場合です。患者や遺族は、医療機関や医師に対し損害賠償を請求することができます。この際、患者側は医師等の医療行為に注意義務違反(過失)が認められること、患者に損害が発生したこと及びこれらの間に因果関係が認められることを立証する必要があります。具体的な損害項目には、治療費、休業損害、通院交通費、入院雑費、付添看護費、逸失利益、慰謝料(傷害、後遺障害、死亡)、などが挙げられます。

医療過誤で医師が問われる「刑事責任」の具体例

⑴ 医師に対する刑事責任について

医療過誤に適用される刑罰

刑法211条は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。」と規定します。判例上、「業務」とは、「本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であって、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるもの」とされ、また「人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる」とされています。そのため、医師が業務上の過失(注意義務違反)によって因果関係ある傷害ないし死の結果が生じた場合、医師は上記罪に問われることとなります。

医療過誤の立件件数の推移

医師が刑事責任を問われるのは民事責任に比して極めて稀といえますが、その立件件数は時代によって大きく変動しています。過去のデータによると、年間立件数は平成11年にはわずか2件でしたが、平成17年には47件に増加してピークを迎え、その後減少を辿り、平成23年には0件となり、平成25年から平成28年は1~5件で推移しています(厚生労働省「医療行為と刑事責任」(図1参照)。

厚生労働省「医療行為と刑事責任」(中間報告)より抜粋)

厚生労働省「医療行為と刑事責任」(中間報告)より抜粋)

(図1 厚生労働省「医療行為と刑事責任」(中間報告)より抜粋)

 

医療過誤の立件件数の減少の理由は?

平成18年以降の立件数減少の背景には、医療事故に対する社会的な認識の変化に加え、医療技術の進歩、医療過誤を防止するための医療安全の取り組みが影響していると考えられますが、平成18年に医師が逮捕・起訴された福島県立大野病院をきっかけに、医療界から強い反発が巻き起こったこともあり、同事件も含めた複数の事件が強い影響を与え、司法において慎重な対応がとられるようになったともいえそうです。

 

※ 福島県大野病院事件

平成16年12月17日に帝王切開手術中に患者が死亡した事例について、執刀医、第一助手外科医及び麻酔科医に加え、病理医、看護師が取り調べを受け、捜査に協力していたにもかかわらず、外来中に執刀医が逮捕された事件です。福島地方裁判所は、平成20年8月20日、執刀医について癒着胎盤の剥離に際してのクーパーの使用に過失がない(結果回避義務が立証されていない。)として、無罪を言い渡し、同判決は確定しています。

 

⑵ どのような事例で医師に刑事責任が問われるのか

医師の刑事罰に対する不安

医療法務弁護士として、医師が患者からの訴えがあった際に不安を覚えて、起訴される可能性について問われることが多くあります。国民の健康のためを思い、日夜診療に励んでいる医療者にとって、突如、自らの行為が刑事罰が科される犯罪行為として評価されてしまう恐怖がいかほどのものかについては、良く分かります。それでは、どのような事例で医師に刑事責任は問われるのでしょうか。

まずは、実際にどのような場面で医師の診療行為に関する刑事責任が問われているのかの感覚を掴むため、末尾表1に事例をまとめましたのでご参考にしていただければと思います。

刑事裁判所の過失についての考え方

この点に関し、裁判所は、刑法211条の過失について、民事裁判と同様に「医療水準」、すなわち「当時のわが国の通常の医師あるいは平均的な医師の持つべき医学上の知識」を基準に、個別の医師の専門分野、能力、経験、所属する医療機関の特性等に沿った裁量を加味して、過失の有無を判断しているといえます。この判断基準は民事裁判と共通していますが、実際の裁判例についてみれば、民事と刑事で「過失あり」として認められる過失の程度は異なっており、刑事においてよりその程度は重い必要があります。簡潔にいうならば、刑事における過失の程度は、「明白な過失」であることが要求されているものがほとんどです。

有識者研究会の刑事医療過誤訴訟の過失についての分析

厚労省主導の有識者研究会(医療行為と刑事責任の研究会)は、平成31年3月29日の中間報告において、刑事責任を問われる事例の特徴につき、『「周囲の指摘や警告、院内のルール、当時の一般的な治療法等を無視し、あえて医学的な知見の裏付けのない行為に及ぼうとする心理」や「本来、行うべき行為をうっかりして行わないような心理」等を背景としていると考えられる因子を含む事例』であると分析しています。さらに、同研究会は、『「必要なリスクを取った医療行為の結果、患者が死亡したケース」について刑事裁判で有罪となった例は存在しなかった。』とも結論付けています。

過去の事例をみるに、確かに、上記研究会の解析に外れる事例はなさそうですが、例えば、罰金刑となった⑧裁判例で刑事責任が問われている事例のように上記有識者研究会の判断基準に沿わない事例もあり※、医師が責任を争わない場面等で医師の刑事責任が簡単に問われている場合がないとはいえないことに注意が必要です。

 

※ 骨髄穿刺の際に穿刺針が骨髄腔に侵入したかどうかは、術者の感覚で判断するほかなく、熟練した医師であっても、骨や骨髄の状態によっては判断が困難な場面があります。例えば、骨粗鬆症に罹患した高齢者に対する骨髄穿刺では、骨髄腔内に入った感触と胸骨を貫通した感触の区別は困難であるといえます。

医療過誤が刑事有責になる場合とは?

上記研究会の結論は、医師の行為を「無謀な医療」と「うっかりミス」の類型に分けて整理したものといえます。現実の事例をみても、概ね、上記類型に分けられるといえますが、この2つのいずれの類型においても、民事責任と異なり、過失の程度がひどく、被害結果が甚大な悪質な行為、ありていにいえば、『命を預かる医師として社会的に許容すべきではない』というべき場合に限定して刑事責任が問われていることになります。

医療過誤が刑事責任を問われるかの判断は難しい

前者の「無謀な医療」と評価される事例については、医学の進歩のために必要となる試行的な医療行為との境界が問題になり得るものの、一般的にその刑事責任の有無の判断は容易であるといえます。

一方で、後者の「うっかりミス」については、どの程度のミスをもって刑事責任が問われるのかについて、判断が難しい場面が多くあります。これは、「ミス」の類型としても、投薬、注射、麻酔、手技、手術、医療機器の操作・設定、診断又は他の医療者の管理等、極めて広範な類型が存在するとともに、患者の状態も各人によって大きく異なり、また、医療技術は日々発展しており、時代によって医療水準が変化することを理由とします。

刑事責任を問われないために必要な対応とは

医学や裁判例に通じていなければ刑事責任の有無の境界は困難とも思えますが、刑事責任が問われかねない行為については、行為後に迅速かつ適切にその危険性を把握し、過失の程度に関する調査を行うなどした上で、示談等の対応をとることで刑事責任を問われるリスクや、その量刑を軽減することができます。

⑶ 医師に刑事責任は問われるべきか

医師の刑事責任に対する意見

医師からは、医師の献身的努力によってはじめて現場の医療は支えられており、常に危険性を内包する医療行為に対し刑罰の適用がされるならば、医師が法的係争を恐れて困難な症例の患者に対する診療を止める、又は、過剰な検査を実施せざるを得ないという意見が多く聞かれます。また、医師の間では、医学・医療の専門知識を有していない司法や捜査機関によって医療過誤が判断・捜査されることへの拒否感も根強くあります。

 

上記医師の意見は、高度な知識経験を必要とする専門家である医師の心情としてよく理解できますし、刑事責任が問われる行為の範囲次第ではその意見は正しいというべきです。

しかしながら、社会秩序の維持のため、国家権力のみならず国民一般においても法の遵守が求められますから、法治国家である日本において、刑法の構成要件に該当し違法かつ有責な行為については刑罰が適用されるとの原則を曲げることは困難です。医師に刑事責任を問うべきではないとの意見を有する医師においては、現在は、裁判例において刑事有責となるような事例が、概ね『命を預かる医師として社会的に許容すべきではない』に限定されていることへの理解や、このように刑事有責となるべき医師の行為が想像以上に過失の程度が重いものであることの理解がない場合が多いようにも感じます。また、司法、捜査機関においても、医師の専門家意見を基に判断を行っており、医師でなければ医療過誤の判断を行うことができないと短絡的に考えることもできません。現に、医療以外の専門分野においても、民事、刑事の責任は問われるべきであることに争いはないのではないでしょうか。確かに、上記のとおり、略式起訴・略式命令によって原則から外れる有罪事件が認められることは事実であり、我々医療法務に携わる弁護士が医療関係者に対する教育・周知を行う必要性を感じているところです。

米国における医療過誤の刑事責任

なお、米国においては、医療過誤に対して刑事罰が科されることはあるものの、医師の治療法や医療機器の選択・利用に関する判断ミスについては刑事訴追されないことが伝統的な考えですが(State v. Hardister, 38 Ark. 605, 42 Am.Rep. 5 (1882))、医師の行動基準から著しく逸脱した事例については刑事責任が問われています(People v. Einaugler, 208 A.D. 2d 946, 618 N.Y.S.2d 414 (N.Y. App. Div. 1994).)。また、医師の技術不足については、「重大な能力不足、重大な不注意、あるいは患者の安全に対する刑事的無関心を示す場合に刑事過失が認められ、これは医学や外科学についての重大な無知、また治療法の効果に対する重大な無知から生じ得るが、具体的には、治療法の選択に際しての重大な過失、器具の使用に関する適切な技術不足、あるいは患者に対する薬剤使用についての適切な指示をしなかった場合に認められる」(Hampton v. State, 50 Fla. 55, 39 So. 421 (1905).高アンナ、日米における刑事医療過誤:過失の内容及び判断基準.北法. 2013, 403-405)とされ、重大な過失について刑事有責となる事例は散見されています。

米国における刑事裁判上の過失については、学説上、「刑事過失が認められるには、客観的注意判断基準からの重大な逸脱の客観的存在が必要であり、かつ、非難可能な心理状態が必要」とされ、「一般に、単純ミスは誰でも犯し得るミスであるから、犯罪とはならないとされてきた」(只木誠、日本における医療過誤と刑事責任.日本法学. 2016, 227)と整理され、又は、「①過去の経験を軽視したために、危険状況を回避できなかった場合、②迅速に危険を抑えるべきであるのに、患者の状態を軽視した場合、③医師に堕落した動機が見られる場合、④医師の重大な技術不足の場合、に医師の刑事責任が認められる傾向がある。」(前記高アンナ, 404)などと整理されており、日本における判断基準と大きく異なるところはないと考えられます。

医療過誤における「行政責任」とは?医師法による処分

⑴ 医療過誤に対する行政処分はどのように判断されるのか?

医事に関し犯罪又は不正の行為のあった者については、医師法上の行政処分(①戒告、②3年以内の医業の停止及び③免許の取消し、のいずれか)の対象になり得ます(医師法7条1項、4条4号)。もっとも、当該処分にあたっては、「あらかじめ、医道審議会の意見を聴かなければならない」とされており(同法7条3項)、医道審議会が公表するガイドラインにおいては、「処分内容の決定にあたっては、司法における刑事処分の量刑や刑の執行が猶予されたか否かといった判決内容を参考にすることを基本とし、その上で、医師、歯科医師に求められる倫理に反する行為と判断される場合は、これを考慮して厳しく判断することとする。」とされています(医道審議会医道分科会「医師及び歯科医師に対する行政処分の考え方について」2頁)。そのため、基本的には、医師法上の処分の判断は、診療報酬の不正請求などの事例を除くと刑事処分の判断と連動する形でなされるのが実情です(例外として、東京慈恵会医科大学附属青戸病院事件)。

⑵ 行政処分についての問題点

行政処分に関する上記現状は、刑事有責とすべきではないものの、民事上の過失は認めらえる事案について、本来なされるべき行政処分が医師にされることなく、原因究明、再発防止がされない懸念があります。これは、上述のとおり、限定した事案に限定して刑事責任が問われている現実に鑑みますと無視することができない重要な問題であると考えられ、今後の行政における調査権限の見直しも含めた検討が必要であると考えます。

まとめ

以上のように、医療過誤によって医師が負う法的責任は多岐にわたり、その対応には高度な法的知識と医学的知識が必要です。当初の対応が最終的な処分に大きな影響を与えることが多く、早めに専門家にご相談されることをおすすめいたします。

 

 

(表1 医師の刑事責任に関する裁判例

 

無罪、不起訴

 

事件

量刑

事案

判示理由等

東京地裁平14(わ)第2520号

業務上過失致死被告事件(東京地判H17.11.30)

 

【無罪】

循環器小児外科医である被告人が、心房中隔欠損症及び肺動脈弁狭窄症の患者に対する根治術の際、人工心肺装置を予定されていた落差脱血法から陰圧吸引補助脱血法に独自の判断で変更したことよって患者を脳循環不全の脳障害によって死亡させたとして起訴された事案。

本件事故の原因は人工心肺装置に取り付けられたガスフィルターが水滴等の吸着により閉塞したことにあり、被告人には上記原因による死亡事故発生の機序について予見可能性がないとして、被告人の過失が否定された。

東京地裁平13(ワ)第14689号

損害賠償請求事件(東京地判H18.2.23 判タ1242号245頁)

【手技上の過誤】

【不起訴処分】

外科医である被疑者が、食道がんを有する66歳の患者に対して、食道がんの根治術を行う際に、メス操作を誤って右総頚動脈を損傷させて失血死により死亡させた事案。

本事案は民事裁判であるところ、民事裁判所は、頸部の創傷等を根拠に、メス操作に関する手技上の過失を認定している。

名古屋地裁平15(わ)第3061号

業務上過失致死被告事件(名古屋地判H19.2.27 判タ1296号308頁)

 

【無罪】

産婦人科医である被告人が、妊娠37週で胎児に徐脈傾向がみられる患者に対して、急速遂娩法を施し、子宮頚管裂傷が生じたにもかかわらず子宮頚管裂傷を見落とし、失血性ショック状態に陥った患者に対して十分な輸液の措置を取らず、また、高次の病院に転院させなかった過失によって起訴された事案。

救命措置を行った医師の証言等によれば、子宮頚管裂が存在していたと認めるには合理的な疑いが残る。

また、出血に対応して輸液速度を上げており、被告人の輸液措置が不十分と認められる証拠はない。

本件では失血原因が不明であり、転院したとしても助かったかは合理的な疑いがあり転院義務違反も認められない。

福島地裁平18年(わ)第41号

業務上過失致死、医師法違反被告事件

福島県大野病院事件(福島地判H20.8.20)

 

【無罪】

産婦人科医である被告人が、帝王切開手術歴一回を有する全前置胎盤患者に対して、①過失により胎盤と子宮隔離の処置をして胎盤剥離面からの大量出血によって失血死させ、②このことを24時間以内に警察署に届け出なかったとして起訴された事案。

 

臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものには刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じていると言える程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない。なぜなら、このように解さなければ、臨床現場で行われている医療措置と一部の医学文献に記載されている内容に齟齬があるような場合に、臨床に携わる医師において、容易かつ迅速に治療法の選択ができなくなり、医療現場に混乱をもたらすことになるし、刑罰が科せられる基準が不明確となって、明確性の原則が損なわれることになるからである。

本件において、検察官が主張するような、癒着胎盤であると認識した以上、直ちに胎盤剥離を中止して子宮摘出手術等に移行することが本件当時の医学的準則であったと認めることはできないし、本件において、被告人に、具体的な危険性の高さ等を根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできない。したがって、事実経過において認定した被告人による胎盤剥離の継続が注意義務に反することにはならない。

東京高裁平18(う)第1801号

業務上過失致死被告事件

 割りばし事件(東京高判H20.11.20 判タ1304号304頁)

 

【無罪】

 

比較的軽い患者を扱うことの多い第1次及び第2次救急の当直医をしていた被告人が、綿あめの割りばしがのどに刺さったとして運び込まれた幼児患者に対して、診察・治療を担当した際、刺さった割りばしが経静脈孔から小脳に嵌入したことを見落とし適切な処置を行わず死亡させたとして起訴された事案。

 

本件のような事案はこれまでに前例がなく、医師の間にも様々な死因の考察がありこれを特定することはできない。また、口腔内損傷に関する診察・治療に関する診療指針や診療標準は確立されておらず、軟口蓋に刺入した異物が頭蓋内に至る可能性は知られておらず、髄液漏や意識障害四肢麻痺も認められていなかった。そうであれば、被告人において割りばしの刺入による頭蓋内損傷の蓋然性を想定するのは極めて困難であり、被告人において割りばしの刺入による頭蓋内損傷の蓋然性を想定して、その点を意識した問診をするべき義務があるとはいい難い。また、搬入された状況を踏まえると仮に適切な処置をしていても延命できなかった可能性は十分にあり、因果関係も肯定できない。

 

罰金

 

事件

量刑

事案

判示理由等

阪高裁昭53(う)第1292号

【手技上の過誤】

業務上過失致死被告事件(大阪高判S58.2.22 判タ501号232号)

【罰金5万円】

整形外科医である被告人が、陳旧性むちうち症の患者に対して、キシロカイン混合液の頸部硬膜外注射を実施した際に、呼吸停止及び心臓機能停止等を認め、これらにより脳死に伴う肺炎によって死亡させたとして起訴された事案。

約3分から5分以内に人工呼吸と心臓マッサージが看護婦と連携して適切に行わなければならないのに、本事例では、心臓停止が推定される時点から心臓マッサージによって血流の十分な回復まで少なくとも6分30秒を要している事実が認められるから、被告人は看護婦に対して事前に適切な指示をする義務や、予め局所麻酔剤反応に対処できるように準備する義務、反応が発がんした場合は適切な対処をすべき義務があるがいずれも怠ったといえる。

東京高裁平14(う)第345号

業務上過失傷害被告事件、横浜市立大学事件(東京高判H15.3.25 判タ1087号296号)

【チーム医療】

【執刀医、看護師、麻酔科医それぞれについて罰金50万円】

横浜市立大学医学部附属病院において、心臓手術が予定されていた患者と肺手術が予定されていた患者が取り違えられて手術がされ、それぞれについて全治約5週間及び全治2週間の傷害を負わせた事案。

患者の同一性確認は、手術すべき患者に適切な医療行為を施すための大前提であり、手術に関与する医師、看護婦らの初歩的、基本的な注意義務であり、それは、手術に関与する看護婦、医師全員がそれぞれの役割を遂行する中で行うべき義務であり手術に関与する看護婦、医師全員がそれぞれの役割を遂行する中で行うべき義務である。

麻酔医は、患者に麻酔を導入し、手術中の患者の全身状態を管理する者であり、麻酔導入時に執刀医や主治医らの在室の有無を問わず、麻酔医としての立場で、麻酔導入前に患者確認を尽くす注意義務があり、麻酔導入後も、その状況に応じて患者の同一性に注意を払う注意義務がある。

執刀医は、主治医を兼ねているかどうかにかかわらず、手術における最高かつ最終の責任者として、手術開始前、すなわち、麻酔導入前において、当該患者がその手術を行う患者であるかどうかの同一性を確認する義務を負う。

不明

【手技上の過失】

【罰金40万円】

27歳の医師が、高齢患者に対し、骨髄検査のため、胸骨腸骨穿刺針を用いて胸骨骨髄穿刺による骨髄液採取術を行うに際し穿刺針の長さに十分注意しないで胸骨穿刺を行い、骨髄液が採取できる胸骨骨髄まで穿刺針が達していたのに、さらに深く体内に刺入した結果、同穿刺針の内針で患者の胸部裏面(ママ)を穿通・上行大動脈を穿刺して出血させ、よって、同月18日午後8時28分ころ、胸部上行大動脈穿刺損傷による出血性ショックにより死亡させた事案。

不明(略式命令(100万円いかの罰金刑で済む事件について、当事者が争っていない場合に簡易裁判所で公判を開かず出される決定)で左記判断がされている。

さいたま地裁平26(わ)第350号

業務上過失致死被告事件(さいたま地判H26.10.10)

歯科医師

【罰金80万円】

歯科医である被告人が、2歳の女児である患者に対して、歯科治療中、ロールワッテを固定する措置を取らずに患者の口腔内に落下させ、窒息死させ、落下防止措置を講じなかった過失により起訴された事案。

本件において、ロールワッテを固定せずに漫然と治療を継続することは、当時の被害者の状況に照らし、ロールワッテの口腔内落下による気道閉塞という事態を招きかねない危険な行為であり、被告人としては、その危険を回避するため、間断なく指でロールワッテを的確に押さえるなどして、その口腔内への落下を防止すべき業務上の注意義務があったというべきである。

 

禁固懲役+執行猶予

 

事件

量刑

事案

判示理由等

東京地裁昭62(わ)第552号

業務上過失致死被告事件(東京地判S62.6.10 判タ644号234頁)

【術式選択の過誤等】

 

【禁固1年2月、執行猶予3年】

 

産婦人科医である被告人が、妊娠中期(5か月以上7か月以下)の患者に対して、中絶手術をした際、妊娠月数を4か月と誤診したため、妊娠中期の患者に対して採るべきではない胎盤鉗子等を用いた中絶術を行い、同患者を失血死させたことについて診察、手術、その後の対処に過失があるとして起訴された事案。

被告人にはいずれの過失も認められ、特に胎盤鉗子等を用いた中絶術を採用したことに重大な過失があり、また、重畳的過失から犯情は重い。

もっとも、5760万円を示談金として支払っており、医師としての信頼を失い経営困難となるという社会的制裁を受けていること、今後は別の診療科目に従事することを制約していること、反省していること、長年医師として業務に従事していたこと、扶養すべき妻子がいることを考慮して執行猶予が相当。

新潟地裁平15(わ)第17号

業務上過失致死被告事件(新潟地判H15.3.28)

【過剰投与】

 

【禁固1年、執行猶予3年】

整形外科医である被告人が、高齢の上拡張型心筋症の持病のある左膝関節全置換手術後の患者に対し、急性循環不全改善剤を過剰投与して、過量点滴による急性肺水腫によって死亡させたとして起訴された事案。

 

高齢の上、拡張型心筋症の持病がある被害者に上記手術を実施し、その手術の実施自体等に相当の問題があることを認識していたのであるから、その手術中の同女の容態等の管理については勿論のこと、その術後の心機能の管理等に万全の措置を期すべき。被告人は、手術後の被害者の血圧及び脈拍が不安定な状態にあったためプレドパを多量かつ継続して使用したというが、手術後の被害者の血圧は正常値に比べると高めであったのであるから、かくも多量のプレドパを長時間にわたり使用する必要性があったのか疑問である上、その使用量の余りの多さから看護婦や薬剤師からプレドパの使用量としては多すぎるのではないかとの指摘を再三受けながら、その指摘を無視して、その使用量を十分に確認することなく、他の医師からは医学の常識を逸脱しているとの指摘される程の通常使用量の約9倍もの大量にその点滴を続行したため、ついに被害者を死亡させるに至ったものであり、被告人の業務上過失の程度は高く、かつ、その態様も悪質である。もっとも、異変に気付いた際には同僚医師に助けをもとめたことや、示談金1800万円ほど支払っていること、減給処分や行政処分を受けること、前科前歴がないこと、更生を誓っており家族が協力的であることから執行猶予が相当。

東京地裁平14(わ)第856号

業務上過失致死被告事件(東京地判H16.5.14)

【誤認切除】

 

【禁固1年、執行猶予3年】

外科医師である被告らが、患者に対して胆嚢摘出術を行った際、胆管損傷の危険性が高かったにもかかわらず、術中胆道造影を行わず閉腹して手術を終え、これに引き続いた術後管理の際も、胆汁がドレーンから排除されてると軽信し、胆管損傷の有無や胆汁性腹膜炎の発生の有無を感知するための適切な処置を行わないまま漫然と経過観察をして、汎発性胆汁性腹膜炎に起因する多臓器不全によって同患者を死亡させ起訴された事案。

自分たちの技量を過信して上記各注意義務を全く尽くそうとしなかった被告人両名の過失の程度は重大であり、人の生命身体を預かる医師としてあるまじき診療態度であったというべきである。

本件では患者は36歳で結婚をしたばかりにもかかわらず未来を奪われ、その妻や両親にも多大な苦痛を与え、被告人の後半における真摯な反省は認められないものの、誤った手術をしたことは認め、解決金として8000万円支払っていること、長年医療に従事したことから、執行猶予が相当。

高松地裁平14(わ)第115号

業務上過失致死被告事件(髙松地判H17.5.13)

【術式選択の過誤】

【懲役1年8月、執行猶予3年】

外科医である被告人は、患者に対して、必要がないにもかかわらず、ステント留置術を実施し、十二指腸に穿孔を生じさせ、その後の緊急開腹手術でもステント留置術にこだわり、適切な処置をしなかった過失により、汎発性腹膜炎等によって死亡させたとして起訴された事案。

被告人は、小腸狭窄部の治療法として、食道用ステントを転用して留置する適応がないのに、ステント留置術を行い、また、ステント留置術中に十二指腸下行脚遠位端に穿孔が生じ、緊急手術になって同穿孔部を同定してからも、直ちに同部の縫合及び腹腔内洗浄をする等の救命措置を実施しないで、ステントを小腸狭窄部に留置することに固執して、ステント留置術を継続し、再度ステント挿入を試みた過失により、被害者を死亡させたと認定した。被告人には、上記の過失はあるものの、4100万円の示談金を支払っており、報道による一定の社会的制裁を受けていること、長年医師として社会貢献したことを考慮して執行猶予が相当。

最高裁平16(あ)第385号

業務上過失致死被告事件(第一小決H17.11.15)

【過剰投与】

【チーム医療】

【禁固1年、執行猶予3年】

大学病院の耳鼻咽喉科長の医師である被告人が、同科担当医において、16歳の患者に対して、悪性腫瘍摘出手術後の抗がん剤治療を実施するにあたり文献を誤読して抗がん剤の投与計画の立案を誤り、抗がん剤を過剰投与するなどして死亡させた事案につき、同担当医に加え、被告人の刑事責任が問われた事案。

 

極めてまれな症例で被告人が同症例を取り扱ったことがないことから、被告人としては、自らも臨床例、文献、医薬品添付文書等を調査検討するなどし、VAC療法の適否とその用法・用量・副作用などについて把握した上で、抗がん剤の投与計画案の内容についても踏み込んで具体的に検討し、これに誤りがあれば是正すべき注意義務があったというべきところ、被告人は、これを怠り、投与計画の具体的内容を把握しその当否を検討することなく、VAC療法の選択の点のみに承認を与え、誤った投与計画を是正しなかった過失がある。

東京地裁平23(わ)第2213号

業務上過失致死被告事件(東京地判H25.3.4)

【手技上の過誤】

歯科医師

【禁固1年6月、執行猶予3年】

歯科医である被告人が、70歳の患者に対して、歯科インプラント手術を実施する際に、ドリルによってオトガイ下動脈を損傷させ、血種による気道閉鎖を生じさせ死亡させたことについて過失があるとして起訴された事案。

下顎骨舌側皮質骨を意図的に穿孔し、その穿孔部を利用してインプラント体を固定する術式は、一般的には用いられていないものであって、被告人自身もそのことを認識した上で、独自の考えに基づいて採用していたのであるから、そのような術式を採用するに当たっては、その危険性等を十分に調査検討するべきである。被告人には、手術に当たり、オトガイ下動脈等の血管を損傷する危険性を認識した上で、これらの血管を損傷することのないよう、ドリルを挿入する角度及び深度を適切に調整して埋入窩を形成すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右下顎第1小臼歯根尖下方の舌側皮質骨を穿孔してドリルを口腔底の軟組織に突出させた過失がある

被害者遺族に対して和解金5935万5137円を支払ったこと、前科がないこと、これまで長年診療を続けていたことを考慮して執行猶予が相当。

福岡地裁令2(わ)第1020号

業務上過失致死被告事件(福岡地判R4.3.25)

【過剰投与】

歯科医師

 

【禁固1年6月、執行猶予3年】

歯科医師の被告人が、リドカインを主成分とする歯科用局所麻酔剤を使用した当時2歳の小児の歯科治療につき、業務上の注意義務を怠り、急性リドカイン中毒に基づく低酸素性脳症により死亡させた事案。

小児が低酸素性脳症に陥った原因は急性リドカイン中毒で、被告人において、十分な問診、視診及び触診又は機器による測定等によって小児が急性リドカイン中毒を含む偶発症に陥っている可能性があり、放置すれば死に至る可能性を認識し得た時点で、適切な処置を行っていれば小児の死を回避できたものであるから、業務上過失致死罪が成立するとし、本来助かったはずの幼い生命を失わせ、その過失は軽くはないが、被告人にとって判断を誤りやすい状況があったほか一般情状も考慮した。

大阪地裁令和6(わ)第1097号

業務上過失致死被告事件(大阪地判R6.4.15)

【手技上の過誤】

歯科医師

【禁固1年、執行猶予3年】

鼠径部から中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルを静脈内に適切に導入するため先に静脈内に挿入したガイドワイヤをカテーテル挿入後に抜去せず、また、その後もレントゲン写真に右心室付近から右頸静脈付近に遺残されたガイドワイヤの陰影が撮影されており、これを確認したにもかかわらず、ガイドワイヤを取り除くべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り患者を心タンポナーデで死亡させた事案。

中心静脈カテーテルを挿入するに当たり、カテーテルと一緒にガイドワイヤが血管内に迷入してしまわないように、カテーテルの尾部からガイドワイヤの尾部を出して確実に把持するとともに、カテーテル挿入後にこれを確実に抜去することが基本的な手技とされる。被告人には、カテーテル挿入時にガイドワイヤを確実に把持し、カテーテル挿入後にはこれを確実に抜去すべき義務があったといえ、これを怠った点に過失が認められる。

福岡地裁令2(わ)第1020号

業務上過失致死被告事件(福岡地判R4.3.25)

【過剰投与】

歯科医師

 

【禁固1年6月、執行猶予3年】

歯科医師の被告人が、リドカインを主成分とする歯科用局所麻酔剤を使用した当時2歳の小児の歯科治療につき、業務上の注意義務を怠り、急性リドカイン中毒に基づく低酸素性脳症により死亡させた事案。

小児が低酸素性脳症に陥った原因は急性リドカイン中毒で、被告人において、十分な問診、視診及び触診又は機器による測定等によって小児が急性リドカイン中毒を含む偶発症に陥っている可能性があり、放置すれば死に至る可能性を認識し得た時点で、適切な処置を行っていれば小児の死を回避できたものであるから、業務上過失致死罪が成立するとし、本来助かったはずの幼い生命を失わせ、その過失は軽くはないが、被告人にとって判断を誤りやすい状況があったほか一般情状も考慮した。

 

実刑

 

事件

量刑

事案

判示理由等

⑲ 

東京高裁昭39年(う)代表取締役2517号、業務上過失致死等被告事件(東京高判S40.6.3 判タ180号145頁)

実刑

【禁固1年10月】

 医師が進行性筋萎縮症等の6名の患者の脊髄外腔に人体に危険がないことの確証がない薬品を注入し無菌性髄膜炎を惹起させ3名を死に至らしめた行為につき起訴された事案。

安全性を肯定させるに足りる根拠があるとは認められないから、腰椎穿刺により患者の脊髄硬膜に損傷を生ぜしめながら、これを意に介さず、敢えて脊髄外腔に注入したことは重大な過失といわなければならない。

奈良地裁平22年(わ)第42号、業務上過失致死被告事件(奈良地判H24.6.22 判タ1406号363頁)

 

実刑

【禁固2年4月】 

医院長である被告人と医師であるA(捜査中に死亡)が、良性腫瘍のある患者に対して、肝臓がんであると誤診して、肝臓外科の経験がないにもかかわらず不十分な人員体制のまま手術を行い、ミスにより失血死させたことについて起訴された事案。

一般に、そのような部位の切除手術は、肝静脈損傷等による大出血の危険を伴う高度の専門性を有するもので、そのような切除手術を実施するには、肝臓外科医等の専門医が適切な手術方法によって実施するとともに、大出血等の急変に備えて手術中の患者の血圧脈拍等を管理し、迅速的確な止血処理が行えるようにするための十分な人員態勢を確保して実施すべきであるが、被告らは、肝臓外科の専門医ではない上、肝臓の切除手術の執刀経験は皆無であった。

肝臓の腫瘍が良性の肝血管腫と肝臓がんのいずれであるかの区別は、医学生でも学習する基本的な事項であり、医師である被告人及びCとしては、被害者に対して実施された各種検査結果から、本件腫瘍が摘出の必要のない肝血管腫であり、したがって本件手術をすべきでないことは容易に判断できた。

被告人は、軽率にもこれをがんと誤診したばかりか、手術に臨むにあたっては、カンファレンスを行うなどして、手術の必要性をはじめ、適切な手技選択等を十分検討すべきであったのに、何らこれらを行わず、本件手術の必要性に関する看護師らの進言にも耳を傾けず、輸血の準備もせず、不十分な人員態勢等のまま、被害者の生命に対する危険性の高い本件手術を実施した。

被告人が主導する立場であったこと、診察に対する姿勢に問題があること、遺族に対して慰謝の措置を講じてないこと、反省の態度がないこと、医療の信頼を揺るがしたことから責任は重く実刑相当。

 

エクソソーム・細胞外小胞の臨床応用:再生医療と美容医療における法規制等の実情

 

はじめに

近年、エクソソームを含む細胞外小胞(Extracellular vesicles: EV)が細胞間の情報伝達物質として重要な役割を果たしていることが明らかになり、様々な疾患に対する新たな治療方法の候補として、多数の基礎研究が行われ、臨床試験が加速的に実施されている段階にあります。

本邦においては、エクソソームが生きた細胞そのものを含まない、細胞断片にすぎないという特性から、エクソソームの基礎研究及び臨床応用についてどのような規制をすべきかが模索されています。

医療の中でも自由診療である美容領域においては、エクソソームの臨床使用が急速に拡大していることから、本稿では、エクソソームの臨床応用の実際と規制の現状についてご説明いたします。

エクソソーム・細胞外小胞について

まずは、エクソソームとは何かについてご説明いたします。

ヒト、植物、酵母等を組成するあらゆる細胞は、細胞膜の基本構造である脂質二重膜を有する小胞を、自らの細胞膜の一部を陥没又は突出させて物質を取り込む方法(エンドサイトーシス)により作成し、分泌しています。

そのような小胞は、総称して細胞外小胞(EV)と呼ばれ、EVはその産生起源や大きさから、エクソソーム、マイクロベシクル及びアポトーシス小体・小胞に分類されています。このうち、エクソソームは、エンドソームという細胞器官に由来する、約100nmの小胞です。

エクソソームを含むEV(以下、正確ではありませんが、分かりやすさの観点から総称して「エクソソーム」といいます。)は、細胞の内部に存在する多くのタンパク質、mRNA又はmicroRNA(miRNA)といった核酸、リピッドなど多様な生理活性物質を含んでおり、細胞間のシグナル伝達においてサイトカインなどのタンパク質と共に重要な役割を担っていることが明らかになりました。更に、エクソソームに含まれるmiRNAが他の細胞の遺伝子発現を調整する機能も担っていることが明らかになるに至り、一躍医学界でエクソソームが脚光を浴びることとなりました。

エクソソームは様々な細胞タイプから分泌され、その内容物は細胞の由来によって様々であることが知られています。また、培養細胞からも上清中にエクソソームが放出されますので、培養上清液には多数のエクソソームが含まれています。

エクソソームの基礎研究及び臨床応用

がん治療等へのエクソソームの応用

エクソソームについては、各種がんの悪性化に関与している事実や、診断のためのバイオマーカーとして利用することに関する研究成果が多く発表されております。中でも、各種がんが特異的に分泌するエクソソームを疾病検出・予後予測に利用する研究は、社会実装に向けた実証試験の段階に入っています。

また、神経変性疾患COPD、非アルコール性脂肪肝等の疾患、免疫、感染症等、あらゆる分野で基礎研究が活発に行われています。

再生医療におけるエクソソームの役割

これらに加えて、再生医療領域におけるエクソソームの臨床適用については、間葉系幹細胞を用いた細胞治療のパラクライン効果が移植した細胞由来のエクソソームによってもたらされていることを示唆する報告が複数されたことを機に注目されるようになりました。塞栓などの合併症のリスクのある、幹細胞を用いた治療を回避しつつ、エクソソームのみを投与することにより幹細胞治療を代替する治療方法が検討されるようになり、人工内耳手術後の神経保護、創傷治癒効果又は肝硬変に対する線維化改善効果等に関する臨床試験が開始又は検討されています。

上記研究以外にも、エクソソームが脂質二重膜を有する安定した性質を有することを利用して、特定の治療薬を内包しドラッグデリバリーシステム(DDS)の新たな担体として利用することも検討されています。

美容領域でのエクソソームの利用

美容業界では、エクソソームが肌の再生や修復に有効であるとして、多くのスキンケア製品や治療法(点滴、局所注射、鼻腔内噴霧等)にアンチエイジング目的に使用されています。エクソソームは肌細胞の成長を促進し、老化の遅延やしわの減少、肌のハリや弾力の向上、毛髪再生などに寄与するなどとうたわれています。

再生医療におけるエクソソームの使用と法規制

エクソソームに関する日本の法規制

再生医療に関しては、大まかには、使用される「製品」に関し定める薬機法と、「医療」について定める医師法、医療法又は再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安全確保法)の遵守が主に問題になり得ます。

 

薬機法の規制の対象となる「再生医療等製品」は、①再生医療等に用いるために人又は動物の細胞に培養その他の加工を施したもの(細胞加工製品)と②人又は動物の疾病の治療に使用されることが目的とされている物のうち、人又は動物の細胞に導入され、これらの体内で発現する遺伝子を含有させたもの(遺伝子治療用製品)に分類されています(薬機法2条9項、施行令1条の2・別表第2)。上記のとおり、エクソソームは細胞そのものではない細胞断片であることから上記①には該当せず、また、エクソソームに遺伝子発現の調整機能が存在することが示唆されているものの、発現する遺伝子の特定も困難であることから上記②にも該当するとはいえません。よって、エクソソームは、上記「再生医療等製品」に当たるとは考えられておらず、その製造及び製造販売等に関し、現在のところ薬機法をはじめとする規制はされていません。

また、安全確保法の規制の対象となる「再生医療等」とは、「再生医療等技術」、すなわち①人の身体の構造又は機能の再建、修復又は形成、又は、②人の疾病の治療又は予防を目的とする医療技術であって、細胞加工物を用いる医療技術をいうところ(安全確保法2条2項)、エクソソームを用いた医療は細胞加工物を用いないことから、同法による規制もされていません。

この点については、厚労省において、安全確保法上の「再生医療等技術」の概念にエクソソームを含むべきかについての検討が行われています。その結果、厚労省のワーキンググループは、令和3年11月17日、ヒトへの投与物としての明確な定義づけが困難であることなどを理由として、これを用いた治療を「再生医療等技術」に含める必要は検討時点において不要であるとの結論を得ておりますが(令和3年11月17日付け「再生医療等安全性確保法の見直しに係るワーキンググループとりまとめ」)。なお、当該ワーキンググループの議論において、エクソソームそのものの安全性につき、ウイルスからの完全な分離ができないこと等原材料由来の病原性微生物のリスクを除けば、現在のところ強く懸念されるとは言えないといった結論が得られております。

 

しかしながら、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の「エクソソームを含む細胞外小胞(EV) を利用した治療用製剤に関する専門部会」による、エクソソーム の治療用製剤に関する品質・安全性等に関し公開した最終報告書(令和5年1月17日付け「エクソソームを含む細胞外小胞(EV)を利用した治療用製剤に関する報告書」)においては、エクソソームの起源となるセルバンクの構築とその品質特性解析や、エクソソームの製造・精製・品質特性解析、免疫原性・感染因子等に関し、その品質及び安全性の確保について詳細な留意事項を公表しております。

また、細胞外小胞研究者によって構成される日本細胞外小胞学会は、令和5年12月25日付けで「細胞外小胞を用いた医療行為に対する日本細胞外小胞学会の見解」と題し、エクソソームが精製されることなく臨床使用されている現状に懸念を示し、エクソソームを高純度に精製して製剤化し、GMPグレードの厳正な製造過程や品質管理を行い、医薬品として厳正な審査が行われるべきと提言しています(https://jsev.jp/docs/jsev_ev_treatment_2023122501.pdf)。

さらに、再生医療に関わる研究者等によって構成される一般社団法人日本再生医療学会は、令和3年3月10日付け「エクソソーム等の調整・治療に対する考え方」と題する提言において、エクソソームにおける、感染症伝播、免疫反応、有効性・品質の不均一性、好ましくない対内分布等の問題点を指摘し、薬機法又は安全確保法の品質管理・製造管理基準に準じた品質管理・製造管理の実施を求めております。また、同学会は、令和6年4月30日付け「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス(第1版)を発出しました(https://www.jsrm.jp/news/news-14993/)。同ガイダンスには、①エクソソーム治療に際しては、医師・歯科医師においてエクソソームの使用に関する科学的妥当性と患者の安全確保に努めるべき、②エクソソームの品質管理・調整管理については再生医療等製品の品質管理・製造管理基準に準じて実施すべき、③エクソソーム療法に際しては有害事象発生時の原因究明のために検体等を保管すべき、又は、④エクソソーム調整物が有する特性及び効果について十分に検証がされるべき、などとして、原材料の調達から患者に対する使用までの全ての段階でリスクの特定と品質、有効性及び安全性が確保されることの重要性が提言されています。

これらの提言等からすれば、日本の主要学会ないし研究者は、エクソソームの発展が将来的に大いに期待されるものの、現状においてその臨床使用における安全性管理は不十分であり、患者の保護のためにより厳格に規制すべきとのスタンスであることが分かります。

米国及びEUでのエクソソームの規制

海外の規制をみても、米国においては、エクソソームを用いた未承認製品による有害事象の発生を受けて、これら製品を医薬品及び生物学的製剤に当たるとして法(the Public Health Service Act and the Federal Food Drug and Cosmetic Act)の対象として規制されることを明らかにしており(December 6, 2019通知)、EUにおいても同様に法令の規制対象としています。

これら各学会からの意見・提言又は海外における規制の動向に照らしますと、今後、日本においてもエクソソーム製品及び治療について法令によって規制される可能性が低くないというべきでしょう。

医師法上の懸念

さらに、エクソソームを用いた治療が医師以外の者によって実施される場合には、当該行為が医師法17条所定の医行為に該当しないかを検討する必要があります。同条は、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を医師以外の者が業として実施することを規制しており、上記治療の方法、作用、目的等の具体的状況によって判断されることとなります。

薬機法上の広告規制

加えて、薬機法は医薬品等適正広告基準等によって厳格な広告規制を定めており、広告においてエクソソームについて医薬品的な効能効果の暗示がされた場合には、医薬品的な効能効果を標榜しているものとみなされ、製品が薬機法上の医薬品に該当すると判断されることとなります。また、広告をはじめとする表示については、景表法上、優良誤認表示に該当しないかのチェックも必要となります。

まとめ

エクソソームは、医療において革新的な新規治療法となり得る可能性を秘めた重要な物質として注目されていますが、その品質の多様性を原因とする有効性・安全性における不透明性が拭えない状況にあります。現在、法令による規制はされていないものの、最新の研究成果や合併症の発生の有無、そして、これらを受けた規制の変化に関する動向に着目する必要があります。

参考文献(文中で引用したもの以外)

  • Raposo et al., J. Exp. Med., 1996183(3), 1161.
  • Valadi et al., Nat. Cell Biol., 20079(6), 654.