エクソソーム・細胞外小胞の臨床応用:再生医療と美容医療における法規制等の実情

 

はじめに

近年、エクソソームを含む細胞外小胞(Extracellular vesicles: EV)が細胞間の情報伝達物質として重要な役割を果たしていることが明らかになり、様々な疾患に対する新たな治療方法の候補として、多数の基礎研究が行われ、臨床試験が加速的に実施されている段階にあります。

本邦においては、エクソソームが生きた細胞そのものを含まない、細胞断片にすぎないという特性から、エクソソームの基礎研究及び臨床応用についてどのような規制をすべきかが模索されています。

医療の中でも自由診療である美容領域においては、エクソソームの臨床使用が急速に拡大していることから、本稿では、エクソソームの臨床応用の実際と規制の現状についてご説明いたします。

エクソソーム・細胞外小胞について

まずは、エクソソームとは何かについてご説明いたします。

ヒト、植物、酵母等を組成するあらゆる細胞は、細胞膜の基本構造である脂質二重膜を有する小胞を、自らの細胞膜の一部を陥没又は突出させて物質を取り込む方法(エンドサイトーシス)により作成し、分泌しています。

そのような小胞は、総称して細胞外小胞(EV)と呼ばれ、EVはその産生起源や大きさから、エクソソーム、マイクロベシクル及びアポトーシス小体・小胞に分類されています。このうち、エクソソームは、エンドソームという細胞器官に由来する、約100nmの小胞です。

エクソソームを含むEV(以下、正確ではありませんが、分かりやすさの観点から総称して「エクソソーム」といいます。)は、細胞の内部に存在する多くのタンパク質、mRNA又はmicroRNA(miRNA)といった核酸、リピッドなど多様な生理活性物質を含んでおり、細胞間のシグナル伝達においてサイトカインなどのタンパク質と共に重要な役割を担っていることが明らかになりました。更に、エクソソームに含まれるmiRNAが他の細胞の遺伝子発現を調整する機能も担っていることが明らかになるに至り、一躍医学界でエクソソームが脚光を浴びることとなりました。

エクソソームは様々な細胞タイプから分泌され、その内容物は細胞の由来によって様々であることが知られています。また、培養細胞からも上清中にエクソソームが放出されますので、培養上清液には多数のエクソソームが含まれています。

エクソソームの基礎研究及び臨床応用

がん治療等へのエクソソームの応用

エクソソームについては、各種がんの悪性化に関与している事実や、診断のためのバイオマーカーとして利用することに関する研究成果が多く発表されております。中でも、各種がんが特異的に分泌するエクソソームを疾病検出・予後予測に利用する研究は、社会実装に向けた実証試験の段階に入っています。

また、神経変性疾患COPD、非アルコール性脂肪肝等の疾患、免疫、感染症等、あらゆる分野で基礎研究が活発に行われています。

再生医療におけるエクソソームの役割

これらに加えて、再生医療領域におけるエクソソームの臨床適用については、間葉系幹細胞を用いた細胞治療のパラクライン効果が移植した細胞由来のエクソソームによってもたらされていることを示唆する報告が複数されたことを機に注目されるようになりました。塞栓などの合併症のリスクのある、幹細胞を用いた治療を回避しつつ、エクソソームのみを投与することにより幹細胞治療を代替する治療方法が検討されるようになり、人工内耳手術後の神経保護、創傷治癒効果又は肝硬変に対する線維化改善効果等に関する臨床試験が開始又は検討されています。

上記研究以外にも、エクソソームが脂質二重膜を有する安定した性質を有することを利用して、特定の治療薬を内包しドラッグデリバリーシステム(DDS)の新たな担体として利用することも検討されています。

美容領域でのエクソソームの利用

美容業界では、エクソソームが肌の再生や修復に有効であるとして、多くのスキンケア製品や治療法(点滴、局所注射、鼻腔内噴霧等)にアンチエイジング目的に使用されています。エクソソームは肌細胞の成長を促進し、老化の遅延やしわの減少、肌のハリや弾力の向上、毛髪再生などに寄与するなどとうたわれています。

再生医療におけるエクソソームの使用と法規制

エクソソームに関する日本の法規制

再生医療に関しては、大まかには、使用される「製品」に関し定める薬機法と、「医療」について定める医師法、医療法又は再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安全確保法)の遵守が主に問題になり得ます。

 

薬機法の規制の対象となる「再生医療等製品」は、①再生医療等に用いるために人又は動物の細胞に培養その他の加工を施したもの(細胞加工製品)と②人又は動物の疾病の治療に使用されることが目的とされている物のうち、人又は動物の細胞に導入され、これらの体内で発現する遺伝子を含有させたもの(遺伝子治療用製品)に分類されています(薬機法2条9項、施行令1条の2・別表第2)。上記のとおり、エクソソームは細胞そのものではない細胞断片であることから上記①には該当せず、また、エクソソームに遺伝子発現の調整機能が存在することが示唆されているものの、発現する遺伝子の特定も困難であることから上記②にも該当するとはいえません。よって、エクソソームは、上記「再生医療等製品」に当たるとは考えられておらず、その製造及び製造販売等に関し、現在のところ薬機法をはじめとする規制はされていません。

また、安全確保法の規制の対象となる「再生医療等」とは、「再生医療等技術」、すなわち①人の身体の構造又は機能の再建、修復又は形成、又は、②人の疾病の治療又は予防を目的とする医療技術であって、細胞加工物を用いる医療技術をいうところ(安全確保法2条2項)、エクソソームを用いた医療は細胞加工物を用いないことから、同法による規制もされていません。

この点については、厚労省において、安全確保法上の「再生医療等技術」の概念にエクソソームを含むべきかについての検討が行われています。その結果、厚労省のワーキンググループは、令和3年11月17日、ヒトへの投与物としての明確な定義づけが困難であることなどを理由として、これを用いた治療を「再生医療等技術」に含める必要は検討時点において不要であるとの結論を得ておりますが(令和3年11月17日付け「再生医療等安全性確保法の見直しに係るワーキンググループとりまとめ」)。なお、当該ワーキンググループの議論において、エクソソームそのものの安全性につき、ウイルスからの完全な分離ができないこと等原材料由来の病原性微生物のリスクを除けば、現在のところ強く懸念されるとは言えないといった結論が得られております。

 

しかしながら、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)の「エクソソームを含む細胞外小胞(EV) を利用した治療用製剤に関する専門部会」による、エクソソーム の治療用製剤に関する品質・安全性等に関し公開した最終報告書(令和5年1月17日付け「エクソソームを含む細胞外小胞(EV)を利用した治療用製剤に関する報告書」)においては、エクソソームの起源となるセルバンクの構築とその品質特性解析や、エクソソームの製造・精製・品質特性解析、免疫原性・感染因子等に関し、その品質及び安全性の確保について詳細な留意事項を公表しております。

また、細胞外小胞研究者によって構成される日本細胞外小胞学会は、令和5年12月25日付けで「細胞外小胞を用いた医療行為に対する日本細胞外小胞学会の見解」と題し、エクソソームが精製されることなく臨床使用されている現状に懸念を示し、エクソソームを高純度に精製して製剤化し、GMPグレードの厳正な製造過程や品質管理を行い、医薬品として厳正な審査が行われるべきと提言しています(https://jsev.jp/docs/jsev_ev_treatment_2023122501.pdf)。

さらに、再生医療に関わる研究者等によって構成される一般社団法人日本再生医療学会は、令和3年3月10日付け「エクソソーム等の調整・治療に対する考え方」と題する提言において、エクソソームにおける、感染症伝播、免疫反応、有効性・品質の不均一性、好ましくない対内分布等の問題点を指摘し、薬機法又は安全確保法の品質管理・製造管理基準に準じた品質管理・製造管理の実施を求めております。また、同学会は、令和6年4月30日付け「細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンス(第1版)を発出しました(https://www.jsrm.jp/news/news-14993/)。同ガイダンスには、①エクソソーム治療に際しては、医師・歯科医師においてエクソソームの使用に関する科学的妥当性と患者の安全確保に努めるべき、②エクソソームの品質管理・調整管理については再生医療等製品の品質管理・製造管理基準に準じて実施すべき、③エクソソーム療法に際しては有害事象発生時の原因究明のために検体等を保管すべき、又は、④エクソソーム調整物が有する特性及び効果について十分に検証がされるべき、などとして、原材料の調達から患者に対する使用までの全ての段階でリスクの特定と品質、有効性及び安全性が確保されることの重要性が提言されています。

これらの提言等からすれば、日本の主要学会ないし研究者は、エクソソームの発展が将来的に大いに期待されるものの、現状においてその臨床使用における安全性管理は不十分であり、患者の保護のためにより厳格に規制すべきとのスタンスであることが分かります。

米国及びEUでのエクソソームの規制

海外の規制をみても、米国においては、エクソソームを用いた未承認製品による有害事象の発生を受けて、これら製品を医薬品及び生物学的製剤に当たるとして法(the Public Health Service Act and the Federal Food Drug and Cosmetic Act)の対象として規制されることを明らかにしており(December 6, 2019通知)、EUにおいても同様に法令の規制対象としています。

これら各学会からの意見・提言又は海外における規制の動向に照らしますと、今後、日本においてもエクソソーム製品及び治療について法令によって規制される可能性が低くないというべきでしょう。

医師法上の懸念

さらに、エクソソームを用いた治療が医師以外の者によって実施される場合には、当該行為が医師法17条所定の医行為に該当しないかを検討する必要があります。同条は、「当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」を医師以外の者が業として実施することを規制しており、上記治療の方法、作用、目的等の具体的状況によって判断されることとなります。

薬機法上の広告規制

加えて、薬機法は医薬品等適正広告基準等によって厳格な広告規制を定めており、広告においてエクソソームについて医薬品的な効能効果の暗示がされた場合には、医薬品的な効能効果を標榜しているものとみなされ、製品が薬機法上の医薬品に該当すると判断されることとなります。また、広告をはじめとする表示については、景表法上、優良誤認表示に該当しないかのチェックも必要となります。

まとめ

エクソソームは、医療において革新的な新規治療法となり得る可能性を秘めた重要な物質として注目されていますが、その品質の多様性を原因とする有効性・安全性における不透明性が拭えない状況にあります。現在、法令による規制はされていないものの、最新の研究成果や合併症の発生の有無、そして、これらを受けた規制の変化に関する動向に着目する必要があります。

参考文献(文中で引用したもの以外)

  • Raposo et al., J. Exp. Med., 1996183(3), 1161.
  • Valadi et al., Nat. Cell Biol., 20079(6), 654.

ご挨拶

はじめまして、吉岡正豊です。

私は、循環器内科医として臨床に従事しながら、TMI総合法律事務所のパートナー弁護士として、10年に及ぶ裁判官としての経験も踏まえ、医療分野に特化した法律実務に取り組んでまいりました。特に医療ヘルスケアに関わる企業や医療機関、また患者の皆様に対するリーガルサービスを提供してきた経験をもとに、より広く、医療法務の知識と情報を共有する場として、このブログ「Medical and Legal Branch(医療法務を学ぼう!)」を立ち上げました。

 

医療法務に特化したリーガルサービス

医療は、人々の健康と生命を守る非常に重要な分野であり、同時に高度な専門知識と技術が求められる分野です。そのため、医療業界には法令等が多く定められ、法的な問題が複雑に絡み合うことも少なくありません。例えば、医療機関における医療過誤紛争や医療、医薬品の業法規制(レギュレーション)、さらには個人情報に係る規制など、多岐にわたる課題が存在します。私は、弁護士としてこうした問題を専門的に取り扱うことで、医療機関やヘルスケア企業の法務リスク管理や医療法務顧問サービスを通じて、安全で信頼される医療サービスの提供を支援していくことを目指しています。

 

このブログでは、医療法務に関する最新のトピックや実務に役立つ知識、ケーススタディを取り上げ、法的な視点から医療機関やヘルスケア業界をサポートできればと考えています。また、日々の業務で感じる課題や問題点を分かりやすく共有することで、医療機関や企業だけでなく、医療従事者や一般の方々にも役立つ情報を発信してまいります。

 

読者の皆様からのご質問やご意見も大歓迎です。医療法務に関するお悩みや疑問点がありましたら、お気軽にご相談ください。このブログを通じて、少しでも多くの方々が法的な知識を深め、安全かつ信頼性の高い医療サービスを享受できる一助となれば幸いです。

 

これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。